第894話 中ボスの間をクリアしてもまだ先があった件



「あっ、こっちは退去用の魔方陣かな……それならこっちは、多分だけど6層に続くゲートだねっ。

 新造ダンジョンかと思ったら、まだ先があるみたいだね、護人さん」

「そうだな……取り敢えず時間もアレだし、昼休憩を取って先を確認する事にしようか。それにしても、こんな樹の上じゃ寛ぐのも大変だな。

 どうしよう、一旦下の地面に降りようか」

「ドロップ品のスキル書も、地面に落ちちゃってるもんね。それより、宝箱が高い枝の上に置かれてて回収出来ないよっ。

 ツグミっ、何とかしてっ!」


 子供の我がままにはすっかり慣れているハスキー達は、その願いを聞き届けるべく奮闘中。闇のトンネルを駆使して、何とか子供の手の届く場所へと宝箱を運んでくれた。

 そんな忍犬にお礼を言って、嬉々として宝箱を空ける末妹は超現金。その中からは、鑑定の書や木の実や魔玉(風)、それから薬品類や魔結晶(小)が8個と定番の品が出て来てくれた。


 他にも山のさち的な、キノコ類はシメジやマイタケなど割と豊富に入っていた。それからタラの芽やぜんまい、ノビルやふきのとうなども箱の底にギッシリ置かれている。

 現金な末妹は、山菜ばっかりだねとちょっとがっかりした模様。山の育ちなだけに、冬にゲットした山菜にもそれ程に嬉しさは無いみたい。


 贅沢言わないのと、紗良はそれらをさっさと鞄へと詰め始めた。護人は順次、ペット達を抱えて大樹の根元へと飛翔で搬送している。

 姫香も一足先に地面に送って貰って、お昼の準備を始めている。レイジーやルルンバちゃんは、自ら降りてみんなの集合をのんびりと待つスタイル。


 紗良と香多奈も、ようやく回収が終わって護人に担がれてそちらへと合流。大樹の根元は、良い感じの芝生になっていて寛ぐには丁度良さそうだ。

 紗良が加わった事で、お昼の準備はあっという間に進んでそこからは恒例のダンジョン内でのランチタイム。香多奈はザジチームに連絡を入れたり、ハスキー達にお裾分けしたりと食事中も忙しそう。


 姫香と護人は、この“天狗のダンジョン”の攻略の感想を話し合っていた。やや手強い感じはするけど、5層で中ボスの間と言う構造は馴染みがあるし違和感はない。

 他にもあと4つ入り口は出来ているけど、全部がこんな感じなのかは分からない。何にしろ、来栖家チームとしては天狗の好意と解釈して粛々しゅくしゅくと挑むのみ。


 今の所は大きな成長の糧は貰ってないけど、そんなモノも用意されていると信じたい。まぁ、“ダンジョン内ダンジョン”は妙に安定しているのか、オーバーフロー騒動も起きにくいって話も上がっている。

 それなら当分放置で、“鬼のダンジョン”みたいに気が向いた時に探索で全然良い気もする。“鬼の報酬ダンジョン”にしても、実はあと1つまだ未探索の所があるのだ。


 こちらは実際に報酬は凄いのが多いので、探索に関しても楽しみな部分が多い。果たしてこの“天狗のダンジョン”も、同じ位に報酬が奮発されていれば嬉しいのだが。

 そう話し合う子供たちは、この後の展望を予想し合って楽しそう。何層に大ボスがいるのかとか、用意された報酬はどんなモノだろうかとか。



「私は10層くらいだと思うけど、それ以上だと今日中のクリアは大変かもね? ザジチームも順調そうだし、向こうを待たせてこっちがずっと探索中ってのも体裁が悪いもんね。

