8月6日(金)【12】生きていたアサガオ
「えいっ――」
「ほふっ!!」
両わき腹をギュッと押される。振り返ると白くてツヤツヤのエリカさんの顔。待ってみて正解だった。
「久しぶりだね」
「お久しぶりです」
「もうあきふみくん引っ越しちゃったのかと思った」
「すみませんでした。おばあちゃん家に帰っていたのですが、エリカさんに言うの忘れてました」
「そっか。楽しかった?」
「はい」
「それにしても顔やけたねえ」
「エリカさんは白いですね」
久しぶりのお姉さんの匂いに少し緊張する。
「髪も茶色くなってる」
「ほぼ毎日海に入っていたので、太陽のせいかな、わからないです」
「細くてやわらかい」といって、お姉さんはぼくの髪を手ぐしですく。頭皮を指でなでられると首の後ろがゾワッとした。なかなかやめないので、左手をつかんで久々のラジオ体操へと向かった。
アパートに戻ると早速、お留守番していたアサガオの水やり。
「あさがおの葉っぱの色、変わっちゃってるね」
「もう戻らないしちぎりますか」
黄色くヘナヘナになってしまった葉をちぎり、土の上に置いた。
「今日はいつもの観察日記書かないの?」
「帰ってきたらやります。今から二度寝するので」
「あきふみくん夜更かしかな? いけない子だ」
「昨日までの疲れと、あと平和登校日なのでギリギリまで寝ることにします」
「あーそんなのあったあった」と懐かしむエリカさんと別れ、布団へもぐり込んだ。
〇
学校からの帰り道。アパートに近づくと、小山内のおばさんが玄関前で夫婦らしき二人と立ち話をしている姿が見えた。
ぼくは急いでランドセルをくるりと正面にかつぎなおし、見えない金具を45度回してフタをベロンと持ち上げる。チャックをスライドさせて電話線タイプのクルクル紐を引き上げたら、先っぽについている鍵を正しくつまむ。重力にまかせてベロンとフタを落とすと、金具はカチョンと一発で磁石にハマった。
歩道で直角に右折してアパートの敷地に入る。
歩く速度はゆるめずに「こんにちは」と言いながら玄関の前へ。返ってきた三人ぶんの「こんにちは」にペコリとおじぎをしたが、黄帽子を深くかぶり目線を合わせないようにする。そのまま玄関戸に鍵をさして押し込みながら左に回す。ギリギリ一人ぶんだけ戸を開いて、肩を擦らせながら中へ入った。
下校時間中は、アパートの敷地内で立ち話をしたくない。通学路を下校中の同級生からまる見えなのが嫌だった。
今日は宿題をする日。毎年お世話になっているおばあちゃん家メモリーズたちも、忘れないうちに絵日記に描いておこう。
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