正論かエゴか
アルマとマドラと別れてその日は解散になった。
ただ、それぞれの帰路につくとき、
「覚悟しといてね。」
満面の笑みで少し頬を赤らめてそう言われた時には
気持ちがあふれ出しそうになるのをせき止めるだけで
精一杯だった。
そんなことがあった三日後、私たちは再び錆びれた扉を叩いていた。
「いらっしゃい。」
「あら、マニプラールちゃん。
あれから進展あった?」
「いいえ、まだです。」
そんなやりとりを私の前でするなと言いたかったが、
ぐっとこらえた。
「それで、頼んでたのはできたのか?」
「おうよ、マドラ様の傑作だ。」
そう豪語したマドラに連れられて店の奥に入っていく。
「なるほど、これは……。」
見せられたものは外見はそのまま工場の作業着という風体だったが、
内部は堅固な作りで信頼に足る服となっていた。
それでいて外見の不自然さを感じさせないのは流石としか言いようがなかった。
「どうだ?」
マドラのしてやったり顔は少々むかついたが、それで出来栄えを貶すほど
私は子供ではない。
「いい出来だと思う。
それで、その棚にあるのが“キセル”ってやつか?」
「ああそうだ、吸い口が銃口、葉を焚く所に引き金が付いている。
装弾数は多くないが文句は言うなよ。」
「十分だ。服のほうにもいくつか仕込んでるみたいだしな。」
私たちが話していると悲鳴とも、歓声ともとれる甲高い声が響いてきた。
「なんだ、なにが……」
私が仕切りの奥に行くと、
「キャー、マニプラールちゃんなんでも似合うのねぇ!」
そこにはマニを着せ替えて楽しんでいるアルマがいた。
暗器が仕込んである服でファッションショーをしているのも
驚きだったが私の目線は違う場所に引き寄せられていた。
「ドール、、、見た?」
紅くなるマニ、
この状況で言い逃れできるわけも無く、
私は吹き飛ばされた。
ただ、思ったことが一つある。
単調なデザインの服しかなかったにもかかわらず、
そのどれもがマニに着てもらうために生まれてきたようであった。
そう思うのと同時に自分の感情は間違っているのだと
改めて言い聞かせることしかできなかった。
「……すまなかった。」
「もういいわよ。悪気はないんだろうし。」
「そう言ってくれると助かる。」
そうしてハプニングはあったものの
順調に準備は進んでいった。
「それじゃあ、仕事がんばれよ。
……怪我すんじゃねえよ。」
「わかってるよ、そのためにここに来たんだから。」
憎まれ口をよくたたくマドラだが
だからこそ漏れ出る気遣いが暖かかった。
これで今日は解散の予定だったが店を出る直前、
マニに呼び止められた。
「ねえ、ドール。こ、このあと暇?」
「ああ、特に用事はないな。」
「それじゃあ、私行きたいところがあるんだけど
付き合ってくれないかしら?」
「いいよ。
どこに行きたいんだ。」
ここまで積極的なのはやはりアルマと出会ったことが原因なのだろうか。
今までではあり得ない行動と言える。
「秘密、いいからついてきて。」
彼女は私の手を引き、とことこ歩いていく。
それを見たアルマがにやけているのは何とも言えない気持ちになった。
私は一人の友人としての立場を貫こうとする一方で
期待と不安の入り混じる自らの揺れ動く心境を
抑え込むことで精いっぱいだった。
いや、私には自らが正しいと思うこと、
つまりはマニと踏み込んだ関係にならないことはできないのかもしれない。
その証拠に、出会った頃はただの保護者、数年後には仕事の仲間、
最近は友人として接している。
その事実はさらに私の心を揺さぶっていた。
そうして悩み、俯いていた私はいつのまにやら表通りの
ジュエリーショップの前に立っていた。
「ここ」
彼女はそれだけ言い放つとさっさと店の中に入っていってしまった。
中に入るとガラス張りのショーケースや目をつむりたくなるほどきらびやかな
シャンデリアが迎えてくれた。
先ほどまで飾り気のない裏の店にいたことを考えると
目が回りそうだった。
マニの隣まで歩みを進めると店員が近づいてきた。
「ご予約のマニプラール様ですね。
ご用意ができております。」
「予約?
そんなものしていたのか。」
「そうよ、ちょっとほしいものがあってね。」
その言葉は少し誇らしげで恥ずかし気で。
「こちらでお間違えありませんか?」
「ええ、ありがとうございました。」
それだけ言うと丁寧に包装された黒い箱を握りしめ、
その反対の手で私の手を取り店を出た。
そしてすぐさま目についた路地裏に連れ込まれ、
そこで私の手は解放される。
真正面ではなく少し斜めに立った彼女は俯いたまま黙っている。
しかし表情はうかがい知れずとも
美しい赤と紫の髪の合間から見え隠れする耳が
すべてを物語っている。
私がその場で彼女の準備ができるのを待っていると、
「あ、あのね。いつもお世話になってるから、これ。」
そう言って先ほどの黒い箱を差し出す彼女。
「ありがとう、開けてもいいか?」
「うん、気に入ってもらえると嬉しいんだけど、、、」
(シュル、シュルル)
「これは、ネックレスか。」
箱の中身は美しいルビーとアメジストをあしらったネックレスだった。
丁度彼女の髪色と同じ。
「どう、かな?」
「すごくいいと思うよ、
私のためにこんなものを贈ってくれてありがとう。」
私はネックレスをつけると、顔に近づけ、マニの顔を見やった。
「似合ってるかな?」
「うん!」
彼女は満面の笑みでそう答えてくれた。
そこで私たちは解散し、それぞれの帰路についた。
帰り道、私は今日の出来事を思い返していた。
そうしていると自らの彼女への対応のブレに気づいてしまう。
この呼び方もそうだ、彼女と呼んだと思えば次にはマニと呼んだりする。
それでいて彼女が勇気を出してくれた時には
当たり障りのない返事ばかり、
私は正しいと思って距離を取ろうとしていたが
本心ではこの関係を壊したくないだけのエゴなのではないかと
そう思ってしまう。
しかしそうは言っても無情にも時間は過ぎていく。
それとともに関係も変わっていく。
これからどうしたいかも分からなくなっていく中で
私の心は葛藤の海に飲まれていくだけだった。
結論が出ぬままに、私は仕事当日の朝を迎えた。
マドラの作ってくれた防具を着込み、変装用の服を着ていく。
しかし、どこか上の空で準備が終わったときには集合時間ギリギリであった。
「いそがないとな。」
私はいつもより速足で仲間たちの待つ場所へ向かっていく。
結論が出ようが出まいが今日の仕事に失敗は許されない。
とにかく集中しなければならなかった。
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