第535話 夏の気配が近付く中で青空市が開催される件



 6月の梅雨の合間を縫って、来栖家チームは山口方面への遠征とか色々大変だった。そのお陰もあって、ダンジョン探索での回収品はブースのテーブルからはみ出さんばかり。

 もっとも、今日も例によって最初に売り出すのは敷地内で採れた野菜類だけど。それ目当てのお客さんは、今や青空市の名物にもなっていたり。


 7月ともなると、春に植えた野菜が結構な種類売りに出せるように。大根やキャベツ、レタスや豆類などなど。春に較べて、出来が良いモノも多くなっている。

 来栖家のブースも、それに対応してお手伝いの売り子もバッチリ揃えて臨戦態勢に。相変わらず協会と自治体のお手伝いで、知り合いの探索者は運営ブースに取られているけど。


 熊爺の家の子供達のヘルプが、自分の所の野菜もたずさえて応援に駆けつけてくれて。開始前から、賑やかに品揃えの準備をこなしてヤル気満々の様子。

 もっとも、お手伝いに関してはお昼までの約束だけど。それでも売り子の手伝いは、社会学習にとっても適していると熊爺にも評判が良い。


 今回の売り物の中にも、熊爺の家からの持ち込みが結構増えて来ていている。青空市を盛り上げる下支えの町民が、増えて来た事実には自治会も喜んでいるみたいだ。

 町の外から訪れる客数も、去年に比べると随分増えて来ているとの集計も出ているし。“魔境”日馬桜町の悪評は、次第に薄れて来ているのかも知れない。

 かくして、夏の青空市は定時通りにスタート。


 そして安く野菜が買える店舗と、すっかり認識されている来栖家のブースは。スタートダッシュを決め込む主婦の群れに、真っ先に蹂躙される流れに。

 いつもの事ながら、その流れをさばく子供達もなかなか堂に入っている。売れた野菜を計算してお金を受け取り、空いたスペースに新たに補充するその手腕。


 紗良もこの時ばかりは、人見知りなどとは言っていられない。ブースの主として、真正面からお客の群れと対峙しており勇ましい程である。

 サポートする子供達も、彼女を頼りにしつつお金を貰ったりお釣りを手渡したりと大忙しの状況をこなして行って。気付けば30分が経過、人並みもようやく落ち着いて来た。


 その頃には、店舗で用意した野菜もほぼ売り切れの状態になっていて。ようやく一息ついた子供達は、やり遂げた表情でお互いの顔を見合っていたり。

 お手伝いも板について来た熊爺家の面々も、やはりあの迫力満載のお客の群れの対処には慣れないようで。ようやく訪れた終幕に、明らかに安堵の表情を浮かべていた。


 そんな子供達をいつもの定位置から眺めながら、護人は優雅にコーヒーなどすすってみたり。毎日あれこれ働いているのだから、青空市くらいは直接手を出さない家族の決まりなのだけど。

