第664話 ギルド活動で敷地内ダンジョンへと潜る件



 陽菜とみっちゃん、それから怜央奈が来栖家に宿泊して既に4日が経過した。夕方に恒例となった特訓は過酷を極め、それでも女子チームの面々は楽しそう。

 ザジ師匠もすっかり調子に乗って、弟子たちに熱烈な指導を行っている。そしてその思いは5日目にして爆発して、チームを組んで探索に行こうかとのお誘いに発展。


 それを聞いて黙っていられないのが、もうすぐ夏休みが終了する香多奈である。と言うか、もう31日となって明日は始業式となってしまった。

 アンタ宿題は全部終わってるのとの姉の問いには、もちろんと誇らしげな即答が。どうやら和香と穂積と一緒に、塾通いの成果はこんな所に出ているみたい。


 いつもは夏休みの最終日は、家族を巻き込んでの悲惨な宿題の片付け会が常だったと言うのに。その報告を聞いて、保護者の護人は何となく泣きそうな心境になってみたり。

 姫香に関しては、まぁ頑張ったじゃんと面と向かって褒める気は無さそうだけど。当の香多奈は、頑張ったんだからご褒美はあるべきでしょと叔父に探索を強請ねだる気満々。


 かくして末妹の我が儘による、急遽夏休み最終日の探索行が決定した。場所は協会に尋ねる暇もないとの事で、例の敷地内の“鬼の報酬ダンジョン”に行く流れに。

 ザジ師匠とそのお弟子さんチームも、敷地内の“旧鬼のダンジョン”に行くそうなので丁度良い。向こうも敵が多くて大変なのは変わりないので、是非とも頑張って欲しい所だ。


 かくゆう“鬼の報酬ダンジョン”も、前情報が何も無いので攻略は大変である。旧ダンジョンに較べて、エリア数が幾分か少ないのがせめてもの幸いだろうか。

 それから、報酬が格段に良い事も前回の攻略で判明した。今回も、姫香の新武器の『天使の執行杖』に並ぶ上等な装備が出て来て欲しいモノ。

 そんな願いで、探索の準備に勤しむ面々である。


「さあっ、ハスキー達……今日は暑い日常から逸脱して、涼しい非日常ダンジョンに出掛けるよっ! 今年の夏もあと少し、何とかみんな乗り切れそうで良かったよ。

 一時期は、本気で毛を刈るか悩んだりしたもんね」

「コロ助とか、やたらと毛量多いもんね……プールの常習者で、周囲をびちゃびちゃにするのも困ったけどさ。

 そんな夏の生活も、あと少しで脱却だねっ」

「最近は、夕方とか少しだけど涼しくなって来てるもんねぇ……夕立ちが降ったり、庭の植物もちょっとは元気になってるし。

 ペット達や家畜も、秋の到来が楽しみだよねっ」


 そんな紗良の言葉に、本当だよねと家畜やペットの夏バテ問題を心配する子供達の頷きが。秋になれば、この問題も改善されるし実りの季節がやって来る。

 来栖家としては、色々と収穫期に入って忙しくもなって来るけれど。そんな事より、ペットや家畜の体調の心配が軽減する方がよっぽど大事である。


 ただし、探索に行くと聞いたペット達は庭を跳ね回って体調の心配などどこ吹く風である。そして行き先が敷地内ダンジョンだと知って、さっさと先へ駆けて行ってしまった。

 余程涼しいダンジョン内が恋しいと思われる、確かに今日も残暑が厳しそうな天候である。山の上の敷地でも、秋の到来はもう少し先の話になりそう。




 ザジ師匠とお弟子さんたちの分のお弁当も、しっかり用意してあげた紗良は本当にお母さん役として申し分なし。そんなザジ組は、陽菜とみっちゃんに怜央奈、それから星羅チームの3人も同行を決め込んだ模様。

 この辺は、確か以前も訓練と称して一緒に組んで探索した経験もあった筈。それほど心配はいらないよねと、姫香など友達を気に掛ける素振りではある。


 確かに破天荒でお気楽なザジがリーダーとなると、ついて行く方も大変だろう。ただまぁ、年上の土屋女史や柊木もいるし、そこまで心配する必要もないと思われる。

 “旧鬼のダンジョン”は出て来る敵も多いし、かなり癖があるエリアも多かった。それだけ良い経験になるだろうと、そんな考え方も出来る気がする。


「そうだよっ、姫香お姉ちゃん……新しい強敵が出て来たら、こっちもそれに比例してパワーアップするのがアニメとかの定番でしょ。お姉ちゃんの新武器も、ここでゲットしたんだしさ。

