愛を求め

若子

愛を乞う

「どうせ、わたしのことなんて愛してないんでしょう!!」


 そう大人に叫ぶ幼い子。

 ……私は何度も何度も、この夢を見るのです。考えてみれば、物心つくころから、私はこの言葉をよく母親に言っていました。今思えばなんて可愛げのない子どもだ。この夢をみるたびに、私は自分自身に呆れてしまいます。

 無愛想で表情の変化が乏しくて、都合の良いように動かない人間は愛されない。小さい私が母親に縋って、愛を乞うて、泣き叫んでいるこのシーンが何度も何度も夢にでてくるのは、きっと、罰だ。


「何言ってるの!!愛しているでしょう!!」


 この夢の中の私の母親は、苛立ち怒鳴り声を上げ、夢の中の小さな私は、ただ泣き叫ぶだけとなる。いつもと同じ流れに、辟易としました。

 愛だなんて言葉が飛び交うこの場は居心地が悪い。親なんて、所詮は血がつながっている他人だろうに。

 ……人は、いつだって一人なのです。この世に生まれてきたその瞬間から、人間はいつだって一人なんだ。飲み込まなければならない。愛されるための行動をしなければ愛だなんてものはもらえない。当たり前です。親も人間なのだから。

 目を閉じても暗闇に閉ざされないこの空間が、私は嫌いだ。だってそうでしょう。自分の黒歴史が流れる空間を、好きな人間がいるはずがありません。


「……本当に、愚かだったな」


 泣きじゃくる小さな私が、ぱっとこちらに顔を向けました。こんなことは今までに一度だってありません。夢の中の私の顔をみれば、泣いていたことなんて嘘かのように、その顔は純粋で、あどけない、



「おねえさんは、愛されたくないの?」



 ……悪魔のようでした





 スマホのアラーム音よりも先に、私ははっと目を覚ましました。背中につたう汗に、どくどくと聞こえる心臓の音。暑さのせいだけではないことは明白で、頭の中ではあの子どもの声が鳴り響いていたのです。


「……うるさい」


 愛だの情だの、くだらない。行動一つで愛されなくなり、行動一つで情は崩れる。なんて脆くて、中身のないものなんだろう。


「……私は、愛されているよ」


 にこりとひとつ笑いを作れば、声は消えました。

 実際、私は愛されているのです。確かに幼い頃は……まあいろいろあり、どこにも心安らげる居場所は無かったのですが、年を経るごとに作り笑顔を覚え、相手が求める私を察し、その通りに動けるようになっていったのです。その過程は、散々人の顔色を伺っていた私にはあまり難しいことではありませんでした。

 ……けれど、自室で一人の際、私でない他の誰かが、私に囁くのです。「お前は愛されていない、お前は一人だ」と。そんなわけはないのに。


 そんなわけはない、と、思っていたいだけです。理想ではなく、現実を直視しなければ。

 私は、うまく立ち回っていると思っていたのです。家庭内で、優しく扱われ、何か欲しいものはないかと聞かれ、私の好きな食べ物を父親が買ってきてくれていたのです。しかし、それは思い違いのようでした。

 ある日のことです。私は年に一度、37℃の熱が一、二週間続く謎の体調不良に見舞われるのですが、どうにも、そのときは母の虫の居所が悪いようでした。

 熱が出る度、一人で病院に行き採血をし点滴を打ち、何の異常もないと言われての繰り返しを四日ほど続けていた日です。大きな足音を立てて、母が私の部屋に入ってきたのです。何事かと思うも、私は意識がぼんやりとしていたのでただ部屋にきた母を眺めていました。

 母はわなわなと震え、じっとこちらを見ています。その目には心配も慈愛も、きっと親が子に向けるであろう感情は一切ありませんでした。代わりにあるのは、侮蔑と怒り……いや、そんな感情がその瞳にたたえてあったのかは分かりません。ただ、狂気的に、今にも私を殺しそうな、そんな目をしていました。

 しばらくそうしていると、母は口を開きます。曰く、「仮病で学校を休むな」「どうせ騙しているだけだろう?」「お前の食べる昼飯はない。これからも、ずっとお前に飯は出さない。そのまま、飢えて死ね」

 そのときの私は、何も考えられなくなり、頭が真っ白になりました。はっと自分を取り戻せば、殺される、と震えました。

 いえ、気がついてはいたのです。母は、私が体調を崩せば、途端に機嫌が悪くなり、素っ気なくなるのです。そうでなければ、母は持病が悪化するのです。なんとなく、分かってはいたのです。母は、自分が好きなのであって、楽に良い人となれればそれで満足で、その相手が私でなくともいいということくらい、分かってはいたのです。分かってはいたのですが……期待を、してしまっていたんでしょう。

 親は子を愛し、慈しむものであり、子もまた、親を大事にするものだ。

 そんな社会的な理想が、本物なはずなのだと、信じたかったのです。

 わたしは、私は、ひとりなのです。都合の良いように、理想の自分になるための道具のように扱われ、誰も、わたしを大事にはしない。絶対の味方など、いないのだ。どこにも、心安まる場所など、ありはしないのだ。ああ、こんな人生ならば、はやく死んでしまいたい。この人生そのものが罰である。私が何をしたというのでしょう。

 罰がある中に救済を。いや、罰、それこそが救済なのやもしれません。罰があるからこそ、許されるのだ。罰を受けるからこそ、許される。罰がなければ、ずっと重荷を背負って生きねばならない。

 ……しかし私は、その重荷が何か、分からないのです。重荷なんて、ないのかもしれない。しかしそれならば、ただいたぶってるだけではありませんか。……ね、死んでしまってもいいでしょう?

 けれども、死ぬことも叶わぬのです。もしかしたら他の人ならば、もしかしたらもっと脳天気に振る舞えば、もしかしたら新しい環境ならば……もしかしたらと、期待することの連続だ。反吐が出る。意地汚く生にしがみついている私は、端から見れば滑稽に違いない。私は、誰かに大切にされたいだけなのです。誰かに心配されたい、誰かに慈しまれたい……愛されたい。


 ……もしかすると、愛を乞うたこと、それこそが、罪なのかもしれません。

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愛を求め 若子 @wakashinyago

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