第22話

それから、ホールの中央へと移動した私達は、ちょうど始まった曲に合わせて踊り出す。

そんな私達へと、さらに多くの視線が集まってくる。


「……ねぇ、あの素敵な人誰かしら」


「分からないわ。見たことないもの」


「一体どこの高位貴族の令息なんだ?」


「待てよ、アイリス様が踊っているてことはまさか……!」


混乱の隠せない複数の声、それを聞きながら私は必死に顔が緩むのを堪えていた。


なぜなら、ライルハート様が認められることは、私にとって一番の希望だったのだから。


もちろん、ライルハート様が意図的に目立つことを避けていることを私は分かっている。

ライルハート様は自分が望んで、昼行灯と蔑まれる立場に甘んじていることを。

それでも私は、一人でも多くの人にライルハート様の凄さを認めてもらいたいと思っていて。


だから、例え外見だけだとしても、少しでもライルハート様の評価が上がったことに、私は喜びを抑えられなかった。


「……アイリス、どうかしたのか?」


さすがに私の様子を不審に感じたのか、ライルハート様が心配そうな視線を向けている。

その目に映っているのは私だけで、そのことに幸福感を感じながら私は首を振った。


「いえ、大丈夫です。今日が楽しいなと思っていただけですから」


そうして踊りながら、私は胸の中で密かに思う。

願うならば、ライルハート様がこうして悪評を被らなければならないようになればいいのにと。




◇◆◇




「少し、飲み物を飲んできますね」


それから何曲か踊った後、私はそう断りを入れて使用人の待つ端へと歩き出した。

連続して踊ったこともあり、身体はすっかり上気している。


……久々の夜会で、はしゃぎすぎてしまったかもしれない。


「でも、楽しかったわね」


そう思いながらも、私は楽しさの余韻を噛み締めるよう笑う。

実の所、夜会にあまり出ないとはいえ、ライルハート様はダンスができないわけじゃない。

それどころか、他の令息よりも一段上の実力を持っている。

幼い頃は、頻繁に踊っていたからこそ、私はそのことを知っている。


けれど、今はもう滅多に踊ることができない。


それ故に、こうして踊れる夜会を私は楽しみにしていた。

特に今回は、正装をしてくれているからか、いつもよりも長く私と踊ってくれた。

それはとても楽しい時間で、それ故に名残惜しさを感じながら、私は小さく呟く。


「次踊れるのはいつかしら」


「残念ながら、もうないのではないのでしょうか?」


……突然背後からの声が響いたのは、その時だった。


想像もしていなかったことに驚き、振り返った私の目に入ってきのは、貴族令息の男性だった。

警戒を顔にうかべる私に対し、その中の一人が告げた。


「アイリス様、ですね。少しお付き合いしていただけないでしょうか」

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