第641話 家族旅行も早くも3日目を迎える件



 陽菜とみっちゃんの計画した今回の合宿プランは、割とハードモードで探索案がびっしり。家族旅行も早くも3日目だが、来栖家チームは連続でダンジョン探索に向かう流れになりそう。

 それもこれも、初日のイレギュラーが大いに響いていて、まぁそれは仕方のない事だ。誰もあんなタイミングで、突然オーバーフロー騒動が起きるなんて分からなかったし。


 しかも都合よく、来栖家のキャンピングカーが近くを通っていたなんて。そんな偶然が重なった結果、来栖家チームは連日のダンジョン探索を行う事に。

 本当は初日は観光と歓迎会の予定だったんだがと、今日の予定を取り消そうかとの陽菜の提案に。護人は今日の予定の、福山の“鞆の浦ダンジョン”について質問する。


「最終日の“アビス”が本番だから、そこはC級ランクでそんなに難易度は高くないぞ。水属性の魔法アイテムもドロップしやすいし、ダンジョン内は風光明媚で見所満載らしいな。

 つまりは、観光と経験値稼ぎと水属性のアイテムを獲得の3倍お得な場所だ」

「へ~え、確かにダンジョンの中には、観光にうってつけの場所も結構あったよね。なるほど、それなら無理に予定を曲げて、別の場所に観光とかしなくても良いんじゃないかな。

 この時代、そもそも開いてる観光スポットなんてないもんね」

「そうだねっ、ハスキー達も暑い野外より、ダンジョンの中の方が調子いいみたいだし。今日も探索で良いんじゃないかな、叔父さんっ?」


 そんな感じで張り切る子供達を尻目に、護人は自分達が福山に向かう事で起こり得る事態について考えていた。最近になって因縁が出来た、日馬桜町に悪漢連中を送り込んで来た闇企業。

 その本工場があるのが、確か福山の工業地帯ではなかったか。いわば誘拐犯のお膝元に、のうのうと遊び(?)に行こうとしているこの現状。


 果たしてそんな不条理がまかり通るのかとか、危ないんじゃないかとか様々な思いが溢れる中。こちらから仕掛けるのも悪くはないかなと、護人の脳内に甘い悪魔のささやきが。

 まぁ確かに、連中のお膝元のダンジョンに襲撃を仕掛けたチームが探索に来たら、何らかのアクションは起きそうだ。そうして悪漢共をあぶり出してから、始末するのも悪くない。


 実はあれから、日馬桜町は至って平和な日々が続いており。例の闇企業からのリアクションは、ナシのつぶてでそれをどう解釈して良いのやらって話である。

 こちらとしては、もう手出ししないから先日の件は有耶無耶うやむやに……って許せる気分ではまるで無い。落とし前はキッチリつけて貰うし、ちょっかいを掛けないならその確約は絶対に欲しい所だ。


 もちろん確約を貰うのは、仕掛けた人物の首を差し出した後である。あの件では死人が何人も出たのだ、それが奴らの良い様に利用された悪漢共だとしても。

 護人の心配としては、その目論見に何も知らない少女達をつき合わせてしまう事に尽きる。もちろん家族もそうだけど、連中の懐に入るのはそれだけ危険が伴うかも。


 そんな感じで悩んでいると、紗良がいつものウンチクを末妹相手に披露していた。まずはこれから向かう尾道市のお隣の福山市だが、実は広島県の中でも広島市に次いで人口が多い。

 交通の要衝でもあり、福山港は重工業都市の重要な役割を担っている。広島県の最東に位置しており、県西の来栖家にはなじみは薄いけど。


 実は広島県民にも存在感は希薄で、アレは岡山県の一部じゃなかったっけとか言われる有り様である。実際はその立地のせいか、広島とも岡山とも異なる独自の気質を備えてるそうな。

 そんな福山市だが、バリバリの工業都市で鉄鋼や造船関連の企業がとても多い。例の闇企業の“大変動”後の急な飛躍も、どうやら海のモンスターの襲撃に耐えられる船舶の開発に成功したのが最初らしく。


 そこまでなら良いのだが、魔石開発に味を占めて造船から兵器関連に開発をシフトして行って。仕舞いには独自に探索チームを所持するに至ったらしい。

 まぁ、後半のウンチクは護人が貰った資料に書かれたモノで、子供達は知らないけれど。確かに県西に在住の来栖家は、福山市と言われてもピンと来ないかも。


「今回探索に行こうと予定していたのは、“鞆の浦ダンジョン”で街並みの景色がとても良いと評判の所だな。他にも福山市は、“みろくの里”とか“福山城”とか“福山ファミリーパーク”とかレジャー施設は割と多いんだが。

