第680話 3人娘が山の上の暮らしを満喫して去って行く件
怒涛の青空市を乗り越えて、明けて週始めの山の上の来栖邸である。秋の気配はまだまだだけど、何となく朝夕は過ごしやすくなって来た気が。
それはずっとお泊りを続けている3人娘も感じていて、夏も終わりかと感慨深げ。そのお泊りも、予定では今日までで明日の朝にはそれぞれの故郷に戻るつもり。
怜央奈は駅まで来栖家の車で送って貰って、列車で市内行きに乗れば良いのだけれど。陽菜とみっちゃんの2人は、自前のワープ装置の初使用である。
この装置は、送る重量や距離などは全く関係なく、2つのワープゲートの位置情報を取り込んで“アビスリング”の魔力で強引に繋げてしまう類いのモノみたいで。
そのワープ通路が出来上がって、消えるまでの数分間なら何度でも何人でも行き来は可能である。協会も貸し出しているけど、装置まで貸し出す訳では無いみたい。
“アビス”探索に行きたい際は、近場のゲートの入り口のダンジョンまで探索者チームと職員がまず移動して。それから“アビス”までゲートを繋げて貰って、装置は職員が保持するそうだ。
帰りについては、同時に貸し出した巻貝の通信機で呼び出す手間が生じるそう。
「なるほど、それは便利っスね……協会はその使用料で儲けてるんスか。“アビス”探索が活性化すれば、アビスリングも水耐性の装備品も回収出来るし。
協会の人たちも、色々と考えてるんスねぇ」
「でも、上手く行ってるかどうかは微妙なんじゃないのかな? この前ウチのチームからも、リングが足りないから売ってくれって10枚ほど買い取って行ったし。
そもそも水エリアに遭遇すると、“アビス”は難易度も跳ね上がるからねぇ」
「水耐性の装備品は、相変わらず高値で取引されてるそうだな。そっち系の備えが無いと、そもそも“アビス”探索も行き詰まる可能性もあるからな」
そんな話をしながら、最近恒例となった朝の散策を行う女子4人である。お供にツグミや茶々丸がいるのはご愛敬、ツグミはともかく茶々丸はすっかりボディガード気分なのかも。
話のテーマは、またみんなで“アビス”探索行きたいねから始まって。怜央奈が動画アップ情報から、40層を超えてるチームもいるよと話題を提供した所。
他のチームはどうやって“アビス”まで向かうのか、みっちゃんが不思議に思って質問したのだが。姫香がそれに答えて、なるほどと納得してくれた模様。
どうやらこの中で、一番情報に通じているのは怜央奈らしい。広島の協会本部をいつも利用しているし、チームでもそっち系を担当しているのだろう。
この中では最年少だが、頼りになるなぁってみっちゃんの視線である。そんなみっちゃんは18歳、陽菜に次いでの年長さんだったりする。
まぁ、因島もここと劣らず田舎なので情報の収集には苦労するのだろう。みっちゃんは普段の生活でも、漁師の手伝いや畑仕事に駆り出される事も多いそうな。
その点では、姫香と似たような境遇には違いなさそう。
「そうか、この中じゃ専属探索者は私と怜央奈だけなのか。姫香は家の手伝いもあるし、香多奈は今日も朝から小学校に通って行ってたしな。
畑仕事はともかく、来栖家は毎日の家畜の世話とか大変だな」
「学校かぁ……まだこんなに暑いのに、もう2学期始まっちゃったんだねぇ。学生さんは大変だよ、私と姫ちゃんは高校には通わないって決めたんだよねぇ。
その点後悔はないけど、何となく後ろめたさは感じちゃうかなぁ?」
「そうなんスか、まぁ私も高校は遠過ぎて通うのは断念しましたけど。“大変動”以降は、ちゃんと稼働している高校も半分以下に減っちゃいましたからねぇ」
そんな事を話すみっちゃんは、すっかり働く女で家事や運転など万能選手である。この中では意外とスペックが高く、日に焼けた容姿は健康的でモテそうだ。
実際、この中で彼氏がいるのはみっちゃんだけである。
