第577話 巨大胃袋のようなエリアで大物と遭遇する件



「ふうっ、もう嫌なゴーストたちは出て来ないよね……精気を吸われる攻撃を喰らったの、香多奈は初だっけ? しばらく足腰立たなくなるから、ルルンバちゃんに乗っかって運んで貰いなさい。

 それよりリッチをあぶり出したの、ひょっとしてムームーちゃんだったの?」

「そうだよ、ムームーちゃんにも《ドレイン》スキルあるの知ってたから。でもなんか、思ったのと違う効果だったねぇ?」

「おおっ、アレはムームーちゃんだったのか! 壁や床が陥没して凄かったな、あれが《ドレイン》スキルの仕業だったのかい?

 ちょっと想像がつかないな、威力も大きかったし」


 仲間の治療を紗良が始めるいつものパートで、そんな話を始める護人と子供たち。伏兵のムームーちゃんの意外な才能に、驚いたと言うのが本心ではあるのだけれど。

 仲間の能力は、しっかりと把握しておかないといざと言う時にこちらが混乱してしまうのだ。そんな訳で、香多奈を通してムームーちゃんに聞き取り調査を少々。


 そして結果は、本人にも良く分からないとの事だった。元々が子供なので、そう言う事もあるよと末妹もムームーちゃんを擁護の構え。

 それは良いのだが、やっぱり分からないのは気持ちも悪い。


 それはともかく、前衛でリッチの《ドレイン》の被害に遭った茶々丸とコロ助も、何とか気力を持ち直す事に成功した。さすが紗良の『回復』は、使い込んでいるだけあって強力である。

 最深層まではまだ階層も掛かりそうだし、前衛に離脱があっては大変だ。休憩を取りながら、そんな事態にならずにホッと安堵のため息の護人だったり。


 そしてこの気持ち悪い6層エリアは、少し進めば7層のゲートに通じている事が間もなく判明した。さすがに強敵だらけで、疲労度の濃いメンバー達ではあるけど。

 ハスキー達に限っては、先に進むぜってノリは毎度ながらとっても強い。チームのけん引役を見事に果たしてくれており、頼もしい限りである。


 そしてゲートを潜って7層をチェックした面々は、内臓のような空洞が広くなっているのに嫌な予感。まるで巨大な敵が出ますよと、そう予告されている気分が酷い。

 そして実際、出て来たのはヒドラのように絡まりうねる寄生虫型のモンスター。これが人より巨大なのは、何だか襲われてて背筋がゾワッとする。


 そんな事など関係ないハスキー軍団は、集団の狩りを実行してノリノリである。そこに仔ヤギの茶々丸が混じっているのが、見ていて違和感が凄い。

 そんな戦闘をこなす事数分、途中に飛ぶ巨大目玉に乱入された時はかなり焦ったメンバー達である。更にはブクブク泡立つ胃酸のような沼エリアも発見して、このエリアの難易度に文句を言い始める子供たち。


「アレは間違いなく、入ったらアウトな水溜まりだよね? 胃酸かな、本当に“喰らうモノ”の胃の中にいるみたいな感覚だよ」

「案外、本当にそうなのかも知れないねぇ……それじゃ、この辺を切り裂いたら本体にもダメージ入るとか?」

「あははっ、一寸法師みたいだねぇ……まぁ、そんな事にはならないとは思うけど。それにしても、向こうに進むほどどんどん洞窟が広くなって行ってる気が」


 そう口にする紗良に、香多奈も確かにそうだねと同意の構え。もっとも、不気味な沼のお陰で進むルートは限られて来ているけれど。

 ハスキー達もそれは心得ていて、ようやく敵の居なくなったエリアを慎重に進んで行く。そして子供達の指摘通りに、進めば進むほどに広くなって行く洞窟エリアである。



 何となく蒸し暑さも感じるこの7層エリアに、変化が訪れたのはそれから5分後だった。洞窟エリアがドーム状に成り果てた先に、たたずんでいたのは恐竜の骨の残骸。

 物凄く嫌な予感がするねとの末妹の呟きを黙らせて、姫香が素早く周囲の状況を確認する。ブクブク沼も周囲に点在しているこのエリア、間違いなくバトルフィールドになりそうだ。


 護人もあの骨は、ドラゴンっぽいなぁと心中で次の展開を察知する。これも“喰らうモノ”の犠牲者だとすると、本体はどれだけ強いのか想像もつかない。

 来栖家チームもドラゴンの討伐は、実は何度かこなした事はある。その迫力は凄かったけど、ここまで大きい奴は久々かも。骨となったこの竜の元のサイズは、軽く体長20メートルはありそう。


