(3)

 嘘だろ……この手が有ったのか……。

 社会復帰訓練の場所である韓国の釜山行きの船に乗って、すぐに、この船から逃げる事は、事前に思ってたより遥かに困難だと気付いた。

 船の乗員が誰かは判る。船会社のモノらしい制服や作業着を着ているからだ。

 しかし……俺達は囚人服を着せられてる訳じゃない。

 そこまではいい。

 俺を監視……もしくは保護している「正義の味方」達も……そうだ、今時、制服や揃いのコスチュームに拘るのは「悪の組織」の流儀と化しつつ有る。

 船員以外は、ほぼ全員、私服。

 何故、今まで、誰もこの手を思い付かなかった? そして、何故、「正義の味方」どもは……こんなエグい手を思い付いた?

 

 これが……「体育会系」的な「文化」が消え去った社会……そして、「正義の味方」どもが目指してる社会なのか?

 思えば……俺を「足抜け」させに来た「正義の味方」どもも、同じチームらしいのに、装備やコスチュームは1人1人が全く違っていた。

 マズい……。かなりマズい……。

 一気に使える手が減った。

 誰が、俺と同じ元「悪の組織」の人間で、誰が、それを監視・保護している「正義の味方」か判らない。

 この船に居る「正義の味方」どもは、多分、他の誰が同じ「正義の味方」なのか知っている。

 だが、俺を含めた悪党どもには……誰が同じ悪党か判らない。

 「正義の味方」ども同士は連携出来るが……悪党どもは分断されている。

「やっぱやだ〜ッ‼ 俺、帰るぅぅぅぅ〜‼」

 その時、若い男の声。

「若ッ……‼ 駄目ですッ‼ やめて下さいっ‼」

 今度は、別の男の声。声の感じは……中年と言うには老けてるが、高齢者と言うにはちと若い中途半端なモノ。

「うるせ〜っ‼ 俺は戻る。戻れば……」

「やめて下さい、若‼ もうウチの『組』は無いんですよ……」

 声のする方を見ると……海に飛び込もうとしてる若造と、その若造を抱き付いて止めようとしてる五〇代から六〇代ぐらいのおっさん。

「源田ッ‼ 離しやがれッ‼」

「待て。いい加減にしろ‼ これ以上、他人に迷惑をかける気なら、このクリムゾン・サンシャインが相手だッ‼」

 今度は……三〇代の……半端な長さの無精髭、齢の割に禿げかけてる髪、そして……明らかに筋肉より脂肪が多い体型の男だった。

「はぁ? 今、何て言った?」

「何って何がだ?」

「お前が名乗った名前だ‼ 今、何て名乗ったッ?」

「クリムゾン・サンシャインだ」

「ふざけるなッ‼」

 何故か、怒り狂い始めたのは、五〇代か六〇代らしきおっさん。

「うわ〜、やめろ……暴力反対……」

「お前がッ‼ あのッ‼ クリムゾン・サンシャインのッ‼ 筈がッ‼ 無いッ‼」

「痛い‼ 痛い‼ 痛い‼ 痛い‼ 痛い‼ やめて‼ やめて‼ やめて‼ やめて‼」

「ふざけるなッ‼ 俺は、クリムゾン・サンシャインのファンだったんだぞッ‼ お前のような醜いデブがッ‼ ヒーローの名を騙るなッ‼ つか、お前、見た事有るぞ。ッ‼」

 何故か、海に飛び込もうとしてた若造を離して、デブの三〇男を殴る蹴るし始めたおっさん。

 ……いや、どうなってんだ?

「やめたまえ、君ッ」

 そう叫んだのは……急に暴れ出したおっさんより少し若そうな別のおっさん。

 齢の割には女にモてそうな顔立ちで、中々、洒落た背広に……いや……元は高級品っぽいが、よく見ると、袖口がほつれてたり、結構、長い間、クリーニングに出してないっぽい……。あ、眼鏡も元は高級品らしいが……良く見るとつるをセロテープで雑に補修……。

 ああ……何つ〜か「昔は羽振りが良かったが、今は零落おちぶれてる」感がビンビンと……。

 次の瞬間、暴れ出したおっさんは急に倒れ……。そして……若造は……おい……何だ? どうなってる?

 若造の顔は海に飛び込む最中に……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る