第3話 人気アイドルの闇

 真一郎と恋南は夏海市内の私立宮越高校に足を運んでいた。ここも芸能人の輩出が多い学校だ。そういう校風を買ってか、アイドルの卵がこぞって通っている。

 被害者のうち四人がこの学校の生徒であり、火傷が酷いメンバーたちが通っていた。


「コミュニティが違うと差が出るもんなのかねぇ」


 応接室のソファに腰掛けた真一郎が独り言ちる。教員の話を聞いて、ぼやかざるを得なかったのだ。

 「話を聞けるのは二人だけ」。そんなニュアンスの言葉を言われ、ここのメンバーの闇を垣間見た。

 四人のうち一人は十和田愛理であり、すでに死人だ。そしてもう一人の被害者九重薫は顔に火傷を負って不登校らしい。


「明らかに成石のメンバーと被害が違いますね」

「商売道具に泥を塗るような真似をするとは……よっぽど気に食わなかったのか」

「そう言えばストーカーですが……」

「ああ、あれな。小田原辰馬って野郎でな。そいつがなぜか自首してたらしい。けど一向に口割らなくてなぁ……とりあえず相羽に聴取してもらってる」

「そうだったんですね」

「あとは……ほかのメンバーか。九重のところにもいかなきゃならねぇし」


 と、言い終えたところでちょうど生徒が二人やってきた。髪を金に染めている活発そうな女子生徒と眼鏡をかけた大人しそうな女子生徒──対照的な二人だ。


陸井涼子くがいりょうこです」


 陸井と名乗った女子生徒は引きずった足を休めるように、どっさりとソファに腰掛けた。


八宮はちみやあおいって言います……」


 おずおずと挨拶をしてきた生徒は八宮と名乗った。厚ぼったい眼鏡とおさげが地味さを助長し、アイドルらしからぬ姿を演出している。

 二人同時に聴取することになったのは、八宮のためであった。本来なら一人一人話を聞きたいところだが、彼女は怯え切っており「陸井と一緒ならば」という条件で応じたのである。


 ──果たして本当に怯えからなのか。


 真一郎は恋南に目配せし、話を進めるように促した。


「陸井さん、八宮さん。聴取に応じていただきありがとうございます」

「……はい」

「いいですよ、別に。私たちも犯人を見つけたいですしね」


 口数が少ない八宮とあっけらかんと返答する陸井。真一郎のパッと見の印象では仲がいい間柄とは思えなかった。


「ではまず事件が起きた時のことを聞かせていただけますか?」

「私はこの前の公演の帰り道でしたね。急に足が焼けるように痛み出して……で気づいた時には火傷のような痕ができてました」

「八宮さんは?」

「私も……同じです。帰り道でした。涼子ちゃんの二日後です」


 手帳に二人が襲われた時のことをメモしていく。

 人気の少ない帰り道に襲われたというのは一色、三上、五條と共通している。加えて公園で焼け死んだ十和田愛理も帰り道だったと考えられる。


 ──夜闇に紛れた幻霊獣ホロウビースト……姿を消せるならば日中でも犯行は行える。遠くから襲うことで視認しにくくしているのか?


 姿隠しの能力はない。真一郎はその方向で推理を進めることにした。


「火傷の痕を確認してもよろしいですか? 機材で撮影させていただけると助かるのですが……」

「どうぞ」


 陸井が太腿の包帯を外すと痛々しい火傷が姿を現した。付け根から膝にかけて広がるそれは、明らかに一色希のあとよりも大きい。


「この火傷の原因って……なんなんですかね?」

「まだ調査中なんだ。答えられず、申し訳ない。だが必ず突き止めるんで」


 リスト端末で撮影している恋南の代わりに真一郎が受け応える。例え被害者でも魔法について教えるわけにはいかなかった。


「八宮さんもよろしいですか?」

「……はい」


 ブラウスを捲った八宮が恐る恐る左腕を前に出す。前腕部から肘関節まで広がっている火傷は心なしか陸井の火傷より小さく見えた。


「八宮さん。君、利き腕は右腕だよね?」

「え……あ、はい」

「刑事さん……もしかして私たち疑ってるんですか?」

「あくまで確認したかっただけだよ。細かな確認が犯人逮捕に繋がる……捜査とは往々にしてそういうものだ」


 真一郎は笑顔を取り繕った。

 もちろん疑い半分ではある。しかし気になったことを確認して可能性を潰していくのが捜査というのも事実だ。

 陸井は「そういうもんなんですね」とひとまず納得した様子だ。それを見た恋南は次の質問へと移った。


「陸井さん、八宮さん。犯人に心当たりはありますか? 犯行方法は度外視して構いませんので」

「うーん、犯行の方法度外視したらキリないですよ。私たちが気に入らないほかのアイドルがやったとも考えられるし、猟奇的な殺人犯で理不尽な理由で私たちは襲われてるとも考えられます。ほら、私たちを順番に襲うことで犯行を誇示する的な?」