 さあっ、次は誰のが出て来るかなっ!?」

「う~ん、そう言うモノなのかな……でも護人さんの盾とか、また敵に壊されちゃったし新しい頑丈なの欲しいよね。

 ダンジョンにお願いしたら、用意して貰えるかな?」

「それは無理だろうけど、確かに今日使うこれも予備の盾だからなぁ。欲しいっちゃ欲しいんだが、そんな都合よく出てくれるモノかな?」


 そこは私達のお願いパワーでしょと、お調子者の香多奈はダンジョンさんお願いを連呼する。入り口では、そんな家族を生温かい目で見守るハスキー達の姿が。

 ちなみにザジ率いる女子チームも、同じく朝早くに勇んでお出掛けして行った。向こうは完全攻略に13層踏破が必要なので、それを思うと丁度良い出発かも。


 来栖家チームも、そう言う意味ではゆっくりはしていられない。取り敢えずお昼は戻って敷地内で食べるかもだが、攻略のペースはのんびりしてたら日が暮れてしまう。

 この“鬼の報酬ダンジョン”も、確か新たな入り口が5つあった筈である。前回1つをクリアして、なかなかの難易度と思わぬ報酬に驚いた記憶がある。


 そして今回は2つ目だけど、さてどんな仕掛けと報酬が待っているのやら。夏休みの最後を飾るに、相応しい思い出プリーズと相変わらず騒がしい末妹。

 それにダンジョンが応える筈もなく、逆に心配そうな視線がハスキー達から。夏の暑さでこうなっちゃうのよと、姫香は華麗にその場をまとめてハスキー達を引き連れて“鶏兎ダンジョン”へ。


 ハスキー達はなるほどと言う表情、確かに暑いと脳がやられてしまうよねと納得顔に。ペット達に同情されてるとは知らない香多奈は、上機嫌で階段を降りて行く。

 それからダンジョン内に造られた、2つ目のダンジョンゲートを潜っての探索開始。とは言え、最初に通されたのは例の3つの扉の選択エリアだったけれど。


 この仕様もすっかり慣れたモノで、さてどれから攻略しようかと呑気な面々である。そしていつものように、末妹の香多奈が右端を選択して呆気なく最初の行き先は決定した。

 その扉と言うかゲートの中へと、我先にと飛び込んで行くハスキー達&茶々萌コンビである。久々の家族チーム揃っての探索に、やや浮かれ気味なのは仕方が無い。

 そんなテンションで始まる、夏休み最後の探索であった。




「うわっ、今回は遺跡エリアなのかな……壁や床は岩で出来てて、割とオーソドックスな感じだね、護人さん。

 敵はどんな感じだろう、ここも結構な数が用意されてるのかな?」

「どうかな、あまり複雑な構造じゃ無ければいいけどな。敵の数に関しては、こっちも人数がいるから問題はないと思いたいな。

 早速ハスキー達が反応してるな、俺たちも進もうか。みんな気を付けて」

「了解っ、今日は出番があるかなっ? ムームーちゃんも、戦いたくなったら遠慮しないで言うんだよ。でないとハスキー達が、みんなやっつけて出番が無くなっちゃうからね!」


 話し掛けられたムームーちゃんは、護人の肩の上で分かりまちたと呑気な返信。薔薇のマントは何だこの新入りって雰囲気だが、末妹の肩は妖精ちゃんが占領しているので仕方が無い。