 多少の罪悪感を感じつつ、それでも子供達の自主性を伸ばすのは良い事でもある。それに、どっちにしろ彼の責務はこんな場所にも向こうからやって来るのだ。

 そして予想通り、まずやって来たのは広島市の甲斐谷たちだった。




「ようっ、怜央奈を連れて来たついでに、今月もちょっと寄ってみたぞ。紹介しておこうか、こっちは椎名の弟の俊也しゅんやでウチのチームの新入りアタッカーだ。

 身体はデカいけど、まだ二十歳で探索者としてもこれからって感じかな。予備武器の片手剣が欲しいんだけど、掘り出し物を置いてないかい?」

「こんにちは、今日も護人さんと内密の話とかして行くの? 怜央奈はこっち入って来なよ、どうせこっちの小学生チームはお小遣いせびって、今から遊びに出て行くんだから。

 岩国チームも、お昼前にはこっち来るって言ってたよ」

「最近は向こうとも仲が良いみたいだね、来栖家チームは。動画も観たけど、チーム『シャドウ』とは何か取り決めがあるのかい?」


 一緒に来ていた『ヘリオン』の翔馬の質問には、護人さんに訊いてと素っ気ない対応の姫香である。怜央奈はブースの席に座って、紗良やペット達と友好を温めている所。

 紹介された俊也しゅんや青年は、確かに大柄な体躯の持ち主ではあるけど。顔は童顔で、A級チームの来栖家の面々に恐縮した様子で縮こまっている。


 そんないつもの広島市からの常連客に、ようこそと護人が声掛けをして。話があるならキャンピングカーへどうぞと、いつもの面談の対応の素振り。

 紗良がお茶を出す用意に立ち上がるより早く、香多奈がお小遣いを貰いに叔父の元へとダッシュ。それから双子の分も見事にせしめて、遊びに行ってくるねと元気に言付けて。


 小学生チームの秘密集会は、どうやら今日も執り行われるみたいである。コロ助がヤレヤレとついて行くのに合わせて、萌も連れて行ってねと紗良が声を掛けている。

 ボディガード役としては、これでまずは安心だろう。


 双子の姉の天馬が、それを聞いて仔ドラゴンを抱っこして香多奈を追いかけて行った。子供って、何故か移動は全速力なのはいつも謎ではあるけど。

 そんな元気な年少組が抜けて、いきなり静かになった来栖家のブースだけれど。机の上は、野菜から探索での入手品への配置換えが現在も忙しくなされている所。


 最近は、それに合わせて買い足しに来る通な連中もチラホラ見掛けるようになって来ており。特に解毒ポーションや解熱ポーションは、一般人でも欲しいみたいで。

 あっという間に売れてくれて、それはまぁ良いのだが。たまにもっと良い薬品を、安く譲ってくれと言って来る客がいて困りモノではある。


 確かに青空市は、地元へのサービスの一面はあったりもするけれど。お店側の一方的な損が続けば、出店自体が意味が無いどころか害になってしまうではないか。

 そんな訳で、そんなお客は丁寧にお断りを入れているのだが。薬品類を欲しがるって事は、色々と事情がありそうなので後味も相当に悪い。


 特に紗良などはお人好し過ぎて、そんな裏まで想像してしまう傾向があったりして。そんな訳で、薬品のブース出店は解毒と解熱までとしている次第である。

 それも酷く割引はせず、適正価格に設定しているのだけれど。普通に好評で、今まで売れ残った試しは無いと言う。それからエーテル系も、常連の探索者チームが買って行ってくれて。


 今日もお昼前に、いつもの『ジャミラ』の面々が仲良くブースに訪れてくれて。エーテルを2ℓとMP回復ポーションを2ℓ分、しっかりお買い上げして行ってくれた。

 他にも“岩国基地ダンジョン”で入手した、アニメDVDや映画パンフ、それから“秋吉台ダンジョン”での回収品の動物のフィギュアに興味を示す中年リーダーの佐久間氏。


 その間にもお客の流れは順調で、しかも今月は大物に興味を示す中年層が多数出現。例えば“車庫ダンジョン”で回収したロードバイクとか、ゴルフクラブのセットとか。

 前回全く売れる気配が無かったのだが、怜央奈は知らずに空間収納から取り出してブースの前へと並べ立てていて。それが功を奏したのか、何と両方とも売れてしまった。


 そんな訳で、午前中から数万円で提示した商品が売れて、これも怜央奈パワーかとビックリする姫香である。ついでに他のゴルフ用具も、同じ人が買ってくれてスッキリした。

 ロードバイクも2台あったけど、中年の親父が兄弟用にと2台ともお買い上げに。お店で買うよりは安いとは言え、保証とか無い市場で買うのもそれなりにリスキーではある。

 まぁ、それも青空市の醍醐味と言えなくも無いけど。


 結局『ジャミラ』の面々は、仲良くあれこれと論議した結果、ディズニーのDVDや動物のフィギュア、映画のパンフなどを買って行ってくれた。

 向こうも頑張って儲けているみたいで、羽振りが良いのは何よりである。客の流れはその後も順調で、噂をしていた岩国チームの面々も揃って午前中に訪れてくれた。


 今月もレニィは父親にくっ付いて来ていないみたいで、残念がる紗良ではあったけど。既に広島の甲斐谷たちが訪れてるのを知って、各チームのリーダーたちはキャンピングカーへと消えて行ってしまった。

 姫香にしても、そろそろお昼ご飯の準備に買い出しに出掛けたいのだけれど。集団で訪れた岩国の面々は、何故かドクターペッパーに反応を示して盛り上がっている始末。


 最近はダンジョン産の食料や日用品も、割とすぐに買い手がついてくれるようになっていて。“岩国基地ダンジョン”の倉庫エリアで入手した品々も、やっぱり大人気で飛ぶように売れて行ってくれている。