「あなたたちはみんな、名前に数字が入っているんでしたね」

「そうです。まあ、私はほとんど当てつけみたいなもんですけど」


 呆れたように彼女は肩をすくめて見せた。

 陸井の『陸』は旧字で『六』を表す漢字だった。ほかのメンバーには常用漢数字が入っているのに、彼女だけ旧字なのは適当な人材が見当たらなかったためだろうか。


「話を元に戻そう。犯人についてだが……思い当たる人間がいたらどんどん言って欲しい。どんなことでも構わない。現段階では手がかりは多い方がいいんでね」

「となるとやっぱりストーカー……ですかねぇ。あおいは特にそうだと思うし」

「ストーカー被害を受けたのはあなたでしたね」


 恋南が尋ねると八宮は深く頷いた。彼女が怯えて、陸井と一緒の事情聴取を要求した理由。それはストーカー被害の恐怖が起因だった。


「どうして狙われたか心当たりは?」

「……わかりません。どうして私ばかりこんな目に遭うのか……わかりません」


 それだけ言うと八宮は再び固く口を閉ざしてしまった。


 ──『私ばかりこんな目に』。


 まるでこれ以上傷を広げて欲しくないと嘆願するようであった。

 無理強いは逆効果かもしれない。真一郎は別のアプローチから事件を紐解こうと決め、話題を変えるよう恋南に視線を送った。


「亡くなった十和田愛理さんはどんな人でしたか?」

「とにかく人を動かすタイプの人間でしたよ。ザ・リーダーって感じで。けどそれも良し悪しだったのかな」

「と言うと?」

「とわっちはリーダーだからメンバーに厳しいし、プロ意識高かったんですよね。そんな性格だから基本強気な態度だし。私たちを顎で使うこともあったし。特にあおいには当たり強くて……私も何度か注意したんですけどね」

「グループ内でのいじめ……ということですか?」


 恋南が聞いてみるが、八宮からの返答はない。真一郎は改めて「君はいじめられていたのか?」と尋ねる。この事実は間違いなく、事件の重要な要素だと刑事の勘が告げていた。


「はい。でも涼子ちゃんがいてくれたから……九重さんと十和田さんからのいじめが少なく済んだんです。もし一人で抱えていたら……私はきっと耐えられなかった」

「十和田が憎いとは思わなかったのかい?」

「ちょっと刑事さ──」

「いいの、涼子ちゃん。確かに……憎かったですよ。死んで清々した自分がいたのも認めます。けど私がそこまでする理由はもうないんです」


 八宮の雰囲気が一変する。纏っていた負のオーラが、消え入る。まるでを回想しているかのようだった。


「理由がもうない……? もしかしていじめは事件よりも前におさまったのか?」

「はい。十和田さんがしてきたことを許す気はないですけど、報復して再び波風立てる勇気もないんです。それになにより……そんなことを涼子ちゃんが許してくれるわけないですから」

「あおい……うん。刑事さん、彼女の言う通りです。もしあおいが復讐を考えてたら、私が止めてます。信じてとは言えないですけど……私ならそうすると思います」

「わかったわかった。素直に話してくれただけ助かるよ」


 真一郎は二人をなだめるように両手を上げた。お手上げだ。

 ここまで陸井と話してきてわかったことがあった。


「それにしても……君はしっかりと話をしてくれるな。失礼を承知で言うが、もっとチャラついた性格なのかと思っていたよ。人は見かけによらないな」

「ああ……見た目はキャラ作りですよ、キャラ作り。仕事の時はもっと砕けた言葉遣いになりますけど、今は事情聴取ですし」

「なるほど、どうりで」


 彼女が八宮の言葉を遮って前へ前へと出ているように見えるが、実際は違う。陸井は八宮が喋りづらいことをだけだ。

 友達を気遣うことができ、いじめに迎合げいごうしなかった。裏がある可能性もあるが……彼女が分別のある行動をしていたと考えてもよいのかもしれない。


「八宮さんもキャラ作りしてるのかい?」

「え……」

「君、グループのセンターだろう? けど普段は随分と大人しい。だから君も仕事の時はキャラを演じているんだ、っと思ったんだが」


 八宮あおいの宣材写真は黒髪ロングの正統派清楚系アイドルだった。厚ぼったい眼鏡もなく、線の整った面立ちをありありと見せつけている。

 そんな彼女がここまで大人しいとなると……キャラ作りと睨んでしまうのは自明の理だった。


「そうです。キャラ作りです。センターやるには必要なことでしたから」


 八宮は隠すことはせず、あっけらかんと告白してみせた。


「なるほどね。人気者を演じるのは大変だな」

「けどそれもです」

「終わった?」


 含みのある言葉を恋南はおうむ返ししてしまう。とはなんのことを示しているのか。いじめ以外になにが終わったことなのか。真一郎も皆目見当がつかなかった。

 二人の疑問に答えたのは八宮ではなく、陸井だった。


「センター、変わったんですよ。やっぱり人気なメンバーがやった方がいいって」

「新センター……情報にないですね」

「そりゃ情報解禁前ですからね」

「もう無理に偶像を演じなくてもいいんです。これからはもう少し……地味で、インドア気質な素の自分も前に出せたらって思ってるんです」


 八宮は胸を撫で下ろして安堵していた。センターの責任に周りからの圧力。彼女を縛っていたしがらみ全てが今はもうないのだ。


 ──彼女は十和田の死よりも前にあらゆる重圧から解放されている。だから全てなのか。


 少女を見遣る。耐え抜き、新たな自分を思い描くその顔はとても晴れやかなものだった。


「ちなみに誰が新しいセンターを務めるんだ?」


 真一郎の問いに陸井がメンバーの名前を答える。一瞬の音であるはずなのに、その名はスローで克明に耳朶じだに響く。

 ある言葉が脳裏を過った。


 ──「これからが大事って時に私の被害が大きくなくて……正直安心しました」。


 それはパズルのピースがぴったりと一致した瞬間。全ての点が線で繋がった。


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