第816話 温泉旅館ダンジョンも6層を超えて変化が起きる件



 さて、間引き案件の“温泉旅館ダンジョン”も5層の中ボスの部屋を軽くクリアした来栖家チーム。そして時間もまだ11時過ぎなので、正午まではこのまま進もうと言う話に。

 そして宝箱の中身だが、鑑定の書や木の実や強化の巻物が少々と言った所。それから薬品系がまずまずに、後は魔玉(水)や魔結晶(小)が5個ずつ。


 後は入浴剤やゆずや菖蒲しょうぶなど、お風呂関係の品々が底の方に置かれてあった。良い香りは漂って来るけど、回収品としては微妙である。

 妖精ちゃんが反応したのは、小振りで空色の腕輪のみ。どうやら魔法アイテムは、辛うじて1個だけ入っていた模様でまずは良かった。


 それでも渋いねぇと不満そうな末妹は、まだまだ元気そうなペット達を見遣ってしかめっ面。何しろ向こうは、戦闘でテンションがあがってご機嫌模様なのだ。

 それを別に批難する訳ではないけど、何となく不公平を感じる末妹である。そんな訳で、お昼を食べないならさっさと先に進もうよと叔父に提案。


 そのギスギスした物言いに、食って掛かる姫香との姉妹喧嘩は既に定番ではある。ペット達の体調チェックをこなす、紗良の取り成しも既に慣れた一連の作業。

 鞄の中から自由にされたヒバリが、あちこち走り待って騒がしい。休憩中はいつもこんな感じで、何故か心配した茶々丸が護衛についてくれている。


 茶々丸も、ひょっとしてお兄ちゃんとしての自覚が出て来たのかも知れない。ヒバリが熱いお風呂に落っこちないように、面倒を見ている仔ヤギの姿は何だか和む。

 護人もチームを確認して、全員にそんなに疲れが見えないと判断したようだ。小休憩の後、もう2階層くらい攻略してお昼にしようかと提案する。


「そうですね、ここはお風呂場と言うか食事をする場所としてあんまり適して無いですし。移動は賛成です、もうちょっといい場所が見付かればいいけど」

「ヒバリがさっきから動き回って、熱いお風呂に落っこちないか茶々丸が気にしてるもんね。あんまり安全な場所でも無いし、確かにお風呂場で昼食はヘンだよね。

 それじゃ、出発するから戻っておいで、ヒバリちゃん」


 名前を呼ばれたヒバリは、自分で歩くんだと駄々をこねた後に無事に香多奈に回収されて行った。その辺は容赦ない、探索中の危険は仔グリフォンよりよく知る末妹である。

 そして再スタートを切った来栖家チームは、お馴染みのフォーメーションで進んで行く。中ボスクリア後なので、エリアの変化を確認したい姫香はやや前寄りの布陣。



 そしてハスキー達と出た先は、何とジャングル染みたフィールド型のエリアと言う。あれっと事態の把握に努める姫香と、敵を捜して進み始めるハスキー達。

 茶々萌コンビもそれについて行こうと、張り切って戦闘の構えを取っている。そして出て来た猿型モンスターの群れと、派手に斬り結び始めてしまった。


 お迎えの敵の群れはまだいて、その中にはヤモリ獣人も混じっているようだ。ハスキー達は探索の途中から、武器を咥えてMP節約モードとなっている。

 今日は敵も弱いし長丁場になりそうと、群れのリーダーのレイジーの判断みたい。それでも獣人相手には、しっかり効果があるようで敵はどんどん減っている。


「あっ、姫香お姉ちゃんがいた……ここって建物の外じゃん、てっきりまた宿泊施設の中に出ると思っていたのに。

 露天風呂エリアかな、それとも中庭の巨大版とか?」

「あっちの茂みの向こうに、東屋あずまやみたいな建物があるねぇ。露天風呂エリアだとしたら、お風呂があるのはその向こうかな?

