第842話 広島周辺の探索者&ダンジョン事情その29
あの敷地内には、3つのダンジョンコアが存在して現在の稼働は2つ。稼働していない“裏庭ダンジョン”は、入り口を世界樹の若木に塞がれて魔素の供給を止められている。
これによって仮死状態になったダンジョンコアは、世界樹の若木の放つ清浄オーラで使い物にならない状態である。これに期待は早々に諦めるが、他の2つも似たようなモノ。
つまりは鬼のお手つきのお陰で、大元のダンジョンコアは腑抜け状態になっていたのだ。成長の魔素エネルギーを、鬼の付与した別のダンジョンコアによって吸い取られている感じ。
簡単に言うと、植物の寄生とかそんな感覚だろうか。お陰で大元の2つのダンジョンコアは、成長が止まってただ魔素を
それはまぁ良いのだが、そんな状態のダンジョンコアに干渉したらコア自体が使い物にならなくなる恐れが。苦労して、それを作り上げた鬼にも
そうすると、新たな場所探しから始めるしかなくなってしまう。いっその事、新造ダンジョンの着手から始めるのも手だが、そうなると魔素溜まりの発見が必要になって来る。
ぶっちゃけそれは面倒だし、無駄な労力を使う程の案件でもない。と言うか、疾風坊が目をつけた家族の住む町には、馬鹿みたいにダンジョンが生えている。
これ以上増やすのも気の毒だし、その内の1つに間借りをするのがスマートだろう。そう思って夜の日馬桜町を、文字通り風になって見回す疾風坊である。
麓の町も良い感じに田舎で、こんな夜更けでは尚更に人の目を気にする心配もない。それでも念の為に、本体を見られない様に移動する事数分余り。
そして見付けたのは、駅前の広場に立派な枝ぶりを示す2本目の世界樹の若木だった。そのせいか、この町は魔素と清浄のエネルギーが程よい感じにブレンドされている。
つまりは混沌だ、西洋の街並みの中に突如出現する東洋の通りのような。もしくは逆に、日本の昔ながらの田舎町に建てられている西洋の教会のような。
強過ぎるアクセントは、異界の者達にとっては良い目印になり得る。ひょっとしたら、近い将来には鬼や天狗以外の異界の者が、この町に目をつけるかも知れない。
そうなってしまうと、疾風坊が苦労して見付けた探索者家族を横取りされる可能性も出て来る。つまりは早急に、能力の継承の儀式を済まさねば。
要するにダンジョンを創造して、そこを彼ら家族チームに攻略して貰うのだ。何しろ天狗の持つ“神通力”は、探索にも有効に使えるモノが多い。
それを分け与えれば、きっと彼らも泣いて喜ぶだろう。
疾風坊が上空を通るたびに、夜の町に木枯らしような大きな風の流れが起きる。あまり騒がしくする趣味は無いのだが、その暴風は更に10分以上続いた。
そしてようやくの事、疾風坊のお気に召す場所を発見に至った。それは入り口も半ば雑草に隠れた、ほとんど住人に忘れ去られたようなダンジョンだった。
それでも魔素の循環はバッチリで、恐ろしく健康で成長具合も良い。これなら4つか5つ、寄生コアを植え付けても問題は起きないだろう。
そこの立地だが、川のすぐ側に入り口があって、すぐ上に小さなコンクリ橋が掛かっていた。後は入り口に注意喚起の看板が立ってあったのだが、疾風坊の到来で吹っ飛んでしまった。
それは仕方ない、不可抗力と言うモノだ……早速入り口に潜り込んだ天狗は、しばらく中を探索する。そして新たな入り口を、1層と2層に定めて満足そうな表情に。
しばらく様子見は必要だが、喜んで貰えれば苦労した甲斐はある。
――こうして天狗のお節介で、新たな“ダンジョン内ダンジョン”が爆誕の予感?
島根のA級チームである『ライオン丸』の面々は、現在は愛媛で活動中だった。何故かと言えば、合コン相手の『坊ちゃんズ』の本拠だからである。
同じくA級のこのチーム、全員が妙齢の女性4人で構成されていた。そして惚れた弱みで、地元を離れてこんな場所での生活中と言う。
島根の協会の本部長からは、再三に渡って帰還命令を受けている次第である。それでも止まらぬのが恋心、いや惚れた弱みって本当に恐ろしい。
これはリーダーの
ちなみに勝柴の惚れた相手だが、チームリーダーの
そう言う意味では、この『坊ちゃんズ』の面々は全員が長身には違いない。特にエースの
そんな彼女を好きになったのが、『ライオン丸』の最年少の
そんな2人が上手く行くとは、当初は両チームの誰もが思ってはいなかった。ところが2人とも動物好きだと判明して、一気に仲良くなると言う。
或いはそれは、恋心とはベクトルが違うのかも知れない。とは言え、両チームのカップルの中で一番仲良さげなのがこの両者に間違いはない。
一方の勝柴と氷室の両者はと言えば、積極的な勝柴に対して氷室は気を持たせている感じ。イエスともノーとも言わず、つかず離れずの距離のままである。
それは他の2人も同じで、雰囲気は悪くないけど言質は貰えてない状況。お互い恋愛慣れしていないせいか、子供の遣り取りのような状況が続いているようだ。
それでも勝柴は、現状に
まさか4人全員でのお付き合いになるとは思わなかったけど、向こうも出会いを求めていたのは幸いだった。出来ればこのまま、全員でゴールインしたい所。
ちなみに現状では、お互いのチームで最低限の探索には
食べて行くには、そんな時間も必要なのだ。
「大将、ところで島根の協会から“津和野ダンジョン”の予知がネットに上がったって報告が出たんだけど。ウチらも昔、あそこの探索では苦労したよなぁ?
