第4話 アイドルを襲った犯人は誰か?


「今回の事件の幻霊獣ホロウビーストは……妖狐だ」


 九重の聴取を終え、次の目的地へと向かう中。車を運転している真一郎がおもむろに口を開いた。

 目的地まではまだ時間がかかる。その間に今回の事件の推理を相棒と共有しておきたかったのだ。


「妖狐……狐火ってことですか」

「ああ。だが、ただの妖狐じゃ人を殺す力が乏しい。亡骸すら残さないほどの火力は出せない。そこで犯人はを捧げることにした。『九尾の妖狐』を生み出すために」


 今回の事件の幻霊獣ホロウビーストの特徴は二つ。最初は弱い幻霊獣ホロウビーストだったことと火を使うことだ。ドラゴン系やフェニックスでは強過ぎる。

 もし妖狐が力を得て、尾を増やした結果『九尾』に進化したとしたら? この仮説こそ二つの特徴に合致するのだ。


「八人ですか? でも尾の数は九──」


 そこまで口にして恋南は息を呑んだ。代わりに別の言葉を続ける。


「──増えた尾の数はじゃない」

「そう、妖狐は降霊した時にはずだ。増えた尾の数は八。対して十和田以外の生贄にされたメンバーの数は九。被害者以外の──グループ外のやつが犯人だと数が合わない」


 以前、真一郎が「一本多い」とこぼしたのはこのことであった。尾の数と被害者の数の関係性。それを鑑みれば犯人は絞りこまれる。


「十尾という可能性はないんですが?」

「その可能性は薄いだろう。幻霊獣ホロウビーストは伝承や神話のイメージを具現化しているからな。妖狐の完全体は九尾であり、それ以上尾が増えるとは考えられない。無論、以降も魂喰いを続ければ強くはなるだろうが……九尾は成長の到達点だったはずだ。急速な成長はもう見こめない」

「つまりグループ内のトラブルが原因だと暮海さんは推理しているんですね」

「まあな。魂喰いがしたいなら無差別殺人の方が早いし、十和田の魂も喰らっていたはずだ。逆に自身の力を誇示するためにしては初期の犯行が地味過ぎる。即死には至らないが、妖狐でも魔法攻撃は行える。いくらアイドルグループを襲ったとはいえ、軽い火傷程度じゃ大々的なニュースにならんだろ?」

「確かに。だとするとメンバーによる計画的殺人になりますね」


 真一郎が深く首肯する。

 この事件は十和田愛理の『センターいじめ』が引き金となって起こった事件だ。全ては十和田というグループの癌を排除するために計画されたもの。メンバーによる怨恨事件だと二人は結論を下した。


「ほかに同様の被害者がいないことからも全ては十和田を殺すためだったのは間違いない。九重までの魂喰いエサであり、そこに隠れみのを作ったんだろう。『被害者の規則性』っていう隠れみのをな」

「自分も被害者の一人であるという確固たる証拠……ということですね。一番犯行の動機がありそうなのは八宮さんですが──」

「もし八宮が犯人なら、どうしてやつは番号順に犯行を行った?」


 真一郎は遮るように言葉を被せるが……否定はしない。『答え』はすでに出ているとしても、さっさと言うのは味気ないと思ったのだ。なにより彼にとっては後進を育てることが重要であった。


「それは……あれ、おかしいですね。番号が大きくなればなるほど被害が大きくなるとしたら八宮さんが受ける霊障は大きくなります」

「そうだ。隠蔽工作として自分に霊障を与えるにしても、リスクが大き過ぎる。それなら犯行を誇示する愉快犯の真似なんかせずに、メンバーをランダムに襲った方がいい」

「けど実際に八宮さんはほかの三人に比べて被害は少なかったじゃないですか」

「いや、それはおそらく部位の問題だ。八宮は被害が出にくい場所……利き手と反対側を意図的に狙われたんだ。顔や足のようなあからさまな場所ではなく……普段あまり使わない、細い部位。だから彼女だけ被害が少ないように見えた」


 八宮あおいの利き腕は右手である。ダンスなどの全身を使う激しい運動は別としても、左腕の火傷は日常生活で支障が大きく出ることはないはずなのだ。


「なにより八宮あおいには陸井涼子を襲う動機がないんだよ。彼女たちは本当に親友だったんだ」

「どうしてわかるんですか?」

「あの二人だけお互いのことを『あだ名』で呼び合ってないのが気になってな。ほかの生徒に聞いたんだよ。そしたら陸井の言っていることは真実だってわかったのさ。あの子は本当に十和田のいじめを止めていたんだ」


 運営側が決めたのかファンが決めたのかはわからない。しかしあのニックネームはどこか他人行儀に思えた。まるでビジネスライクな余所余所しさがあったのだ。

 赤信号で車が停まる。手が休まったと同時に思ったままの言葉が真一郎の口から溢れていく。


「憎い相手を殺すために自分を庇ってくれた親友をわざわざ生贄に選ぶか? 言葉は悪いが……別に魂喰いできれば誰だっていいんだぞ?」

「私だったら……普通だったらしないと思います。恩人に対して仇で返すような行為はできないです」

「それが普通だ。そして八宮あおいの正体はどこにでもいる普通の女子高生だった。だから俺は八宮を容疑者から外したんだ」


 アイドルの姿が仮面であるならば、あの日──話を聞いた時の彼女は素の姿だ。二重の仮面ではない、等身大の八宮あおいだったのだ。


「犯人は二人の関係を深く知らなかった。表立っていたいじめの部分だけしか見えていなかった。だとしたら犯人の目的は……ミスリードってことですか?」

「いじめのターゲットだった八宮だけ被害が少なければ怪しく見えるって考えたのか……または主犯格は徹底的に懲らしめようって魂胆だったのか。こればかりはどちらと断定することもできないし、どちらもだったのかもしれないな」

