第488話 筋肉痛に見舞われながらも翌日を迎える件



 ようやく5つの“ダンジョン内ダンジョン”を攻略した翌日、家族は仲良く筋肉痛で目覚める結果に。香多奈は比較的軽い症状で済んだけど、護人や紗良は割と重傷で。

 歩いたり腕をあげるのも辛いレベルで、お陰で一家揃って寝坊してしまった。珍しいこの現象に、お隣さんのお手伝い達も心配してくれたのだけど。


 何とか朝の通常業務の家畜の世話をこなして、一安心して来栖邸へと戻って来て。幸い今日は日曜日なので、香多奈も小学校は休みである。

 その休みついでに、協会への換金業務も今日の内に済ませてしまいたい所。とは言えそれも、体が言う事を聞いてくれればの話で、今日はちょっと無理な模様。


 運転手の護人が、一番腕や身体の筋肉痛が酷いのだ。今日は無理せず、一日休養日にしようと言う決定が家族会議で早々に成されて。

 それじゃあ遊びに行って来ますと、超元気な香多奈に注がれる微妙な視線。


「えっ、駄目なのっ? お隣の、和香ちゃん達と遊ぼうと思ったんだけど……あっ、露店風呂のお掃除もみんなでやっておくねっ!

 夕方の訓練後には、ちゃんと入れるようにしておくから」

「無駄に元気よね、香多奈って……夕方の訓練、私たちは不参加かもって凛香たちに言っておいてね。アスレダンジョンのお陰で、全員が筋肉痛だからって」

「あっ、昨日の回収品でお裾分け出来そうなものがあったら持って行ってあげてね、香多奈ちゃん。例えば、例の芋虫のお肉とか」


 アレの存在は家族でも物議を醸して、果たして妖精ちゃんの助言を鵜呑みにして良いモノかと。いや、結局は毒では無かろうと、紗良の調理で試食はしたのだが。

 感想を述べると、確かに芋虫のお肉はクリーミーでかなり美味しかった。焼くと甘い匂いが周囲に漂って、口に含むと病みつきになりそうな触感で。


 とは言え、割とゲテモノ寄りな食材なのは確かではある。お隣さんの家族がいらないと言えば、それはそれで仕方が無い。ワイバーン肉もゲットしたし、そっちをあげれば良い。

 それを了解と気軽に返事した香多奈は、タッパーを手にお隣さんに遊びに行ってしまった。蹄の音がしたので、最近お気に入りの茶々丸に騎乗しての移動方法なのかも。


 ついでに萌もいなくなっているし、コロ助も護衛についている筈。お隣に遊びに行くのに、この万全の警備体制もどうかなとは思うけど。

 彼らは家族でもあるので、一緒の行動が不自然なわけでも無い。とは言え、昨日のダンジョンで回収した魔法アイテムの杖を、末妹が持って出るのは過剰かもだけど。

 家族の誰も気づかず、香多奈はしてやったりの表情。



 そしてお隣さん家に辿り着いて、巨大芋虫のお肉を食べる勇者はいるかなとの挑戦口調に。凛香チームの面々は、途端に興味をそそられた模様である。

 そうやって玄関口で騒いでいると、お隣から美登利とザジがやって来た。お裾分けの時間だよとの香多奈の言葉に、それじゃ遠慮なくとお肉類がけて行く。


 スキル書とオーブ珠も一部持って来たので、相性チェックをする面々も出始めて。これらは来栖家で外れだったので、お隣さんでゲット出来たらしめたモノって感じだ。

 その内に、その騒ぎを聞きつけて星羅も家の中から現れた。今の彼女は三原の“聖女”の面影はまるで無く、髪もバッサリ切って茶髪に染めて活発な女性そのもの。


 ちなみに、髪を切ったのはお隣に住まうようになった協会職員の柊木で。なかなかの腕前に、実は以前に理容店に務めていた過去が判明した。

 そのために、香多奈や近所の子供達を始めとして、柊木に散髪を頼む者が続出して。今ではすっかり、“山の上の理髪屋さん”の柊木である。

 その地位に、本人も満更でもない様子で。


「このお肉、昨日家族で食べたけどすっごい美味しかったんだよっ! みんなも食べてみて、モンスターのお肉だからどうせ青空市でも売れないし。

 ワイバーン肉も手に入ったから、食べ較べてみるのもいいかもね?」

「へえっ、昨日また“敷地内ダンジョン”クリアしたんだ、おめでとう香多奈ちゃん。動画持って来てたら見せてよ、ってかみんなで観ようよ」

