第548話 隣町の不穏な噂が来栖家にも報告される件



 地元のダンジョンの年間間引まびき計画は、どうやら町の探索者が増えるにつれて順調らしい。来栖家がA級ランクに上がって、自然と遠征依頼も増えるに従って。

 地元依頼は段々と減って来て、その点に関しては喜んで良いのかは微妙な所。子供達は、相変わらず青空市で地元のおばちゃん達から声を掛けられているので。


 その頑張ってねとの言葉は、危険な探索業をこなすのに充分な原動力となっていて。つまりは地元依頼も、ある程度はこなして行きたいかなって願望が。

 護人としては、どの依頼も面倒事でしか無かったりするのだけれど。何しろ自治会の仕事や家の家畜の世話、それからもちろん本業の田畑管理も仕事として持っているのだ。


 これ以上手を広げようにも、そもそも限界と言うモノがあるのは自明の理である。最近は、ご近所さんや優秀なAIロボの手助けでかなり助けられてはいるけど。

 もう少し、普通の休みの日が欲しいなと内心で思っている護人である。



 そんな思いも虚しく、やって来たのは地元の協会からの紹介依頼で。何でも隣町の失踪事件が、どうにも治まらないとの不穏な知らせと共に。

 その元凶の究明と、ついでに隣町の難関ダンジョンの間引きをお願い出来まいかとの依頼がついさっき。いや、本当は随分前から依頼を匂わされていたのだけど。

 親しい仁志支部長を介しての紹介なので、無碍むげに断る訳にもいかず。


 間の悪い事に、その場に居合わせた姫香とザジが思いっ切り興味を持った様子で。失踪事件とは穏やかじゃないねと、先月の地元の失踪事件に続いての探偵業の真似事など。

 ザジは良く分かってないようだけど、悪人即斬と最近見たアニメに感化されている様子。その辺の環境は、香多奈やお隣の子供達によって万全となっていて。


「これはウチら正義の乙女チームが、出動する案件だニャ! ウチの必殺ニャンコパンチで、悪い敵を一掃してやるんだニャ!

 姫香、ウチらでこの依頼を受けるニャ!」

「そんな興奮しないで、ザジ……お隣の町って、確か“樹上ダンジョン”とか“パチンコ店ダンジョン”でお邪魔して以来かな?

 買い物ではちょくちょく行ってるけど、確かに治安維持は大切なお仕事かもね。ザジのチームと一緒に行くかは別として、依頼は受けて良いんじゃないかな、護人さん?

 今週末は予定も無いし、ハスキー達も元気を余らせてるからね」


 本当は“喰らうモノ”ダンジョンの突入予定で埋まっていた週末事情は、愛媛のA級チーム『坊ちゃんズ』の到来の遅延で空き状態に。

 そんな感じの流れで、どうやら週末は探索&調査依頼で埋まりそうな予感。今は午前の敷地内の農作業が終わった所で、中庭での仁志支部長との対談中。

 近くにはハスキー達も寄って来ていて、会話を聞いてテンションが上がっている。ミケは縁側で日向ぼっこ中、ルルンバちゃんは野良作業のお手伝いからようやく上がって来た所。


 新パーツの重装備は、蝸牛かたつむりの空間収納で今は農作業のお手伝い装備へと変化している。この早変わりでのパーツ交換は本当に便利で、お陰で敷地内の除草作業はほぼ完璧である。

 今も護人や姫香にご苦労さまと声を掛けられて、上機嫌のルルンバちゃんだったり。ちなみに、日向が苦手なムームーちゃんは、家の中で大人しくお留守番中。


 そこも薔薇のマントの圧力で、お世辞にも居心地が良いとは言えないのだけど。あまりうるさくすると、ミケのお叱りが飛んで来るので派手な喧嘩には今の所はなっていない。

 かくして、来栖家の平穏は表面上は保たれていたりして。


「探偵ごっこはともかくとして、失踪騒ぎは洒落にならないレベルに達しているようですね。現時点で、届け出があっただけでも50人近いそうで……独り暮らしや通りから離れた家の者が、高確率で狙われる傾向があるそうです。

 それからダンジョン間引きの案件は、C級ランクの“鉄橋下ダンジョン”みたいですね。ここも例に漏れず放置が酷いので、実質はB級かそれ位と思っておいた方が良いでしょう。

