第783話 4層で思わぬ階層主と遭遇する件



 結局は4層へのゲートを見付けるのに、その後20分以上も廃墟を彷徨さまよった一行であった。そして途中の廃墟の洋館エリアで、恒例の呼び鈴を使っての探索タイム。

 このポイントは熱いですよと、メイドのヘスティアから助言があっての一時停止である。主催者側がネタ晴らしをするのってどうなんだと、護人は突っ込むべきかと考えるも。


 子供たちは嬉々として、チーム分けをして音の反応を頼りに散り散りに宝物ゲットへと出掛けてしまった。どうやら儲かるのなら、文句は何も無いらしい。

 護人もムームーちゃんに急かされて、音の鳴る建物の裏側へと進まされる事に。この宝探しゲームは、どうやら軟体幼児のお気に入りの遊びになったみたいだ。


 廃墟の建物の裏庭は、レンガや木くずが散乱してそれなりに酷い有り様だった。そんな小スペースにある倉庫みたいな場所を、ムームーちゃんはロックオンした模様。

 あの中デシと言われた護人だが、暗く半壊した物置の中はいかにも不気味なたたずまい。首を突っ込んで何かをしたくはないけど、軟体幼児は容赦がない。


 他の競技者に負けちゃうデシと、保護者を急かして駄々っ子モードに。まぁ、我がままを言える関係になれたのは、素直に喜ばしいと護人も思ってみたり。

 そして恐る恐る、懐中電灯のライトで暗闇を照らしてみた所。中に潜んでいたゴーストの、苦悶の表情を目の当たりにして思わず悲鳴をあげそうになる護人である。


 それをムームーちゃんは、何でもないように《氷砕》で氷漬けにしてしまった。幽霊も凍るとは知らなかったが、軟体幼児の関心は宝物の発見の方にあった模様。

 棚の上にコインを見付けたデシと、キャッキャと喜びの念話が伝わって来た。良かったねと、ドラムのように鳴り響く自分の心臓をなだめながら、護人はそれらを回収して行く。


 他にも鑑定の書や魔玉(闇)も置かれてあって、後は針金や園芸用品が少々と言った所。それらの回収を満足そうに眺めるスライム幼児は、テンションも高く浮かれている。

 他の場所からも、ここが廃墟エリアなのを忘れる笑い声が響いて来ていた。どうやら向こうも、結構な回収品が見込めた模様で何よりである。



「あっ、4層はいきなり墓地とかじゃないみたい……良かった、でも周囲が薄暗いのは変らないみたいだねっ。灯りは維持して、注意しながら探索しようか。

 ハスキー達も、あんまり離れ過ぎないようにね」

「えっと、魔法のコンパスによると、次の層のゲートは向こうの方向かなっ? ハスキー達っ、注意して進むよっ!」


 確かに今回は、いきなり敵が出現するような仕掛けは無いみたい。それどころか、香多奈の示した方向へと進み始めた一行は、数分の間何のモンスターとも遭遇せず。

 死霊の群れすらいないとは、今までのパターンからしてまず考えられない。探索経験の豊富な来栖家チームの面々も、何となく嫌な予感を感じて口数も少なに。


 それから後ろからついて来るヘスティアに、出来立てのダンジョンでまさかレア種は無いよねと念押しの質問など。それに対して、思わず目を逸らすメイドゴーストである。

 ハスキー達も、敵はどこだと順調な道のりなど毛ほども望んていない様子。それでも、あれだけ前の層で出現していたゾンビやスケルトンは1匹も出現しない。


 そして5分以上が経過して、一行は廃墟の町の中央交差路へと到達した。恐らく馬車か何かが通る大きな路が、東西と南北で交差して中央は噴水か何かが設置されている。

 もっとも今は水も枯れて、設置されていた銅像も崩れ去っている。そんなオブジェの代わりにそこに立っていたのは、黒いローブを着た細身の人物だった。


 剥き出しの腕は細く、恐らく元は女性なのかも知れない。ローブの下の顔の位置は、しかし真っ暗な空洞となっていた。つまり顔は無いのだが、奇怪な女性の笑い声はどこかから聞こえて来ると言う。

