第9話 犯人の正体

 深夜一時。真一郎は車のフロントガラス越しに店を見張っていた。名前は『篠田宝石店』。まだ被害が出ていない店だ。

 見張りつつ、周りを見やる。市内の都市部ではあるが誰もおらず、通行する車もない。人がいないのは不気味だが、それはあらかじめ張っておいた人払いの結界の影響だ。


「こちら恋南。張りこんでる店舗に異常はありません。そちらはどうですか?」


 リスト端末から通信が入ってきた。別の店を見張っている恋南からだ。


「こっちも問題なしだぞ、っと」

「そうですか……」

「焦ってもいいことないぞ。捜査は時として忍耐も必要だ……って俺が言っても説得力ないか」

「いえ、そんなことはないです。普段は暮海さんすごく冷静じゃないですか」


 「普段は……ねぇ」とマイクから遠ざかりながらぼやく。頭に血が上った姿を見せたのはあの一回だけだが、説得力を欠くには充分な失態だ。


「暮海さんはこの事件どう思いますか? やはり一色希の時と同じようにブローカーが裏で糸を引いていると思いますか?」

「俺はそうだと思っている。幻霊獣ホロウビーストは自然発生することもあるが、それは稀だ」

「本来は霊魂や人の悪意が自然界の魔力と結合して、姿を変化させたものですもんね。自然発生した魔力の塊のような存在だから、現代火器が効かないわけですし」


 現代でもわずかだが、大気中に魔力は存在する。その魔力に人間の悪意や強い意思、死後彷徨さまよっている魂が呼応した結果、幻霊獣ホロウビーストが生まれる。伝承上の生き物の姿や特性を模しているのは人間の意思を触媒しょくばいにしているからなのだ。

 しかし、自然発生で幻霊獣ホロウビーストが生まれる頻度は年に一回あるかないか程度。三年前に一度だけ大きな幻霊獣ホロウビースト騒動が起きたが、その時だけだ。少し前まで魔犯課は閑職かんしょくだったのである。


「なのに最近になって、この近辺では幻霊獣ホロウビースト事件が頻発している。これはだ。ということは誰かが人為的に起こしていると考えるのが筋だろう」

「その黒幕が末堂という老人……ということですね」

「名前しかわからないからなんとも言えんな。単に下っ端として売っているのか……それとも中核人物がわざわざ出向いて売りつけているのか」


 真一郎は恐らくは後者だと思っていた。老人が下っ端とは考えにくかったからだ。

 魔術師とはいえ、老人が売りに出向けば若者以上にリスクを伴う。逃げ切れずに捕まる可能性も高まるはずだ。そんな人物を下っ端として雇用するだろうか?


「今回の事件の犯人がなにか知っているといいのですが……」

「だな。だからこそ目の前の事件に集中しないといけねぇ。わずかな変化も見逃すんじゃねーぞ?」

「はい」


 偉そうに言ったが自分に言い聞かせる意味もある。まずは宝石泥棒事件の解決だ。黒幕を捕まえることを焦ってはいけない。

 真一郎は見張っている店を真っ直ぐと見据える。変化はないように見えた。閉められた暗い店内。その中で薄い光が点々と……


「恋南! ビンゴだ!! 合流してくれ」

「了解!!」


 薄い光が複数動いている。宝石が暗がりの中で自ら輝いているわけがない。真一郎の推理を裏づけるように店の扉がうっすらと開いた。

 予めセットしていた人払いの結界は機能している。存分に動ける。


「『獣を狩りし銀の弾丸シルバー・バレット 』──activating combat mode!」


 変身した真一郎はバイザー越しで幻霊獣ホロウビーストの正体を捉える。


「やはり妖精……! ピクシーか!」


 薄く明滅していた光は目であった。目が光り、姿が見えないのはピクシーの特徴そのものだ。

 尖った耳と鼻を持つ小人が全部で五体。全員が店内から盗み出した物を所持している。


「これは骨が折れそうだな、おい」


 真一郎は構えていた腕を下ろす。銀弾を放ってジュエリーが欠損したら一溜まりもない。生捕いけどりが一番だと判断した。


「全く……どうして俺のところに現れるかねぇ!!」


 ピクシーは全員闇に紛れるようにビルの屋上へと逃げていく。『獣を狩りし銀の弾丸シルバー・バレット 』は逃すまいと跳躍し、弾丸のように迫る。


「逃げ隠れしてもこっちは見えてんだよ!!」


 相手がただの人間ではないと気づいたのか、ピクシーたちが驚くように振り返った。しばし立ち止まっていたが次の瞬間……! 示し合せたかのように全員が別々の方向へと散っていった。


「だっ!! クソ!! 散開されて掴まんねぇ!! 恋南! まだか!?」

「あと三〇秒後に合流します」

「それまでに一匹でも捕まえてやりたいところだが……」

「コッチダヨー」

「コッチダヨー」

「コッチダヨー」

「コッチダヨー」

「コッチダヨー」


 真一郎を取り囲んだピクシーが多方向から煽ってくる。追えるのは一匹だけ。どれを捕まえるべきかと周囲を見渡すが、答えは出ない。


「おい、後ろ後ろ」


 給水塔の上に立っているピクシーにフランクに話しかける。身を翻した時にはもう遅い。体は剣のひらめきによって横一文字に斬り裂かれている。ちょうど通信から三〇秒後のできごとだった。

 斬り裂かれた妖精の手から光が宙に放られる。光の正体は宝石が埋めこまれた指輪だ。


「うわっ、あぶね!」


 真一郎の体が反射的に動いた。体を投げ出し、地に落ちる寸前に指輪をキャッチする。


「ニゲロー」

「ニゲルンダヨー」

「ソレー」

「カイサンー」

「待ちなさい!!」


 気の抜けた声を放ち、残りの四匹は再び夜闇へと消えていく。恋南が声を荒げた時にはすでに姿を見失ってしまっていた。


「くっ……!」


 周りを捜索した後、恋南はやむを得ず変身解除した。直線的なスピード勝負なら『白き衝動アンピュルシオン・ブランシュ 』で追えないこともないが、小回りが利かない。ピクシーとの反射速度の差を考えると、無駄足であると判断したのだ。


「どうかしましたか?」


 『獣を狩りし銀の弾丸シルバー・バレット 』の姿のままの真一郎に対して恋南が声をかける。それを聞いて我に返った彼は変身を解除した。


「いや……どれもアクセサリーだなと思ってな。妖精だから宝石にしか目がないのかと思っていたんだ」


 ピクシーが手に持っていたのは指輪やネックレスといったアクセサリーのみであった。石のみのものはなかった。

 新戸しんと地区には天然石の店もあるが、今のところそれらは全く被害を受けていない。狙いは加工されたもののみと推理できる。


「確かに妙ですね。加工品の転売が目的なら店に返却はしないはずですし、アクセサリーは盗まれる前の状態で返ってきてます。宝石だけを抜き取っているわけでもないということは……なにかを探している?」

「どのみち犯人の意思がピクシーに働きかけていると見て間違いないだろう。人間の手が加えられたものに価値を感じるのは人間だけだろうしな」

「ですね」


 見上げると、夜空が明るさを帯びてきていた。これ以上働いても成果は得られないと薄明の空が告げているようにすら思えた。


「とりあえず今日の職務は終了だぞ、っと。明日の会議で状況整理をしよう」

「わかりました。あ、遅刻しないでくださいね?」

「うるせー。歳下のお前に言われなくたってわかってるよ」


 真一郎が軽口ついでに恋南の肩を小突く。お互いにふっと笑みが浮かんだ。

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