第647話 藪をつついて獅子が出て来た顛末を収める件



 何とか闇企業の襲撃チームを、追い払う事に成功した『日馬割』ギルドだったけれど。そのダメージは深刻で、追撃も敵の強さを考えれば全く推奨はされない。

 それは地上でのお留守番チームも同じく、入り口で待ち伏せをお願いしても逆に倒される公算が高い。そんな訳で、護人は注意喚起だけ通信でお願いする事に。


 決して手出し無用で、出来たらで良いのでどこへ逃げ去ったかを確認して欲しいと。出口に待機する宮藤と荒里の実力は、良くて『シャドウ』チームの鬼島と舞戻位だろうか。

 あの異世界から来た刺客の、獅子獣人を相手に渡り合えるとは到底思えない。無理をして死人を増やすのは、護人もお留守番組も本意では無いだろう。


 それより素直にお帰り願って、出来ればしばらくは大人しく本拠に閉じこもっていて欲しい。その間に、こちらは用事を済ませてこの地を去って行くので。

 ただまぁ、出来れば禍根は元からバッサリ断ち切りたい所。


「前もって襲撃が来るかも知れないって言われてたけど、本当に来てビックリしちゃったよね。しかもやたら強かったし、あんな連中に目をつけられてたんだ。

 本当に参っちゃうよね、護人さん」

「そうだな、この件は戻ってからムッターシャ達にも相談しよう。今は怪我人の治療をして、それから相手が去ったのを確認してから俺たちも地上に戻ろうか」

「撮影はしてたけど、とっても動画にアップ出来る内容じゃないよね……まぁ、こっちの被害が最小で済んで良かったよね、姫ちゃん」


 そう言う怜央奈は、探索者同士の死闘を間近で見て顔色はあまり宜しくない。香多奈も同様で、紗良の隣で怖かったねぇと治療中のペット達に声を掛けている。

 それでも、決して思った通りの結果では無かったとは言え、まかりなりにも襲撃犯を退けたのだ。このデータは、宮藤を通して協会本部へと渡せば良いだろう。


 噂だけだった闇企業の『哭翼』チームの実力も、おぼろげながらも浮き上がって来た。今回は5人と少人数だったけど、もう1~2部隊は恐らく存在する筈である。

 そのリーダー格は、カラスの仮面の男が喋っていたように、あの獅子獣人なのだろう。それとも異世界からの客人扱いで、企業上がりの探索者のリーダーが別にいるのかも。


 どちらにせよ、相手の戦力をある程度削れたのは大きい。それを機に、協会の隠密部隊が付け入る隙を見つけるかも知れないし。しかし、報告書にはあったけど、まさか本当に連中が異世界の冒険者と繋がりがあったとは。

