第563話 やっとこさ1つ目の扉を踏破に至った件



「あっ、今回のフロアは構造が違うねっ……床に隙間があって、飛び越えられない感じかな? そんで、向こうに渡るのに体力を使わせる目的とか」

雲梯うんていみたいなのと、バランスボールみたいなのと……壁際には、ご丁寧にボルダリングが出来るようになってるよ。

 一番無難なのは、真ん中の丸太渡りかもね?」

「うわっ、これは強制的に全員参加なのかなぁ……どれも自信ないけど、私が挑戦するとしたら雲梯かなぁ?」


 そう呟く紗良は、大きく開いた向こう岸との暗い隙間を眺めて思案顔に。隙間は向こう岸まで10メートルの幅で、深さ的には2メートルと言った程度。

 ただし底は昏く淀んでいて、まるで異界へのワープゲートを思わせる。そこに突っ込んだら、果たしてどこに飛ばされるかが定かでないのが怖い。


 外に強制退出程度なら、まだ許せるしそうであって欲しいとはチームの思惑。そうでない場合、とっても酷い目に遭いそうで間違っても体感などしたくはない。

 そこで、家族揃っての真面目なミーティング時間を少々。誰がどれをこなすかで、ひょっとしたら奥の扉の開く条件に当て嵌まるかが分からないので。


 なるべく全部使って、クリアを達成させるのがベストには違いなく。誰がどれに挑戦しようかと、嬉々として提案しまくっている香多奈はボルダリングがやりたいみたい。

 バランスボールも面白そうと、うるさい末妹を姫香は拳で黙らせて。まずはハスキー達と茶々丸を、向こう側に渡して様子を見ようと作戦を提案する。


 渡った先のフロアは、さっきまでと代わり映えの無い体育館の室内みたいな造りとなっていて。半ダースほどの例の装置が、定間隔で床からにょっきり生えている。

 つまりは、この向こう岸に渡る試練を突破しても、まだ仕掛けを作動させる必要があるみたい。それは良いけど、チームの一時分断はちょっと怖い。

 それが心配な護人は、子供達が渡る順番には神経質に口を挟む。


「香多奈はこのボール乗りにしなさい、失敗しそうになったら俺かコロ助が助ける算段でな。コロ助の《韋駄天》なら、この位の距離も一発で渡れるだろうし」

「そうだね、そう言う意味じゃツグミも落ちる心配はないかも……レイジーと茶々丸と萌を先に渡らせようか、護人さん?

 全員丸太渡りでいいかな、萌はボルダリングでも行けそうだけど」

「そうだね、萌は壁渡りを試してみてよっ! ミケさんとムームーちゃんは丸太渡りね、ズルしたら罰が当たるから真面目にやるんだよっ!?」


 いつもは人に乗っかっての移動が平常運転の2匹も、香多奈の厳命によって歩いてこの仕掛けをクリアする破目に。ミケは文句も言わず、紗良の肩からひらりと優雅に舞い降りる。

 そしてまだ幼子の軟体生物を従えて、優雅に細い丸太渡しを歩いて向こう側へ。その後ろには、レイジーと茶々丸もいて何とも風変わりなペット達の行進風景である。


 萌に関しては、立体機動で何事もなく壁際の仕掛けを簡単にクリア。これで来栖家チームの半数が、反対岸へと渡れた計算になる。

 まだ指名されないルルンバちゃんは、自分の番はまだかなと多少緊張気味。


 そんなルルンバちゃんより先に、まずは紗良が雲梯を使って向こうへと渡るらしい。かなりビビッている長女だけど、護人やコロ助がスタン張って救助体制は万全かも。

 反対側では、何事も無かったかのように渡り切ったペット達が、早くおいでと待ち構えてくれている。それに加えて香多奈の『応援』で、運動音痴の紗良も何とか役目を果たす事が出来たよう。


 へとへとになりながら、紗良も何とか無事にペット達の待つ向こう岸へと渡る事が出来た。感動する本人を無視して、ミケは自分の居場所へとさっさと上っての文字通りの高みの見物。

 感傷にひたる暇のない長女は、ムームーちゃんを抱え上げて次に渡る予定の香多奈の応援に。肩の上のミケも、次に渡る子供達を見据えて真面目である。


 次の番に指名された香多奈は、巨大なバランスボールに乗っかって上機嫌。それじゃあ出発するよと、家族とコロ助に告げて巨大な玉を転がし始める。

 まるでサーカス団員の所業だが、運動神経の抜群な末妹は意外と弾力のある玉の操作などお手のモノ。途中、一度だけ大きくバランスを崩しそうになって、見守っている家族をドキッとさせたけれど。

