8
帰りの電車がいつもより揺れていた。転びそうだったので、吊り革を掴んだ。窓の外を眺めていたが、何も見つからなかった。
家に帰ればいつも通りの生活。風呂に入って、夕食を食べる。そこまでは昨日と同じ、その前とも同じだった。しかし食器を片付けた後、母が尋ねてきた。
「そういえば、将来の夢って決まってる?」
前にもされたような質問だった。あの時と比べると、したいことは増えていた。ただそれを形にしようする努力はしていなかった。
だから俺は弱った犬のように小さく唸ることしかできなかった。そして
「有名人」
と同じ回答をした。
「いや、有名人はいいんだけど、夢だよ。何をして有名になりたいのってこと」
また、黙った。実は頭の中に一つ、答えはあった。だがそれを言っていいのかという不安がそれを覆っていた。そうしていると、母が口を開く。
「例えば、カスタードクリームになりたいって言ったらどう思う?」
俺は、不思議な例えの意味が最初分からなかった。
「変だと思うでしょ。分からないのよ。カスタードクリームが何かの象徴なのか、カスタードクリームそのものになりたいのか。それと一緒で、有名人になりたいっていうのは、具体性がないのよ」
その言葉は、何故か、響いた。オーケストラの一番良いところのシンバルや一月一日零時零分の鐘でもこんなに響かないだろう、というくらい響いた。
「何がしたいの?」
母はもう一度尋ねた。俺は遂に口を開く。
「……本を読んだりが好きだから…………文章を書いたりしてみたい」
やっと言葉にできた。ゆっくりだったが、はっきり答えることができた。何かが俺の中で変わったのを感じた。
「そうなんだ。じゃあ、そのために国語は特に勉強しないとじゃない? まあ、他のもだけどね」
何だか少しすっきりした気分だった。全部吐き出せたわけじゃないが、一番手前の詰まりは取れたような気がした。
それからはいつも通りの生活に戻った。
話の前に入れて、今ようやく飲んだコーヒーは、時間が経ち、ひどく苦く変わっていた。
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