第6話 悪役令嬢(仮)の育成日記(6)sideA
ロゼは困ったり笑ったりと表情の変化が激しい。
見ている分には楽しくてしかたがない。
ロゼの言う前世でも、あまり異性と接触した経験はないのだろう。
何度もループを繰り返してわかった。
たとえば、テーブルの上に置かれた手に、そっと俺の手を重ねてみる。
「――っ! な、何?」
ロゼは目を丸くして驚いた。
やはり初い反応。
うん。きちんと時間は巻き戻っているなぁ。
「いえ、そこに虫がいましたんで」
「えっ? 虫? 虫やだ! 私、嫌いなのよ! どんな虫?」
「色鮮やかな毛虫でしたねぇ。鮮やかすぎて毒々しい色をしてました」
「や、やぁあ! 想像しちゃうじゃない! も、もうティータイム終了!」
ロゼはそう言って、ぷりぷり起こって、逃げるように屋敷の中に戻っていった。
虫の話はもちろん嘘だ。
「本当に正直なんだから、ロゼは」
俺は放置されたロゼと俺のステータス画面を眺めて詠唱を唱えた。
「
透明なブルーのステータス画面の数値が変化する。
そこには、真実のステータスが表示されていた。
ローゼリア・マリィ・クライン
職業:公爵令嬢
年齢:一〇歳 身長:悪役令嬢(仮)の育成日記(2)sideR
よく見渡せば、背景、小物にちらほら見覚えがある。
高級そうな金の壺とか、特に背景素材にするときに目立っていたっけ……って、そうじゃなく!
冷静に、冷静に考えなさい。私。
これってもしかして、流行りの流行りの異世界!?
確かに私はブラック会社の従業員で、朝6時出勤、帰宅は夜2時のブラック会社に勤めていた。会社に泊まることも週2であったし、シャワーを浴びれない日もあった。
でも仕事は楽しかったし、やりがいがあった。
そして、私のもう一つのやりがい――それはスマホゲームだった。
ときにアイドルを育てたり、ときに女神を育てたり、仕事の合間にするのが癒やしだった。
――だから、もし私を異世界に飛ばしたド鬼畜がいるなら、そいつに言いたい。
なんでよりによって、
「あわわわわ……」
――くすくすくす。
と笑い声がドアの方角から聞こえてきた。
「やっと思い出したんですね。ローゼリア様」
そこにいたのは、さっき私を起こした男の子だった。
「どうですか? 自分の創ったゲームの世界は?」
金色の目を猫のように細めて、彼は言った。
◆
「ななな、なんっ、なんっ、な、な……」
「なんでって聞きたいみたいですね。うーん。どこから話せばいいんでしょうか」
少年は見た目以上に落ち着いた感じで、私の言いたいことを汲み取ってくれた。
「俺――じゃなくて、私は前世の貴方に仕えてた従者です。名をアッシュと申します」
アッシュと名乗った少年は、床に膝を付き、私の手の甲に口づけを落とした。
「えっと、えっと……ちょっと、待って。ちょっと落ち着かせてくれませんか?」
「では、落ち着くためにハーブティを淹れますね」
14、15歳とは思えないほどテキパキと動くアッシュ少年。
ハーブティも予め用意していたのか、すぐ私の手元に渡された。
りんごのように甘酸っぱそうなのに、ほっとする香り。
「胃もたれにも効きますし、安眠効果もありますよ。お嬢様は本日特に悪夢に悩まされていたようですので」
「あ、ありがとう……ございます」
出されたお茶を一口含む。
――えっ、カモミールってこんなに美味しかったっけ!?
紅茶や珈琲は淹れ方次第で味が変わるというけれど、現代の私が飲んでいたティーパックのカモミールとは全然違う!
というか……ハーブティなんて飲んだの、いつぶりだろう。
会社に通っていたときは、麦茶代わりにエナジードリンクを飲んでいた。
ご飯を作る時間も食べる時間もなくて、ろくにご飯も食べてなかったっけ。
……そりゃ死にますね。
自業自得という言葉がずんっと頭に響いた。
「落ち着きましたか? お嬢様」
アッシュ少年がニコニコの笑顔を向けてくる。
「え、ええ……なんとか。気はおちつきました。頭の中はまだパニックですけど」
「敬語はやめてください。私は貴方様の従者でございます。敬語はなしで、気軽にアッシュとお呼びください」
「え、ええ……わかりまし……わかったわ」
前世から家族以外に敬語を使うことに抵抗があった。
けど、こんなに小さい子だし、本人も言っているから、敬語じゃなくていいわよね。
私は、こほんと一回咳をして、目の前にいる彼と向き合った。
「さっき思い出したんだねって言ってたけど――――」
――きゅるるるるるるるるるる
お腹が鳴った。もちろん私のお腹だった。
「あはは、さすがロ―ゼリア様」
真剣に訪ねようとしたのに、全てが台無しだ。
主としての威厳も、このシリアスモードも。
アッシュ少年はケラケラと笑って、笑いすぎて涙が出たのか、目元の涙を拭った。
――泣きたいのはこっちの方だった。
「まぁ、話は朝食のあとにしましょっか。アップルパイがお嬢様を待ってますよ」
「アップルパイ!」
また私は大声を出してしまった。
その様子をみて、アッシュ少年は更に笑った。
0cm 体重35kg
空魔法:適合率50%
風魔法:適合率50%
火魔法:適合率50%
