第40話 (ライルハート視点)

ネルバの姿を見送り、俺は小さく舌打ちを漏らす。

たしかにあいつは仕事も早く、何だかんだ信頼できる部下の一人だ。

だが、人の不幸を笑うあの神経だけは、どうにも許し難い。


「他人事だと思って好き勝手言いやがって。どうせならあいつに擦りつけてやろうか。それならたしかにおもしろ……いや、やめておこう」


言葉の途中で、このままでは自分もネルバの同類だと気づき、口を閉じる。

執事が、震えた声で口を開いたのはその時だった。


「あ、あれは、黒の狼のネルバ………?数年前から名前を聞かなくなった暗殺組織が何故、ライルハート様の部屋に!?」


呆然とこちらを見る執事、その姿を見てようやく俺は理解する。

先程、執事がネルバの姿に驚いていたのは、その正体を知っていたからだと。


……確かに、ネルバは裏社外ではかなり有名な存在だったが、その顔まで知っているとは。


思わず感心しつつも、新たな問題が発生したことに気づき、俺は無言で考える。

俺がネルバを直属の部下とした経緯は、単純に暗殺したネルバを返り討ちにしたからだ。

とは言っても、こんなことを言っても信用は得られないだろう。

何せ、俺はあくまで昼行灯でしかないのだから。


突然扉が開いたのは、そう俺が悩んでいた時だった。


「ライルハート、侍女達がお前の奇行に………え、何故ここに公爵家の執事が……?」


頭痛を堪えるような表情で部屋の中に入って来たのは、兄貴だった。

帰ってきて直ぐこの部屋にやってきたのか、兄貴はその顔に疲れを滲ませている。

そんな兄貴の姿に、これで手間が省けたと俺は笑って口を開いた。


「アイリスが攫われた。公爵家当主を潰す」


「なっ!?」


最低限の情報だけしか口にしていないにもかかわらず、兄貴はその顔を驚愕に歪める。

その表情に、兄貴が自分の伝えたいことを理解したことを確信した俺は、窓へと向かって走り出した。

それは側からみれば、常軌を逸した行動。隣にいた執事が、信じられないと言いたげに目を見開くのがわかる。


「ら、ライルハート様!?」


執事のあげた驚愕の声を最後に、俺はネルバと同じように窓から飛び出した。

勢い良く飛び出した俺が、身を投げたようにしか見えなかったらしい執事が慌てて窓へと駆け寄ってくる。けれど、その心配を杞憂でしか無かった。


なぜなら、俺の身体は重力に逆らって浮かび上がったのだから。


それは、膨大な魔力によって起こされた事象だった。それも魔法の才がない人間でさえ、その魔法の異常さを感じられるほどの圧倒的な。


「………1度は、もう使わないと思っていた能力なんだけどな」


宙に留まりながら、俺は思わず苦笑を漏らした。

これは、1度は酷く呪った力だった。なのに、これでアイリスを助けられると考えた瞬間から、俺の中でこの能力に関する忌避感は綺麗さっぱり消えていた。

我ながら、なんと単純なことか。


俺はもう一度兄貴へと振り返り告げる。


「事情はそこの公爵家の執事から聞いてくれ」


そして兄貴からの返答を聞く前に、俺は高速で飛翔を始めた。

アイリスのいる公爵家の方向へと。

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