第431話 広島周辺の探索者&ダンジョン事情その18



 ホムンクルス陣営のトップの1体である“緋色”のアーガルスは、作戦の順調な進み具合に満足していた。つまりは傀儡くぐつにした探索者から、有効な情報を幾つも断続的に得ていての現状である。

 とは言え、早急な作戦実行はこちらの被害も大きくなるのは周知の事実。アーガルスもそこは知略の練り所と、人類への憎しみを一旦は棚上げにする事に。


 彼らホムンクルス種族の心の奥には、多かれ少なかれその感情は存在する。長年に渡って人類に道具のように酷使され、蹂躙された苦渋の記憶が。

 そこからの解放は、まさに彼らにとっては福音ふくいん以外の何物でも無かった。例えそれに、1つの時代の大きな幕引きが関わっていようと、彼らには関係の無い話である。

 そこからの脱却と、そして種族が得た自由が何より大切なのだ。


 彼ら種族は途中で散り散りになったり、または合流したりと紆余曲折を経て。1つの陣営が偶然にも、この“浮遊大陸”へと拠点を構えたのは大昔の話であった。

 それでも途絶える事無く、地下のダンジョンを有効に利用して何とか生き永らえて来たのだ。そうして隣の憎き獣人族の陣営にも、負けない戦力を整えるまでに至ったのが現在の状況。


 そんな彼らの陣営だが、実は地上とのワープ通路の開通はもう出来る段階へと至っていた。既に侵略準備は出来ていて、送り込む兵士団も配置済み。それでも動かないのは、アーガルスが更なる混乱を望んでいたからに他ならない。

 つまりは、この“浮遊大陸”の派遣を争う獣人軍団にも、この後の混乱に参加して貰おうと。大きなパイを分け合うなどと、それは決してそんな殊勝な考えでは無い。

 奴らなら、幾ら消耗しても心は全く痛まないと言う理由からである。



 その作戦の第一段階として、アーガルスは獣人領との境目に目立つ砦の建築を部下に命じた。連中はそれを挑発とみなして、すぐに攻め込んで占領するだろう。

 そこに地上へのワープ通路を設置しておいてやれば、向こうも馬鹿では無いからその有用性に気付く筈だ。彼らもこの狭い“浮遊大陸”には、長い間辟易へきえきしていただろうし。


 何より大量の人間がいる土地は、彼らにとっては餌場であり繁殖地でもある訳だ。しかも広い土地付きと来れば、この餌に喰い付かない理由も無い。

 共に手を取り地上に襲撃とは行かないが、少なくとも陽動にはなる筈である。連中には大いに地上で暴れ回って貰えれば、人類はこちらから気を逸らしてくれる。

 そうすれば、こちらは下手に戦力を減らさずに済む。


 そうして地上で我が陣営の領地を増やして、そこから徐々に勢力を拡げていくのは大いにアリだ。それから地上の人間勢力に気付かれず、その上で奴らを駆逐して行く。

 それが出来れば、憎き人間たちへの極上の趣向返しになるだろう。こちらの戦力は、“浮遊大陸”の領地の軍勢のみで決して多くは無い。


 ホームグラウンドの向こうの戦力には、遠く及ばないしここは慎重に作戦を立てなければ。力が無いと簡単に踏みにじられる、それはアーガルスも重々に承知していた。

 長きに渡る隷属の歴史と、苦渋の年月を勝利で塗り替えるために。ようやく手にした自由は、でも守りつつも復讐の甘美な愉悦にひたるべし。

 この侵略戦は、必ず成功へと導いてやらねば。


 ――“緋色”のアーガルスは、心中でそう固く決意するのだった。









 “喰らうモノ”は、昏きダンジョンの深奥で束の間の安らぎを得ていた。追手から安全な距離を置く事に成功して、幾体もの屈強な魔石モンスターに保護されて。

 この上ない身分と化したのだが、不満が全く無い訳では無かった。彼は昔から“喰らうモノ”と呼ばれており、つまりは喰らう事は彼の存在理由でもあったのだ。


 こんな洞窟の底にいては、獲物なんて寄り付きはしないではないか。安全は得る事は出来たけど、それが獲物を喰らう悦楽を遠ざけてしまう皮肉と言う。

 ダンジョンコアと融合してから、彼は空腹とは無縁の存在に進化していた。恐らくは寿命の概念からも解き放たれ、一種の神格化された生命体となった訳だ。


 だからと言って、昔の習慣と言うか悪癖から解放された訳では無かったようで。焦燥にも似た飢餓きが感は、絶えず彼の精神の隅でうずいている始末である。

 それはまるで、何かの禁断症状のように。


 まさにそうなのだろう……人間種族を喰らって追われる身になったのに、まるでりていない“喰らうモノ”である。まぁ本能とはそう言うモノで、自分で制御など不可能なのかも。