 竜の死骸に、それぞれ嫌な想像を膨らませる来栖家チームだけど、もちろん全く油断はしていない。ハスキー達も立ち止まって、竜の骨の次のアクションを待っている。

 向こうも恐らく、相手が油断して近付いて来た所をなんて作戦はあったのだろうけど。これ以上は無理かなと判断したのか、ブルっと巨大な骨に大きな震えが走った。

 そこからは、巨大ドラゴンゾンビ誕生の劇的瞬間を皆で眺める流れに。


 おおっとどよめく子供達は、予想していただけあって案外呑気かも。ハスキー達は逆に、ヤル気をみなぎらせて戦闘準備を始めている。

 竜の骨は、壁や床から疑似肉を貰い受けて、段々と昔の姿を取り戻しつつあるみたい。とは言え、それは仮初めの姿に間違いは無さそうだ。


 紗良の《鑑定》では、敵の名前はハッキリと“ドラゴンゾンビ”と出ているみたい。敵のレベルとしては、滅多に遭遇しないレア種に相当するだろうか。

 まぁ、それは先程倒したリッチも同様なのだけど……さすが超A級ダンジョンである、演出を含めて今までにない酷さである。ここまで殺意が高いと、こちらも自然と慎重になってしまうのは当然だ。


 そして仮初めの生を得て咆哮するドラゴンに、ルルンバちゃんの先制パンチが。波動砲はモロに敵の首を射抜いたが、相手にそれ程の痛痒は無い模様。

 それも当然、向こうはアンデッドなのだから。そんな訳で、紗良も末妹に急かされて《浄化》スキルの撃ち込みを敢行する。これは効いたようで、奴の咆哮は絶叫へと変化する。


「やったね、紗良お姉ちゃんっ……敵は体が大きいだけだよっ、攻撃が効いてる今のうちに畳みかけて倒しちゃえっ!」

「そうだな、あの巨体で下手に暴れられても厄介だし……レイジー、炎の鳥で焼却準備してくれっ。俺と姫香は、おとり要員で少し前に出ようか」

「了解っ、私は《ブレス耐性》に加えて《全耐性up》まで貰っちゃったからね! ここで働いておかなきゃ……紗良姉さん、奴に隙が出来たら2発目頼んだよっ!」

「わ、分かった……気をつけてね、2人ともっ!」


 そんな紗良の声援に後押しされ、時間を稼ぐべく護人と姫香は大物ドラゴンゾンビのタゲ取りへ。護人は薔薇のマントの飛行能力を使っての、嫌がらせみたいな接近戦を挑んで行く。

 姫香も負けずに『天使の執行杖』を大鎌モードにして、足元から切り崩す勢いで斬り付ける。脆い皮膚のドラゴンゾンビは、なす術も無くその攻撃を受けているように見えるのだが。


 その破片が床に落ちると、何とそこから新たなゾンビが産まれ始めると言う嫌がらせイベントが発生。その数は攻撃が通るたびに、数体単位で増えて行って地上は割と大変な騒ぎに。

 姫香は白百合のマントの浄化ポーション噴霧で、何とかたかられるのを免れているけど。後衛もロックオンされ始めて、場は段々と複雑化を増して行く。


 ただし後衛陣に、大きな戸惑いは今の所は無い。頼みの護人が前衛へと出張っているけど、闇系の敵との対戦は何度もこなしていて対応力も身に付いている。

 今も香多奈とルルンバちゃんで、浄化ポーション入りの水鉄砲を構えて勇ましい限り。実際にその効きも素晴らしく、コロ助と茶々丸の壁役も健在である。


 そんな時間稼ぎから、紗良の《浄化》スキルの2発目が放たれて行く。ドラゴンゾンビは再び絶叫をあげるが、体が大き過ぎて消滅までの道のりは長そうだ。

 そうなると消耗戦に持ち込まれて、来栖家チームとしてはそれは望ましくはない。何しろこれだけ巨体を相手取ると、向こうのひと暴れで踏み潰されたりするアクシデントもあり得るし。

 それからもちろん、ブレスを浴びたりの事故も超怖い。


「わわっ、護人さんっ……ブレスが来るよっ!」

「おおうっ、吐かせる向きに気をつけろっ……後衛を巻き込まないようにな!」


 《耐性上昇》と《堅牢の陣》のある護人は、自ら敵のタゲを取って前衛で後衛を守る作戦を決行している。姫香も同じく、2つの耐性スキルで直撃さえ気をつければ耐えられそう。