 ドクターペッパーやポップコーンの大袋も同じく、即席麵などもケースで買い手がつく有り様で。チョコバーやレーション食も、人気のようであっという間にブースから消えて行った。

 それを驚き顔で、眺めている岩国チームの面々。


「す、凄いね……ドクペが日本人に売れているのを見ると、感慨深いモノがあるけど。俺たちも何か買おうぜ、リーダー同士の会合が終わるまでは自由時間だし。

 それとも、店を手伝った方が良いかな、姫香ちゃん?」

「そうだね、私たちのお昼休憩の間の店番は欲しいかな? バイト代は出すから、舞戻ちゃんと鬼島君で1時間くらいブースに入ってよ。

 あっ、怜央奈とは初対面だっけ、宜しくしてあげて」


 そんな姫香の振りに、よろしくね♪ とフレンドリーな怜央奈である。舞戻は表情を変えずに、そのお願いを承諾してブース内へと入り込んで行き。

 姫香の近くに座っている、ツグミをそっと一撫でしてのコミュニケーション。指名された鬼島も、このメンツの前で否を発する勇気も無いようで。


 大人しくその指示に従って、机の上に置かれた商品の値段チェックを始めていた。紗良がそれについて説明を始めて、臨時の売り子の教育を手掛けている。

 姫香はブース前にたむろっている岩国チームに、どこで食事するのと牽制の問いかけ。ウチのブース内はそんなに広くないよと、3チーム巨漢揃いの集合体の群れを冷たくあしらっている。

 そんな感じに追い払われる、悲しい岩国チームなのであった。




「さて、岩国チームのリーダー勢も揃ったし、もう少し詰めて各チームの夏の予定を話し合おうか。まずは広島市チームの俺たちだけど、相変わらず忙しくってね。

 宮島に居着いた“浮遊大陸”を気にしながら、今は真逆の県北のダンジョンの間引きを引き受けてる感じかな? それと言うのも、去年や一昨年で冬場に山間のダンジョンに間引きに入る愚かさに懲りてしまってね。

 雪が降り積もる冬までには、主要な場所は終わらせようって作戦だよ」

「あぁ、去年の“三段峡ダンジョン”も、雪を掻き分けて酷かったねぇ。除雪車を出して貰って、余計な費用も掛かったそうだし……確かに、その方が遥かに利口だなぁ。

 ちなみにウチは、7月の終わりの広島市の研修旅行にギルド員の年少者が参加する予定だよ。それに姫香が付き添う感じかな、その前に“喰らうモノ”ダンジョンの再突入を予定してるけど。

 それには、岩国チームの『シャドウ』にも手伝って貰う手筈だね」

「島根と愛媛からも、A級チームがこの町にやって来るそうですね。『反逆同盟』が多忙で手伝えないのが残念ですけど、異世界チームも同伴するみたいだし心配はないでしょう。

 こちらも“比婆山ダンジョン”やその他の、間引き案件で大変ですし」


 “比婆山ダンジョン”は、広島県の北東に位置する最難関ダンジョンの1つらしく。庄原市エリアの大山脈なのだが、県民からすれば別の認知で有名である。

 つまりは、比婆山と言えば“ヒバゴン”だよねと。UMAの目撃例で、一躍有名になった土地だったり。雪男を見たと言う証言は、今はダンジョン内でハッキリと確認が可能である。


 それからエリアも広い事で有名で、ここも大規模レイドでもしない限りは、1チームでの間引きは焼け石に水状態かも。そんな訳で、甲斐谷チームも頭を悩ませているらしい。

 もしかしたら、来栖家チームにもヘルプを頼むかもと話を振られる護人だけれど。先に話した通り、7月は既に予定がいっぱいだし8月も尾道方面へのギルド強化旅行が決定している。


 これをキャンセルするのは、子供達からの反感が恐ろしい事態を招きそうでとっても無理。何よりギルド案件なので、そこは優先させて貰うしか無く。

 岩国チームに関しては、他チームからのヘルプは積極的に担うつもりの模様。冬に強行するよりよっぽど良いねと、その辺の理解もバッチリ得ているし。

 ヒバゴンも見てみたいよねと、呑気な鈴木リーダーである。





 ――妖精ちゃんを見慣れた護人からすれば、そんなUMAなどどうでも良い話。







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