 そんな訳で、心の奥からの衝動に突き動かされた“喰らうモノ”は、食欲を満たすための策を練り始めた。本体のコアはどうやっても動かせないけど、幸いにも彼はコアとの融合で、魔素を操る技術を身につけていた。


 それからコアに似た魔石を核としての、疑似的な肉体を創り出す能力を加えれば。かつての自分に似た、巣からも移動可能な肉体モンスターの出来上がりである。

 不安があるとすれば、魔素の濃度の低い所では動きが制限される事くらいか。それでもまぁ、こんな昏い場所で来るかも分からない獲物を待つよりはマシである。


 そんな訳で、“喰らうモノ”は自分の分身体になるべく魔素での強化を施して。それから自身のコアの欠片を埋め込んで、意識を通じさせることに成功した。

 そうして、恐る恐る慣れぬ異界の外環境へと足を踏み出して行く。


 ダンジョンの外は現在は夜で、空には大きな満月が掛かっていた。彼の生まれた異界とは違う波動に、束の間“喰らうモノ”はその景色に見とれてしまう。

 その時、不意に近くの木立の影に気配を感じて、瞬時に戦闘態勢へと移行する。うっかりしていた、ここは異界の地とは言え彼の追手はどこにでもいるのだ。


 それこそ、かつての生まれ故郷からも追手が掛かっているのを、彼は何となく気付いていた。その手練れの戦士団に、彼を狩る能力が充分にある事も。

 ただし、彼に掛けられた声はとっても柔和だった。


「異界からの追放者よ、“喰らうモノ”の名を冠する者よ。この地で安住の足掛かりを得て、尚も己の本能に従うか。それなら手を貸してやろう……何故なら我らも、同じく異界から流れて来た身分なれば。

 こちらでの安全な狩場も、人目の多い時間の身の隠し場所も、我らは提供出来ると約束しよう。こちらの世界も、餌となる人間種族はその弱さ故に群れる習性があるのでな。

 単身で狩るには、ある程度のコツが必要になって来るのだよ」

「うふふ、これが悪名高き“喰らうモノ”の分身体なんだ? アレがダンジョンコアを喰らったと聞いた時は、どんな化け物が生まれるかと期待したけど。

 今の所は、自己防衛にばかり走って特に期待した進化には至って無いわね。それでも、まだ目が無い訳じゃない……何故なら、この子には抑え切れない本能があるから。

 その衝動に、素直に従いなさいナ」


 声を掛けて来たのは、奇妙なシルエットの2人連れだった。1人は2メートルを超す巨躯に赤い肌、それから額からは2本伸びた立派な角を持っており。

 もう一方の女性は、何と灰色の肌を持つ20センチ程度の身長の妖精だった。パタパタと背中の羽根で宙に浮いており、生意気な口調でのコメントである。


 最初驚いていた“喰らうモノ”の分身体も、この仲間だと称する異界の者の提案は考慮の余地があると気付いた。つまり例えそれが嘘でも、この体は分身体なので大きな痛手では無いとの判断である。

 裏切られたら、コイツ等を喰らってやれば良いのだと気付いて、彼はその提案に従う事に。本当だった時のメリットは大きいし、どうせ行く当ても無いのだから。

 少々寄り道しても、元から計画も無い外出なのだ。


「話はついたようだな、我の事は“紅蓮ぐれん”と覚えておいてくれ……そちらの闇の妖精は“琥珀こはく”とでも呼べばよい。もっとも、そなたは言葉を使わぬみたいだが。

 我らは、そなたの事を“餓鬼丸がきまる”とでも呼ぶ事としようか。その内に、そなたにはダンジョンから増援を頼むかも知れぬが。

 そんな強敵に遭遇しないよう、精々祈っておいてくれ」

「そうネ、私たちもこの世界に長居したせいか、敵も多いモノだから……こうして仲間を増やして、ある目的の遂行に動いているのヨ。

 それがどんなステキなモノか、今度“餓鬼丸”には教えてあげるわネ?」


 そう言って2体の影は、“喰らうモノ”の分身体を招くように体をひるがえす。それから月の創り出す影の中へと、沈むように掻き消えて行った。

 それに躊躇ちゅうちょなく続く、“喰らうモノ”の分身体である。その同盟の先に、何があるかも深く考えず……いや、それは彼には関係の無い事、人類にとっては大いなる脅威なのだが。


