第417話 “アビス”ダンジョンの25層に何とか到達する件



 そのごちゃ付いたフィールドで、異変を感じたのは一体誰が最初だっただろうか。海賊衣装の骸骨兵団の数は一向に減らず、魚型の骸骨モンスターも参戦するにつけ。

 一層ごちゃ付きに拍車が掛かり、コロ助も今や白木のハンマーをフル回転させている始末。それでも前衛に大きな穴は開かず、敵の大将の姿は見当たらない。


 元からいないのか、それとも巧妙に姿を隠しているのか。姫香にお願いされてそれを探りに行ったツグミは、ついさっき何の成果も持たずに戻って来ていた。

 ションボリした表情に見えるのは、使命を達成出来なかった事に項垂うなだれているせいか。まぁ、チームの中でツグミが無理なら諦めるしか無い。


 そんな混乱に拍車が掛かったのは、前衛に『応援』を送っていた香多奈がスッ転びそうになったから。立ちくらみに似たこの症状は、恐らくMP切れの症状だろう。

 護人は萌と共に前衛の壁役に出ており、紗良はふらつく末妹に慌てて手を差し伸べる。確かに《精霊召喚》を継続中の少女に、戦闘での負担は重かったのだろう。

 ただし、本当にそれだけだろうか?


「護人さんっ、香多奈ちゃんがMP切れみたいなんですけど……ちょっと変な気がしませんか、息苦しく感じるのはこのエリアだけの仕様でしょうか?

 ひょっとして、敵の無限増殖と関係があるのかも?」

「うおっ、そうなのか……いや、確かにこの状況はおかしいな! 香多奈、平気かい? 無理しないで休んでなさい、こっちは何とかするから」

「護人さんっ、ツグミが敵の大将とか召喚士っぽい奴を見付けられなかったの。ひょっとしたら、元からいないパターンなのかも。

 例えば、召喚用の装置だけが奥にこっそりあるとかっ!?」


 それは大いに考えられそう、だとしたらどこに隠されているのか見極めないと。後衛に戻って来た護人が《心眼》に頼ろうと考えていたら、妖精ちゃんが不意に文句を言って来た。

 どうやらこのエリア、侵入者のMPを勝手に吸い取る仕掛けがほどこされているらしい。そのせいで気分が悪いとおカンムリな小さな淑女、何とも急な角度からのタネ明かしである。


 その装置はどこにあるのと香多奈の問いに、アッチと小さな指で指し示した方向は。まさに敵の骸骨兵団が湧き出てる小部屋で、なるほどと納得の一同。

 つまりは侵入者から奪い取った魔力で、相手は次々とお仲間を召喚しているらしい。何とも良く出来た仕掛けだ、そうと分かったら元を潰すのが最善の方法だ。


 そんな訳で、護人は姫香に声を掛けて単身で奥の部屋に突っ込む作戦を宣言する。ツグミが大将格や召喚士がいないと判断したのなら、恐らく奥の部屋に強者の待ち伏せは無いだろう。

 後はマントの飛行能力が、この水エリアで通用するかどうかである。その結末だが、スピードは出ないながらも薔薇のマントは根性をみせてくれた。そして見事に、主を天井沿いに目的地へと運んでくれた。

 敵の妨害にも遭わず、護人は奥の部屋に辿り着く事に成功。


 そこで《心眼》が暴き出したのは、怪しい魔方陣とそれを守護する海賊帽を被ったスケルトンの群れ。確かにこいつ等は、大将でも無いし召喚士でも無さそう。

 魔方陣にしても巧妙に隠されていて、ここはただの骸骨兵団の控室に見えなくもない。ただし《心眼》は騙せなかったようで、護人はそこへと思い切り《奥の手》パンチを放り込む。