 最終的には、無事に向こう岸へと辿り着いて見事な着地を決めてくれた。


 そして巨大な玉が宝箱へと変わるのを見届けて、やったねと大きな声ではしゃぎ始める。どうやらある程度推測していたようで、ついでに《韋駄天》で渡って来たコロ助に抱き付いて上機嫌の香多奈である。

 こうなると、後は何とでもなる残されたメンバー達だったり。ちょっと昔なら、護人と姫香はルルンバちゃんの巨体の扱いに、大いに頭を悩ましていただろう。


 ところが今は、プレゼントして貰った《重力操作》スキルのお陰で、細い丸太でもへっちゃらな彼である。姫香が念の為、反対のボルダリング器具を使ってクリアしておくとの事なので。

 忍犬ツグミもご主人さまに追従して、これで未使用の仕掛けは存在せず家族は全て渡り切った。最後は護人も雲梯を渡って、これで全員クリアで向こう岸で合流を果たす来栖家チームである。


 ただし、奥の扉はウンともスンとも言ってくれず……もう少し、装置を使って戦闘なり仕掛けの運動なりをこなす必要があるらしい。ちなみに香多奈の宝箱からは、魔結晶(小)が8個に薬品類や木の実が出て来た。

 他にもタオルやサプリの入った瓶、運動シューズがサイズ別に5足ほど。その中に自分のサイズを見付けて、姫香も香多奈もちょっと嬉しそうではある。


 それから小休憩の後に、やっぱり姫香の操作で装置の1つを起動させてみた。そして湧いたゴーレムの群れを、チームでサクッと倒す事2回ほど。

 もっとも、2度目の召喚はサソリ型のパペット兵団だったけど。コイツ等も割と強くて、倒すと軒並み魔石(小)を落としてくれる優秀な敵ではあった。


 そうして3つ目の装置の作動で、唐突に出現する例の両手持ちダンベルが3つ。それの設置台も周囲に3つ出現して、今度は同時に3人の力が必要らしい。

 まぁ、これは既に正解の出し方の分かっている仕掛けなのでそれ程怖くはない。今回は姫香の『身体強化』スキル込みで、護人とルルンバちゃんの3名でこの仕掛けをクリアに成功する。


 それと同時に、出て来る宝箱と同時に奥の扉の開く音が聞こえて来てくれた。それを聞いてやった~とはしゃぐ末妹は、一体どちらに喜んでいるかは視線の先から一目瞭然である。

 そんな宝箱の中身を回収しつつ、ここは宝箱の出現率が高いねぇと嬉しそうな子供たち。ついでにその宝箱には、薬品類や魔石(中)が5個と一緒に魔法アイテムの指輪が入っていた。

 妖精ちゃんの見立てでは、魔法アイテムはまずまずの品らしい。


「よっし、これで3層目の扉も無事に開いたね……出て来るのは次の層への階段か、はたまた中ボス的な存在か半々くらいの確率かなぁ?

 香多奈は正直、どっちだと思う?」

「えっ、ここは鬼の“報酬ダンジョン”でしょ? 次は中ボスで、多分この扉は終わりなんじゃ無いかな……サクッとクリアして、お昼を食べに家に戻ろうっ!」

「そ、そうだね……お腹空いたし、もう12時はとっくにオーバーしてるもんね。香多奈ちゃんが言うと、何だか絶対そうなんだって気がして来るから不思議だよ」


 紗良の言葉に、護人も内心では頷きつつも。念の為に一応お弁当は持って来たけど、どうせ近場だしお昼は食べに帰る計画となっている。

 キリの良い時間をと思って探索していたら、12時をとっくにオーバー。ただまぁ、この先が中ボス戦ならそこまで時間が押してる感じでもない。


 そんな話をしつつ、やっぱりハスキー達の先導で奥の扉を潜って行くと。待ち構えていたのは、やっぱり中ボスっぽい室内とその中央に鎮座するゴーレムだった。

 ゴーレムは巨大で、どことなくフランケンっぽい風貌である。お供には3体の大型ガーゴイル、コイツ等も厳めしい顔つきで割と強そう。


 何となく作戦も決まらないまま、中ボスの部屋に入ってしまった一行だけど。硬そうな敵を見て、いつものメンバーが自然と前へと出張って行くのはさすがである。

 まずはハンマーを咥えたコロ助が、飛び上がろうとするガーゴイルの群れに突っ込んで行った。そしてツグミと茶々丸が、『土蜘蛛』スキルと《飛天槍角》で遠隔でフォローに入って行く。