 軒並みダンジョン化して、尾道市より随分とその数は多いかな。私たちも、たまに遠出して稼がせて貰っているな。特に“福山市立動物園ダンジョン”は、動物のお肉も入手可能だし。

 “仙酔島ダンジョン”なんてところもあるぞ、まだ行った事は無いが」

「鞆の浦は、ジブリのポニョの映画の、場所のモデルになったんじゃないかって言われてる場所だよね。まぁ、瀬戸内海があんなに嵐で荒れる事は滅多にないんだけど。

 観光に訪れるには、良い場所なんじゃないかなぁ?」


 そんな事を呑気に話し合う、朝食後の子供達である。昨晩も同じ民宿に厄介になって、二夜連続の宴会はなかなかに派手に盛り上がりを見せた。

 護人も付き合いでそこそこ飲まされて、さっきまで悪魔に魂を売りかけていたのだけれど。姫香に解毒ポーションを渡して貰って、ようやくその呪縛から解放された所。


 それから思い切って、陽菜やみっちゃんに先日の日馬桜町の一連の襲撃事件の詳細を伝える。裏でうごめいていたとされる闇企業の本拠地が福山市だと知って、彼女達は一瞬固まる破目に。

 そこまで詳しい話の内情を知らなかった、来栖家の子供達も同じくビックリした表情になっている。あの悪さを目論んだ敵が、割と大企業なのだと知って怖くなったのかも。


 護人は慌てて、広島市の協会本部や岩国の探索チームが味方になって動いてくれていると付け加える。それからウチのペットや、異世界の知り合いをさらおうって連中には、断固として立ち向かうと改めての宣言。

 その上で、情報の共有と意志の統一は大事だと、慎重な面持ちで子供達に告げる護人である。真っ先にもちろん立ち向かう、その上で連中を酷い目に遭わせてやると姫香の追従が。

 良く言ったと、勢いよくそれに乗っかる陽菜は、その瞳に闘志がメラメラ。


「何とも酷い連中だな、そんなのがお隣の市にいたとはついぞ知らなかった……私たちも、向こうに探索にお邪魔する際には気を付けた方が良いな、みっちゃん」

「そうっスね、あの企業の出してる武装船はちょっと欲しかったんスけど……いやまさか、そこが生体兵器にまで手を出そうとしていたとは」

「でも確かに儲かりそう、目敏い連中がペットの兵器化に目をつける気持ちは分かるかもね。全然賛同は出来ないし、もちろんハスキーちゃん達は全力で守ってあげたいけど。

 来栖家チームの動画は既に人気コンテンツだし、ペットがスキルを得られる事実は、探索者どころかみんなが知っちゃってるからねぇ。

 今からその対策となると、難しいんじゃないかな?」


 怜央奈の言い分はもっともで、調子に乗って探索動画をアップし続けた結果が今のこの状況とも取れてしまう。まぁ、来栖家チームは何かと有名だったので、遅かれ早かれその存在は取り上げられる運命だっただろう。

 そもそも当人が、自分達は特別だとは思っていないのがある意味致命的なのかも。それより今は反省は置いといて、今後の対処について皆で考えるべき。


 その対処法も、受け身だと常に外敵を警戒すると言う、かなり厄介なモノになってしまう。かと言って、ろくな証拠もないのに敵の本拠地に殴り込みも不味い気が。

 そんな感じで、色々と悩ましい敵対勢力問題をどうするかって話なのだが。単純な姫香や陽菜は、正体が分かってるのなら乗り込んでブッ倒そうとイケイケ発言。


 紗良やみっちゃんはその逆で、慎重な待ちの意見を口にする。香多奈や怜央奈は、ただ悪い奴らを怒るばかりで特に意見はないみたい。

 結局は、事態は紛糾するばかりでギルドとしての統一意見は纏まらず。護人は代案として、今回の福山市のお出掛けで敵の出方を見てみようと口にする。


 それは良いねと、真っ先に賛成する姫香と陽菜は、既に瞳に分かりやすい闘志を燃やしている始末。末妹の香多奈は、アンタ達は悪い奴らに狙われてるらしいよとハスキー達に忠告している。

 狙われてたのは末妹じゃなかったのと、混乱模様の護衛犬達だけど。そう言う意味では、もっとも弱い者が狙われるのは仕方のない流れなのかも。

 それを含めて、皆でお互いを護ろうと提言する護人である。


「いいねっ、護人さんにしては過激で前向きな作戦だと思うよっ! ハスキー達、妙な人物が近付いて来たらすぐに知らせるんだよっ?