 その一撃で、床の板ごと粉々に破壊されて行く骸骨兵発生用の魔方陣。どこかでバリンと乾いた破砕音が鳴り響いて、その瞬間にスケルトンの半分が崩れて行く。

 どういう理屈かは不明だが、魔方陣を壊した事でこの混乱は乗り越えられたみたい。ホッと一息つきながら、護人は残った骸骨兵をシャベルの一撃で始末して行く。

 それから元来た道を戻って、家族と無事に合流を果たすのだった。


「ふうっ、何とか騒ぎはひと段落着いたかな……いやしかし、妙な仕掛けの部屋だったな。敵の無限湧きとか、悪意しか感じないぞ。

 みんな、怪我は無いか? しっかり休憩して、MP回復は全員行うようにな」

「は~い、本当にMPを結構吸われた感じがするよ……体がだるいかも、紗良お姉ちゃん回復ポーション頂戴っ!」

「護人さん、あっちの部屋に他に何かあった? 階段はどっちだろう、さっさと嫌な仕掛けの層は抜け出したいなぁ」


 階段は無かったけど宝箱はあったなと言うと、グッタリしていた香多奈が俄然元気を取り戻した。そして姉の姫香の手を取って、調べに行くよと率先して奥の部屋を目指す。

 自然とツグミとコロ助も追随して、その点は危険に対する警護の心配は無し。そして護人の報告通り、奥の部屋はちょっとした宝物庫のようになっていた。


 宝箱も設置されていたけど、棚に置かれた武器や防具も結構ある。ミスリルの装備品やちょっとした金銀財宝、それから鎖が幾重にも巻き付いた、拘束器具のような怪しいモノも約1個ほど。

 用途は不明だが、少し禍々まがまがしい感じを受ける。他にもトライデントや大剣やらが、ずらりと壁に飾られていた。それを見た子供たちのテンションは、宝箱を開ける前から大幅アップ。


 そして宝箱からも鑑定の書(上級)から魔結晶(大)、中級エリクサーや上級ポーションと期待を裏切らないラインアップが続出。しかも量が半端なくて、ひと財産築けるのは確定的かも。

 加えて例の青色の、水属性の海洋インゴットも7本も出て来てフィーバーは止まらない。他のインゴットも数多いし、更には高級な陶器や茶葉や絵画も多数出て来た。

 それを見た姉妹、気分は既にちょっとした宝物庫を発見した感じ。


 香多奈は一緒に入っていた、海賊の船長が被る帽子が気に入った模様。それを被って遊んでいたのだが、妖精ちゃんがそれは魔法アイテムだぞと告げて来た。

 紗良がようやく合流して、一緒になって魔法の鞄に品物を詰め込む作業を始める。宝物を眺める子供たちの笑顔は止まらず、さっきの苦労など既に遥か彼方かなた


 まだ25層の中ボスの部屋にも辿り着いて無いのに、少々緩み過ぎな気もする。ところが部屋の隅を気にしていたツグミが、隠し戸棚を発見して子供達の興奮は一気にピークに。

 そこには1枚の地図と、それからアビスリングとコインが20個ずつ隠されていた。地図はどうやら、この“アビス”の34層を指し示しているようで別の宝物庫の情報らしい。


 つまりは宝の地図だ……久々のご対面に、今日このまま行こうと末妹の香多奈の我がままが発動する。さすがにそれは無理なので、何とかいさめに掛かる護人であった。

 だがしかし、また近い内にここには訪れる事になりそう――




 水エリアを回避出来たとは言え、ここに出現するタコ魚人はそれなりに強敵だった。軟体のその体は、斬りつけてもダメージは通りにくいのだ。

 しかも吸盤に吸い付かれたら、独力で剥がすのはとっても大変と来ている。サハギン型の魚人の出没数も多いし、ただまぁ経験を積むステージとしては悪くは無い。


 ザジの戦術指南は、相変わらずの熱の入りようで陽菜にとっては有り難い限り。抽象的な指示出しには辟易へきえきするが、時折実際に動き方を見せてくれる。

 その動きは芸術的で、まるで無駄な動きが見当たらない。そんなに体格が良くないザジだけに、似たような背格好の陽菜にはとっても為になる。


 そんな彼女の口癖は、とにかく先を読めの一言に尽きた。戦闘も探索も、ひっくるめれば彼女的にはどちらも同じらしい。つまりは常に先を読めれたら、余計なドツボにはまらなくて済むのだ。

 猫娘的には、遺跡タイプばかりの探索は大いに不満だったらしい。とは言え途中で2つも宝箱を探し当てて、しかも両方ともザジの嗅覚によるモノだった。

 さすが異世界で名を馳せた、優秀なシーフである。


 そのお陰で、リングとコインの枚数も結構稼げて今回の目的的にも大助かりである。戦闘経験も積めてるし、協会の2人も久々の実践に楽しそう。

 特に土屋の動きは、現役時代と比べても遜色そんしょくのない感じを受ける。陽菜やみっちゃんとの意思疎通も、敵の受け渡しや止め刺しの順番を含めてなかなかのレベル。


 何しろ盾持ちは前衛では土屋女史のみ、陽菜よりも小柄な彼女だがその経験はさすがB級ランクである。大柄なタコ魚人を相手にしても、一歩もひるまず味方の攻撃チャンスを作ってくれている。

 その勇姿は、協会の本部長の葛西かさいも実は現役引退を惜しんだ逸材だったりして。ただまぁ、ソロでダンジョン探索など正気の沙汰では無いので、仲間の不在となると仕方が無いのも事実。