 ――その夜以降、隣町を中心に奇妙な失踪事件が続く事に。









 広島県のお隣、山口県の岩国市の協会は割と大きくて職員の数も20人以上と大所帯である。その理由やら生い立ちは、色々と複雑でこなす業務も他と少し変わっていた。

 ぶっちゃけて言えば、岩国の米軍基地の跡地に大きく由来すると言っても良い。そこにあった治外法権のエリアは、今は綺麗に無くなってダンジョン地帯となっている。


 しかも3つのコアが混ざり合って、厄介な迷宮ダンジョンを形成しており。そこの5層以降に足を踏み入れると、生還率は途端に5割を切るとの噂である。

 お陰でめでたくA級ランクに認定されており、訪れる探索者チームも多くない。それでもこのダンジョンに挑む者が途絶えないのは、この土地柄に関係がある。


 米軍基地に溜め込まれていた重火器やら火薬の類いは、オーバーフロー騒動で綺麗に消失してしまっていたのだが。それが何と、このダンジョン内で拳銃や弾丸や近代火器がドロップするのだ。

 そもそもこの地に3つもダンジョンコアが揃ったのも、米軍基地の落ち度ではある。欲張って方々のダンジョンからコアを回収して、それを保存していた結果のこの顛末なのだ。

 自業自得は言い過ぎだが、近辺住人には良い迷惑な出来事だった。


 まぁ、まだダンジョンコアがその地で再生を繰り返す事を、誰も知らなかった頃の話である。そのせいで混沌は加速して、米軍兵もその際のオーバーフロー騒動で、ほとんど消息不明となってしまった。

 そんなダンジョンの管理と、生き残った米軍兵及び近代火器の管理をするのが岩国の協会の仕事である。特殊な体制には違いないが、お陰で戦力的には近隣では随一を誇っている。


 何しろ生き残った米軍兵は、即戦力で重火器の扱いにも長けていたのだ。その力を不埒ふらちな方向に使うやからもいたけど、おおむね探索者として名をせてくれた。

 そんな経緯もあって、B級探索者チームの数も5つと広島市と較べても遜色そんしょくはない。A級探索者こそいないが、それも時間の問題だろう。


 例えば“大熊”ヘンリーや“氷の射手”鈴木を擁する、チーム『ヘブンズドア』とか。或いは“赤鬼”ギルバードや“魔弾製造機”伊澤の所属するチーム『グレイス』とか。

 大きなギルドこそ存在しないが、著名なB級チームは数多くいるのだ。しかも最近は、西広島とのパイプも着実に太くなって来ている。

 これもこまめな、レイド探索のお手伝いの結果である。


 お陰で、山口県の美祢みね市から広域ダンジョン“秋吉台ダンジョン”の、間引き協力依頼なんて頂いてしまったけど。岩国の協会支部長の米田よねだは、こちらの戦力も有限なのにと先程から困り顔。

 『ヘブンズドア』チームなら、気楽にこの依頼を受けてくれる確率はとっても高い。何しろ彼らは、西広島方面のレイド依頼も、積極的に引き受ける頑張り屋さんだから。


 今や岩国支部の顔とも言えるし、お陰で一時期最悪だった『銃所持チーム』の印象も以前よりは改善された。とは言え彼らは5人チームだし、かの“秋吉台ダンジョン”は馬鹿みたいに広い事で有名なのだ。

 5~6チームでのレイドでは話にならないし、少なくとも10チームは必要だろう。取り敢えず『ヘブンズドア』には話を通してみるけど、その先は不明である。


 後は彼らの、西広島でつちかった伝手つてを頼るくらいしか思い浮かばない。美祢市の協会も死力を尽くしてチームを集めるだろうが、B級チーム以上をまとめて集めるのは恐らく無理だろう。

 “大変動”から6年経つが、そこまで力をつけたチームは残念ながらとても少ない。大半のチームが、欲望渦巻くダンジョンに命を散らしたのがその理由である。

 かくして、協会は今日も探索者チームの数合わせに奔走する。





 ――間引きのイタチごっこは、恐らく永久に終わらない。






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