第455話 庭園の雰囲気がガラリと変わってしまった件



 “三景園ダンジョン”の探索だが、順調に6層へと進む事となった来栖家チーム。そこの景色を眺めて、全員が一斉にアレッと言う表情に。

 何しろ周囲は、一気に秋の気配へと様変わりしていて。あれだけ咲き誇っていた桜はどこにも見えず、紅葉もみじの赤い葉がそこかしこに目に付くように。


 それはそれで綺麗なのだが、庭園の配置もさっきまでとはガラリと変わっていて。池の配置や、岩と東屋と遊歩道のセットも完全に別物に。

 どこの日本庭園を模しているのか、判然としないけどこれはこれで綺麗で落ち着く感じ。石灯篭が等間隔に並べられていて、レンガ敷きの遊歩道もお洒落な感じ。


 そして敵のラインナップも総替えみたいで、いきなり空から大トンボの襲撃が。池の形状も随分変わっていて、そこからも河童型のモンスターが数匹出て来る始末。

 それを手分けして相手取る来栖家チーム、場数を踏んでいるだけあってその冷静な対処はさすがである。数分後には、6層で最初の遭遇戦は勝利にて終了した。

 敵の手応えだが、まだまだ余裕はある感じ。


 つまりは、そこまで急な敵のレベル上昇も無さそうで一応は安心である。後は階段の位置なのだが、ここには池に面した茶屋が綺麗に消失していた。

 最初に突入した三景園の面影は、ここに来て完全に無くなっている始末。それならここは、どこの日本庭園なのかと問われても返答に困るけど。


 さっきと広さは同じ位で、従って探索の大変さも同じ位だと思われる。ただし前情報が少ないエリアなので、階段を探す手間はとっても大変かも。

 まぁ、来栖家のいつものパターンでは、先行するハスキー達に丸投げなのだけど。今回もそんな感じで、道順を定めてくれるレイジーとその子供たちである。


 そのお陰もあって、6層からの探索も順調に移行してくれて。階段も程無く見つかって、1階層に掛かった時間は20分程度と言うスピーディ振り。

 それは7層も同じで、階段の出現場所も何となく把握し始めた来栖家チームである。出現する敵のパターンにも慣れて来て、これは階層渡りもはかどりそう。


 もっとも、このダンジョンは間引き目的で探索しているので、敵の討伐はおろそかには出来ないけど。そっちに関しても、張り切るハスキー達と茶々丸は抜かりは無し。

 姫香も程よく戦闘に参加していて、空飛ぶ敵は護人とルルンバちゃんが撃ち落として進んで行っている。そんな感じで、今更C級ランクに手古摺てこずる気配も無い来栖家チームだったり。