 この4層で出遭った初めての敵がコイツだが、明らかにレア種っぽい雰囲気がだだ洩れである。思わずジト目でメイドちゃんをにらむ、姫香と香多奈はかなりご立腹の様子。


 苦しい顔のヘスティアは、アレは階層主的なアレじゃないかなと必死の言い訳。それから周囲を指差して、ホラ雑魚が湧いて来たよと話題をらしている。

 実際、周囲の廃墟から湧き出て来ている、ゴーレム型のモンスターが多数。と言うより、雰囲気からしてあの高笑いが召喚した感じがヒシヒシ伝わって来る。


 ゴーストのヘスティアは、アレはアビスクイーンと言うモンスターで手強いですと説明して来た。もう少し詳しく特徴を聞きたい護人だが、前衛陣は果敢に突っ込む素振り。

 それを闇の重力球を幾つも発生させて、華麗にかわして行くアビスクイーン。その間にも、廃墟から発生したゴーレム達がゆっくりと近付いて来る。


 そいつ等は軽く10体以上いて、全部が3メートル級となかなかの戦力振り。ただし体を構成するのは、周囲の廃墟からくすねたような瓦礫ばかりである。

 石製とかと較べると、防御力は思い切り低そうなやからばかりでその点はラッキーかも。護人とルルンバちゃんで、背後から迫る敵を倒すぞと護衛組も動き始める。


 姫香も敵の大将と遣り合いたい気持ちはあるけど、廃墟ゴーレムの数はまだまだ増えそう。仕方なく右サイドの護衛を買って出て、これで後衛陣の安全は何とか確保出来そう。

 肝心の前衛陣だけど、熾烈な戦いは既に始まってヒートアップしていた。ハスキー達は、各々が得意な武器を振るって肉弾戦を挑むも、その攻撃はかすりもせず。


 例の重力球の数は、今や8個に増えていてレイジー達は大苦戦中。推定レア種の高笑いを止める事も出来ず、逆に重力球で吹き飛ばされて行く茶々萌コンビである。

 その勢いは、まさに水平に落下して行くと形容すべき勢い。


「うおっ、茶々萌コンビが吹き飛ばされたぞっ……紗良っ、何とか救助に向かえるかいっ? 香多奈は敵に弱体魔法が効果があるか、ちょっと試してみてくれ。

 とは言え、後衛は絶対に奴のタゲを取らないようにな!」

「わっ、分かりました……ミケちゃん、護衛役をお願いねっ。今から、茶々丸ちゃんと萌ちゃんを助けに向かうからねっ?」


 慌てながらの後衛陣のサポートだが、香多奈は俄然ヤル気を出している模様。長女と一緒に茶々萌コンビの元に向かいながら、推定レア種に罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせかけている。

 とは言え、その語彙ごいはバーカとかお間抜けさんとか可愛いモノである。そんな後衛陣を護るべく、ミケは近付く廃墟ゴーレムたちを粉塵ふんじんへとして行く。


 マイペースと言うか気分屋の彼女ミケだが、家族想いなのは確かである。そして護人に攻撃命令を貰ったと拡大解釈した末妹は、『叱責』だけでは飽き足らずに『命中率up』を頼りに、木の実爆弾をアビスクイーンへと投擲とうてきする。

 それの破砕効果に、思い切り怯んでいる敵の大将は、首を傾げて後衛をにらみ据える。どうやら護人の忠告は、完全に裏目に出てしまった模様。



 その頃、茶々丸の診断を行っていた紗良は、顔を蒼褪めさせて治療を行っていた。茶々丸の前脚は恐らく骨折していて、上級ポーション案件である。

 もちろん紗良も『回復』を併用するけど、さすがに魔法でも重症患者を一瞬では治せない。逆に萌は怪我も無く元気な模様で、相棒の状態を心配そうにのぞき込んでいる。


 そこに襲い掛かる強烈な殺意、どうやら香多奈のお茶目でアビスクイーンのタゲを取ってしまったようだ。それを阻止しようとハスキー達も奮闘するが、重力球の解決法は未だ見い出せていない様子。