 まぁ、ダンジョンがそんな気を使ってくれるとは思わないけど」

「そうだね、今日で駄目ならまた次に取っておくのもアリかも。オーバーフローが起きないってのが前提だけど、安定してるダンジョンってのも変な話だよね」

「平気へいきっ……ちゃんと今日中にクリア出来るよっ! さあっ、お昼も食べたし元気も回復したよねっ、みんな。

 それじゃあ張り切って、午後の探索に出掛けるよっ!」


 そう元気に音頭を取る香多奈と、声を掛けられたペット達はこれまた元気に探索準備を始める。レイジーやツグミは、早くも大樹の枝を伝って上の枝へと登って行く。

 それが出来ないコロ助は、置いて行かないでとジャンプを繰り返している。その距離が意外と出ているので、改めてハスキーの運動神経に驚く家族である。


 ちなみに茶々丸は萌を乗せたまま、これまた見事に上の枝へと駆け上がってしまっていた。ルルンバちゃんも同じく、ただし2号ちゃんはいさぎよくその場で待機中。

 その後は、護人の薔薇のマントによる搬送がしばらく続く事に。コロ助も2号ちゃんも、お陰で無事に枝のうろのゲート前へと辿り着けた。


 ここからまた、次の層の探索が始まる訳だ……次は6層だが、エリアに大きな変更があったらまた大変だ。エリアの構造を確認しながら、またもやゲートを捜し歩く破目になってしまう。

 そんな事を考えながら、来栖家チームは順次ゲートを潜って行く。そして改めて眺めた周囲の景色だが、これまた懐かしい寂れ具合の建物が広がっていた。


 昭和初期の建物だろうか、さっきの農家の集落よりはよっぽど近代的ではある。ただし、人がいない路地や古い感じの建物はどこか哀愁を感じさせる。

 しかもかなりコンパクトにまとめているようで、百メートル四方程度の住宅街となっているエリアのようだ。端っこは高いブロック塀に覆われていて、探索はその中で行えって事らしい。


 その景色を目にして、おおっと感動する子供たちは超素直でサプライズの甲斐もある。一方のハスキー達は、仕事熱心で周囲の景色などそっちのけ。

 まずは安全の確保と、それからチームを正しい方向に導こうと奮闘中。それに茶々萌コンビも追従して、一緒に周囲の探索を開始している。


「うわあっ、今度は昔の田舎の集落じゃなくて、昔の町の住宅街って感じのエリアになっちゃった? こっちは2階建てが多いね、道もアスファルトやコンクリで舗装されてるよ。

 あっちには古い立体歩道橋もあるね……ひょっとして、ここも高い場所に次のゲートがあるのかな。2階の屋根を歩くのはかなり大変そうっ!」

「それは確かに大変そうだね、アスレ仕様が続くとなると気を引き締めないとね。敵はどんなだろう、相変わらず妖怪タイプの奴らが出て来るのかな?」

「あっ、ハスキー達が最初の敵を見付けたみたい……何だろう、大蜘蛛っぽいけど人の顔がついてる奴もいるねっ!」


 長女の言葉通り、さっそくこの層で遭遇した敵と殴り合いを始めるハスキー軍団。敵はコタツサイズの大蜘蛛で、中には頭が人のそれの蜘蛛も存在した。

 その顔は落ち武者みたいな容姿で、確かに妖怪っぽい気がする。強さはまずまずで、1層から出ていたネズミとネズミ男のペアよりはよほど強敵かも。


 姫香もすぐにお手伝いに参戦して、ますます戦いは騒がしくなって行く。しかし、昭和の路地裏での武器を持っての大蜘蛛相手の殴り合いって割とシュール。

 周囲には良い感じのコンパクトな公園とか、意味不明な巨大土管の置いている空き地なども散見される。昭和だなぁって護人も思うが、特に懐かしさは無い。


 そして蜘蛛の群れも、前衛陣の活躍によって無事に駆逐されて行った。蜘蛛が苦手な護人としては、有り難い限りでねぎらいの言葉にも熱が入る。

 そしてひと段落ついて、前の時と同じ疑問が一行を襲う事に。つまりは、次の層のゲートの位置はどこだろうって言う。香多奈は魔法のコンパスを取り出して、あっちの町外れだねと指差すけどそれ以上は分からない。


 仕方無くそちらへと進み始めるハスキー達は、先ほどのアスレ仕様を覚えていて戸惑い気味だ。時折、昭和の建物の屋根を見上げてそっちにルートはあるのかなって考えてるみたい。

