【第二章 悪役誕生編 幼年期】

第11話 真の悪役(仮)育成日記(1)SideA

 初っ端から物語が狂ってしまった。

 まさか、俺の作った菓子がきっかけで、王子とロゼの距離が近づくとは思いもしなかった。


 その代わりにお嬢の唇を奪うことができたから、プラスマイナスで考えると――やっぱりマイナスだ。


「……こりゃ、そうそうに動いておかねーと」

 俺は自室の机の上で、先程作った紙を見直した。


 攻略対象の王子は、これからちょこちょこ顔を出してくるかもしれない。

 でも、まだそこは想定の範囲内だ。


 俺が一番恐れていることは――


「……お嬢の行動力、だなぁ」


 七回のループで、何度頭を抱えたか。

 とりあえずお嬢はこの世界を楽しもうとする。


 どこからか手に入れてきた平民の服を着て、こっそり屋敷を抜け出して街へ出たりする。

 しかも――俺も人のことは言えないが――お嬢はかなりの異常(チート)能力者だ。


 隠密スキルは俺以上に高い。

 お嬢が本気を出したら、俺なんて簡単に撒いてしまうだろう。


「……で、王子、騎士、怪盗、科学者、人造人間、悪の組織の親玉、殺し屋、吟遊詩人」

 波乱万丈過ぎる。

 この物語は学園ラブストーリー……なんだよな?


 登場人物の顔は覚えている。

 どこで出会うのか、どういう物語が繰り広げられるのか。

 お嬢自身の言葉から聞き出したから。


「王子、騎士、怪盗、科学者、人造人間……この辺りは学園が始まってから関わるようになるから、今は放置。つーことは、残りの悪の組織の親玉と殺し屋と……吟遊詩人か」


 職業、名前の部分に横線を入れる。


「吟遊詩人は……まぁ、いいだろう。正直物語(ゲーム)が始まる現在――五年前にそいつが何をしているのか正直わからないしなぁ」


 七回のループを経ても、そこはわからなかった。

 しかも吟遊詩人はおまけルートのようなもので、お嬢と特別関わりのあるキャラではない。ヒロインが勝手に出会って、勝手に恋に堕ちて、勝手に旅に出るだけの話だったはず。


「つーことは」

 俺はある人物の名前に丸を一つ付けた。


「こいつから、潰していくか」


 悪の組織の親玉――ヴィンセント。


 スペックは闇魔法特化。呪いをかけてヒロインを苦しめたりする。

 お嬢は『彼はヤンデレキャラなの』と言っていた。

 また変な言葉が出たと思った。ヤンデレ。まぁ、俺には関係のない言葉だ。


 悪の親玉――いわゆるこの国の裏を管理する組織。

 政治で解決できないことを、穏便に解決させるための集団だ。

 社会は綺麗事だけでは回っていかない。

 誰かが汚れ役を受けないといけない。


――俺は、前のループを思い出した。

 ロゼの斬首のとき、汚れ役を押し付けられたのは、悪の組織でもなく、王子でもなく、王妃だった。

 彼女は凛として「心当たりがございません」と言い続けたが、それを信じる者はいなかった。


「これは前のループの時もやったなぁ」


 七回目のループのときも、俺はまず先に悪の組織を叩いて、潰した。


 そして組織を壊滅させた。それが悪い結果を起こしてしまった。

 王族は他国の力を借り、国は税を引き上げ、国民から暴動が起きる。


 でも組織を放っておいたら、お嬢が『本物の悪の道に行ってみるわ!おほほほほ』なんて言いかねない。


 なら、どうすればいいかは簡単だ――


 動くのは昼が良い。

 奴らは夜に動くことが多いから、確実に仕留めるなら昼だ。



 次の日、お嬢は目を腫らした状態で起きてきた。

 いじりすぎてしまったか。


「おはようごぜーます、お嬢。今日は月のものっすか? お祝いしましょうか?」

「最低。しね。3週まわってワンって言って、しんで」

 ……めちゃくちゃ機嫌が悪かった。


 俺はアップルティーを淹れる。

 お嬢はティースプーン一杯の砂糖を入れて、それは嬉しそうに、にんまりと笑った。

「お菓子はりんごのタルトタタンです」

「やったー!」

 お嬢の機嫌はすっかり戻った。

 もうこれで昨日のイタズラについては不問にしてくれるだろう。


「あ、お嬢。報せたいことがありまして」

「え? なに? また王子が来るとか?」

「いえ、そんなイレギュラーじゃなくて、午後から俺がお暇をいただくだけの話です」

「ふーん。アッシュから休みが欲しいなんて珍しいわね」


 お嬢はアップルティーを飲み、クッキーをかじった。


「まぁ、アッシュも13歳だもんね。そろそろ気になる女の子ができちゃうんじゃないの?」

 にまにま笑うロゼ。

――気になる女の子は、俺の真正面にいますけどね。


「うーん。一週間くらい昼は空けるかもしれません。あ、もちろん旦那様の許可はとってますぜ。夜は戻ってきますし、寂しかったら子守唄を歌ってあげるんで、気軽に呼んでくだせぇ」

「子守唄は余計だわ!」


 お嬢がぷりっと怒る。頬がリスのように膨らんでいる。

 あぁ、可愛い。俺はハンカチでお嬢の口周りを拭こうとしたが――


――バシンっ。

 手の甲をはたき落とされて、ハンカチは床に落ちた。


「あ、あぁっ! いや、そんなひどいことするつもりじゃなかったのよ! なんだかちょっと、その、あれで……悪意はないから、安心して頂戴」


 そう言ったお嬢の頬は真っ赤に染まっていた。


――これは、昨日のキスの影響だろうか。

 そんな可愛い顔をされたら、離れがたくなる。


 でも、それよりも今を楽しむよりも、未来を変えなければ。



 もう二度とロゼが不幸になる瞬間は見たくない。


 ……俺だけのものになった時のロゼも、またいいけれど。

 彼女にはやっぱり笑ってほしい。


「じゃあ、俺は用のために準備をするんで。お嬢、窓から飛び降りて脱走しちゃだめですぜ」

「そ、そそそそそ、そんなことしないわ」


 やる気まんまんだったようだ。


「約束してください、お嬢。危険なことには足を突っ込まないと」

「わかったわ!」

 即答だった。絶対にわかっていない。


……まぁ、ここは侍女のアニーたちに頑張ってもらおう。

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