水魔法:適合率50%
地魔法:適合率50%
光魔法:適合率100%
闇魔法:適合率100%
HP:100 (平均)
MP:10,000,000,000
※特記事項:
「何度みてもロゼのステータスは面白いなぁ」
先程ロゼに提示したステータスは彼女をいじるためのステータスで、本物のステータスはこっちだ。
五大元素は半分ずつ獲得。王宮魔術師でも80%あれば就職可能だ。
その中での光魔法と闇魔法の適合率の異常者。
この国では十二歳になると鑑定師が正式な魔術鑑定を行う。
そこでこのステータスがバレたら、ロゼは速攻で王宮に攫われて――公爵令嬢という身分があるから、ひどい目には合わないと思うけれど――実験に使われることは間違いない。
ロゼは当たり前のことにステータスについて聞いてきた。
ゲーム感覚がまだ抜けないのだろう。
俺は当たり前のように鑑定して見せたけれど、本当は鑑定士というスキルを持つ者しかステータス開示なんてできない。
「……八周目はどうなってるんだろうな」
自分のステータスもありのままに鑑定してみよう。
アッシュ・ウィル・ヴォルフガング
職業:公爵令嬢付きの従者
年齢:12歳 身長154cm 体重46kg
空魔法:適合率90%
風魔法:適合率90%
火魔法:適合率90%
水魔法:適合率90%
地魔法:適合率90%
光魔法:適合率0%
闇魔法:適合率100%
HP:15,000
MP:100,000,000
※特記事項:
「うわぁ……」
自分でもドン引きした。ロゼのことをイジってるけど、このステータスもイカれている。
この世界を何度も繰り返すに連れて、ステータスはぶっ壊れてしまった。
魔法学院なんて、適正率が1%でもあれば入れる。
この世界をループしても、ステータスはリセットされない。
むしろスキルの習得や、魔術強化の練習でどんどん上がっていく。
元々魔術特性の高かった俺は、何度も繰り返すうちに更にステータスが上がった。
最初の時は60%が限界だったのに。
――すごいわ、アッシュ。こんなにたくさん魔法が使えるなら、王宮魔術師の長にだってなんだってなれるわ。
一周目の彼女が無邪気に微笑んでいたことを思い出す。
王宮魔術師の長なんてどうでもいい。
ただ、彼女にすごいと言われたのは嬉しかった覚えがある。
――いまはこんなに捻くれてしまったけれど。
「ロゼに見られたら危ないなぁ……なんとか、ロゼが鑑定スキルを取得するのを阻止しないと」
そういえば、来年スキル鑑定の道具が開発される予定だ。
いま俺が見せるだけなら、能力値をごまかす魔法が使える。
二年後――正式な鑑定士によるステータス公開でも、俺よりもスキルレベルが低い鑑定士相手なら誤魔化せる。これまでもそうしていた。
だから、うかつにこのぶっ壊れ性能が世間にバレる前に、スキル鑑定の道具を作る工房をすべて――
「潰さないと」
全てはロゼに計画を悟られないために。
「……なにを?」
急いで振り返る。そこにはロゼが立っていた。
「お嬢、屋敷に戻ったんじゃないんすか?」
しまった。ロゼの隠密スキルは俺よりも上だった。
「忘れ物を取りにきたのよ。そしたら怖い顔したアッシュがいたから。……なにを潰すかはわからないけど、あ、もしかして毛虫? んーでも、そんな殺気だって殺したら可哀想だわ」
「殺すのは肯定なんすね」
「……庭師に頼んで、今日中には除草剤をふりまく予定よ。全滅させてやるわ」
お嬢様は相当虫がお嫌いらしい。
「――で、潰すってなんのこと?」
ロゼは笑顔で尋ねてきた。
幼いロゼもかわいいなぁ。笑うと目尻がたれて、頬が上がる。
「虫のことですよ」
「あら。じゃあもう事件は解決ね。でもなんでかしら。まだアッシュの顔はしかめっ面だわ」
ロゼはそう言って、ぐいーっと背伸びをして、俺の頬に手を伸ばしてきた。
「怖いものは私が全部とってあげるから、笑って。貴方にはやっぱり笑顔が似合うから」
「――っっっ!」
……何度繰り返しても思う。
彼女のこの天然タラシっぷりはどうにかならないのだろうか。
金色の髪が陽に当たって、キラキラと光る。髪の同じ色のまつげが、目元に影を落とす。
この世界の創造主であるローゼリア。
俺にとって――こっ恥ずかしいけど――唯一の女神様だ。
あぁ、ローゼリア、お嬢、お嬢様。
何度も貴方に恋をして、何度も貴方を愛した。
これからもずっと永遠に愛している。愛しています。
「お嬢の忘れ物って、なんっすか?」
「やぁね。これに決まってるじゃない」
そう言って、ロゼは俺の服の裾を掴んだ。
つまり、忘れ物は俺ってことか。
……がわいいいっっ!
ちょっとまだ心を開いていなくて。
でも主っぽく見せるために偉そうにして。
手をすっと握れないほど初で……。
「さぁ、アッシュ、今から私の部屋で作戦会議よ!」
「なんか……イベントも起こらない今が一番幸せな瞬間かもしれないっすね」
「ふふ、私もおんなじこと考えた」
今度はいたずらっ子っぽく笑った。
――ン゛ッッッ。
我が主は、この世界の
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