異能者(二)


 女子と別れたたまきは夜の街を歩く。


 歓楽街は、深夜になっても派手に照らす明かりがあるので昼とあまり変わらない。違うのは、酔って気が強くなって喧嘩を吹っかけたり逆にへこんで泣いたりする人や、怪しげな店へ引きこもうとする者、危険な橋を渡ろうとしている者など、裏の部分が見え隠れする。


 夜の一人歩きは、からまれたり事件に巻きこまれる可能性があるので避ける者が多いが、環は平然と街を歩く。バイトがあるからと言ったのは切り上げるための口実で、余った時間でアヤカシ探しを始めた。


 探しているアヤカシは「青龍寺しょうりゅうじ」に何度も『はらえ』の依頼がきている蝙蝠こうもりのようなアヤカシだ。


(あの蝙蝠アヤカシ、ずっと本体を探しているけど見つけられねえ。

 分裂したヤツは消しても意味がない。霊力チカラと時間の無駄になるから早く本体を滅したいのに妖力を隠しやがる)


 蝙蝠こうもりアヤカシは、これまで見かけなかったからいにしえアヤカシと思われる。妖力を分散できるタイプで、分裂した個体にかれた者が祓にくる。切りがないので本体を探しているが、なかなか見つけられずにいる。


「チッ、霊体や黒いモノ……。アヤカシが多すぎて妖気を絞れねえ。

 飲みでも使えそうな情報はなかったし、女もハズレだったし――」


 機嫌が悪くなり、環の本性が現れる。


 環は愛想が良くて誰とでも気軽に付き合う好青年に映る。しかし好青年は表向きの顔で処世術にすぎない。本当は他人にまったく興味がないどころか人嫌いだ。物事は楽しめるかで取捨選択し、アルコールは気分が良くなるから好きで、セックスが気持ちいいから女性が好きと、欲に正直な男だ。


 面倒事が嫌いで、争いが起こってもまともに受け取らないで流し、付き合っている女性に飽きて別れるときは、こじれないようにフラれる方向へもっていく策士ぶりだ。


 だが、もともとひねくれていたわけではない。環は生まれたときから白銀のキツネに憑かれていたため、奇異な幼少期を送ってきた。




 環は青龍寺総本家で生まれ育った。親を知らず、離れの一室を与えられて他人が身の回りの世話をする。読み書きなどの教育を受け、衣食住に困らない生活を送っていたが、人情だけは与えられずに育った。


 生まれながらにして強い霊力チカラをもち、キツネを使役できたことから、気づけばアヤカシの祓をしている環境にいて、祓のときだけ大人が訪れてきた。


 ふだんは誰も環に関わろうとしないが、祓を依頼するときだけ大人が親切にする。愛情に飢えていた環は、客が来ると喜び、期待に応えるため、言われるまま祓を行ってきた。


 褒められたくて、言葉をかけてもらいたくて、祓をする日々。何も考えずにアヤカシを祓ってきたが、難しい会話が理解できるようになると、疑問をもつようになる。


 大人は「祓は悪いアヤカシを退治する、良いことなんだよ」と言っていたが、祓うアヤカシはヒトの欲から生み出されたモノが多い。つくったアヤカシをどうして祓うのだろうと疑念が芽生えると、祓に至るまでの経緯を知りたくなり調べるようになった。


 調べるうちに、呪うためにつくられたアヤカシが用済みになって祓われている事実を知り、ヒトの身勝手で祓をしていることに嫌悪感がわいた。またキツネが憑いているから「忌み子」と呼ばれていることを知り、気味悪がられていることにも気づく。


 祓は危険だから押しつけ、道具のように使われている――。


 立場に気づいた環は利用されていることに嫌気がさして、祓を断ったことがある。すると大人は懐柔しようとした。それでも断ると、手のひらを返して生きていくためにはカネが必要だぞと脅すようになった。


 幼くても生活にカネが要ることは知っている。生きていくために祓で稼ぐと決め、仕事として割り切るようになり、相応の額を請求する冷めた子どもへと変わった。理不尽さを何度も味わったことで環の心は薄汚れていき、人嫌いとなってすさむようになった。


 環の日常は機械的になり、仕事の依頼がくると、なんの感情も動かさず平然と処理する。愛想を振りまくこともなく、媚びることもしない。大人びてかわいげがないから大人のように扱われるが、経験の足りない子どもに変わりない。もろい部分は残っていて、ある日、キツネが体を乗っ取り暴走した。


 キツネは環の心の隙をうまく突いた。


 愛情を与えられず道具のように扱われる日々。用が済めば見向きもしない。自分は一体、なんのために生きているのか――。未来に希望がもてず、虚無を感じていたときにキツネが声をかけた。


「環、私はおまえの味方だ。私が大人たちを懲らしめてやる」


 キツネは環の命令には必ず従い、危険が及ばないよう盾になって環を守る。そばにいてくれるのはキツネだけだ。


「ちょっと懲らしめてやるだけだ。少しの時間、体を貸すだけでいい」


 キツネはやさしい口調で話し、環に体を寄せる。自分にふれてくるのはキツネだけ。あとは見返りを求めた行動で、オレではなく霊力チカラを見ている。むなしくなった環は、少しだけみんなが困ればいいと、キツネに体を渡してしまった。


 キツネは体を得ると豹変した。嬉々としてヒトを傷つけ、青龍寺内を駆け回って物を破壊していく。本家の異能者たちは、暴挙を止めようとキツネに対峙した。ところがキツネの妖力は強く、なみの異能者では手に負えない。返り討ちに遭い、次々と負傷していった。


 環は身の内から外の光景を見て青ざめた。ほんの少し困らせたかっただけなのに、取り返しのつかない事態になっている。恐怖した顔で「助けてくれ!」と懇願こんがんされても何もできず、見ている前でキツネに裂かれる。大人だけでなく、無抵抗な子どもや老人まで襲われる。何度もやめてくれと頼み、体を取り戻そうともがいたが何もできなかった。


『忌み子は凶暴でヒトにさわりを与える』


 青龍寺ではかつて、キツネに憑かれた忌み子が生まれると殺してきた。近代になってからは、殺すのではなく軟禁するようになり、生きている間は霊力チカラを活用するように方向転換している。しかし害悪という認識は変わらず、環の存在を忌み嫌う者は多い。環はキツネに乗っ取られたことで危険人物とみなされ、排除の対象となった。


 排除対象になると一族の行動は早かった。霊力チカラの強い異能者たちがキツネを呪縛し、環は殺されそうになる。ところが、すんでのところでキツネが環と入れ替わり、気づいた異能者が手を止めたことで窮地を脱した。


 環の処分は保留になったが、一族内では排除を望む者が多くなっていた。そんな折、手を差し伸べたのが清宝せいほうだった。環を養子として引き取り、本家から出ることになった。


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