第5話 裏世界の警察の仕事──戦闘開始


「美女の化身──九尾。アイドルが使役するにはうってつけの幻霊獣ホロウビーストだな」


 真一郎たちの行手を遮るように橙黄とうこう色の獣が地に降り立つ。それは猛々しく燃え盛る、憎悪の炎そのものであった。


「バレちゃったならしょうがないよね……あの女以外殺したくなかったけど……しょうがないよね」


 女は自己暗示をかけるようにぼそぼそと言葉を紡ぐ。次の刹那──一色希は真一郎たちを睨み、妖狐に下令かれいする。


「あの邪魔者を消し炭にして……九尾!!」


 一色の命を受けた九尾は雄叫びを上げると同時に火の粉を振り撒く。真一郎と恋南は即座に距離を取った。


「暮海さん!!」

「ああ! M.A.M.W.マームゥ使用許可を確認! これより対幻霊獣戦闘へ移り、対象を討伐する!」


 二人は銃のホルスターのように右腰に装備されていたケースからカードを取り出す。そして……読み込ませるようにリスト端末のスリットへとスライドさせた。


「『獣を狩りし銀の弾丸シルバー・バレット 』──activating combat mode!」


 電子音が鳴り響き、途端真一郎の体は白銀の鎧に包まれる。

 長いひさしをしたヘルメットに、バイザーの奥で光る双眼デュアルアイ。肥大化した右腕にはパイルバンカーのように弾丸が備えられている。

 それはさながらパワードスーツを纏ったような出で立ちであった。


「『白き衝動アンピュルシオン・ブランシュ 』──activating combat mode!」


 同様に恋南のデバイスも魔札スペルカードを読み上げ、白き外装を発現させる。

 大きく見開かれた二つの赤目に、耳のように屹立きつりつするセンサー。その姿はさながらウサギを彷彿とさせる。女性的なフォルムではあるが、ブースタースカートと佩刀はいとうしている刀が姿に似つかわしくない強襲性能を物語っている。


「鎧の……魔法!?」

「そういうことだ。悪いな、お嬢ちゃん。最新の機材って騙してよ。これが本来の使い方だ」


 万能型リスト端末──M.MagicA.ArmorM.MechanaizedW.Wrist band。魔法解析は付帯機能でしかなく、真の用途は変身デバイスである。


「どうしてみんな……私の邪魔ばかり!! 私の思う通りにいかないのよ!!」


 九尾が少女の苛立ちに呼応するように叫び、尻尾から業火を乱れ撃つ。九つの火球が真一郎たちを襲う!


「おっと、やべーな。恋南!!」

「はい!」


 真一郎が言わんとしてることを理解した恋南は一枚のカードをリストに読みこませ、剣を抜く。ブースターを吹かせて火球へと迫る。


「壱の太刀──『乱れ桜』!!」


 稲妻のようなジグザグな軌道で空中を乱れ舞う白の兎。彼女が着地すると同時に全ての火球が目前で爆ぜる。

 加速魔法とバーニアによる超高速攻撃──それは機械と魔法が一体化したからこそなせる技であった。


「な……!?」

「もらったぞ!!」


 驚き、硬直している術者を真一郎は見逃さない。隙を突くように渾身の一射が右腕から放たれる。


「必滅のラスト・バレット!!」


 『獣を狩りし銀の弾丸シルバー・バレット』が放ったのは銀弾だ。魔を祓う属性を帯びた槍状の弾丸は幻霊獣ホロウビーストを確実にほふる一撃に違いなかった。


「避けて、九尾!!」


 致命傷には至らない! 銀弾が撃ち抜いたのは一番右端の尻尾のみ。上空へと跳び退いた時にしな垂れたものだった。


「あー、クソ。やっぱ遠距離からじゃ捉えられんな」


 自身の尻尾を奪われたことに激昂したのか、九尾が跳んだまま火球を乱射する。だが……火球は未だに届かず、剣戟けんげきにかき消されてしまう。


「どうしますか?」

「接近して尻尾を落とせ。弱体化させて隙を作る」


 先ほど迫ってきた火球の数は八つ。尻尾を落としたことにより、生成できる球の数が減ったのだろう。であるなら、一本ずつ対処していけば勝機に繋がる。


「了解しました」

「尻尾が一本減ったくらいで!!」


 粋がるように一色が叫んだ。素人の彼女は尻尾の重要性を理解していなかった。幻霊獣ホロウビーストの力を過信しているのだ。

 そんな彼女の絶叫が聞こえていないかのように恋南は冷静に火球を切り落とし、接近を試みる。真一郎も彼女が切り開いた進路を追随する。


「どうしてすぐに死んでくれないの!! 鬱陶しいのよ!!」


 一色が「近づくな」と言わんばかりの剣幕を見せる。術者の意思を汲んだのか、九尾は火球ではなく炎を纏った尻尾で周囲を振り払う!