 ただし、ちょっとした異変は8層で待っていた。


「探索は順調だけど、6層から宝箱が出なくなったね……萌も久々に茶々丸に騎乗して、普通に楽しそうに活躍してるし。

 そろそろお昼にするのもいいね、叔父さん」

「ああ、もうそんな時間か……辺りの景色も良いし、確かにお昼時だな。姫香、どこで食べるかそろそろ場所を決めようか。

 結界装置も持って来てるし、それを作動させてお昼にしよう」

「了解、護人さんっ……あの紅葉の下なんて良いんじゃないかな、どう思う紗良姉さん?」

「ああっ、確かに良いかもねぇ……あれっ、今池の中で何か動いた?」


 紗良の言う変化は、みんな紅葉の木々の方を見ていたせいで確認出来ず。紗良にしても、後ろでコボっと言う水の音を聞いて振り返っての違和感である。

 さすがにダンジョン内で気のせいだよと、誰もが油断など出来っこないので。全員が進行を取り止めて、水辺を中心に周囲を警戒する素振り。


 この層は既に水中から出現した、河童や大アメンボは討伐済みである。6層からの水辺のモンスターは、リザードマンが集団で加わった感じで手応えは増したけど。

 全体的にも敵の数は増して来ており、庭の方もマンドラ型の敵やら大カマキリが多数出現して難易度はアップ。それでもハスキー達は、苦も無く敵を駆逐して進んでいるけど。


 今回のこの8層に限っては、雑魚では済まなかった様子……池の水を割って現れたのは、要注意と噂の水の狂精霊だった。水の塊で出来た顔は、何故か獅子タイプで。

 体に関しては、水ヒレのついた馬か何かって感じ。


 強そうな上に機動力もありそうだが、向こうは池の上から動くつもりは無さそう。その場から水弾を放ちながら、威嚇の咆哮を放って挑発して来ている。

 それに対してコロ助も『咆哮』を返すが、やっぱり向こうは近付いて来る素振りは無し。水弾を避けながらも、迎撃にと動き始める来栖家チームの面々だけど。


 中でも目を見張るのは、水上も平気で移動が可能なレイジーの『歩脚術』だろうか。護人も薔薇のマントの飛行能力で、宙を飛んで近付こうと努力している。

 両者を近付けまいと、水の獅子の攻撃は次第に熾烈を極め始めて。池に居座る敵の放つ水弾は、形状を変えてまるで水で出来た槍の如し。


 幸いにも後衛陣は、紗良の《結界》で守られていて今の所は被害は無いけど。割と一撃が強烈な攻撃なので、防ぐのを失敗したら酷い怪我を負う可能性も。

 そんな訳で突進を制止される茶々丸と、そのフォローに忙しいコロ助である。彼の《防御の陣》も強力ではあるけど、やっぱり失敗する事もたまにあるので。

 攻撃大好きなコロ助にとっては、そもそも防御はお座なりなのだ。


 そして防御より攻撃が大好きなハスキー犬が、ここにも1匹……レイジーが『焔の魔剣』を咥えて、水の精霊相手に接近戦を挑みに掛かる。

 敵の水の獅子は数倍の大きさだが、そんな事で怯むレイジーでは無い。とは言え属性の相性は最悪で、炎のダメージは水の狂精霊には通じず。


 それどころか、足場にしている池の水面が槍状に伸び上がって来てレイジーに直撃。どうやら水場は、全て向こうのテリトリーらしい。

 血に染まる池の水を見て、攻撃に転じようとしていた護人も大慌てでフォローに入る。そしてそれは、地上でフォローに詰めていた姫香も同じく。


 大慌てでレイジーを救出しようと、池へと飛び込むその勇姿。ところが何の効果が発動したのか、レイジーと同じく池の水面を移動しちゃってる姫香であった。

 何でとか考える暇も無く、レイジーのもとに駆け寄って獅子顔の水の狂精霊に反撃の斬撃を見舞う。その反撃の水中からの水の槍突きだが、何と姫香にはノーダメージで。

 驚く敵と少女、その隙を突いての護人の一撃が。


「やった、叔父さんっ……強そうな精霊も一撃だねっ! それより姫香お姉ちゃん、レイジーは大丈夫だった? ってか、何で水の上に立ってるの?

 姫香お姉ちゃんって、時々非常識だよね?」

「姫香ちゃん、レイジーちゃんをこっちに連れて来てっ! 急いで治療しなくっちゃ!」


 さすが護人の持つ『魔断ちの神剣』は強烈で、獅子顔の狂精霊の首を一撃で跳ねてしまった。接近戦では意外と弱かったけど、水場に引き込まれたら厄介だったのは確かで。

 それに加えての水弾飛ばしは、普通のチームなら打つ手なく詰まされていた可能性も。それはともかく、レイジーは何とか自力で池のふちまで歩いて戻って来る事が出来た。


 それからの紗良の『回復』スキルで、傷跡も何とか塞がってくれて。それでも紗良は、さっきの戦い方は相手を舐め過ぎだよと苦言をていすのを忘れない。

 相手の得意な土俵で戦って勝つのは、それだけの実力差があれば可能だろうけれど。無理してまでそれを敢行して、傷を負ってたら世話は無いよと。


 きつい口調では無かったけど、チームのお母さん役の紗良は仲間の体調に関しては手厳しく進言して来て。さすがのレイジーも、シュンとなって反省模様だ。

 まぁ、怪我が軽く済んで良かったよとは、同じくイケイケの性格の姫香のフォロー。この後も探索が続くので、レイジーの感情を上げて行こうとの策なのかもだが。

 護人の方も、甘い性格で相棒に苦言は放てないと言う。


 これが案外、来栖家チームの弱点なのかも……紗良の叱り方にしても、メッて感じで全然きつくは無いし。チームとして悪い所は、きちっと洗い出して修正するべきなのは当然なのだが。