「いいけど、私と和香ちゃんと穂積ちゃんは今から遊びに行くからねっ! 叔父さんのスマホは家にあるから、映像観るなら誰かデータ貰って来てよね」


 あっ、そうなんだと遊び相手に指名された和香と穂積は、遊びに出掛ける準備を始めて。それなら私がデータ貰って来るよと、星羅が来栖邸へとおもむく構えをみせる。

 ついでに筋肉痛の、護人さんや姫香ちゃんの様子も見て来るねと。その表情はちょっと楽しそうで、他人の不幸を喜んでいるようにも見える。


 小鳩がスキルで治せばいいのにねと、貰ったお肉を検分しながらごく当然の事のように解決策を口にするけど。筋肉痛は怪我とは違う、頑張った末の疲労と言うカテゴリーなので。

 紗良の『回復』では、その頑張った経験値自体を無かった事にするので勿体無いとも。そう説明する美登利に、なるほどと納得する子供達である。


 さすが山の上の先生役の美登利、子供達にも分かりやすい解説にザジも思わず拍手を送っている。スキルは便利だけれど、使い方次第で悪にもなるのだと。

 積極臭くもなく子供達に教え諭すその手腕は、まさに人生の先導者である。そんな美登利も、配分されたお肉を手に1食浮いちゃったと、内心で喜んでいるとは誰も思わない。


 来栖邸に見舞いに行くとの星羅の言葉に、ザジと美登利も同行すると言って来た。その辺は暇している面々のいつもの行動パターンで、とりただす事も無いのだが。

 何人か意地悪な表情なのは、ちょっと珍しいパターンかも。


 それよりも、一足先に遊びに出掛けた年少組を見送っていた美登利なのだけど。香多奈が茶々丸の騎乗を最年少の穂積に譲ってあげていて、何となく微笑ましい限り。

 家庭内では最年少なので、お姉さんぶりたい気持ちは美登利にも良く分かる。それよりその香多奈が手にしている、奇妙な長い棒は何だろう?


 仔ドラゴンの萌を抱っこしている和香は、ひたすら楽しそうでコロ助にもちょっかいを掛けている。穂積は騎乗に集中していて、それどころではない模様。

 おおむね子供達は平和そうなのだが、たまにやらかす事もあって油断が出来ない。一応は護人に報告はすべきかなと、末妹の勝手なアイテム持ち出しを美登利は家長にチクる事に。

 だって、何かあった後では大抵は遅いのだから。




 そう思われているとはつゆ知らず、いつもの年少組は秘密基地の1つを目指して行進していた。そこで毎回するのは、他愛のないお喋りだったり探索の真似事だったり。

 つまりはどこでも出来る事なのだけど、秘密基地にいると言うテンションはそこでしか味わえないので。似たような場所を幾つか持っている年少組は、ある意味勤勉ですらある。


 そして今回は、そこで香多奈が新しくゲットした杖の披露と練習をしたいと言うので。お付き合いの和香と穂積は、見守り役と言う事で。

 ちなみに、魔法アイテムの鑑定は昨日の夜に妖精ちゃんの協力の元に終わっている。その妖精ちゃんも、よっぽど暇だったのか珍しく末妹の外出に付き合っている。

 そんな昨夜の、魔法アイテムの鑑定結果はこちら。



【蟲のペンダント】装備効果:耐性up・小

【獅子の指輪】装備効果:HP増加&全耐性up・中

【回避の指輪】装備効果:回避up・小

【蜘蛛のペンダント】装備効果:MP増加・中

【炎の召喚杖】装備効果:炎魔法&炎系召喚率up・大

【鏡の髪飾り】装備効果:時々攻撃反射・小

【ダマスカスの剣】装備効果:不折&鋭刃・大

【ダマスカスの鎌】装備効果:不折&裂傷攻撃・大

【アラクネの弓】装備効果:的中率up&聖属性・大

【アラクネの甲冑】装備効果:不浄&不壊&ステup・大

【グリフォンの嘴】使用効果:風属性&鋭刃・骨素材

【アラクネの魔糸】使用効果:聖属性&ステup付与・糸素材


その他:『強化の巻物』 (防御)×2、『強化の巻物』 (攻撃)×2




 今回はアスレチックダンジョンにしては、武器や装飾アイテムが多くドロップしてくれた。特に中ボスや大ボス関連の魔法アイテムに関しては、良品が多い気も。

 これらの品も、家族に使う者がいなかったらお隣さんに回すか、もしくは売りに出す事になりそう。そうなる前に、香多奈は自分のドッペルゲンガーの落とした杖の性能を確かめる予定。