「はっ!!」


 『白き衝動アンピュルシオン・ブランシュ 』はブースターに急制動をかける。尻尾の寸前で止まると、すぐさま下方向に向かってバーニアを吹かせる。恋南の動きは止まらず、九尾の頭上を取った。


「もらいました!!」


 目紛るしい動きで恋南が九尾の視線を翻弄し……すれ違いざまに一太刀!

 気づいた時にはすでに遅い。九尾は尻尾を奪った相手を忌々しげに睨むことしかできずにいた。


「おいおい、よそ見か? 俺もいるんだぞ、っと!!」


 さらにこのチャンスを逃すまいと『獣を狩りし銀の弾丸シルバー・バレット』の右腕から銀弾が放たれる。

 弾丸は胴体へと真っ直ぐ突き進むが、尻尾にゆく手を阻まれた。いやそれでよかった。真一郎たちは狙い通り、九尾の弱体化に成功したのだ。


「あー!! なにもかもイライラする! 全て上手くいかない!! 私の望み通りにならない!!」


 髪の毛をむしゃくしゃと掻き乱した一色が睥睨へいげいしてくる。その殺気と同時に周囲が火の海に包まれた。九尾が全身から熱波を放ったのだ。


「あぶね!」


 真一郎は慌てて構えを取り、後ろへと跳ぶ。反応が功を奏したおかげかダメージはない。しかし、距離が開いてしまった。


「悪いのは全部十和田じゃない!! それを殺してなにが悪いのよ!? 私は……私は悪くない!!」


 爆炎の中に九尾は依然として立っている。揺らめく炎につられるように動く尻尾の数は……九つ。


「マジか……あいつ尻尾を再生させる気か!」


 失った分を補うように三本の炎の尾が生えている。不完全ではあるが、このまま一色の憎しみと同調すれば復活するかもしれない。一本ずつ減らしていく長期戦は不利だ。


「一本ずつ落としていたら間に合いませんね」

「しゃあねぇ。一発で仕留めるとしますかね、っと。恋南! 足を止めろ。俺がその隙に仕留める。できるな?」

「了解」


 それだけ言うと恋南はブースターをフルスロットルで吹かせ、再び燃え盛る火の中に飛びこんでいく。


「私は悪くない……私は悪くない……私は悪くない! 私は被害者なのに!!」


 迎撃のために九尾が放った火の粉は六つ。『白き衝動アンピュルシオン・ブランシュ 』は造作もなくそれらを斬り払う。


「当たらなければその火力は怖くありません!!」


 最接近した恋南が九尾の前足に剣を突き刺す!

 苦痛を訴えるような咆哮と同時に反対の足による振り払い攻撃が迫るが……剣を手放した恋南はすでに空中にいた。


「あと三本!! カードドロー!!」

「『誇り高き者の剣ブレイヴ・ブレイド』── activate!」


 腰部のホルダーから手元に向かってカードが飛んでいく。すかさず恋南はM.A.M.W.マームゥに読みこませ、再び剣をたずさえる。

 さらに二回……同じヒットアンドアウェイで九尾の足を貫いていく。火力重視の九尾は終始『白き衝動アンピュルシオン・ブランシュ 』のスピードについていけていなかった。

 ついに最後の後ろ足が貫かれる。かに思われたが……!

 四度目ともなればパターンを学習したのだろう。至近距離に迫って刺し穿つ瞬間、九尾は恋南に尻尾を巻きつけた。

 残りの五つの尻尾から火が吹き上がり、特大の業火を形成する!


「ははは! これで一匹! うるさいハエが消えるね!!」

「しまっ……」

「やらせねーよ!!」


 銀弾が──火球を射抜く。真一郎はただ傍観していたわけではない。チャンスを窺っていたのだ。

 即座にもう一射を放ち、恋南を尾から解放する。これで全ての条件は整った。


「確かに足を止めろって言ったけどよ……本当にそのままやるやつがいるか? まあいいか。どの道これで動きは止まった」


 猛スピードで距離を詰めながら真一郎はぼやいていた。ニュアンスが伝わっていたため問題はない。しかし、まさか額面通りに実行するとは思わなかったのだ。生真面目な性格だとは彼も薄々気づいていたが、予想以上だった。

 目標は目前。九尾はなんとか跳び退こうとするが、緩慢な動きで後ずさるだけだ。


「嘘……九尾? ダメ! こんなところでやられないで!! 私にはまだやることが──」


 ──距離に誤差ができても……これなら捕えられる!


 『獣を狩りし銀の弾丸シルバー・バレット 』は獲物に食らいつく狼のように跳び、腕を振るい上げる!!


幻霊獣ホロウビースト……お前らだけは一匹残らず消させてもらう!! 炸裂の──フィニッシュ・バレットォォォォォ!!」


 真一郎の右腕が九尾の胴を掴んだ。そして……至近距離でパイルバンカーが火を吹く。

 銀槍は獣の腹を的確に抉っていた。致命傷を受けた幻霊獣ホロウビーストの体はこぼれ、粒子となって霧散していく。

 視界の端で一色希が崩れ落ちていった。失意に暮れる少女の顔。アイドル連続放火事件が終わった瞬間だった。

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