 後衛陣は相変わらずの騒々しさで、かと言って前衛に出張ってもハスキー達が敵を回してくれないと言う。相変わらずのジレンマの中、まぁいつの間にかのこのスタイルである。


 そしてハスキー達と戦っているのは、サル型の獣人達だった。どいつも腕がブッ太くて、これでもかと自慢の腕力でフレイルや棍棒を振り回している。

 素手と言うか鉤爪を使う奴も結構いて、しかもギャッギャと騒がしい。そいつ等に対して、犬猿の仲のハスキー達は案外と冷静に対処している印象だ。


 そして戦闘も優勢に進めて行って、コンビプレーで敵の勢力を少しずつ削って行っている。敵がなかなかの強さだと悟って、そんな戦法を取ったのだろう。

 そこはさすがリーダー犬のレイジーである、そこに姫香が参戦して戦況は一気に来栖家チームの方へ。遺跡の通路での戦闘は、激しさを増しながら終焉しゅうえんへと向かう。


 最後の獣人をツグミが倒して、姫香もガッツポーズをしながら周囲の確認作業。出現したサル獣人は、無事に全部倒し終えた模様だ。

 真面目なツグミは、落ちている魔石を《空間倉庫》へと拾い集めてくれていた。遺跡の通路は、それ以外は変わりなくゆるく円を描くように続いている。


 姫香はさっきの敵の特性を、すぐにリーダーの護人に報告する。なかなか強かったのと、それから数も半ダース以上が群れとなっていた事など。

 それはあなどれないねと、知ったか顔での末妹の追随に。怖い顔を作って、アンタは黙ってなさいとの姫香のリアクション。そしていつもの姉妹喧嘩の始まりを、どうどうと護人が仲裁に入る流れ。


 それにしても、このカーブを描く遺跡通路には見覚えがある護人。ひょっとしてここは、巨大な塔型の造りなのかなと推測を口にすると。

 そうかもねと、姫香は塔の内側の様子を気になる仕草。まぁ、どうやっても壁を見通す事は出来ないのだけれど。進んで行けば、恐らく内側への通路も見付かる筈。


 ハスキー達にも怪我は無さそうで、程無く再出発の来栖家チームである。先頭を行くハスキー達は、ここはランクが高そうだと慎重な歩み。

 そのお陰で、姫香も今回は中衛をになえそうで布陣としてはまずまずだ。欲を言えばもう1人欲しいけど、萌は今回ずっと茶々丸に騎乗して戦闘を行うらしい。

 このコンビ、最近はこんな感じでとっても仲良しさん。


「茶々丸と萌が仲良しなのは良いけど、私1人が中衛はちょっと寂しいなぁ。護人さんでいいから、一緒に前衛陣の後詰め役をやろうよっ。

 後衛の護衛は、ミケとルルンバちゃんがいれば充分でしょ」

「それもそうだな……それじゃあ後衛の指揮は紗良に任せて、俺は中衛に移動するとしようか。ミケにルルンバちゃん、みんなの護衛を頼んだよ」

「いってらっしゃい、ムームーちゃんにも活躍させてあげてね、叔父さんっ。餌のあげ過ぎなのかな、最近ムームーちゃんってばちょっと太り過ぎだと思うの。

 適度に運動させないと、水饅頭まんじゅうみたいになっちゃうよ」


 それは良くないねと、真面目顔で護人は返事をするけど言われたムームーちゃんはショックを隠せない様子。きっと育ち盛りなんだよと、紗良はさり気なくフォローの言葉を掛けるけど。

 軟体生物に、果たしてダイエットの概念があるかは護人も知らない。取り敢えず、運動する気にはなってくれたムームーちゃんだが、護人の肩の上ではそれも難しいかも。


 そんな感じで隊列を整えながら、来栖家チームは遺跡エリアを進んで行く。途中で何を思ったか、ヒューヒューと冷やかしの茶々入れが後衛の香多奈から上がったり。

 それに対して、顔を真っ赤にして反応する姫香はかなり初心うぶなのかも。紗良が珍しく、強い口調で揶揄からかっちゃダメだよと末妹をたしなめている。


 そんな感じで身内でごた付いていると、前衛は2度目の敵との戦闘を始めていた。今度は4本腕のパペット兵が4体と、これまた変わった布陣の敵の勢力である。

 そいつ等もなかなか強いようで、すぐに護人と姫香もサポートへと駆けつけて行く。パペットの手に持つ武器や丸楯は、それなりの技量で振る舞われているようだ。

 それだけに、慎重な対応を迫られるハスキー達。


 幸いにも、パペット達には連携だとかお互いをサポートと言う概念はない様子。それだけに、技量はあっても各個撃破は比較的容易に行われてまずは一安心。

 姫香も1体を撃破して、雄叫びを上げて完全に調子は戻っているみたい。何にせよ、この少女はやっぱり元気な姿が一番似合っているのは確かである。

 特に今は探索中なのだ、ハスキー達と敵を倒して行くのが姫香の役割である。





 ――その役割を全うするのが、探索者としての姫香の矜持きょうじである。






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