 探索は手を抜いて良いからね、ってか今日は私達女子チームが前衛しよう」

「あっ、それはいいな……敵のお膝元で、チームを2つに分けるのはさすがに不味いしな。ダンジョン攻略にこの人数だと、さすがに人が余っちゃうかもだし」

「そうだねぇ、今回は本当に観光気分になっちゃいそう。その分、変な連中が寄り付くかどうかを見極めるって使命があるんでしょ?

 でも、もし寄り付かなかったらどうするの?」


 その時は、こっちから乗り込んでやるわよと勇ましい姫香に対して。探索中に不意を突かれるのは嫌だから、応援を呼ぼうとどこかに電話を掛ける護人である。

 どうやら強力な当てがあるみたいで、それを見越しての敵のお膝元へのお出掛け案らしい。その辺はやはり、子供を多くあずかるギルドのリーダーである。


 たっぷり安全マージンを保って行動に移るのは、長い保護者歴の為せる業なのかも。手間のかかる子供や家畜の世話でつちかったその気配りは、リーダー業でもとっても大事。

 そんな感じで、朝食後のミーティングはやや長くなったモノの終了の運びに。今日の予定を話し合う筈が、思わぬギルドの敵の正体を知って盛り上がりを見せたけど。


 それがかえって、ギルドの結束を深めて良かったかも。特に尾道の陽菜と因島のみっちゃんは、この距離のせいでなかなか一緒に行動する機会がないので。

 今回の合同探索に、とっても燃えている一部の女子チームなのであった。




 それから一行は、来栖家のキャンピングカーに乗って小1時間のドライブと洒落込む。車内は女子率が物凄く高く、ハスキー達もややげんなりした表情に。

 それだけ騒がしかった道中だが、それは致し方が無いと言うモノ。皆がこの旅行にテンション上昇中で、しかも久々のギルド合同探索でもあるのだ。


 昨日もやったじゃんと言う話もあるけど、それとこれとはまた別である。地元のダンジョンを攻略するのと、離れた観光地のダンジョンは明確に違うのだ。

 それでも紗良は、今回探索する“鞆の浦ダンジョン”の情報収集に余念がない。その辺はさすが、ギルドのお母さん的な存在である。


 彼女に逆らうのは、もはやハスキー達でもやっちゃダメと理解している。何しろ補給と回復のキー的な存在で、今やチームの中核なのだから。

 陽菜やみっちゃんも、姫香とばかり騒いでいるけど、紗良への崇拝は本物である。青空市でよく顔を合わせる、怜央奈もその凄さは魂で理解している。


 そして肝心のドライブだけど、無事に予定の時間で福山市へと到着した。詳しく言うと鞆の浦だけど、そこは噂通りの海岸沿いの風光明媚な街並みが。

 来栖家の子供達も、その景色には思わず感動してはしゃいでいる。護人も運転席を降りて、軽く伸びをしながら周囲の確認に視線を走らせている。


 とは言え、敵のお膝元との情報は未だに頭の片隅に居座っており。景色を楽しむより先に、敵の姿が無いかを確認するのに気力を使ってしまうのは致し方が無い。

 ここからダンジョンは近いのかと、末妹は海岸を眺めながら問うて来る。地理を知っている陽菜が、確かここの通りを行った先が入り口だと教えてくれた。


 そんな話をしていると、同じ駐車場に入って来る1台のオレンジ色のビートル車が。途端に身構える姫香とハスキー達だが、護人はその車に乗ってる人物に心当たりがあるようだ。

 実際、車を降りて来たのは広島市協会所属の宮藤と荒里だった。宮藤は苦虫を嚙み潰したような表情で、今のこの状況を気に入っていない様子。


「いやいや、来栖さん……尾道旅行までは聞いてますけど、こっち方面に来るなんて初耳ですよ。さすがにこれは、敵を挑発し過ぎでしょう」

「そうかな、敵の出方を窺うにはある程度踏み込んでみないとね。取り敢えずこの先のダンジョン探索にギルドで行って来るから、車の見張りは宜しく頼むよ。

 さすがにキャンピングカーに細工はされないとは思うけど、残して行くのは心配だからね」

「ああっ、車番をして貰うんだ……護人さん、頭いいっ!」





 ――そんな子供たちの反応に、こっちの身にもなれと内心いきどおる宮藤であった。







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