第8話 悪役令嬢(仮)の育成日記(8)sideR

「はじめまして。クライン嬢。……あぁ、どうか顔を上げて。君は僕の婚約者なのですから」

 私は王子に言われたとおり、顔を上げる。

 そこには、キラッキラのスマイルを浮かべた――ゲーム開始時よりも少し幼い――フェリックス殿下がいた。

 眩しい! 笑顔が眩しい!

 その後のことは正直記憶にない。

 父とフェリックスが言葉を交わし、なんやかんやで庭を散策することになった。

 従者にアッシュを指名したけれど、父に却下され、アニーが同行することになった。


 よし、ここを切り抜ければ問題ない。

 何気ない話をして、不敬なんて絶対に働かずに、時間が過ぎるのを待とう。

「クライン嬢は何がお好きですか?」

「私は……花が好きですね」

 たまたま視界に花が入ったから答えた。

「ここで咲き誇る桜も綺麗ですね」

「えぇ、今日のように晴れた日は、よく木陰でお茶を嗜んでいますわ」


 長い。時間が長い。

 あぁ、食べ残した桜餅、食べたいなぁ。

 ちゃんと片付けずに置いてくれているかしら。


「お嬢様」

 アニーが私に耳打ちをする。

「殿下をお茶会に招いてみてはいかがでしょう?」

「え!? でもお茶菓子がないわよ。スコーンもクッキーも。料理長が慌てるわ」


「いえ、あれがあるじゃないですか」


――あれ?

 あれって、もしかして……。


 アニーが他の侍女を呼び、ちゃっちゃと用意をする。

 え、待って。あ、やばい。

 直感が当たり、私は終わったと思った。


「で、殿下、どうぞ。侍女の淹れる紅茶は美味しいんですわよ」


 私は例のモノから、なんとかフェリックスの視線をそらそうとする。

 けれどテーブルの真ん中にドーンと置かれているから――自然とそれはフェリックスの目にとまり……。


「クライン嬢、これは……なんでしょう?」

 怪訝な顔でこちらをみるフェリックス。


「……下から、三色団子、豆大福、桜餅でございます」

「ほぅ。見たことのない食べ物ですね。どこか遠方の地の食事でしょうか?」

「……は、はい。よろしければ、一つどうぞ」

 私はフェリックスに桜餅を渡した。


 マナー的には下から行くのがいいんだけど……三色団子を食べる王子を見たくなかった。

 殿下は皿の上に乗った桜餅をまじまじとみる。


「この葉はどうすれば?」

「あ、そのまま食べてください。きちんと加工しておりますので、一緒に食べることでより 桜餅を味わうことができます」


「ふむ……」

 フェリックス王子はフォークとナイフを使って、丁寧に桜餅を食べた。

 素手で食べるのがいいですなんて、流石に言えなかった。


「んっ……! 甘い。それに、ちょっとしょっぱい。これは……なんで出来ているのでしょう? 中身は黒いからチョコレート? でもこんなチョコレートは初めてです」

「そちらは、餡というものです。豆を甘く丁寧に煮て、濾して作っております」

「この外側のピンクは?」

「そちらは餅米を半殺――ごほん、少し残す程度につぶして、食紅で軽く色をつけております」

 料理方法とはいえ、王子の前で『半殺し』なんて言葉を使うところだった。


「餅米……そういう米もあるんですね。クライン家のシェフは優秀ですね」

「こ、これはシェフではなく、私の従者が作ってくれたんです」

 朝一番から餡を練っていてくれたアッシュの努力を、シェフの手柄にしたくなくて、私は答えた。


「なるほど。しかしクライン嬢――」

 フェリックスの琥珀色の瞳が、私をじっと見つめる。


「かなりレシピに詳しいのですね。もしや、このお菓子は貴方が考えたものでは?」

 ……あーややこしいことになってしまった。

 でもスマイル。スマイル。笑顔は絶やさずに。


「いえ、私は文献を見て、それを従者に作らせただけですわ。考案したのは別の誰かですわ」

 誰かが頑張って作ったレシピを横取りするつもりはない。


「……お気に、召しましたか?」

 恐る恐る尋ねたら、フェリックスは年相応の満面の笑みを浮かべた。


「ええ。とても気に入りました!」


 王子の笑顔を見て、私は一つ、設定を思い出した。

 フェリックス殿下は大の甘党だという――


「よろしければ、また屋敷を尋ねにきても宜しいでしょうか?」

 フェリックスはキラキラとした目で言う。王子に言われたら、頷くしかない。

「ええ、喜んで。いつでもお待ちしておりますわ」


 なんで私、フェリックスを甘党にしちゃったかなぁ―――!

 前世、中二病の私を恨む。


 そして日が落ちる前に、フェリックスは城に戻ることになった。

 見送りのため、玄関までついていく。


 私はドレスの端をつまんで、お辞儀をした。

「本日はお忙しいなか、時間を割いていただきありがとうございました。

 殿下と有意義な時間を過ごせて、大変光栄ですわ」

 ……こ、こんなかんじ? 不敬になってないわよね?


 すると王子は床に膝をついた。


――ん?


「クライン嬢。ひとめ見た時から貴方に恋をしました。

 どうか、僕達の婚約を政略結婚などと思わないでください」


 彼は私の手をとって、その手の甲に口づけを落とした。


――んんん?


