第4話 疑惑
唐突な皇太子の訪問に、周囲にたたずむ料理人達が驚きに怯むなか、カイルはセリーナの隣で目を
「料理長、オマエ……ッ……死罪をもいとわぬ覚悟があっての所業だろうな……!?」
「カイル、違うのっ!私が料理長様に、お願いしたのっっっ」
——再び、沈黙があった。
蒸気を吹く鍋は、コトコトと静かな音を立て続けている。
*
*
「……すまない」
謝る言葉は、もうこれで三度目だ。
一度目は厨房で料理長とセリーナに、二度目は回廊でセリーナに、そして三度目は——。
先ほどまでの剣幕は萎み消え去り、カイルは好物の『冷製フェデリーニ』を前に頭を下げて項垂れた。セリーナからのせっかくの
「そんなに何度も謝らなくてもっ。もう、いいですから……。それよりも、お料理……」
勘違いだったにせよ、カイルが厨房に乱入して来たのは
(さすがに料理長様のようには、綺麗にできませんでしたけど……)
「心を込めて作ったので、食べてもらえると嬉しいです」
向かい側の席でにっこり微笑むセリーナを、カイルは失敗を許されたばかりの子供のような目で見上げた。それから料理に視線を移して、
「……これを、お前が作ったのか?」
震える両手でカトラリーを扱い、おもむろに口に運べば、目を閉じて言葉を失う。
「し……」
「し?」
セリーナが首を傾げているが、これ以上はもう言葉にならない。代わりに口の中いっぱいに広がる『愛情』を、涙を呑んで噛みしめた。
——幸せすぎて、憤死寸前だ!!(← お決まり)
*
*
カイルが寝所に
湯浴みを済ませたカイルがそっと隣に滑り込んで来る。慌てて目を閉じて、眠っているふりをした。
柔らかな石鹸の匂い。
セリーナを起こさないようにと、静かに……カイルの腕が後ろからセリーナの腰に回される。
昼間にあんな噂を聞いたあとでも、背中にあたたかさを感じ取り、後頭部に頬を寄せられれば、セリーナはやっぱり幸せな気持ちに包まれてしまう。
だけど……。
——二人で頬を上気させて……。コソコソと、待ち合わせを……。
ふと目覚めると隣に眠っているはずのカイルの姿が無かったのは、二時間ほど前のことだ。
背筋が一気に寒くなり、唐突に胃の奥から何かが
これまで何故、気付かなかったのだろう?カイルが寝所を抜け出していることに。
(近頃は眠気が酷くて、一度眠ってしまえば朝まで目覚めることなんて無かったから……)
噂は、噂。
きっと、何か事情があるに違いない。
そう思い続けて目を閉じるのだけど、広々としたベッドの中で一人……不安に駆られて眠れなかった。そして時間が経ち、先程カイルが寝所に戻って来たのだ。
セリーナと共に一度床に就く時、カイルは湯浴みを済ませていた。なのになぜ、今この時間に再び湯浴みなんかするのだろう……??!!
昼間耳にした言葉が何度も重い首をもたげてくる。夜中に寝所を抜け出して、こんな時間まで。
——いったい何をしていたのっっ???
「………」
頭上ですぐに静かな寝息が聞こえ始めてからも、セリーナはどうにも寝付けなかった。
そっと床を抜け出して湯殿へと向かう—— カイルは疲れているのか堕ちるように眠りに就いていて、セリーナが腕の中から抜け出した事に少しも気付かない。
——カイルを疑いたくはない、信じたいけれど、
(でも……っ)
寝所を出て湯殿へと向かえば、カイルが脱いだ着衣が椅子の上に掛けられていた。
そっと抱え上げると——カイルの匂いのほかに、清楚だが明らかに女性が使うであろう甘やかな『香』の匂いがふわりと鼻をつく。
セリーナが知る、
(まさか、これ……っ……)
———フィオナっていう人の……?
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