 レイジーの炎のブレスも、コロ助の『牙突』や《咬竜》も多数の重力球に吸い込まれている感じだ。本体にヒットする前に、先にそれを始末するべきかも。


 ツグミの本体への奇襲も、敵の霊体ボディには不発に終わる破目に。さすが推定レア種、ハスキー犬のひとみでは終わらないようだ。

 ツグミも細い腕で掴まれて、思い切り遠くへ放られてしまった。それを驚異的なバランスと、影の支援で難なく着陸してノーダメージのツグミ。

 さすが忍犬、茶々丸とは違って防御も一流である。


 敵の活動は尚も激しさを増し、重力球に加えて廃墟ゴーレムの数も増え続ける有り様。お陰で護人や姫香、ルルンバちゃんは大忙しで護衛ラインを敷くのが精いっぱい。

 思いがけず敵のタゲを取ってしまった香多奈だが、その行動は素早かった。すかさず萌を叱咤激励して、2人でアイツをやっつけるよとボス戦に参戦する構え。


 つまりは茶々丸の敵討ちだと、末妹も仲間が杜撰ずさんに扱われた事に腹を立てていたらしい。萌もその言葉に気持ちを切り替えて、敵討ちだとヤル気をみなぎらせ始める。

 そして《変化》を解除しての、切り札の竜身での『巨大化』を発動させる。“魔獄ダンジョン”で1度だけ見せた変身技だが、今回は敵に合わせて3メートル級の巨大化である。


 そして末妹に目配せ、自分に乗っての合図を送っての特攻の構え。バッチリ以心伝心でその意志は伝わって、背中を駆け上がって行く香多奈である。

 その小さな身体を『全能のチェーンベルト』の鎖で固定して、少女が落っこちない様に配慮する。これで簡易ドラゴンライダーの出来上がり、そして燃え上がる少女と仔竜の心意気。

 いけーっとの叫び声と共に、アビスクイーンへと突っ込んで行く萌である。


「ええっ、ちょっと……香多奈っ、何て無茶をするのよっ!」

「香多奈ちゃんっ、危ないから戻っておいでっ!」

「大丈夫、萌のパワーは凄いんだからっ! 萌っ、相手はどうせ死霊の闇属性なんだから、聖属性のブレスでやっつけちゃって!」


 そうなんだと、素直な萌は聖属性のブレスにいて考える。レイジーの真似をして火炎のブレスを覚えた萌だが、長女の《浄化》スキルも何度も見てるし、何となく行けそうな気もする。

 萌は厳密に言えば竜ではないし、ナンチャッテ生物なので容れ物はともかく精神の在り方は自由である。後天的に覚えた《竜の心臓》や《竜の波動》は、そんな生物の概念を形作るのに便利なパーツでしかなかった。


 その辺を上手く組み立てて、萌は聖属性のブレスなるモノを体内で構築する。末妹が出来ると言えば出来るのだ、萌にとってスキルは不可能を可能にする手段に過ぎない。

 敵のアビスクイーンは、完全に怒ってこちらをタゲ認定していた。キカカカッと奇怪な叫び声をあげながら、幾つか重力球を飛ばして来ている。


 それを華麗に避ける萌は、仲間を傷付けられてやっぱり怒っていたようだ。思い切り息を吸い込んでからのブレス攻撃は、何と言うか見事な聖属性だったと言うオチ。

 見守る面々が唖然とする中、アビスクイーンの長い絶叫が響き渡った。それからひらりと落ちる黒いローブ、その中には魔石(特大)ともう1つドロップ品が。


 やったぁとはしゃぐ香多奈だが、その顛末を知った護人や姫香はお小言を言いたそうな雰囲気。大活躍の萌も、それを知って何故かシュンとしてしまう有り様である。

 今回活躍出来なかったハスキー達も、大物が倒れてくれてホッとした表情である。それから倒れた茶々丸の元に、心配そうに近付いて行く。


 幸いにも、骨折も治るとの触れ込みの上級ポーションの威力は本当だった模様。紗良の『回復』スキルとの同時施行で、茶々丸は何ともなかったかの表情。

 ようやく瓦礫ゴーレムとの戦いから解放された護人と姫香は、元気な仔ヤギを確認してホッと胸を撫で下ろす。それから他のメンバーの状態を確認して、それから香多奈にちょっとおいでと呼び出しに掛かる。


 元のサイズに戻った萌は、自分は関係ありませんと少女の影に隠れる仕草。香多奈も怒られる予感に怯みながら、推定レア種のドロップ品を拾い上げる。

 それは何とか話題をらして、お説教時間を減らすのが目的だったのだが。何と魔石と一緒に落ちていた宝珠を拾い上げて、途端に満面の笑みに。

 とは言え、怒られる時間はそこまで変わらなかったと言う2つ目のオチ。





 ――そんな感じで、波乱の4層も何とかクリアへと至ったようだ。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る