 草木は多いけど、手入れされてるみたいに綺麗な外観じゃない?」

「そうだな、カズラの花が何とも綺麗だな……ウチの敷地内にも、もう1本くらい欲しいんだけど。

 つる植物は、なかなか育てるのが大変だからなぁ」


 どこに伸びるか分かんないもんねと、姫香はホッコリした言葉を返す。香多奈もお庭の改造計画は、大賛成だと叔父の発言を後押しする。

 ちなみに、末妹の今年のひまわり増産計画は割と上手く行って本人も納得の結末に。キヨちゃんのペットの餌もゲット出来たし、来年に植える用の種もしっかりとれた。


 この調子で、来年はもっと本数を増やす予定の香多奈は、和香と穂積も巻き込む心積もり。新入りのりょうも、興味を示せば仲間に加えても良い。

 何しろギルトの名前の花なのだ、しっかり育てなければ示し(?)がつかない。そんな心意気で、縁の下の力持ち気分の末妹なのであった。


 ところで、6層の初戦を勝利で終わらせたハスキー達は、ツグミがドロップ品を拾って更に奥へ。魔石(微小)が10個余りは、初戦にしては多かった気も。

 それからヤモリ獣人は手裏剣を落としたので、ひょっとして忍者仕様だったのかも。サル獣人は、何故かサツマイモやモロコシを幾つかドロップしていた。


 6層から急に敵の数やドロップ品が増えて、ハスキー達もヤル気満々である。そして1分も進まない内に、今度は通路に沿っておかれた彫像の襲撃を受ける破目に。

 つまりはガーゴイルなのだが、コイツ等はなかなかの強さで初めての難敵かも。それでも、コロ助のハンマーと茶々丸の『突進』で見事に粉砕されていった。


 ちゃっかり前衛に混じる事が出来て、意気揚々な茶々萌コンビは得意満面。周囲にもっと敵がいないか、勝利の余韻にひたりながらチェックしている。

 そして前方に温泉を発見……俗に言う露天風呂で、空の下の開放的な景観である。風呂の上に張り出した枝は、情緒たっぷりで岩板しつらえの浴槽も同じく。

 ただし、それを独占して浸かっているのは大猿モンスターと言う。


 ソイツは敵の侵入に、ゆっくりと湯船から姿を現して戦いの意欲を示して来た。お供に2メートル級のカッパを従えているが、大猿はそれより巨躯の持ち主だ。

 まるでエリアボスの貫禄だが、傷だらけの表皮は迫力に満ちている。歴戦のプロレスラーみたいな風貌が、或いはそう見せているだけかも知れない。


 何故かそれを挑戦と受け取ったハスキー軍団は、ヤル気マックスで風のように突進して行く。遅れまいと茶々萌コンビも角と槍を構えてのチャージを敢行する。

 そんな感じで、中ボス戦で活躍出来なかったハスキー達の逆襲が始まった。




「ああっ、茶々萌コンビも結局見えなくなっちゃった……油断すると、すぐに前衛に加わろうとするんだから。

 困ったモノだよね、本当にっ!」

「でも、中衛システムは悪くない案だと思うけどな……レイジーの指揮は凄いけど、ハスキー達だけじゃ判断出来ない仕掛けや何かも出てくる場合があるでしょうし。

 そんな時は、姫ちゃんがいた方が向こうも安心なんじゃないかなぁ?」

「確かにそうだね、茶々萌コンビの無茶を抑えておくメリットも大きいし。とは言え、依然として後衛と間隔が開いちゃう問題は解消出来ずだなぁ」

「いっその事、後衛は別ルートで探索しちゃえばいいんだよっ。そしたら時間の節約にもなるし、叔父さんやルルンバちゃんの出番も増えるんじゃないかなっ?」


 それは一考の余地があるねと、リーダー補佐の姫香は思案顔に。巻貝の通信機を2手で持ち合えば、ダンジョン内でも通信は可能である。

 それを見越したように、紗良が向こうに建物が見えますねとの控え目の発言。それに盛り上がる香多奈は、皆で行こうと張り切ってチーム方針をさらって行ってしまった。


 そんな訳で、姫香はハスキー達と合流すべく巻貝の通信機を持って別行動へ。心配した護人が、ミケかムームーちゃんを護衛につけようかと進言するも。

 ハスキー達が通った後には、敵の気配は窺えないので大丈夫との姫香の返答。


