第8話 ブリーフィング
魔法犯罪捜査課は狭い端部屋にあった。灰色の事務デスクが四つ、長方形に並んでいる。奥には窓があり、ブラインドが下がっている。そのすぐ近くに課長の机があるが、姿は見えない。
「おはようさん」
狐顔の男――
地下の研究室ではなく、自分の机に向かっているのは珍しい。研究室の方が大きく、ここでできることの方が限られている。
「珍しいッスね。遅刻じゃないなんて」
学が言い終えると同時に、「おはようございます」と恋南が入ってくる。
「ああーそういうことッスか」
「『ああー』じゃねぇよ。なに全てを察したような顔してんだ」
「コナンちゃんも大変ッスねー」
「仕事ですから。あと私の名前は
抑揚なくそれだけ言うと、彼女は即座に席についた。面白くないのか、学は口をすぼめている。
「で、課長は?」
「そろそろだと思うッスよ。あ、ほら。噂をすればなんとやら」
廊下から大股歩きの足音が聞こえる。直後、魔犯課の扉が勢いよく開かれる。
アホ毛の生えた金色の長い髪に、碧い瞳。扉を開けた人物は――ハーフの少女だった。
中学生と
特異な見た目をしているが、彼女こそ魔法犯罪捜査課の課長――シャーロット・V・白峰だ。真一郎の上司であり、恋南の義理の姉である。
「早速だけど捜査会議よ」
部屋に入るや否や、彼女は電気を消した。プロジェクターを起動させ、パソコンを操作する。
「まずはこれを見て」
映し出されたのは夜間の監視カメラの映像であった。画面は
目を凝らして見続けると、五分後に異変が起きた。見えないなにかがショーケースを開けて、ジュエリーを盗んでいったのだ。
盗まれた後の経過を少し見せると、シャーロットは映像を切り替えた。ケースの配置が違う。どうやら別の店のようだ。ここでもやはり見えないなにかがネックレスやリングを奪っていった。
「
真一郎の口から
暗くて人の姿が映っていないというのはまずあり得ない。映像が
――ショーケースを壊さずに、わざわざ開けて盗むか?
閉められたショーケースを開けるのは容易ではない。短時間で行えるとしたら魔法のような不思議な力を行使する必要があるのだ。今朝、恋南が家の鍵を開けたような魔術が。
それによく見ると『姿が見えないなにか』ではない。明滅する光が薄く輝いていたのだ。
「この事件、まだ公にはされていないんだ」
「どうしてッスか?」
「それが……どうも盗まれた後に戻されてるんだよ」
「戻す? 返還されてるってことですかい?」
「そう。だから店によっては気づいてないところもあったようだし、返されてるなら事件にするまでもないって思ったところも多いようだね」
学と真一郎の問いに答え、シャーロットは肩を
「とりあえずまだ襲われてない店を夜間にパトロールして。被害区域は主に秋葉市の
明かりをつけ、シャーロットが威勢よく
「質問は?」
「犯人の目星とか
「わからないねー。知っての通り私ってほら、推理力皆無だし。さっきの説明も情報の横流しだし」
「いつもの通り俺に丸投げですかい」
手をひらひらとさせるシャーロットを見て、真一郎は嘆息を漏らした。嫌味を言ってもなに食わぬ顔をしている。
今に始まったことではないが、彼女は命令することと
「殺人は? もしくは殺人が起こる可能性はないんですか?」
続いて質問したのは恋南だった。真面目な質問ではあるが、優等生というより新人感が強い。
「今のところ起きてないし、起きないだろうね。けど私たちは
「そう……ですか」
真一郎は彼女の気持ちを理解していた。意気ごみ新たにした途端、盗みという軽犯罪を扱うことになったのだから。落胆したくもなるだろう。
だが
「見ての通り人員が少ないからなぁ。仕方ねぇよ、恋南」
「……はい」
「人員補給はなるべく早く対処したいけど……そう簡単に見つからないからねぇ。
真一郎たち魔犯課のメンバー全員が腕に装備している
このリスト端末は鎧魔法の力を拡張する機能のみであり、発動させるための魔力は備わっていない。魔力を保持し、なおかつ捜査のできる人材は稀なのだ。
「僕は引き続き
「期待しているよ。魔犯課のガリレオ」
シャーロットの言葉をむず痒そうに受け止めながら、学はそそくさと部屋を後にした。魔術師として気になることはほとんどなかったということだろう。
「クレミー、きて」
クレミーとは真一郎のここでの呼び名であった。実際にそう呼ぶのは上司のシャーロットのみだ。
手招きされるがまま、彼は課長のデスク前へと赴く。
「はい、これ。補充分の
「あざ――」
謝辞を述べて受け取ろうとすると、カードを持っていかせないようにシャーロットが手を置いた。顔を上げると、
「おっと、簡単には渡せないよ。なぜだかわかるよね?」
「この前の事件のことですか。犯人であった一色希……を問い詰めたこと」
「そう。今回もそうなってもらっては困るって念押しだよ。クレミーさ、
「はい……」
「まあそのために我が妹を相方につけたんだけどね。ただほら……まだ危なっかしいでしょ、あの子」
シャーロットは真一郎にだけ聞こえるボリュームで不安を口にした。当の本人はパソコンを眺めており、気づいていない。
「
「うん。正直、反動は想定外だったんだ。不安定な状態で実戦投入するのは本意じゃないけど、猫の手も借りたい状況だし……」
「だからフォローしろと? 冷静さを保った俺が」
「いや……支え合って欲しいってだけだよ。クレミーの窮地を恋南が助ける。恋南の窮地はクレミーが助ける。相棒のためにした行動が巡り巡って自分に返ってくる。そんな『想いの循環』が二人の間にできることを期待しているんだ」
肩の力が抜けていく。どうやら真一郎自身も気づかぬうちに身構えていたようだった。義務や責務がさらに増えるのではないかと。
「了解しました」
「ひとまずは署で待機してて。白昼堂々犯行は起きないと思うけど、続報がくるかもしれないし。けど本番は……夜だ」
シャーロットが手を退け、カードを差し出す。真一郎はゆっくりそれを受け取った。これは課長である彼女の信頼の証だ。
「わかってますよ。俺たち
「わかればよろしい。じゃあいつも通りよろしくね」
シャーロットはあどけなくウィンクをして見せる。
――気構える必要はない。いつも通りにやるだけさ。いつも通り……冷静に。
真一郎は胸の内で自分に言い聞かせ、気持ちを新たにした。
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