第29話
意を決した私を見て、少し黙った後ライルハート様は口を開いた。
「……今まで俺は常に、アイリスが自分を見限るのではないかと考えていた」
「………え?」
ライルハート様の独白に、私は動揺を隠せない。
一体自分が、どんな不手際をしたのかと、自己嫌悪を覚える。
が、そんな私の考えを見抜いたように、ライルハート様は首を振った。
「別に、アイリスに何かあったから、そんな思いを抱いた訳じゃない。いやそれどころか、アイリスは俺にとって、貴族社会の中唯一の救いだった」
そこで言葉を止めたライルハート様は、一瞬躊躇した後、言葉を続けた。
「なのに、アイリスの存在を大切に思うたびに、なぜか俺から離れていく恐怖を覚えずにいられなかった。……どれだけアイリスに好意を向けられているって分かっても」
「……っ!」
懺悔するようにそう語るライルハート様に、私は何の言葉も投げかけることができなかった。
長年付き添ってきた私にも、何故ライルハート様がそこまで不安を覚えるのか、どうしても分からなかった。
ライルハート様の苦しみをどうすることもできない、そのことに小さな痛みが私の胸に走る。
──ライルハート様の雰囲気が変わったのは、次の瞬間のことだった。
「今日ようやく、その理由が分かった」
雰囲気の変化が分からず、一瞬私は戸惑うが、こちらに向けられたライルハート様の視線の真剣さに、戸惑いを一旦胸の奥へとしまい込む。
「アイリスが令息達にテラスに連れていかれている時、アリミナが側に来た。アイリスが令息達に囲まれている姿を俺に見せ、姉が不貞を働いていると言いに来たよ」
「なっ!?」
信じられないライルハート様の言葉に、私は衝撃を隠せず、声を上げた。
いや、今から考えるとそれは決しておかしな話ではない。
それどころか、何故思いつかなかったのか。
あの状況で、ライルハート様にアリミナがちょっかいを出さない方があり得ないのだから。
一瞬私はそのことに後悔を抱くが、あくまで冷静なライルハート様の姿に、アリミナの計画の失敗に気づき、直ぐに我を取り戻した。
「まあ、一瞬たりとも信じなかったがな。それどころか、俺はアイリスの不貞という言葉に嘲りさえ覚えた。そんなことあり得ない、とな。……俺が自分の心に気づいたのは、その時だった」
影が濃くなったライルハート様の表情に、私は次のライルハート様の言葉に神経を集中させる。
「俺はアイリスの思いを疑っているわけではないどころか、アイリスの思いを誰よりも理解している。なのに何故、俺はアイリス思いが離れるのをこんなに恐れているのか。それは……」
ライルハート様の顔が、自嘲するような笑みを浮かべたのは、その時だった。
その笑みは、ライルハート様が自分の辛さを隠そうとする合図であることを知る私は息を呑み……次のライルハート様の言葉に、顔を歪めることになった。
「……俺が自分自身を信じられないものだから、のようだ。まあ、当然のことかもしれないが。──何せ俺は、一度は国を潰しかけたのだから」
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