【幕間1】

第10話 黒歴史のおさらいをしよう

 アッシュは大きな羊皮紙を広げ――


「えっと、それじゃあ、このゲームの攻略対象について振り返ってみましょうか」

「ぎぇぴぃいいいいい!!!」


 この世で一番恐ろしいことを言い出した。


 このゲームを振り返る――それはつまり、黒歴史をほじくりだしますよ、という死刑宣告のようなものだ。


「お! お見事お嬢! 首しめられたインコみたいな声出しますね」

「冗談やめてちょうだい!」

「……えっと、じゃあ繰り返しループ前のお嬢から聞いた説明をちょっとずつ整理していきましょっか」

繰り返しループ前の私、そんな素直に黒歴史と向き合っていたの?」

「いえ。ちょっとずつ聞き出しました。じゃあ、振り返りましょー!」


 アッシュはやたらとテンションが高い。

 私はもう布団に入って逃げ寝したかった。というか、もう殺してほしい。


「えっと、まず一人目が……この間会ったフィリックス王子ですね」

「まぁ……その、王道……じゃない? 王子様と庶民が結ばれるって」


「そうっすね。お嬢にもお姫様になりたい願望があったんですね。大丈夫っすよ! 女の子の最初の夢は、基本的に『お姫様になりたい』らしいっすから!」


「……もうやめて……フォローになってないの。一人目でダメージ大きいわ……」



 まるで親に見られては行けないR指定の本を見られている気分だ。

 いや、正直そっちのほうがマシかもしれない。


「えっと、次が騎士でしたよね。敬語でちょっと堅物キャラな」

「あぴゃああああ!」

「生きの良い悲鳴をありがとうございまーっす! じゃあサクサクいきましょ」


 騎士、ここまではまだ許容範囲……よね?

 王子様と騎士に憧れるなんて、女の子の鉄板だもの。



「で、えっと、次が義賊怪盗ですね」

「グェええええええ! や、もうやめ……」

「やめませーん。俺はお嬢が幸せになるために、ちゃんと振り返ってるんっすよ! で、なんで怪盗なんっすか?」

「……は、流行ってたから当時……」

「あれですか? 怪盗にハートを盗まれたい系なんっすか?」

「もう、ころして……」


 けれど、まだまだ黒歴史じごくは終わらない。


「次が科学者でしたね。というか魔法の世界で科学者ってまたぶっとんだ設定を。

 それと、科学者ルートの分岐で、科学者の作った人造人間ルートに入るんっすね! なんでこんな設定考えたんっすか?」

「……当時、その……ハマったのよ。『フランケンシュタイン』に。夜に読んだらとてもおもしろくて……つい真似て……」

「フランケンシュタインっていうのは――」

「前世の古典文学よ。メアリ・シェリーって人が書いたゴシックホラー小説。

 ……あぁ、もう一回読みたいわ」

「大丈夫っすよ、お嬢。これからリアルに追想体験できまっせ!」

「んぎぃいいいいいい!」

 思いっきり歯ぎしりをする。


 だって、ホント面白かったのだ。

 中二時代の私は眠れない夜にワクワクして本をめくって読んでいた。そして、攻略対象に加えようなんてことを考えたのだ。



 もう正直私は虫の息。流石にこれ以上は教えてないでしょう。

 ……教えてないでしょう? 繰り返し前の私?


「次が、裏世界を牛耳る悪の組織の親玉ルートですね!」

「…………はい」


 ほら、鉄板じゃない?

 複数キャラを攻略したら、裏ボスっぽいルートが開放されるのは。


「で、親玉と殺し屋ルートの2つがあるんでしたっけ」

「む、むかしの私の首を誰か絞めてちょうだい!!」


 どこまで話しているの? 繰り返し前の私!

 七回も繰り返したなら、そりゃ情報を少し漏らしたりはするだろうけど……



 でも、でも、でもでもでも! もう、もう言ってないわよね。



「次が最後の……ふっ、ふふっ……な、なんでこれ入れたんですか。

』ルート」



「やー――――――――だ――――――――! もうなーにもきーこえなーーーい!」


 深淵を覗く時、また深淵もこちらを覗いているのだ。


「で、なんで吟遊詩人なんすか? 王子や騎士はわかるんですけど、吟遊詩人って、なんで?」

「……推しが、推しが……一時期、……ぎ、吟遊詩人で……」

 森でハーモニカを吹いたり、深いことを言ったり、自由に生きているのに、世界中に彼の詩は広がって。

 中二病の私は、肩書のない自由なキャラもほしいわ! と吟遊詩人という爆弾を放り込んだのだ。


「もう嫌い! アッシュ嫌い! 私ベッドに入るから!」

「じゃあ、俺がギター弾いて、子守唄を歌いますぜ?」

「うるさ―――――――い! ばかばかあほあほ!」

 私はベッドに逃げて、シーツを被った。


 流石一人で作った乙女ゲーム。ストッパーがいなかったから思う存分盛り込めたのだ。

 誰か、一人でも協力者がいれば、止めてくれた……かしら。



 ぐすんと涙のついた顔を枕に押し付けていたら、シーツをガバっとめくられた。


「なっ! 何よ!! これ以上はないわよ! それでおしまいなんだから! シーツを返して頂戴! お父様に訴えるわよ」


「いやぁ、色々繰り返してわかりました。お嬢の可愛らしさが。乙女らしさが。

 でも、一つ納得がいかないんすよ」


「なによ」


 アッシュの黄金の瞳が、すっと細くなる。

 声のトーンが若干真面目だ。


「――なんで、従者ルートはないんですか?」

「うっ……そ、それは……」


「王子、騎士、怪盗、科学者、人造人間、悪の組織の親玉、殺し屋、吟遊詩人。ここまでいろんなキャラがいるのに、なんで従者はいないんですかねぇ?」


 私は枕を抱きしめ、顔を押し付けたまま――


「答えたら、もうこの話終わりにしてくれる?」

「はい、もちろん」


「……萌えなかったからよ」

「――はい?」

「だって、執事とか、従者に一ミリたりとも萌えなかったの! それはなんか信頼関係で結ばれてるから尊いのであって、恋とか、そういう感情にもっていきたくなくて……だから従者は外したの!」


 私は馬鹿正直に答えた。

 実は中二病が冷めた頃――ゲームの開発が終わった頃、主従萌えに目覚めかけたことはあったけど、これはもう内緒にしておこう。


「……そうっすか」


 アッシュは元気のない小さな声で呟いて、そっとシーツをかけてくれた。


「話はこれでおしまいにしましょう」


 かちゃかちゃと、文具を戻す音がする。


――地獄は終わった。


 でも、黒歴史をほじくり出されたせいで、私のHPは0だ。

 もう……ナニモカンガエタクナイ。


 そのまま私はベッドに身を預けて――いつの間にか眠りについていた。



「おやすみなさい。お嬢。いい夢を」





「……キャラ変えるか」


 ロゼの部屋から出たアッシュは、小さな声で呟いた。割と本気であった。

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