 それもそうだねと、末妹の方はチーム分離にも呑気な表情だったり。少しは心配しなさいと、妹の頭を小突いて姫香はハスキー達の進んだ方へと去って行った。

 気を付けてねとの長女の言葉は、さすがの気遣いで是非ぜひとも香多奈にも見習って欲しい所だ。それはともかく、建物の方向へと別働隊は真っ直ぐ進んで行く流れに。


 数分も経たずに、その建物は案の定の宿泊施設だと判明した。なかなか小洒落た昔ながらの建物で、パッと見は銭湯に見えなくもない。

 1階建ての建物で、広い入り口フロアには番台の着物を着たパペット兵がお出迎え。それをルルンバちゃんがパンチで倒して、カエル男やカッパの群れも続けて始末して行く。


 護人とムームーちゃんもそれに加勢して、数分で建物入り口の安全は取り敢えず確保出来た。お疲れ様と声を掛ける香多奈も、さっきまで応援を飛ばしてくれていた。

 それから何か回収出来るモノは無いかなと、思考の切り替えはさすが探索慣れしている。そんな建物入り口では、観光マップや下駄や靴くらいしか目ぼしい物は無し。


「敵の数と強さは、さすがに上がって来た感じがするね、叔父さんっ。ルルンバちゃんが、張り切って盾役やってくれて頼もしいよっ!

 ムームーちゃんも、さっきの汚名返上をガンバってね!」

「まかりなりにも6層まで降りて来たからな、さて……中の敵にも変化はあるかな? 入って左手はお風呂エリアみたいだな、右手は宿泊施設な感じがするけど。

 しかしおもむきのある建物だな、うっかり泊まり希望出しちゃいそうだ」


 それは良いねぇと、温泉に理解のある子供たちはすっかり旅行気分。ちらりと覗いてみた結果、温泉エリアの奥に下に降りる階段を呆気なく発見出来た。

 それを巻貝の通信機で、律儀に姉に報告する香多奈はちょっと得意そう。こっちのチームが、先に階段を発見しちゃったもんねと威張り散らしている。


 そこからは、恐らく汚い言葉のやり合いが続いて、紗良がたしなめる流れに。離れていてもお盛んな両者に、長女もちょっと呆れた表情。

 それから、姫香とハスキー達が合流するまで、お隣りの宿泊フロアでアイテム回収を頑張る事に。張り切って進み始める香多奈を、護衛しようとナイト役のAIロボも先頭に立つ構え。


 数が半分になっても騒がしいチームは、そんな感じで宿泊エリアを進んで行く。個室を物色して回る姿は、お世辞にもめられたモノではない。

 それでも置かれているのは、ある意味ダンジョンからの贈り物なのだ。遠慮なく鞄に仕舞い込んで、生活の糧にしなければ勿体無い。


 そんな意気込みで、数部屋ほど探索して何とか鑑定の書や木の実、ポーションや魔玉(炎)の回収に成功。その他の品では、ちょっと良さげなハンガーや座椅子をゲットした。

 当たりでスキル書を1枚発見して、大喜びする紗良と香多奈はとっても幸せそう。戦闘には興味はないが、探索に醍醐味を感じているのが長く続ける秘訣かも。


 もっとも末妹に関しては、将来はキッズ達で探索チームを作ろうと夢見ている模様。そして叔父や姉達が引退しても、生計を支えてあげると殊勝な事を口走っている。

 思わずホロリとしてしまう護人だが、保護者としては元気に成長してくれればそれが一番だ。ヤンチャの過ぎる末妹だが、その辺の想いが通じているかは不明。


 回収を終えて建物の玄関口まで戻って来た後衛陣は、姫香とハスキー達の合流を待つ。ちなみに室内フロアで出て来た敵は、定番の大ネズミやゴキだった。

 倒すのに苦労もなく、珍しく紗良と香多奈で1キルずつ成果をあげる事が出来た。それもミケの後押しで、訓練モードの戦闘をこなした感じ。

 そんな長閑のどかな後衛陣と違い、前衛陣は露天風呂で激しい戦闘の真っ最中。





 ――“温泉旅館ダンジョン”も6層からは、一癖ありそうな予感。






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