「会って聞いてみるしかないですね」

「どちらにせよ犯人は八宮いじめもとい、グループ内いじめの主犯格を排除したかったやつだ。そして番号順という規則性を持たせた時に一番得をするのは──」

「ああ。次のセンターであり、第一被害者を装っていた……やつが犯人だ」


 一色が言った「これからが大事って時」は陸井の証言からセンターを務めることで間違いない。十和田愛理のいじめの意味が「センターへの嫉妬」ならば全て辻褄が合う。


「あ、相羽さんから連絡きてます」

「よし……裏は取れたってことだな、っと。いくぞ、恋南。ここからが俺たちの本番だ」


 信号が青に変わる。


 ──おそらくやつはこれ以上動かない。だが……野放しにはしない。


 真一郎ははやる気持ちを乗せて、アクセルを踏みこんだ。



 一色の自宅は郊外のマンション群にある。二人はその近くの大通りにいた。彼女は必ずここにくると踏んだのだ。

 ほどなくしてボブカットの茶髪の少女──一色希がやってくる。人払いと魔法衝撃緩和の結界はすでに施してある。真一郎は意を決して姿を現した。


「どうも、一色希さん」

「刑事さん……どうしたんですか? こんなところで」

「いやぁ、実は君にまだ聞いていないことがあったのを思い出してね」

「そ、そうですか……」


 一色は警戒するように一瞥いちべつする。こんな場所で尋ねるのは怪しさ極まりないと自覚していたが……背に腹は変えられなかった。


 ──ここで決着をつけさせてもらう。


 真一郎はとどめの一言を放つ。


「メンバー八人に火傷を負わせ……そして十和田愛理を殺したのは君だな?」


 静寂が両者の間に流れる。一色は紡ぎ出された言葉に目を見張るだけであった。


「どうして私が犯人なんですか? 私がグループのみんなを襲う理由、ないじゃないですか」

「理由ならある。君が次のセンターだからだ」

「センター……? そんな……そんな理由で私を疑うんですか!? おかしいですよ!」


 一色は冤罪を主張し、声を荒げる。自身が純真無垢であり、人を殺すはずがないと叫んでいた。けれど……それは『化けの皮』であることを彼は知っている。


「十和田愛理はいじめの常習犯だった。センターに対してのな。そしてある事件が起きた。ファンのストーカー事件だ。君もよく知っているだろう?」

「それはもちろん。八宮さんの話ですよね」

「実はあれな、十和田愛理が仕組んだものだったんだよ。ストーカーの名前は小田原辰馬。本人曰く『自分はただのストーカーじゃない。十和田愛理のファンであり、彼女の命令に従う忠実なしもべだ』ってことらしい。ストーカーと十和田はグルだったってわけだ」


 事件の始まりは十和田がメンバーに対していやがらせを行ったことだ。その最も大きな要因が彼女の刺客として送られたストーカー、小田原だ。この小田原の存在こそが一色による犯罪の証明であった。


「その話、私関係ありますか?」

「いえ、ありますよね? 小田原辰馬の被害者は八宮あおいだけじゃない。あなたもです」


 恋南が伝えた真実。それは先ほど相羽恭子からもたらされた情報であった。

 そう。

 聴取した恭子曰く、小田原はかなり渋ったようだ。


「言っても信じてもらえない。言えば自分の身が危ない」


 しかし警察内に特殊な組織があること、身柄を保障することを伝えると小田原は警戒を解いて白状したようだ。

 一色希はなにも反応を示さなかった。顔色一つ変えず、二人の刑事を睥睨へいげいしている。


「ある日を境に八宮はいじめとストーカー被害から解放された。なぜか? 八宮あおいがアイドルグループのに戻ったからだ。攻撃するほどの価値をなくしてしまったんだよ」

「センターになり、十和田愛理の次の標的になったのは一色希さん。あなたです」

「君の目的はいじめの報復だ。これなら充分、動機になり得るだろう?」


 怨恨。一番シンプルであり、多くの犯罪の動機となる感情だ。十和田愛理だけ魔法攻撃で殺されたことが判明したその時から「この事件は恨みによるものだ」と真一郎は考えていた。


「そうですね。確かに私はストーカー被害に遭いました。けど私は被害者です! だいたい私がどうやってあんな不審火を起こしたって言うんですか!? 犯人を見たって証言だってないじゃないですか!」


 せきを切ったように止めどなく反論が溢れていく。「犯行方法は解明されていない」。それは彼女が最後の切り札を使った瞬間だった。


「小田原がゲロったんだよ。犯人はお前だって。『生きていたければこのことは黙って、警察に自首しなさい』と脅したんだろう?」


 小田原を自首させたのは自身の犯行では殺せなかったからだろう。彼を殺せば放火事件の規則性が乱れ、自身が被害者という証拠が薄れてしまう。

 生かしておくのも厄介だ。ならばいっそのこと警察に渡してしまえば最有力容疑者になる。小田原が真実を話したところでどうせ誰も信用しないと踏んだのだ。

 だが、今回はそれが裏目に出た。魔法犯罪捜査課というトンチキ話を信用する人間がいることを知らなかったせいで。


「脅す……? 私がどうやって?」

「あそこにいる幻霊獣ホロウビーストを使ったんだろ」


 真一郎がおもむろにマンションの屋上を指差した。闇夜に揺れる九本の影。幻霊獣ホロウビースト──九尾だ。


「なんで……!? 何者なんですか、あなたたち!」


 一色は数歩下がり、身構える。予期せぬ存在に出くわしおののいていた。

 そんな犯人に名乗る言葉はただ一つだ。


「裏の世界のお巡りさんだよ。表の世界の法は通用しないから覚悟しな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る