本家
例年だと呪術や祓の依頼はそれほど多くない。しかし東京地震で
都内の青龍寺では、今日も本堂で祓が行われている。
祓は、父の
午前に入っていた祓を終え、本堂内は滅した
仕事が終わったら居間に来るように言われていたので顔を出した。ふだんは家族以外にヒトがいない居間に、客用の座布団に座る男がいる。環と目が合うと立ち上がって挨拶をした。
「本家よりサポートに参りました。青龍寺
「なんだ。てめえかよ」
暖かな日差しが縁側から室内に入ってきている。木々から小鳥のさえずりも聞こえているのどかな日中なのに、居間では微妙な空気が流れる。
青龍寺総本家からのサポートが入る話がでてきたのは数日前のことだ。
最後の祓が終わり、環は本堂の清掃に取りかかる準備をしていた。やっとで飯にありつけると思っていたら、依頼主が料金でごねてきた。問題が解決すると図々しくなる客は多い。
環は自分勝手な依頼主にイラついて、もう一度
遅い夕食を取ったあと、環がお茶を飲んでくつろいでいたら、清宝がいきなり告げた。
「来週から本家のサポートが入るぞ」
「あ? いらねーよ。祓の邪魔になるだけだ」
「祓のサポートじゃないよ」
「んじゃ、なんだよ」
「家のことと、仕事の窓口をやってもらうんだ」
(いらねえって言ったのに決行しやがって。家に他人がいるのは気に食わねえ)
本家からサポートが入ることを聞いた日のことを思い出し、決定事項だったことにいら立つも、人手が足りていないのは事実だ。これまで青龍寺に舞いこむ祓は一日2件だったが、東京地震後は3件が基本となり、緊急で4件目もあるほど数が増えている。
関東エリアを担当する青龍寺は、ほかのエリアと異なり、依頼を受け付ける場所と、祓や呪術を行う場所を分けている。関東は依頼が多く、窓口は別にしたほうが効率がいいからだ。これまでは問題なかったが、依頼の数が増えて滞るようになった。
清宝は、祓や呪術の依頼がないときは
古の
環は、昼間は清宝と祓をこなし、夜になると
祓は
環に休むように言っても、言うことを聞かないのはわかっているし、人の手を借りるのを嫌がることもわかっている。だから相談せず、本家にサポートを送ってもらうように頼みこんだ。本家は事情を把握しているので、すぐに手配しサポートをよこした。
サポートに来た真智は、清宝とは知った仲なので今さら遠慮はない。ところが本家を嫌っている環は、用がなければ一族の者と連絡を取らないし、訪れることもないので知っている情報は少ない。総代など一族の上層や、
真智は環が個人的に本家から仕事を受けるときに対応する窓口担当だ。ただし情報をやり取りするだけなので名前を知っている程度だ。
一緒に働くことになる真智を改めて見ると、スーツを着ており、今どきネクタイもしめていて清潔感がある。寺の者というより、企業で人事を担当しているような雰囲気があり、無駄な話はせず機械のように淡々と仕事をこなす扱いにくいタイプだ。
無遠慮に値踏みする環をよそに清宝と真智は話を進めていく。
「真智さん、明日から祓の窓口と、本家から依頼される排除対象の
「わかりました。情報をまとめておきます」
事前に清宝と話がまとまっているようで会話はスムーズに進む。環が嫌そうな顔で傍観していると「失礼します」と声がして、白髪頭の女性が居間に入ってきた。
「誰だ、このばばあ」
「環! 失礼だぞ!」
イラついて口が悪くなっている環を清宝が叱る。現れた小柄な女性は、和服の上に割烹着を羽織っており、三人分のお茶を机の上に置いた。清宝は女性に謝罪してから環に紹介した。
「家事をしてくださる
「能登谷 千代です。よろしくお願いします」
抑揚のない挨拶をすると、千代はすぐに去っていった。さっそく家事に取りかかっているようで、室内を歩き回る音が聞こえている。
環はさらに他人が増えたことにあからさまに嫌そうな顔をした。清宝は環が嫌がることを見越していて不満を減らすかのように、真智は近くのビジネスホテルを利用し、千代は本堂の隣に立つ修練所で寝泊まりすることを説明した。
四六時中、他人といるわけではないことに環はほっとしたが、監視されているようで居心地の悪さはぬぐえなかった。
嫌がっていた環だが、本家からのサポートのありがたみをすぐに知ることになる。
早朝の結界張りと掃除を終え、千代がつくった朝食を済ませた環は、本堂で仕事に取りかかる準備をしている。祓の依頼内容に目を通すなか、書類を置いて去っていく真智をちらと見た。
(真智のやつ、本家でも窓口やってるから仕事が早い。
しかも依頼主のことを調べていて、経過がわかるようにまとめている。
非の打ち所がない真智は気に入らないが役に立つ。環は清宝と一緒に真智のまとめた書類を読み、打ち合わせをしてから依頼主を迎えて祓をこなしていった。
仕事以外にも、千代がサポートに入ったことで、環に精神的な余裕が生まれた。
千代が家事を引き受けてから家のことを気にすることがなくなった。千代は年配だが、てきぱきと動いて家事を一手に担う。千代が来る前は最低限の家事しか手が回らず、ごみ屋敷化しそうな家を恐れていたが、今は磨かれた室内だ。
雑務に時間を取られることがなくなった分、環と清宝は、夜から始まる
昼の祓を終え、夕食を取ってひと休みしたあと、環は夜の
真智と千代は本分をきちんとこなして無駄に介入してこない。不本意だが本家からのサポートが入ったことで仕事の効率は確実に上がり、負担は軽くなった。
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