ひょっとして、大規模レイドが掛かるかもだってさ」
「ああ、あそこは珍しい複合型ダンジョンだからなぁ……A級と言えど、1チームだけじゃどう仕様もないからそんな話も持ち上がるだろうなぁ。
さてどうしよう、ウチらも動かざるを得ないかな?」
「そりゃあ、もちろん……『坊ちゃんズ』が行くなら、ウチらも行くっしょ」
それは当然だ、ここまでチームで意思疎通が図れているなど過去には無い事。そしてどうやら、西広島の『日馬割』ギルドがその依頼に動くかもとの事。
あそこは家族で探索者をやっていて、ペットも強いと言う世にも珍しいチームである。それからもう1チーム、異世界から来た鬼強い連中も在籍していた筈。
家族チームには、紗良と言う超絶美女がいて一時期チーム全員が熱をあげていた。異世界チームにしても、元気な猫娘や美人のエルフがいてとっても興奮したモノだ。
だが今は、そんな事を考えるだけでも恐ろしい視線に見舞われる。心のやましい部分を察するスキルでも持っているのか、それとも女性特有の勘と言う奴なのか。
本当にお付き合いって、レア種と対するよりも難物には違いない。これを4人揃ってハッピーエンドなど、数パーセントの確率より低いのではなかろうか?
そんな内心をおくびにも出さず、『ライオン丸』チームの面々は地元のダンジョンを思いやる。“津和野ダンジョン”は自然に3つのダンジョンが融合した、世にも珍しい複合型生成のダンジョンなのだ。
つまりは、間引きの手間や難易度も他の3倍は掛かるって事。
――地元有数の難易度ダンジョンの依頼は、冬前には片付けたい所だ。
さて、“巫女姫”八神の冬から春にかけての予知内容に、西広島の探索チームが紛糾している頃。それをすり抜ける重大な事案も、ある場所でひっそり芽生えていた。
その1つだが、実はそれは異世界で起きていた。そのせいで“巫女姫”の予知からすり抜けたのかもだが、その芽は決して小さくは無かった。
元凶となったのは、かつてムッターシャ達“皇帝竜の爪の垢”が所属していた王国だった。この国の崩壊は、彼らが予言した通り意外と早くやって来た。
その
そうして宿無しとなった彼らは、国を見捨てて文字通りあちこち彷徨い歩く破目に。その点では、その土地に住み着いている民草よりは、遥かにフット―ワークの軽い彼らである。
そんな『彷徨う戦士団』の中に、悪名
そこのリーダーの、“ハイエナ”の二つ名を持つガレスは、王国の崩壊に苦り切った思い。せっかくチームが大所帯となって、名も売れて来たのにこの有り様である。
母体の消失に関しては、別に感慨深くも何ともない。ただしチームを率いてよその国に移動するのは、面倒くさくて
せっかく
仕方無いので、真面目にダンジョンなどで稼ぐかとガレスが思い悩んでいた所。部下の1人が、とある“異界の隠れ里”の噂を仕入れて来た。
「ほう、そりゃあ……手配が掛かっても、逃げ込むには最適な場所って事か。そんな便利な場所が、この近場にあるって事か?」
「へえっ、お
そこには各所に繋がるワープ魔方陣があって、長期滞在するにも適した場所だそうで」
その話は割と有名で、王国と魔導研究機関から依頼を受けたチームのトンズラは、一時期世間を賑わせた。同時に
その機を逃した“天使のぼったくり亭”は、30人以上の大所帯だけに安易に宿替えなど難しい。ただし、悪い繋がりからこの手の情報が入って来るのは良い点だ。
“ハイエナ”のガレスは、もちろん“皇帝竜の爪の垢”の一連の出来事は知っていた。それどころか、リーダーのムッターシャを個人的に知ってさえいた。
その鼻持ちならない活躍と名声を、何度憎たらしく思った事か。そして、国を見離して自分たちだけ助かる手腕も、今更ながら腹が立って仕方がない。
その連中が使ったらしい“異界の隠れ里”の逃亡ルートは、物凄く興味が湧いて来る。その隠れ里を制圧して、ひょっとしてそこに潜伏している連中を手に掛ける事が出来ればしめたモノだ。
それから噂のワープ魔方陣、これを自分達のチームが自在に扱えるようになったら万々歳だ。それが叶えば、ガレスはシケたチームの頭ではなく、もう一段階上に行けるかも。
つまりは領主とか、明確な縄張りを持つ存在が見えて来そう。
――その為には、他人の命が幾つ
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