第6話 ようやく掴んだ尻尾
二人は自身の鎧を解いた。
「うっ……!」
直後、恋南が頭を押さえ出す。体に異変が起きている。真一郎は一色が未だに呆然としているのを確認してから、彼女に駆け寄った。
「おい、大丈夫か?」
「ええ……少し頭痛がしただけですから……」
「あんだけ動いたんだ。負担が今になって現れたのかもな」
「……かもしれないです。少し休めば……大丈夫です」
恋南が今にも嘔吐しそうな勢いで近くの街路樹に手をついた。
顔はやや青ざめているが、呼吸は整っている。足取りにも異常は見られない。高速移動の反動――異変は彼女の申告通りなのだろうと真一郎は判断した。
「一色希の確保は――」
「ああ。お前はここで休んでろ。俺が拘束してくる」
「すいません……初任務なのに手間取らせてしまって」
「
「え……?」
「つまり……あれだ。新人なんだから失敗の一つや二つはするだろ、普通。それを差し引いても今日の仕事は上出来だぞ、っということだ」
安心させるように彼女の肩に手を乗せる。気休めになるかはわからなかったが、「自分は今日の成果を高く評価している」と伝えたかったのだ。
恋南から返ってきたのは「ありがとうございます」という言葉だった。とても柔らかな響きで、安堵したのだろう。
真一郎は意識を切り替え、一色希へと歩み寄った。
「やだ……やだやだやだ! 私は悪くない! 全部全部あの女が悪いんじゃない! 私たちはそれぞれ頑張って、グループに貢献しようとしてきたのに! それなのにリーダーであるあの女が下らない嫉妬心で全部めちゃくちゃにしたのよ!!」
少女は近づいてくる男に畏怖したのか、座りこんだまま後ずさる。喚き散らし、内心を吐露し続けた。
「八宮さんだってきっと感謝してるはず! ほかのみんなだって! 汚点のなくなったこれからの私たちこそが真の『X number』なの!!」
「そうだな。この事件の発端は十和田愛理だ。確かに彼女は罪に手を染めていたし、お前は被害者だった」
「じゃ、じゃあ……!」
目の前の少女が被害者だったことに間違いはない。十和田愛理がいじめなどしなければこの事件は起こらなかったのだろう。
「どんな理由であれ、自分勝手で独りよがりな正義を振りかざしてはならない。被害者って理由だけで人を殺すことは許されねぇんだよ」
情けも躊躇いもなく、彼女に手錠をかける。一色は観念したのか、項垂れていた。もう叫ぶ気力も残っていないのだろう。
「お前がやるべきことは十和田の罪を白日の元に晒すことだった。法ではなく、自分という名の正義を選んだ時点でお前は道を踏み外していた。罪を犯していたんだよ。逮捕する理由はそれだけで足りる」
「綺麗ごとですよ、それ。憎い相手は死んで欲しいほど憎いんですから。自分が悪くないとなおさら」
「だろうな。全員が全員綺麗な心でいてくれりゃ警察はいらねぇし」
だからこそ……犯人である一色希に尋ねなければいけないことがある。
「この事件、慎重な手口の割りには私怨が多分に含まれていた。犯行はお前一人でやったわけじゃないな。一体誰の差し金だ?
素人の彼女が妖狐を九尾に成長させることを思いつくとは考えられなかった。九尾への成長は第三者が書いたシナリオだ。
その第三者こそが……相次ぐ
「そうですよ。刑事さんの推理通りです。カードの売人が教えてくれました」
「そうか……ようやくだ。ようやく尻尾を捕まえたぞ」
独り言ちた瞬間、真一郎のブレーキは外れてしまった。獲物を離すまいと噛みつく狼の如く、一色の肩を掴んだ。
「そのカードの売人の名前は? 特徴は? どこで会った!?」
無我夢中になって矢継ぎ早に問い質していた。あまりの変わりように驚いたのか一色は目を丸くするだけだった。
「いいから答えろ! 知っていること、全部!」
「レッスンの帰り道で『末堂』って名前の老人にカードを渡されて……それで使い方聞いて……それで……それで……」
「そいつは自分が何者か語らなかったのか!?」
「暮海さん!!」
不意に冷静な声が
手の力がゆっくりと抜けていく。
「悪い……」
「私はなにも知らない!! 関係ない! ただカードを渡されただけ! 教えられた通りにやっただけです!!」
「わかりました。詳しい話は署で聞きますから」
恋南は一色を連行し、車へと向かっていく。真一郎はしばし彼女たちの後ろ姿を眺めた。
「俺が焦ってどうする……ってんだ。ああ、クソ」
片手で髪を掻きむしり、邪念を払う。手がかりは見つけたのだ。この
――なによりアイドル連続放火事件は終わったんだ。今はそれを喜ぶべきだろう。
「末堂……か。絶対にこの手で捕まえてみせる」
気持ちを切り替えた真一郎は追うように車へと向かうのであった。
*
マンションの屋上で彼らの戦闘を眺める者たちがいた。一人は杖をつき、
もう一人は少女である。屋上の縁に座りこみ、老人に問う。
「おいおい……やられちまったじゃん、あいつ。末堂のじいさんよぉ。これでよかったのか?」
短く切り揃えた金髪には赤いメッシュが混じっていた。着ているスカジャンと粗雑な男口調からも彼女が健全な少女ではないことが窺える。
「ああ、大丈夫じゃよ」
「始末しなくても? 口軽そうじゃん、あの女?」
「そこまで折りこみ済みじゃよ。一色希が口を割ったところで、あやつらはワシの名前しかわからん」
「つまり捨て駒ってわけか」
少女は老人の顔を仰ぎ見る。彼――末堂の目はモノクルの奥で不敵に笑みを浮かべていた。
「我々の大いなる計画は順調に進んでおる。全ては我らが主を迎えるため」
「はいはい主ね、主。どっちでもいいけどよー。アタシの出番もくれよな」
「すぐにその時はくるはずじゃよ。お主をワシの直属にした意味……わかってないわけじゃなかろう?」
退屈そうにしていた少女の面差しががらりと変わる。歪に口角が上がる。それは闘争に飢えた狂戦士の目であった。
「さて……存分に利用させてもらうぞ、魔法犯罪捜査課とやら」
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