そんなこんなで朝の散策を終えた一行は、今日の予定を話し合う。夕方からの特訓は決まっているけど、それ以外は割とのんびり過ごしても問題は無いのだけれど。
香多奈や年少組は、今日も朝から元気に家畜の世話を終えて朝食を食べたら学校へと出掛けて行った。紗良も家事に忙しいみたいで、ルルンバちゃんを助手に掃除や洗濯やらをこなすそうである。
手伝いを申し込んでも、そんなに人手はいらないよと断られる始末で確かにその通り。家長の護人は、植松の爺婆と自治会長に呼ばれて、子供達を車で送迎後も麓に留まるそう。
もっとも、植松の爺婆の用件は若いお客さんが来栖邸にいるのを聞いて、おもてなしをしようとのお節介みたいで。おはぎを作ったから、取りにおいでとの事みたい。
山の上の住人は、とりわけ食いしん坊が多いのでこれを死守して陽菜やみっちゃんに食べさせるのは高難易度ミッションかも。特にザジや星羅あたりは、
自治会長の用件は、恐らく先日無事に終了した青空市の反省会か何かだろう。自警団と一緒に、毎回そっち系の話し合いは綿密に行われるのだ。
青空市は売り上げが発生するので、どうしてもその辺の対応はおざなりには出来ない。来栖家もブースを任されている手前、話し合い1つで済めば気が楽でもある。
そんな訳で、何もする事が無い姫香とその友達3名は来栖邸の中庭に集まって思案顔。姫香はちゃんと目的があるらしく、先日隣町のホームセンターで買い込んだ木材を指し示す。
それらは角材もあれば板材もあって、なかなかの量が中庭の納屋の前に積み上げられていた。そして姫香が発したのは、これでツリーハウスを作ろうとの奇抜な提案。
驚く友達たちを見ながら、あそこに造るよと得意満面の少女である。
「ほらっ、この精霊樹なんだけどさ……良い感じに途中で枝分かれしてて、あの空間とか丁度板を敷いたら小部屋位になりそうじゃない?
釘を打ちつけたりしなきゃ良いって、護人さんからも許可を貰ってるよ!」
「そっ、それは楽しそうっスけど……精霊樹さんに対して、そんな利用法はバチとか当たらないっスか?」
「ふむっ、確かに面白そうだな……板の床を作って、それを上に運び上げる感じか? 要所をロープで固定すれば、確かに良い感じにはなりそうだなっ」
ややビビり気味のみっちゃんに対して、陽菜や怜央奈は面白そうとヤル気は満々。工具はどれだと、さっそく率先して作業に取り掛かり始める。
姫香も一辺のサイズはこれ位かなと、陽菜と相談しながらの土台作り。香多奈や年少組が戻ってくる前に、何とか形を作るぞと一部で盛り上がっている。
怜央奈は作業には加わらず、動画を撮ったり寄って来たペット達を撮影したりと忙しい。器用なみっちゃんは、最終的には補助員として手伝い始めてくれている。
途中に紗良が立ち寄って、まだ暑いから熱射病にならないでねと声を掛けて来た。それからお茶を差し入れて、お昼は今日もソーメンだよとの言葉。
その代わり、おやつは植松のお婆の作ったおはぎが食べれるよと、その辺は抜かりの無い紗良である。それを聞いて、やったーと喜びを表現する怜央奈は超素直。
作業中の陽菜は、この夏休み感はいいなと汗を拭いながら満足そうな笑み。姫香も妹をビックリさせるよと、ノリノリで作業を進めている。
その内にみっちゃんが、家のベランダから架け橋で伝って行けたらステキっスねと言い出して。即採用の若き技術師たちは、何とかロープと板でそれを形にしようと動き始める。
まだロフトの部分も出来ていないのに、随分と気の早い話なのだけれど。夢とは形になるまでが楽しいと言う、典型的な例なのかも知れない。
まだ夏の残り香が漂う中、そんな感じで全員が張り切って作業に従事。
昼食休憩に入っても、少女たちの夏休みの工作意欲は衰えず。明日の帰郷は決まっている陽菜とみっちゃんは、何とか今日中に形にしたいとやる気を見せている。
