第7話 悪役令嬢(仮)の育成日記(7)sideR
◆
薄桃色の花が、庭中を舞う。この世界にも桜があるのだ。
もちろん秋もある。四季はやっぱり抑えておきたかった萌えポイントなのだ。
「春っすねぇ」
「そうねぇ……」
私とアッシュは桜を見ながら、ぽけぇと過ごしていた。
三段のアフタヌーンティースタンドには、下から順番に、三色串団子、豆大福、桜餅。
これらを作ったのは、もちろんアッシュだ。
ループ前の私は、あんこの作り方から和菓子の作り方まで、彼に教え込んでいたらしい。
何も言わずにスッと出された時は驚いたけど――
やっぱり花見には団子だ。というより、花より団子だ。
「さ・て・と!」
アッシュが急に立ち上がり、パンっと両手を叩いた。
「な、なによ! 急に。びっくりしたじゃない」
「お嬢……忘れてやがりますね」
ちょっとアッシュ。今日はいつもよりも口調が荒い。
――はて。
春のお花見は忘れなかったけど、そういえば今日は侍女のアニーが、卸したての服を出してきた。
いつもよりもレースとリボンが多い。靴も新品だ。
「お嬢、いいえ、
「……お花見?」
「おバカですね」
直球で暴言を吐かれた。
「今日は貴方の婚約者――この国の第一王子のフェリックス殿下がこの屋敷に来ます」
「んぐっ!?」
食べていた桜餅を喉に詰まらせた。
そうだ。そうだった。
クライン公爵家に、殿下が来る。
ゲームの中では設定でサラサラ~っと書いたレベルだったから、気にもとめなかった。
けれどたしかに10歳の春、フェリックスと私は出会うんだった。
生まれた時から、政略結婚のために縁談を結んでいたんだけれど、出会うのはこれが初めてだ。
「ってことは、こんなところで団子食べてる場合じゃないわ!」
私はハンカチで、手の端についた片栗粉を拭き取った。
「殿下はいついらっしゃるの?」
「えっと……」
アッシュは懐中時計をポケットから取り出した。
「……一〇分後ですね」
「ば、ばかーーーーーーー! なんでそんなギリギリに教えるの? えっと、お辞儀ってこうだったかしら。粗相のないようにできるかしら……えと、ええっと……」
私はあたふたしながら、手鏡で自分の顔を見たり、ドレスをつまんでお辞儀の練習をしたり。
「……失敗すればいいのに」
そんな私の横で、アッシュはボソリとなにかを呟いた。
「なに? ねぇ、お辞儀これであってる?」
「合ってます、合ってますよお嬢。でも、別に丁寧に出迎えなくてもいいんじゃないんですかね」
「何言ってるのよ」
「無作法なところをわざと見せて、王子から縁談を断らせれば良いんですよ。せっかくなんですし、フラグってやつを折っちゃいましょうぜ」
従者が恐ろしいことを言い出した。
「え……今までの私はそんなことをしていたの?」
「いいえ、不作法を働いたことは一度もありませんよ」
「じゃあ、なんでそんな末恐ろしいことを言うの? 下手したら不敬罪で没落よ」
「まぁ、それもいいんじゃないんすかね。
――それとも、王子との縁談を断りたくない事情でも?」
アッシュは瞳を細めてこちらを見た。
なんとなく、だけど……彼は怒っている。
なんで怒ってるんだろう。
あ、そうか。
八年後、私は王子から婚約破棄されるのだ。
もしかして、主である私を傷つけたくないから……?
ふ、ふーん。なんだ。優しいとこもあるじゃない。
私は自分の髪の毛の先をクルクルと巻いた。
「事情は――あるわ。だって、ここで婚約破棄したら、シナリオがめちゃくちゃになるもの! 正直、この先のイベントはだいたい覚えているけど、一番最初のフラグを折ったら、私も、私の家もどうなっちゃうかわからないわ。ここはマニュアル通りに進めるわよ!」
クライン家の没落。それだけは避けたい。
ゲームの最後では、国外追放されて修道院に行く。
クライン家は実の娘と縁を切ることによって、面子を維持する。
「私だけの破滅なら構わないわ! でも、この家が没落してしまったら、領土に住まう人も、屋敷で働く人も……お父様やお母様や……もちろん貴方も巻き込んでしまうわ」
「はぁ……貴方は本当に……」
アッシュが下を向き、ため息を吐く。
再び顔を上げた時、先程の冷たい瞳はどこかにいってしまっていた。
優しい、いつもの黄金の瞳だ。
「お嬢って、
「アッシュは
「わかりました。お嬢がそこまで言うなら、魔法学校でも最果ての地でも、地獄でも煉獄でも天国でも、何処までも付き合いましょう」
「……ありがとう」
アッシュの言葉は嬉しかった。
正直、私は怖かった。
転生する前の私は、休日にソファーで寝転びながらポテチを食うという堕落した生活を送っていた。
そんな普通のOLが、いきなり貴族になって――身体が覚えているとはいえ――マナーを気にするようになって。
自分で作った世界なのに、味方が誰もいない孤独感を味わうところだった。
でも、アッシュが居てくれた。
何処までも付き合うと言ってくれる彼がいるなら、何よりも心強い。
馬の足音が聞こえる。そろそろ王子の乗った馬車が来るだろう。
屋敷の入り口には、もう従者たちが揃って頭を下げている。
いよいよね。
馬車から、私より2歳年上の少年が降りてきた。
金色の髪に、琥珀色の瞳。身なりは勿論きっちりと整っている。
何よりも、纏うオーラが違う。
なんかキラキラしている。
まず父が挨拶をする。そして私が紹介される。
心臓が喉から飛び出てしまいそうだわ。
王子の顔なんて直視できない。
どうしよう。どうしよう。
えっと、こういう時は何ていうんだっけ。
お疲れ様です? いやそれは絶対に違う。
コツン、と靴の鳴る音がした。
私は靴の鳴った方――すぐ後ろに頭を下げたまま視線を向ける。
王子から見えない視覚にいたアッシュが、指で少しずれたバツマークを作ってチラリと見せてくれた。
バツ、いいえ、あれは『人』! 指で人を示しているのだわ。
背中とか押してくれればいいのに。
なに、その励まし方。前の私が教えたんだろうなぁ。
思わず笑っちゃいそうになる。
――あ、うん。落ち着いてきた。
「ようこそいらっしゃいました。フェリックス殿下。こちらが娘のローゼリアでございます」
父が私を紹介する。
さぁ、こい。王子。そして運命。
私は黒歴史なんかに屈しないんだからね!
「ご足労ありがとうございます。殿下。私がクライン家長女、ローゼリア・マリィ・クラインです」
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