第30話

「っ!」


国を潰しかけた、そのライルハート様の言葉に私は強く唇を噛みしめた。

私は、ライルハート様と長く付き添っていて、何があったかを知っている。


故に、目の前のライルハート様の浮かべる表情に、私は罪悪感を覚えずにはいられなかった。


違う。国が潰れかけたのは決してライルハート様のせいではない。

ライルハート様がきっかけで、事件が起きかけたのは確かではある。

だが、それはライルハート様ではなく、私達貴族達のせいで起こったようなものだった。

それを知り、今までその考えを否定しようとしていたからこそ、私はその言葉を看過することは出来なかった。


「違います!それはライルハート様のせいじゃなくて!」


感情的に私はそう言い募る。

が、私の言葉を遮るようにライルハート様は手を上げた。


「いや、俺の責任だ。何も考えず暴走して、あの状況をまるで考慮していなかった、俺の浅慮が起こしかけた事態だ」


強い口調でそう言い切ったライルハート様に、私は何も言い返すことができなかった。


本当に責められるべきはライルハート様でないことを、私は知っている。

真に責められるべきは、あの時何もできないどころか、状況を悪化させた自分の方なのだから。


私は、未だライルハート様の考えを変えられなかった自分の力不足を後悔して俯く。


──ライルハート様が、今まで纏っていた雰囲気を霧散させたのは、その瞬間だった。


「と、昔はそう思い込んでいた。でも、今は違う。どこかのお節介な婚約者が、その考えは違うと必死に言い聞かせてくれたからな」


「………え?」


思わぬ言葉に、呆然と顔を上げる。

そこには、柔らかい笑みを浮かべたライルハート様の姿があった。


「あの時、アイリスのお節介があったからこそ今の俺がいる。だが、情けないことに今の俺はまだ、自分のことが、いや、自分の能力に忌避感を覚えている。だから、それを拭うために一つ頼みを聞いてもらっていいか?」


その意味が、私には分からなかった。

ただ、どんなことであろうがライルハート様のためなら、私の覚悟は決まっている。


「はい。分かりました」


私の了承に、ライルハート様は一瞬躊躇なようなものを浮かべた後、意を決したようになにかを取り出した。

それは手のひらに乗る程度の大きさ。


──次の瞬間、ライルハート様が開いた箱の中に見えたのは、シンプルながら高名な細工師が作ったとわかる一つの指輪だった。

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