 ローゼリアとフェリックスは政略結婚。親が決めたものだから、フェリックスは学園で本物の恋に落ちる……の、だ、け、ど……


 彼の頬は少し赤く染まり、恥ずかしそうに目を細めた。


 これは、もしや……胃袋を掴んでしまったというやつなのかしら?


 それから私はうんともすんとも答えれなくなり、王子は馬車に乗って帰っていった。


 一体何が起こった?



「お嬢、どうなりました――か?」


 ひょいと顔を出すアッシュ。

 私は彼の腕を掴んで、自室まで猛ダッシュをした。




「……ということになりました」

 私はことのあらましを全てアッシュに話した。

 なんということでしょう。数時間前にはシナリオは絶対って言ってた私が、シナリオをめっためたに壊しているではありませんか。


「あー、はいはい。なるほど。メイドたちが沸き立ってたのはそういう……」


 アッシュは、それはもう深い深い溜め息をついた。

 メイドたちもそういう恋愛話好きだもんね。

 ……きっとお嬢様と王子が恋愛!! って盛り上がったんだろうなぁ。

 私の気持ちをよそに。


 正直、製作者として、シンデレラストーリーは欠かせなかった。

 普通の女の子が王子に見初められて、舞踏会へ行く。それが王道だ。


――という言い訳を自分の中でしてみるけれど、正直中二病の頃はありました。

 王子様に見初められるのに憧れるピュアな時期が。


 いま、当事者になって思う。

 ……どうしよう。

 王族になったらソファーに寝転んでポテチなんて食べれないわよね。


「アッシュ、ねぇどうしよう! シナリオ狂っちゃった! 王子がポンポン一目惚れをするタイプに設定してないわ! このままだったら、ヒロインすっとばしちゃう!」


「あー、はいはい、うーん。そうっすねー」


 アッシュの声はいつもよりも気が抜けていた。


「んじゃ、次に王子が来たときに、餡に毒でも混ぜときましょうか? 証拠はきっちり隠すんで、大丈夫っすよ」

「全然大丈夫なんかじゃないわ!! 余計ややこしくなるわよ!」

「大丈夫っすよ。俺、隠密スキルあるんで、目撃者も全員消して、平和に解決しましょーぜ」

「全然平和じゃない!!!!」


 アッシュはもうふざけているのか、しょうもないアイデアしか返してこない。

 でもなんか顔は笑ってないのよね。いつもヘラヘラしてるのに。


 本気? ……いやぁ、アッシュはただの悪役令嬢の従者よ。


 たとえこの世界をループしていても、そこは変わらない、と思う。



「まぁ、いいんじゃないんすか。王族ですよ、お嬢。

 って、創造主にかけてもピンとこないか。

 元々婚約者だったわけだし、感情はおいといて、シナリオ上では問題ないでしょ。あとはヒロインちゃんに魅力を出してもらえば」


「……そ、そうよね! ヒロインが挽回してくれるわよね!」



「ところで、お嬢」


 アッシュが、じりっと距離を詰めてくる。

 声色がなんか怒ってる?

 顔は笑顔なのに、なんか、あれ?


 アッシュは一歩詰めると、私は二歩下がった。

 するとあっという間に壁にたどり着いてしまって――


「逃げられませんよ、お嬢」

 どんっと、壁に手をつかれる。

 これは、いわゆる壁ドンなのでは……? は、はじめてされた~!


「本当は王子に見初められて嬉しかったんじゃないんですか?」

「え……」

「正直に答えてください」

 そういうアッシュの顔は真顔で、声のトーンも落ち着いていて……嘘は通じないだろう。


「正直言うと……まったく嬉しくなかったわ!!!!」


「へ?」

 アッシュが間抜けに驚いた声を吐いた。


「ごめんなさい、フェリックス殿下!

 私にはやっぱり王妃なんて務まらないし、国母なんてもっと務まらないわ!

 もっとぐーたら過ごしたいわ! 今日のお昼みたいに、お花見しながら、ぽけぇと過ごしたいわ! 堅苦しい王族なんて、絶対に無理!!!!」


 目元に涙まで浮かんでしまった。

 いつも王族スマイルを浮かべるなんで、私には無理だ。


 ぐずぐずっと涙を袖で拭っていたら、アッシュがハンカチを出してくれた。

 そのハンカチを借り、目元を拭おうとした瞬間――


 口の端に、アッシュの口唇が触れた。


「な、な、なにを!?」

 突然のことで、私は更にパニックになった。


 アッシュはそれはもう嬉しそうに笑っていて――ってなんで笑ってるのよクソ馬鹿従者!


「なにするのよ、ばかばかあほあほ従者ー!!」


 私はタックルするように彼を全力で突き飛ばした。


「いやぁ……お嬢の唇の端に、片栗粉がついてて」


「……そこは嘘でも『可愛すぎてつい』とか『あなたを誰にも渡したくない』って言ってほしいわ」

「言ってほしいんすか?」

「可愛いはいくら言われても嬉しいわ。でも後者は、別に……」

 相手はアッシュだし。


「って、本当に片栗粉がついてたの!?

 いつから? もしかして王子に会う前から?」


「さあ~。いつからでしょうねぇ。じゃあ、俺は旦那様から頼まれた用があるんで」

 アッシュはとぼけながら部屋を去っていった。


 ……え、私……本当に片栗粉つけたまま王子に挨拶して、求婚されたの……?


 こうして、私の中で新しい黒歴史が出来上がったのであった。

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