 姫香は隣の護人をチラッと見て、大人しく今回は中ボスを譲る構え。『圧縮』スキルで宙を疾走して、ガーゴイルの頭上を制して好きに飛ばせない構え。

 そして愛用のシャベルを構え、“四腕”を発動させた護人は4メートル級のフランケンゴーレムと相対する。そのフォローはレイジーと萌が担うようで、ルルンバちゃんは今回後衛の護衛に残ってくれていた。

 既にこの辺り、打ち合わせせずとも息ピッタリな来栖家チームである。


「おっと、コイツは何かスキルを持っていそうだな……攻撃系か防御系か、慎重に見定めて行こうか、レイジーに萌。

 下手にタゲは取らなくていいぞ、足元から崩して行こう」


 護人の言葉に、了解と素早く散開して行く両者である。中ボスのタゲは一番目立つ護人にあるようで、まずは容赦のない打ち下ろしのナックルが飛んで来た。

 地面を揺らすようなその一撃は、取り敢えずかわす事が出来たモノの。地面に稲妻が走ったのを見ると、コイツは雷属性なのかも知れない。


 そして後衛陣から、援護のつもりか香多奈の催促に乗っかってのルルンバちゃんの波動砲が。同時に足元に斬り掛かる、レイジーと萌のコンビ。

 それらは何故か全て敵の防御によって、弾き返されると言うハプニング。驚きは各所で広がったが、護人はしっかり電磁波のような防御壁をその目で確認した。


 レイジーも同じく、ゴーレムの癖に小癪こしゃくな保護膜を張る瞬間を見定めて。どうやって破ってやろうかと、距離を取りながら敵の弱点を見定めている。

 幸い相手の攻撃方法は、力任せの腕のブン回し位のモノらしく。まぁ、それもかすっただけで大惨事になりかねない威力で決して侮れない。


 護人は苦も無く避けていて、それより奥の手がないか警戒している様子。そしておもむろに、“四腕”の仮初めの両腕でのラッシュと『掘削』込みのシャベルの連続突きでの反撃を見舞い始める。

 その威力に、驚いた事に巨体のフランケンゴーレムがけ反って引っくり返りそうに。それでも中ボスの電磁膜は、呆れた事に護人の攻撃を通さぬ鉄壁振りである。

 その硬い表皮には、ヒビすら入っていないと言うパーフェクト防御振り。


 フォローしたいレイジーだが、この電磁膜を引っ剥がす方法はかなりの難題である。再度の萌の黒雷の長槍での攻撃も、相手の防御壁を貫通出来ず弾かれてしまった。

 そうこうしている内に、姫香の相手のガーゴイルの群れは全て倒される事に。焦るレイジーは、とうとう咥えていた焔の魔剣を放り捨て、ゴーレムの足首にじかに咬み付いて行った。


 相棒の挙動に驚く護人だが、どうやらそれが『魔喰』の発動条件だったらしい。途端に中ボスのまとう防御膜が薄くなった気がして、味方の攻撃も通り始める。

 当然、中ボスのフランケンゴーレムも倒されまいと暴れ回るのだけど。頑として咬み付いて離れないレイジーの根性は、アッパレと言うしかない。


 最後は慌て気味に放った、護人の『掘削』込みのシャベルの一撃で敵の胸元に見事に大穴が開いてくれた。これが止めとなって、ようやく崩れ落ちて行く中ボスのゴーレムである。

 観戦していた子供達からは、やんやの歓声が巻き起こる中。往生したぜと、地面に伏せたままのレイジーはかなり消耗している模様である。


 どうやら『魔喰』スキルは、敵の魔法を喰いはしても自分の養分にはならないようだ。それでも献身的な活躍の愛犬に、護人はすぐに近付いて行って体調を窺う。

 それに尻尾を振って応えるレイジー、深い傷や消耗では無いようでホッとする護人である。『魔喰』は覚えたのが比較的新しいスキルなので、レイジーもぶっつけ本番気味だった模様。


 それで何とかしてしまうのだから、彼女の戦闘センスは本物である。無茶はして欲しくない護人だけど、あの機転が無ければ味方が危なかったのも事実なので。

 思い切り撫でてやりながら、戦闘の勝利を2人で噛み締める。





 ――さて、この後は我が家へ戻って昼食の時間だ。






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