 その交流で、向こうがどんな恩恵を受けたかまでは定かではないけど。部下の連中の実力に関しては、そこまででは無かったのでその点は安心かも。


 闇企業のチーム『哭翼』の、本当の実力は未だはっきりとはしていないとは言え。この一度の釘刺しで、向こうも動き難くなるのも確かだと思われる。

 もっとも、相手の刺客を3人倒せたのは大きいが、こちらも結構なダメージを受けてしまった。ミケの容赦ない折檻は、こんな抗争時には本当に有り難かった。


 人間同士の切った張ったは、相手を倒した方も精神的にキツいのだ。家族を護るためには、手を汚す覚悟はあった護人だがミケには感謝しかない。

 今回に限っては、そんな余裕など微塵もありはしなかったけれど。一歩間違えば、殺されていたのは自分の方だった。旅行から戻ったら、速攻でムッターシャに相談しなければ。


 そんな事を考えながら、荒れ果てた古民家フロアで過ごす事約1時間。子供達やペットもようやく落ち着いて、そろそろ地上に戻ろうと言う段取りとなった。

 ハスキー達はかなり慎重に、先導役を買って出てくれてそれに続く一行。30分余りの帰り道に、しかし遭遇する敵の類いは全く存在しなかった。

 かくして来栖家&ゲストチームは、“鞆の浦ダンジョン”を脱出に至ったのだった。




「いや、しかしまさか……こっちに気付かれずに、敵のチームが侵入を果たしていたとは。面目次第も無い、せっかく人数をかけて地上で見張り役をやってたと言うのに」

「いや、大事なのはウチの愛車の方だったし、その辺は別に問題無いよ。下手に向こうと鉢合わせして、遣り合って被害が出ても不味いからね。

 とにかく馬鹿みたいに強い敵だったよ、後で一緒に動画で確認しよう」

「相手との戦闘の動画は、怜央奈ちゃんと手分けしてバッチリ撮影してるからね、叔父さんっ」


 そんな事を元気に告げる香多奈に、抜け目ないわねと突っ込む姫香である。先ほどの襲撃の心理的なダメージは、何とか子供達から抜けてくれている感じで良かった。

 いつもの調子の姉妹に、護人も内心で安堵をするのだけれど。敵と遣り合って死に掛けた陽菜に関しては、まだ幾分か顔色は悪い感じだろうか。


 紗良の『回復』スキルも、さすがに失った血までは元に戻せない。銃弾を受けたコロ助に関しては、それを取り去って貰って何てことない顔をして元気そのものだ。

 睡眠スキルで眠らされた茶々丸も同じく、起こされた後は至って普通のリアクション。むしろ、何かあったの的な身に覚えの無さはさすが茶々丸と言った所か。


 地上で宮藤と荒里と合流を果たした一行だったが、頼まれた尾行に関しては断念せざるを得なかったそう。何しろ生き残った2人の異界戦士の、こっちに気付いているぞオーラが半端無かったそうで。

 宮藤と荒里も、一応は隠密系のスキルを持ってはいるのだけれど。その程度では全く通用しない、実力の差を思い知る事となったと残念そうな宮藤である。


 護人からすれば、腹いせに惨殺されずに済んで良かったと思うしかない。取り敢えずは被害を出さずに、この襲撃を乗り越える事が出来て何よりだった。

 護人がお気楽に立てた“藪蛇プラン”は、そんな感じで痛み分けと言う結果だろうか。こちらに関しては、ツグミに頼んで連中の遺体を持ち帰っての、身元確認と言う手段も獲得出来た。

 そういう意味では、ポイントはこちらに分があると言えなくもない。


「いや、どうですかね……チーム『哭翼』のメンバーは協会に探索者登録もされてないし、身元確認は難航するかも知れませんな。

 それでも向こうが、身動きし辛くなったのは確かでしょう」

「そうであって欲しいね、こちらもあと2日家族旅行の日程が残ってるんだ。子供達の夏の思い出を、これ以上奴らの横槍で壊されたくはないからね。

 それじゃあ、そろそろ協会の報告に移動しようか?」


 そんな訳で相談した結果、福山市からはさっさと離れた方が良いとの全員の意見が一致して。報告には、陽菜の地元の尾道の協会を利用する事に。

 広島市の本部には、もちろん宮藤から報告が届く手筈にはなっている。向こうの出方次第たけど、或いは全面戦争になる可能性も含めてとにかく準備は大切なので。


 何しろ情報収集の結果、最近福山市の闇企業は大規模な実験施設を敷地内に作り上げたそうなのだ。そこに大量の実験動物を保管しているらしく、その扱いは世に出せないモノと推測される。

 向こうの建前は、全ての探索者がスキル所持の強力ペット所有で、安全な探索ライフをとの事らしいのだけど。その前段階で、大量の“変質”した動物を殺処分していると、噂は周囲に漏れ出てしまっている次第である。


 それを重く見た協会本部も、いよいよ動くかもとの宮藤の言葉に。誰も望んでいない大ゴトへの発展が、意外とすぐ近くまで忍び寄っている気配が。

 そんな物騒な話を切り上げて、一行を乗せた車は福山市を離れて尾道へと戻って行く。宮藤の雇った探索者とはお別れして、2台の車は何事もなく尾道市内へ。


 尾道も坂の町で、意外と古い建物が多くて山側の移動は大変だ。もっとも、尾道の協会は海側にあって駐車場も広く取られて利便性には富んでいる。

 去年も訪れた事もあるし、今やA級となった来栖家チームは待つ事も無く支部長室へと通された。子供達には、魔石の換金や回収アイテムの整頓をお願いしての別行動である。


 何しろ今から、割と血生臭い話が待っているのだ。遺体の引き渡しもあるし、そう言う場面はあまり子供達には見せたくない護人である。

 出迎えてくれたのは、花井と言う名前の探索者上がりのがっしりした体格の支部長だった。一緒に室内に入って来た、レイジーとツグミに多少驚きながら挨拶を交わして、護人と宮藤と荒里に席を勧めて来る。


