第一章:Escape Plan

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『社会復帰訓練は沖縄・北海道・韓国・台湾の4箇所で受講が可能です。どこでの受講を希望されますか?』

 アドバザーを名乗るその男 (声からして。声を変えてる可能性が有るが) は、端末ごしにそう聞いてきた。

 俺が会話に使っている端末は俺を「足抜け」させた「正義の味方」から渡された連絡用の小型のブック型PCだ。

 ここ十何年かで携帯電話の主流になった「ブンコPhone」を大きくしたような「開くと2画面型の端末になる本型のデバイス」だが、当然ながら、俺にはアプリのインスイトールすら出来ないように制限がかかってる。

 入ってるアプリはメーラーとWEBブラウザ、総合メッセージアプリのMeaveぐらい。

 Meaveは、複数のSNSやインターネット・メッセージをシームレスに扱えるアプリだが、新規のアカウント作成が出来ない機能制限版だし、多分、WEBの閲覧・投稿やメールの送受信の履歴も監視されてるだろう。

 つまり、このブック型PCでは、変な真似をやるのは困難だ……「やりにくい環境」「やったらバレる」の二重の意味で。

 今もMeaveの音声通話機能で「アドバイザー」と会話をしている。

「あ……あの……ところで、俺の居た組織は……どうなりました?」

『壊滅しました』

「えっと……それじゃ、俺を足抜けさせる意味は……」

『貴方が我々に依頼したのは、テロ組織・犯罪組織から抜けて、社会復帰訓練を受け、新しい生活を始める事ですよね? その為の一番コスパが良い方法が、テロ組織や犯罪組織を壊滅させる事なら、そのような手段を取る事も有ります……。まぁ……たまたま、喩えるなら「陽動任務の筈が、気付いたら敵の主力部隊を壊滅させてた」ような真似をよくやるチームしか手が空いてなかったのも有りますが……』

「は……はぁ……」

 かすかな違和感を感じた……。いや、この違和感で気付いておくべきだった。

 正義と悪が共存困難なのは、裏と表、同じ軸上のプラスマイナスだからなどではなく、少なくとも今の時代における正義と悪は「全く違うシステム」だからで、俗に「正義の味方」と呼ばれてるこいつらと、テロ組織・犯罪組織扱いされてる俺達が戦っているのは、昔の中学生が想像するような「光と闇の戦い」なんかじゃないと。

「それで……やっぱ社会復帰訓練は受けなきゃいけませんか?」

『テロ組織・犯罪組織の多くには……早い話が「体育会系的」「軍隊的」な文化が有ります。特に貴方が所属していた「英霊顕彰会」は「富士山の噴火で旧政府と旧首都圏が壊滅する以前の日本社会を取り戻す」事をスローガンにしていたので、その傾向が顕著です。しかし……今の一般社会はそうでなくなりつつ有ります』

 ああ……そうだ。

 世界で最初に存在が表沙汰になった「特異能力者」は「精神支配能力者」だった。

 そう、二〇〇一年九月一一日、まだ「北アメリカ連邦」と「アメリカ連合国」に分裂する前のアメリカで起きた、あのテロ事件の実行犯どもだ。

 だから、特異能力者の中でも最も研究が進み対抗策が確立されているのは「精神支配能力者」だ。

 多分、一〇年後か遅くても二〇年後には、催眠モノのエロ・コンテンツは過去を舞台にするモノが多数派になるだろう。何故なら「本土」では、義務教育で「精神支配系の能力に対する抵抗方法」の訓練が導入されつつ有るのだから。

 そして……「精神支配能力者」についての研究の結果、明らかになった事が有った。

 「精神支配能力者」と言っても複数の種類が有るが……その大半が「通常の暗示や洗脳に似た事を魔法や超能力などを用いて行なうモノ」だった。

 つまり、暗示や洗脳にかかりやすい者は「精神支配」系の特異能力への抵抗力が低く、逆に暗示や洗脳にかかりにくい者は「精神支配」系の特異能力への抵抗力が高い。

 では、「暗示や洗脳にかかりやすい者」とは、どう云う連中か?

 上に諂い、下に厳しい者。

 強者と見做した相手に立向う勇気の無さを、弱者と見做した相手に対して高圧的に振る舞う事で隠そうとする者。

 自分なりの正義や信念を欠いているのに、自分が属する組織・集団の規則・慣習だけは守る者。

 過剰に「空気が読め」てしまう者。

 権威を疑わぬ者。そして、権威に疑いを持つ他の誰かに対して嫌悪感を抱く者。

 付和雷同性が高い者。

 同調圧力に弱い者。

 何かの組織・集団に所属する場合は、縦割りで上下関係に厳しい組織・集団をこそ「居心地良く」感じる傾向が有る者。

 自分が多数派マジョリティである事に安心感を覚える者。そして、自分が少数派マイノリティと化す事に恐怖を感じる者。

 つまる所……「精神支配」系の特異能力への抵抗力が低い者を一言で言い表すなら……「体育会系」。

 そして……どうやら、この世界からは……どんどん「体育会系」の文化が失なわれつつ有るらしい。

 ざっと4つのモノを除いて。

 1つは……警察・軍隊などの「暴力装置」的な性格を持つ公的機関。

 1つは……社員が上からの命令に唯唯諾諾と従うロボットじゃないと組織が回らなくなるような時代遅れの理不尽企業。

 1つは……刑務所やそれに類する場所。

 そして、最後の1つは……言うまでもない。「悪の組織」の大半だ。

「じゃあ……その……俺みたいな『体育会系』の文化にドップリだったヤツは……その……」

『ええ、今の社会の常識を学んでもらわないと……今後、選べる職業の幅は、かなり狭くなります』

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