一番女の子らしい怜央奈は、そんな男の子みたいな楽しみがイマイチ分かっていない様子。それより護人がお婆のおはぎを持って帰った事に、大いに盛り上がって食べたいアピールを行っている。
そこからは割とグダグダな進行で、結局は食欲に負けてしまった女子チームの面々であった。それでも夕方には真面目に特訓に参加して、その後みんなで露天風呂に入って親交を深め。
まぁ、先週からの毎度の流れなのだけど、やっぱり広いお風呂は癒されるねと皆に好評である。師匠役のザジが一番騒がしいのはアレだけど、それを我慢すれば山の上に訪れた甲斐もあったと言うモノ。
そして一夜明けてのお別れは、割と明るくまた来月ねとの軽いノリに。初の自前のワープ装置を使う陽菜とみっちゃんを見届けて、その後しっかり携帯での安否確認を行う。
電話には間を置かず陽菜が出てくれて、これで来栖家的にも一安心である。迎えのみっちゃん家の車とも会えたようで、後は車に乗ってそれぞれの家へと帰るだけ。
それから怜央奈を駅まで送って、こちらも紗良と姫香でバイバイと明るく送り出す。お土産もたっぷり持たせたし、1週間くらいはそれで食い繋げるはず。
結局は、中庭の精霊樹の上のツリーハウスの計画は、モロに中途半端に終わってしまった。末妹の香多奈にも呆れられたけど、また暇を見つけて少しずつ進める予定。
こうして、月をまたいだギルドの交流は区切りをつけたのだった。
その次の日の早朝、3人娘が帰郷して寂しくなった来栖邸だが家畜のお世話で朝は早い。この日は平日で、香多奈や年少組はこの後通学である。
そんな境遇でも、朝から子供達のテンションは高めなのは毎度の事。季節は段々と秋にシフトして行っており、山の上だとその察知も幾分か早目かも。
特に田んぼの稲がそろそろ色づいてきたり、朝夕の気温が過ごしやすくなったり。水道の水が少し冷たく感じ始めたり、空の雲が高くなってる気がしたり。
特に分かりやすいのは、日の出の時刻だろうか。段々と秋に向けて、日照時間が少なくなって来るのは山の上でも同じ事である。
真夏だと朝の6時でも既に明るかった早朝だけど、9月の今の時期はそんなでもない。それでも変わらず、家畜の世話を始める子供達の声は元気である。
そして上がる、突然の絶叫は穂積と小鳩のモノだった。牛小屋にいた護人や姫香は大慌て、何があったのと慌てて声のした方へと駆け寄って行く。
小鳩たちは鶏小屋の掃除と卵の確保をしていたのだけど、大人たちが考えたのは狐や害獣の被害だった。田舎ではよくあるこの被害だけど、来栖家はハスキー達が優秀で未だにこの手の被害は1度も無い。
だから次に想像したのは、子供達が木切れの端か何かで怪我をした事態だった。その場合は、大急ぎで紗良を呼んで治療して貰う必要がある。
などと思って現場に到着した一行は、事の成り行きにただ絶句するのみ。
「これ見て、護人の叔父さんっ! 鶏が自分より大きな卵を産んでるよっ、何でかなっ?」
「昨日は無かったから、夜の内に鶏が産んだのかな……でも、誰かが
そんな小鳩の言葉に、一斉に皆の視線が香多奈に向くのは必然なのかも。それを察して、慌て気味に私じゃないよと末妹の弁明が。
そこに、騒動を聞きつけて朝食の準備をしていた紗良やペット達が駆けつけて来た。その中には妖精ちゃんもいて、この騒ぎの
どうやら鑑定をしているようで、その辺はさすが紗良の錬金師匠である。それから納得したように、世界樹ダンジョンからついて来た気配は感じてたと一言。
要するに、この風変わりな異変も異世界の精霊的なモノが関わっている可能性が高いそうだ。それを聞いた香多奈は、何が生まれるのかなと途端に興味津々な様子。
護人に関しては、末妹の言葉にまたかとの苦り切った表情に。
――来栖邸の周辺は、9月に入っても騒ぎは収まらない様子。
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