 その時の情景を和香と穂積に話しながら、香多奈はドロップした杖の性能の説明に余念がない。これを使えば、ひょっとしてなかなか上手く行かない《精霊召喚》が劇的に上手く行くかも知れない。

 鑑定の説明文を読むと、炎系の精霊に限定されてはいるけれども。それに関しても、レイジーから無理やり『炎のランプ』を借りてバッチグーである。


 あとは無事に、炎の精霊を召喚出来るかをこっそりと試すだけなのだが。いつもお試ししている水の精霊と違って、炎はちょっと危ないかも知れない、

 そんな和香の入れ知恵に従って、一応は水の確保はバケツで行っている用意周到な年少組である。妖精ちゃんもいるので、まぁ変な事にはならない筈である。

 あまり知られてないが、来栖家では妖精ちゃんは割と常識派なのだ。


「そんで、このランプの炎を使って炎の精霊を呼び出してみるの、香多奈ちゃん? やり方は水の精霊の時と同じだね、出て来る精霊の種類が違うだけなんだ。

 良く分かんないけど、その杖で成功率が上がるんだね?」

「炎の精霊かぁ……イメージだと、何か乱暴者な性格の感じがするけど大丈夫? だから妖精ちゃんも、水の精霊から練習しろって言ってたんじゃない?」

「えっ、そうなのかな……その点は大丈夫、妖精ちゃん?」


 香多奈だって精霊の性格までは知らない、何しろ今までの成功率が著しく低いので。水の精霊に関しては、まぁ何と言うかいい加減で移り気な感じは確かにしたけど。

 そう言う意味では、穂積の推測は間違っていないのかも。途端にビビり出す香多奈だけど、そんなの根性で使役しろと妖精ちゃんは珍しくスパルタな物言いである。


 最初からつまづいて練習にならないのも馬鹿らしいので、香多奈は覚悟を決めて召喚へと意識を集中し始める。この辺は、師匠の妖精ちゃんに習って支障は無いのだが。

 精神を糸状に編み込んで、姿形の不定形な精霊と綿密にパスを繋げるってのが難しい。この言い回しは難解な妖精ちゃんの説明を、何とか紗良が翻訳した結果なのだが。


 やっぱりそれが上手く出来た試しはなく、今回も失敗かなぁとか思っていたら。ドッペルゲンガーの持っていた『炎の召喚杖』の性能は、意外と素晴らしい事が判明した。

 つまりは、炎のランプから思い切り立ち上がった火柱は、いつの間にか安定した球形の炎の玉へと変化して。それが爆ぜたと思ったら、耳の長い狐に似た動物が出現したのだ。


 驚く子供達だが、その動物の尻尾は炎で出来ていていかにも炎属性って感じ。これは成功なのかなと、ビックリ顔で訊ねて来る和香なのだけど。

 そんなの香多奈にだって分かる筈もなく、思わず妖精ちゃんへと視線を向けてみる。肝心の師匠は首を傾げて、割と上位の精霊じゃ無いのかな的な不確かな返答。

 つまりは彼女にも、良く分からないのが出て来たらしい。


 てっきり水の精霊の時みたいに、人間によく似た姿の子が出て来るものとばかり思っていた香多奈である。こんなイレギュラーは想定外、そして向こうは呑気にあくびなんかしちっゃて。

 呼び出されたにしてはふてぶてしい態度で、まぁそれはどの精霊も同じなのかも。何しろ召喚主に、全く威厳の類いが無いのがそもそも悪いのだとも。


 穂積が気を利かせて、何か命令をしてみたらと提案して来る。その手には水の入ったバケツを持っていて、何かあったら消火する気満々なのが頼もしい。

 いや、そんなのが炎の精霊に通じるかはトンと不明だけど。





 ――そして案の定、香多奈の命令は再度のあくびでまるっきり無視されたのだった。






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