助っ人


 人口が多い関東エリアを担当する「青龍寺しょうりゅうじ」は、アヤカシの『はらえ』依頼が連日届いており、たまきと父の清宝せいほうは多忙を極めていた。このままでは本業しごとが回らなくなるため、青龍寺総本家からサポートが二人来た。


 環は、他人が日常生活に入ってくることを嫌がっていたが、環境が劇的に改善したので内心、喜んだ。真智まち本業しごとの窓口を担当したことで、祓の回転がよくなったのだ。


 祓では、たいていいたアヤカシを排除する。霊力チカラを使ってアヤカシを滅するだけなので環には楽なことだ。戦闘で負ける気はしないが、常人に憑いた場合のアヤカシは簡単にはいかない。


 アヤカシの正体を知らないまま祓を始めると、反撃にあったり暴走したアヤカシが依頼主を傷つける危険性がある。ヒトがからむ祓のときは慎重を期し、正しい情報を得て確実に仕留めることを優先する。


 祓の場合は、アヤカシの排除に取りかかる前に、依頼主と話して、現状やこれまでの経過などを聞くことで、アヤカシの情報を集めていく。依頼主は憑かれていると気づいていないので、有力な情報は簡単に引きだせず、アヤカシの正体は特定しづらく時間がかかる。


 これまで情報収集が時間のロスにつながっていたが、真智がサポートに入ったことで楽になった。真智は窓口で依頼を受けるだけでなく、アヤカシの情報をまとめており、環たちは受け取った資料を読めばアヤカシの正体を予測できるようになった。


 祓では清宝が話を聞く役目は変わらないが、真智の資料から対象は絞られている。実物を視るとすぐにアヤカシのタイプが特定できるので、依頼主から情報収集する手間が減り、祓に集中できて時間短縮につながっている。


 仕事の流れに慣れてくると、祓のときの依頼主対応は真智が担当して、清宝は打ち合わせのため外出することもでてきた。環の役目は変わらず、祓のときに霊力チカラを使ってアヤカシを滅する。


 最近は青龍寺一族の打ち合わせがひんぱんに行われるようになっていて、清宝は外出することが多くなった。環はアヤカシ排除がほかのエリアではうまくいっていないのかと推測し、使えない一族連中にあきれていた。




 夕食後、清宝と環は居間でアヤカシ排除について打ち合わせをしていた。あらかた説明を終えた清宝がお茶を飲んでいると、思い出したかのように話しだした。


「そうだ、環。父さんは出向で家を空けるぞ。

 父さんがいない間、青龍寺 ウ チ の祓は任せるよ」


「いきなりだな」


「関東よりもほかの県のほうが『ふう』を破ったアヤカシが多いらしい。

 関東、とくに東京は開発され続けている土地だから、封が解かれたときに、異能者が対処してきたんだろう。

 それに比べて地方は、アヤカシを封じた場所は古墳や聖地、神社や寺など当時のまま残っているところが多い。

 破られることなく維持してきたから、封は機能していたけど、今回の地震で壊れてしまったのだろう」


「オレが行ったほうがよくねーか?」


アヤカシ排除はチーム制だぞ。

 環は本家の人たちと一緒に行動できるのか?」


「げっ、遠慮するわ」


「はっはっはっ」


 嫌そうな顔をする環を見て清宝が笑った。ひさしぶりに家に笑い声が響いたので環は和んだ。気を緩めてお茶を飲んでいたところ、清宝が衝撃の台詞せりふを言った。


「地方へアヤカシ排除に行っている間は、父さんの代わりに本家から助っ人がくるぞ」


「あ? いらねーよ! オレ一人でも十分だぜ!?」


「決定事項だ」


 決まったことなら仕方ないが、環は幼少期の嫌な記憶がよみがえり、本家の関係者がさらに増えることに、ぶつぶつ文句をたれる。


 清宝は不服そうにしている環を横目で見ているが、見つめる父親の目はやさしく穏やかな笑みも浮かべている。しばし様子を見ていたが言葉を付け加えた。


「それと」


「まだなんかあるのかよ!」


 噛みつくように声をあげて清宝を見るが、口の悪さには慣れている。清宝はお茶を飲み干すと湯飲みを机に置いてにっこり笑って言った。


「環は人見知りだからね。環専用の助っ人も呼んだよ」


「……は?」


 環は意味がわからずにいて、清宝の次の言葉を待っていたところで玄関の呼び鈴が鳴った。こんな時間に誰だとぼやきながら立ち上がって玄関へと向かう。見送りながら清宝は「タイミングがいいね」とつぶやいた。



「よっ! 環!」


 玄関を開けると元気な声が飛ぶ。環は固まって口を半分開けている。突然の訪問者は幼なじみともいえる友人の弥勒院みろくいん。家が寺同士なので付き合いがあり、下の名前で呼び合う仲だ。


けい? なんの用だ?」


 環は東京地震以降、青龍寺の本業しごとにかかりきりで、桂とは会うどころか連絡もしていなかった。いきなりやって来た友人の意図がわからずぽかんとしている。そこへ居間から移動してきた清宝が、いらっしゃいと桂に挨拶し、解説を始めた。


「実は桂くんのお父さんもアヤカシ排除のメンバーなんだ。

 弥勒院は当分、祓ができる異能者がいなくなってしまう。つまり桂くんの教師が不在になるわけだ。

 そこで環の夜のアヤカシ排除に同行して、桂くんに経験を積んでもらうことにしたんだ」


「待てよ、親父。勝手に決めるな。同行も危険なんだぜ?」


「環がいるから大丈夫だろう?」


「オレより桂の親父さんといたほうが安全だろ。

 親父たちのアヤカシ排除に同行すりゃいいじゃねーか」


「一緒にいるのは本家の人たちだぞ?

 みんな頭が固いから桂くんは居づらいだろうし、環と一緒にいるほうが勉強になる」


「大丈夫だよ、環。足手まといにならないよう、同行しながら修行するからさ」


「…………(桂の霊力チカラがなさすぎなのが問題なんだよ)」


 環があれやこれやと反論するものの、結局二人に押し切られてアヤカシ排除の同行を認めることになる。環は面倒なことを押し付けるなとぼやくけど、どこか楽しそうだ。


「なんで桂は大荷物持ってるんだ?」


「なんでって……慣れるまでは一日一緒にいようと思って」


「あ!? 夜に合流すりゃあいいだろう!」


「慣れたらそうするって」


「……桂、おまえ楽しんでねーか? 修学旅行じゃねえんだぞ!」


「ん――? 環の気のせいだろ~。おじゃましま~す。

 で、どの部屋を借りたらいいのかな?」


「おい!!」


 清宝はひさしぶりに環の大声を聞き、友人との再会で明るくなった空間にほんわかとなる。地震後、環は休むこともなく、きつい本業しごとをしてきている。兄の清正せいしょうの不在は自分に非があると悩んでいるふうでもあった。


 環が弱音を言わない分、ストレスをためているのではと心配していた。そこで地方へ出向して不在となる間、桂に青龍寺 ウ チ に来てくれないかと頼んでいたのだ。


 廊下で騒ぎながら部屋へ案内する環を見る清宝の顔はやさしい。友人がいてくれることで、少しでも気持ちが楽になれればと願った。


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