 子供達も同じくで、ゴールはどこかなと周囲を観察して楽しそう。どこでも状況を楽しめるのは、香多奈の長所の1つだろうか。



 それはともかく、ハスキー達が寂れた感じの歩道橋を発見した。掛けられた道路は、ちっとも幅が広くも交通量も多くなさそうなのに不思議である。

 ここから屋根上に上がるんじゃないのと、末妹は何とも想像力が豊かである。そう言えば、何だか不自然な場所に信号機と木製の電柱がある気がする。


 しかも、変な所に板材が立て掛けられていて、いかにも使って下さい的な下心が透けて見える。香多奈はそれを見逃さず、2号ちゃんにそれを持って移動するように指示を出す。

 そうして末妹の言う通り、歩道橋に登ろうとした一行の前に再び大蜘蛛の群れが襲い掛かって来た。今回は赤鬼と青鬼も混じっていて、歩道橋を渡って来る鬼の姿は律儀で面白味がある。


 それに対して、今回は勝手の分かって来た後衛陣もサポートを飛ばして戦闘時間の短縮。それは目論見通り上手く行って、最初より数は多かったけど戦闘時間は短くて済んだ。

 鬼の軍団や顔が落ち武者の大蜘蛛は、特殊なスキルも持っていたのだがハスキー達は関係ない。華麗に対処して、狭い歩道橋の戦いもほぼ一方的に勝利してしまった。


 大蜘蛛など、壁も床も関係ない立体機動で難敵の部類に属するのだが、そんな敵も慣れっこのハスキー達である。茶々萌コンビも同じく、とにかく『突進』からの突き攻撃で柔らかい敵を穴だらけにする剛腕振り。

 その分、鬼退治はレイジーとコロ助がメインでになって分担もバッチリである。指揮を執っていた姫香も、その辺はバランスの良い立ち回りだった。


「ふうっ、ようやく調子が出て来たねっ……さあっ、これで歩道橋周りの安全は確保したわよ、香多奈っ。

 これでこの後どうするの、アッチの方向目指すんだっけ?」

「別に最初は地上のルートで進んでもいいけど、違ってたら無駄足じゃん。そしたら、最初は屋根上ルートを進んで、違ってたら下りたらいいだけの話だよ。

 あっ、でも叔父さんの空中輸送も使えるねっ?」

「ああっ、確かに言われてみれば……だがまぁ、輸送中は隙が出来るし正規のルートを発掘した方が今後の為でもあるかな?

 何しろこの後、最高で5層控えてるんだから」


 確かにそうだねと姫香も賛成し、みんなで屋根上ルートを進もうと言う話に。パッと見た限り、目的の方向には白くて3階建ての四角いビルが建っているのが見える。

 そのビルまでは、直線距離で約50メートル程度だろうか。そこまで距離はないので、屋上に怪しい建物があるのが遠目で何となく見て取れる。


 とは言え、真っ直ぐ進めるかと問われればそうでもない……通りで屋根渡りのルートが分断されていたり、道の選別は大変そう。ただし、密集した住宅は良い感じに連なっている。

 無理せずビルまで近付けそうで、最終的に護人もそれで行ってみようと末妹の作戦をプッシュする。それと同時に、2号ちゃんが板の渡しを歩道橋から近くの駄菓子屋の屋根へと掛ける事に成功した。


 それを見ていた姫香は、おおっと何となく感嘆の叫び。そしてまずはレイジーとツグミが、その板を伝って駄菓子屋の1階の屋根へと飛び移った。

 移動系のスキルを持つ2匹は、かわらの上に乗ってもカチャリとも音を立てない。ちなみに瓦はどこの家も赤茶色で、これは広島では一般的な石州せきしゅう瓦と言う種類だそう。


 そんなウンチクを長女から聞いた末妹は、逆に他にも色があるのとビックリ模様。普通は灰色とか、暗い色が多いかもねと紗良の返答に香多奈は微妙な表情。

 自分の中の常識って、往々にしてそんな感じで他の地域では違う事があるのだ。それを子供の頃に認識するのって、とっても大事には違いなく。

 つまりは、こんな探索業も知識の見聞の役に立っているって事?





 ――などと屋根の上で話し合う家族に、空からの敵の集団が迫って来た。







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