 ここはフィールド型で、階層移動も大変なのが特徴ですね」

「ダンジョンはまぁ、ウチはハスキー達が優秀だから何とかなるとして。失踪事件に関しては、ハスキー達でどうにかなる問題でも無い気がするけどな。

 そんな訓練は受けてないし、そもそもモンスターの仕業って決まった訳でもないんだろう?」

「でも、確率は高い気はするかなぁ……ムッターシャチームと一緒に行くなら、手分けして捜査すればそこまで大変でも無いでしょ。

 これも人助けと思って、この依頼を受けようよ、護人さんっ!」


 人の良い姫香の言葉に、何となく流されムードのこの場である。仁志支部長は嬉しそうに、もちろん隣町と合わせて報酬は弾みますと太鼓判をポチっと押す。

 かくして呆気なく、週末の隣町への遠征は決定の運びに。




 そして懸念だった、ムッターシャチームの参加もこれまた呆気なく決定して。ついでについて来る星羅チームも、最近は仕上がりも良いようで絶好調との事。

 ここは基本は3人チームなのだが、そのフォーメーションと言うかチームワークと言うか。既に阿吽あうんの呼吸は言い過ぎかもだが、そんな感じでの対応が出来てるそうな。


 こっちも負けないよと、香多奈が紹介するのは新生ルルンバちゃんの豪華パーツ。各種素材をふんだんに使用して、軽量化からのスキル操作でまさに蜘蛛のような動きが可能に。

 具体的には、《重力操作》と言うスキルの付与されたパーツを、親方から買い受けて。以前のよたよた歩きから、萌のような高機動の動きへと進化を果たして。


 さすが、異界の伝説(?)の鍛冶屋による一連の作業。ふんだんに素材を贈与したとは言え、まさかスキル付与の装備品によって一番の問題を解決するとは。

 空間収納をパーツ倉庫に使用するのも、まさに発想の転換で来栖家的にはビックリである。香多奈に関しては、ごってり重装備で彩られた見た目の派手さを期待してみたいだけど。


 明らかに、こちらの方が見た目もスッキリしていて機能的である。例えば移動するだけなら、確かに砲塔やら農業作業パーツは全く必要が無いのだから。

 お陰で最大の弱点だった通常移動の速度は、今や高速移動を得意とするズブガジにも負けない程に。しかも萌がよくやる、立体機動もある程度出来るようになっていると言う。

 まさに死角が無くなる程の、今回の大改造ビフォーアフターだったり。


「凄いわね、ズブガジもビックリしているわ……ウチのチームも、パーツが揃ったらあそこの親方に改造を頼んでみようかしらね、ムッターシャ。

 それより、今日はどんな計画なのかしら?」

「えっとね、今日の探索に『ライオン丸』もついて来たいって言ってるから……いったん麓の協会に寄って、それからいつもの道で隣町に入るね?

 そんで来栖家チームが“鉄橋下ダンジョン”の探索をするから、異世界チームと星羅チームは地元の自警団に事件の訊き込みとかお願い。

 ザジがそうしろってうるさいの、アニメの影響だと思うんだけど」

「なるほど、事件の捜査ねぇ……私のスキル『敵対感知』とかで、反応するモノが無いかてみるのも手かな。あんまりダンジョン外じゃ使わないから、何とも言えないけど。

 まぁ、捜査の役に立ちそうも無かったら、私たちも近場のダンジョンの間引きでもしてるよ。島根のチームも、捜査じゃ無くて間引き要員なんでしょ、姫香ちゃん?」


 星羅の質問に、姫香は“パチンコ店ダンジョン”の間引きでもお願いしようかなとお気楽な返答。あそこは市外からもパチンカーな探索者が、毎月もうでに来るので間引きも切羽詰まってはいないのだけど。

 向こうがその噂を聞きつけて、是非にと言うので仕方無い。こうやってレイド染みた事を行うのも、まぁ事前練習みたいな側面もある訳だ。


 本番でもたつくのもアレだし、ギルドとしての行動は実はあまりして来なかった『日馬割』である。こうやって団体行動の練習をするのも、悪くないだろうとの大人たちの判断に。