 来栖家に関しては、そこまでキッチリした修正役は存在しないのが実情で。元が探索業は副業だと言う事もあって、厳しい流儀などはチームに存在しない。


 末妹の香多奈が混じっている事からも分かるように、来栖家チームの探索は割とホンワカ雰囲気で進んで行く。ダンジョンの探索は確かに命懸けだが、ドロップ品や何やらと楽しみがあるのも本当で。

 今後も恐らく、そんな感じで緩く続くと思われる。良い悪いは別にして、それがチームカラーと言えなくも無い訳で。だからと言って、探索を舐めている訳では決してない。


 日々の特訓はみんな真面目に取り組んでいるし、レベルアップに対しても貪欲である。ハスキー達ペット勢も、ご主人たちの役に立とうと物凄く真面目だし。

 その結果、1年足らずでA級ランクに登り詰めのは、確実にペット達のお陰である。そんな来栖家のチーム事情は、今後も大きくは変わらない予定。

 恐らく、今後も緩い決まりで来栖家の探索は行われるのだろう。



 そんな訳で、休憩となった8層の池のふちであるけれど。景色も良いし、さっき話題にあがったお昼にしようよとお腹を空かせた末妹の提案に。

 歩き回って良い場所を探すのを放棄して、結局はこの場所でお昼休憩にする事に。紗良と姫香は、さっさと鞄から荷物を取り出してその準備を始める。


 その間、護人はシュンとなっていたレイジーを撫でてやってのメンタルケア。それから何か始めている香多奈に、危ない事はよしなさいと声を掛ける。

 シートを引いたり結界装置を作動させている姉達を尻目に、末妹は元気に池の側で遊んでいた。と言うより、萌をお供に池の上を歩こうと実験を始めている様子。


 どうやらさっきの姫香の動作が、自分にも出来ないかと試しているよう。それは無理だと護人が制止しようとする前に、何と香多奈は池の上を歩き出していた。

 自分でもおおっと驚いていて、その姿はちょっと楽しそう。続こうとした萌は、当然ながら失敗してコミカルに慌てふためいている。寄って来たルルンバちゃんも同じく、絶対無理なのにこの辺は純粋ゆえの所業なのだろう。

 そんな感じで、池のほとりはプチパニック状態に。


「やっぱりこれ、兜の《水神の加護》の効果じゃないかな、叔父さんっ。お姉ちゃんが池の上を歩いてた時、ひょっとしてと思ったけど私にも出来たもんっ!

 凄いねこれ、面白いかもっ!?」

「いいけど、あんまり離れ過ぎて敵に襲われても知らないよ、香多奈。そっか、鑑定の時に何の効果か分かんなかったけど……向こうの水の槍攻撃も、確か打ち消してくれたよ、コレ。

 だとしたら、かなり強い加護じゃないかな?」


 そう護人に告げる姫香は、感心したように自分の兜を脱いでしげしげと眺める素振り。それを聞いた護人は軽く驚きながらも、池の上で踊り始めた末妹に戻って来るように告げて。

 紗良の支度が整ったとの言葉に、お昼ご飯にしようと宣言して。ようやく戻って来てくれた香多奈に席をあけてやって、家族揃ってのランチタイム。


 紗良の今回用意したお昼ご飯は、ホットサンドと普通のサンドのミックスみたい。朝もそうだったので、変化をつけるために具材はこだわっているけど。

 それからお握りと摘むモノも少しあって、傍目にはとっても豪華。キャンプ施設で用意したとは思えない頑張り振りに、末妹は素直に絶賛などしていて。


 それに照れつつ、姫香ちゃんも手伝ってくれたからねと妹の手腕を持ち上げるのを忘れない長女である。そんな香多奈は、相変わらずハスキー達にご飯の催促にせっつかれており。

 脇の甘さは相変わらずで、仕方が無いなぁと自分のご飯を分け与えている。その列にレイジーも加わっているのを見るに、どうやら叱られたダメージは抜けているみたい。

 それは素直にホッとする護人、何しろレイジーはリーダー犬なので。


 それから景色を愛でながらの食休み、何となく長閑な時間を堪能しながら他愛たあいない話を家族で行って。ダンジョン内では電波が届かないので、外の状況が伝わって来ないのがアレだけど。

 市街戦の模様などが分からないのが少々もどかしいが、そこはまぁ仕方が無い。知り合いの無事を祈りながら、こちらも間引きを頑張るしかない訳で。

 とは言え、こんな綺麗で長閑な景色の中、戦意を保つのも難しく。





 ――いつもの来栖家のペースで、この後も探索は続く予定。







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