 協会の隠密部隊については、各方面に周知はされていたようで花井支部長も躊躇ためらいは無い模様。ただし、初っ端の仕事がこんな大変なんだとの同情の視線は、多少なりともあったかも。

 それはともかく、4人交えての“鞆の浦ダンジョン”の7層の顛末をまずは視聴する事に。敵の実力を把握しておかないと、この地にいつとばっちりが来ないとも限らないのだ。


 真剣な眼差しで、例の闇企業チーム『哭翼』のメンバーと思われる登場からの戦闘シーンを眺める事約半時間ちょっと。異世界からの刺客を目にして、室内の面々は途端に険しい顔色に。

 それはそうだろう、あんな怪物級の刺客が敵陣営に潜んでいたのだ。別の隠し玉が無いとも限らないし、慎重にもなろうと言うモノ。

 コイツ等は、探索者の世間からの評判を守るためには倒すべき敵である。


「か弱いペットの虐待となると、世間の目は容赦がないからねぇ。来栖家チームほどの飼い主とペットの絆が分かりやすければ、逆に動画で人気も出るんだろうけど。

 しかし生物兵器なんて考えるかねぇ、正気の沙汰じゃないよ」

「戦時中だと、生物兵器やらウィルス兵器なんて、当然のように考えられていましたけどね。人間の脳みその中にゃ、そんな残酷な部分が元から組み込まれてるんでしょうかね?」

「嫌な憶測だけど、人類の戦争だらけの歴史をかんがみるに、当たらずとも遠からずって感じなのかもなぁ。

 それじゃあ護人さん、この動画コピー取らせて貰いますね?」


 そんな感じで、尾道の支部長を交えた話し合いは実に簡潔に終了した。向こうとしても、気を付ける以上の対策も取れないしその点は仕方が無い。

 護人としても、身元不明の例の遺体を引き取ってくれただけ有り難いと言うモノだ。その後は広島の協会本部を交えて、上の方で政治的な駆け引きが行われるのかも知れない。


 或いはそれが破綻して、本当に全面戦争となる可能性も。協会側としても、今回の襲撃はさすがに目に余ると判断を下してもおかしくない。

 向こうはしらばっくれるかもだが、遺体と言う動かない証拠も手元にあるのだ。警察機構が無いこの時代、話し合いの決裂からどう転ぶか分かったモノでは無いのが怖い所。


 そんな事を考えながら、レイジーとツグミを引き連れて子供達と合流を果たす護人であった。向こうはアイテムの鑑定やら、魔石や余剰品の販売やらが丁度終わった所だそう。

 魔石やポーションの販売に関しては、40万円程度と過去最低だったとションボリ模様の末妹である。今回の回収品に関しては、スキル書もたった1枚だし、魔法のアイテムも1個だけだったそう。


 そんな事もあるよと、メインの目的の観光は満喫出来たと指摘する紗良は大人である。何よりあんな不測の事態があったのに、全員が生きて戻れたじゃんと姫香の指摘に。

 それもそうだねと、ムームーちゃんを抱きかかえて笑顔の香多奈である。



 最後にダンジョンでゲットした缶ビールやお茶菓子を、尾道の見知らぬ職員さん相手に配り始める子供たち。毎度の事とは言え、自分達だけ儲けずお裾分けの姿勢には感心である。

 そう指摘する陽菜やみっちゃんは、さすがA級だなと感心して見習う素振り。それからリーダーの護人へと、こっそりと明日以降の計画のお伺いなど。


 つまりは、今日の午後にこんな予想外の襲撃イベントが起きてしまったのだ。明日以降の計画に、もしかして中止とかの見直しが無いだろうかと。

 最悪、旅行を中断して地元に帰ったりしてもおかしくはない。闇企業のお抱えチームに命を狙われるなど、普通はそれ位のプレッシャーである。


「いや、大事な家族イベントの旅行を途中で中断なんて選択は有り得ないよ。何より、そんな事をしたらウチの子供達が悲しむからね。





 ――刺客の恐怖より、俺には子供達からの批難の方が怖いかな」







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