 そして指揮を執るのは何故か姫香で、護人は飽くまでサポートの立場と言う。それに疑問を持っていない本人は、大真面目で護人の負担軽減にヤル気満々である。


 周囲の大人たちも、温かい目でこの頑張り屋の少女を応援する素振り。かくしてギルド『日馬割』は、アットホームな家族寄りのギルドとして成長して行くのであった。

 それは当然、戦闘面では格上のムッターシャ達も完全に同意の上である。何しろ生活のあらゆる面を、現在は来栖家に頼って居候いそうろうの立場なのだ。


 スポンサーの娘さんを厚遇するのは、ある意味当然で作戦参加にも特に文句も無い。仲間のネコ娘の暴走の感は否めないけど、そこはいつもの事と諦めて。

 異界に安住の地を定めると言うのも、言う程には簡単な事では無く。こんな小さな仕事の遂行から、地域の信頼を得て行くのも1つの方法には違いない。


 協会からA級ランクの地位を得て、今後も動きやすくなって行くだろうし。星羅チームを鍛えたりお金を稼いだりと、探索面でも意外とする事が多いのも事実。

 『日馬割』ギルドは、異世界チームにとっても大事な屋台骨なのだ。


 そんな期待を背負っているとはつゆ知らずな姫香は、元気に全員出発と号令を掛ける。それから自身は護人の運転するキャンピングカーに乗り込んで、忘れ物は無いよねと姉に確認している。

 ペットを含めると何気に人数の多い来栖家チームは、出発の際はいつもゴタゴタする事が多いのだけど。今回は、ムームーちゃんも連れて行くとの、末妹の我が儘に混乱に拍車が掛かっている気もしていたり。


 呪い解除をした“戦闘ドール”の操作に関しては、妖精ちゃんとムームーちゃんのコンビはまだまだ下手っぴいで。香多奈も含めて、とても実践投入が出来るレベルではない。

 それでも未来の探索者チーム(青空市での小学生チーム)を夢見て、鍛錬と新人の発掘は怠らない気概の香多奈である。つまりムームーちゃんも、化ければ大物探索者になる可能性があるぞと。


「そんな訳無いでしょ、あんまり私情を挟んでウチのチームを混乱させるんじゃないわよ、香多奈。世話はしっかり自分でしなさいよ、護人さんを困らせたら承知しないわよ」

「分かってるよっ、ガミガミ言わないでよお姉ちゃんっ……今から探索に慣れて行った方が、ムームーちゃんも強くなれるかもでしょっ!?

 そしたら叔父さんだって、後衛の護衛とかも楽出来るよっ!」

「それはいいから、兎の縫いぐるみをコロ助ちゃんにけしかけるのは止めてあげなきゃダメだよっ。今操ってるのは、妖精ちゃんとムームーちゃんのどっち?

 家族の嫌がる事をしたらメッだからね!」


 普段は優しい紗良に怒られて、ヤンチャをしていた妖精ちゃんはちょっとションボリ。コイツにやれと言われましたと、隣の末妹を小さな指で指し示すのだけれど。

 ズルいと慌て始める香多奈だが、長女に睨まれてやっぱりションボリ。ゴメンなさいと素直に謝って、コロ助にもゴメンねと謝罪の意を示して。


 そんな賑やかな車内だが、ペット達はいつものマイペース。コロ助にしても、いつも末妹の悪戯いたずらには慣れているので、落ち着いて何ともないよとの表情だ。

 男前過ぎるその態度だが、実はハスキーの中で一番のヤンチャなのはコロ助である。それを分かっている香多奈は、自分だけ叱られて釈然としない思いだったり。


 そんな事をしている間にも、島根チームのキャンピングカーも加わって4台での隣町への移動となった。先導する来栖家のキャンピングカーは、賑やかさが途切れる事が無い。

 そして数十分後には、目的の隣町の協会施設前へと辿り着き。ただし『ライオン丸』チームに関しては、途中の“パチンコ店ダンジョン”へと置いて行って。


 好きに探索に励んでねと、自由な方針を打ち出してやって。向こうも紗良に良いところを見せようと、景品をたくさん取って来るよとアピールに余念がない。

 長女は顔を引きらせつつ、頑張ってと何とかコメントを発す。内心では、パチンコの景品を喜ぶ女性って、どの位いるのかなぁと疑問に思いながら。

 それでも『ライオン丸』の面々は、爽やかにダンジョンへと消えて行って。





 ――“喰らうモノ”レイドの前哨戦は、こうして賑やかに始まったのだった。







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