 ドラゴンゾンビの吐く腐敗のブレスは、並み居るドラゴンの中でも強力な部類に入る。浴びたモノは生き物だろうと物質だろうと、腐敗を免れない威力を有している。


 現にコイツの周囲は、来栖家チームが近付くのをビビっていた、酸の沼の面積が確実に増えている有り様。産み出されているゾンビ集団は、そこを歩く痛みも完全に無視している。

 それどころか、そこを歩いて溶ける肉の悪臭と煙が凄い事に。


 これも敵の作戦だとしたら、随分酷い……思い切りむせる紗良に香多奈、ハスキー達も悪臭に思わず顔をそむけている。鼻の良い彼女達は、相当にキツイ所業だろう。

 そんな中、レイジーだけは空間収納から取り出した『炎のランプ』を使って、炎の鳥の作成に精を出していた。何しろ相手が20メートル級の化け物だ、こちらも最低10メートルの大きさは欲しい所。


 そんな訳で、炎の鳥の召喚作業に萌とムームーちゃんもお手伝い。三位一体とはよく表現されるけど、まさにそんな感じの合成スキルになる可能性が。

 前衛では今も酷い戦いが続いていて、レイジーもご主人の苦戦に気もそぞろな状態である。直撃を一度でも喰らうとゲーム終了は、さすがに辛い対戦カードだ。


 その分、向こうの巨体の死角の部分を、護人と姫香は上手く利用している。ただし、視界から消えてしまうと後衛にタゲが向かう恐れもあるので、制限は当然バリバリある。

 何度も冷やりとする場面はあるけど、両者とも絶妙な体さばきでギリギリを避けている。今や反撃の斬撃も、新たな敵を産むので封じられてしまって割とピンチ。


 こんな超巨体のモンスターと戦うのも、なかなか機会が無くて大変な状況には違いない。それでも足止めは上手く行っているし、続々産まれる雑魚ゾンビの掃討も順調だ。

 酸の水溜まりが増えるのは勘弁して欲しいけど、それ以外は何とか来栖家のペースだろうか。今も3度目の紗良の《浄化》スキルにより、大半の雑魚ゾンビが散って行った。


 そうこうしている間に、レイジーの炎の鳥はようやく10メートル級へと成長を遂げていた。ここまで大物の召喚は、実はレイジーも初である。

 しかも萌とムームーちゃんの協力によって、炎が混ざり合って妙な色合いになっている。虹色とまでは行かないけど、傍から見上げたらかなり綺麗かも。

 実際、末妹の香多奈は凄いと手放しで絶賛している。


「凄いよ、レイジー……これならドラゴンゾンビも一発だよ!」

「うわぁ、綺麗な火の鳥だねっ……これで攻撃するの、レイジーちゃんっ?」


 そうらしい、炎の色に輝くフェニックスは即座にこの地に生まれた使命に気付いたようで。忌むべき存在のドラゴンゾンビを見定めると、そいつに向かって突っ込んで行く素振り。

 宙を飛んでいた護人は、大急ぎで回避行動に移る。なかなかにヤンチャな火の鳥は、滅する力だけは相当なレベルに達していた模様だ。


 紗良の《浄化》に何度も耐えたその巨体が、火の鳥の発した炎に呑み込まれて行く。奴から発された絶叫は、今度こそ消滅の予感の憤怒に包まれていた。

 そんな最後の大暴れを、大きな翼で封じ込めて行く召喚フェニックス。合わせ技とは言え、この攻撃は今までの来栖家チームで、一番の破壊力かも知れない。


 その当人は、MPの注ぎ過ぎで後衛でヘロヘロ状態ではあるけど。やり切った感のにじみ出る表情は、さすがに頼もしい来栖家のダブルエースの一角である。

 炎の鳥の炎は、たっぷり3分以上は掛けてドラゴンゾンビを焼き払って行った。それと同時に消滅するフェニックスと、その場に転がり落ちる魔石(大)である。


 既にこのダンジョン探索で、幾つも拾えたサイズなので護人にも驚きはない。とは言え、こんなペースで大物と対戦するとなると、子供達の消耗も考えないと。

 感覚的には、3月に出来たばかりのダンジョンだし、もうすぐ最深階層の予感はある。ただし“喰らうモノ”の異常性は、常に念頭に入れておかないと。

 でないと、思わぬ不意打ちを喰らう事になるかも。





 ――ここで待ち構えていた大物以上の、切り札が奴に無いとは限らないのだ。






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