 ただし彼女の性格は、やっぱり探索者向きなのかも知れない。


 それは後輩の柊木も同じで、彼女もリタイアの理由は土屋と似たようなモノ。雑な性格の柊木は、チーム編成やら何やらには全くの無関心なのだ。

 そんな感じで、仲の良かった探索者が探索中に亡くなったのをきっかけに休業を決め込んで。そこから協会に拾われて、いつの間にやら田舎送りとなって今に至る。


 柊木の場合、周囲の環境に文句を言うタイプではなく、現状は大好きな土屋先輩と一緒にいられて満足そうではある。異世界チームのお世話なんて刺激もあるし、毎日楽しく過ごせている模様だ。

 今回の赴任は、本人的には満足な結果と言っても良いみたい。


「みんな、初めの頃より良い感じだニャ! 休憩してあと&%=♯ガンばるニャ! ツチヤ、この後の中ボス戦での前衛の♯%$はお前が仕切るニャ!

 お前に必要なのは*%&<%&だニャ!」

「先輩っ、もっと前衛で声掛けして積極的に指揮を執って下さい! コミュ障だなんて言い訳になりませんよっ、それで年下の子達が怪我したらどうする気ですかっ!

 怒鳴っても良いんです、リーダーシップの勉強ですよっ!」


 辛辣な後輩の柊木の通訳に、土屋は何とも言えない表情で後衛を見返す。陽菜は逆で、遠慮なく指示を飛ばしてくれといつもの無表情で通達して来る。

 先輩探索者の腕前は信頼していると、そのアドバイスには文句を言わず従う構え。柊木の言う通り、そんな些細な問題は怪我をするよりずっとマシ。


 特にもうすぐ中ボスの部屋前だ、ここまでは何とか順調にやって来れたとは言え。25層など、普段の探索では全くの未知なる数字と言っても差し支えない。

 気を抜くと、大袈裟でなく怪我では済まない事態に陥る破目に。


 それはみっちゃんも感じているらしく、土屋に対して信頼してまっスと声掛けからのコミュニケーションの交換など。その辺は、変則チームもやってるだけあって上手な対応である。

 最初こそ硬い表情だった土屋も、中ボス部屋の前では決意に満ちた目の色へと変わっていた。同じく前衛の陽菜とみっちゃんへ、頑張るぞとのかつ入れを行う。


 その気力の満ちように、同伴していたザジも満足そうな表情。最後になって、欠けていたパズルのピースがようやく揃ったなって感情なのかも。

 それを証明するように、中ボスで登場した海坊主との戦いは今日一の統制の取れ方だった。4メートル近い巨体の相手に崩れる事無く、前衛がキープを続ける。


 そして後衛の火力で、少しずつ体力を削って行く作戦は見事にはまっている感じ。最後はザジも参戦して、力押しでの勝ち名乗りとはなってしまったけど。それぞれが満足の立ち回りを行えた事が、この探索の一番の報酬ではあった。

 そして宝箱の中身チェックの途中に、香多奈からの通信が入って来た。向こうも無事に25層を突破出来たとの報告に、安堵のため息をつく女子チームであった。

 ――“アビス”探索、無理を言って来た甲斐もあったと言うモノ。




 その頃、来栖家チームは見事に25層の中ボス部屋へと到達していた。そして、そこに巣食う沈没船の主のような、ハンマーヘッドと熱戦を繰り広げていた。

 結果は言わずもがなの、来栖家チームの圧勝に終わってまずは一安心。ミケの出番も無く、ルルンバちゃんの『波動砲』に弱った後に、前衛でボコ殴りしての終焉となった。


 巨大サメのこの中ボスは、水系の魔法も操って来て強敵ではあった。そこで護人の飛行モードで敵の気をいて、ルルンバちゃんの必殺技のパターンを敢行した次第。

 この戦法は、意外と今後も使えそうで護人も内心でガッツポーズである。水エリアの飛行能力は、スピードも出なくて少々不安定ではあったモノの。

 巨大な敵のスピードに較べると、逃げ切るのに不足は無い感じ。


 そして宝箱から薬品類や魔石、それから目的のリングやコインを回収して大満足。他にもオーブ珠や魔玉(水)や、変わった所では昆布やフカヒレも一緒に入っていた。

 これには紗良も無反応、昆布は嬉しいけどフカヒレ料理など食した事も調理した事も無いと来ている。香多奈は高級食材と聞いて、その味に興味津々の様子ではある。


 とにかく全ての階層探索が終了して、チームも無事に切り抜ける事が出来た。あとはリングを消費して、ワープ装置で来栖邸の敷地へと飛んで戻るだけ。

 一緒に入ったザジのチームも、通信で無事は確認済み。





 ――こうして2チームでの“アビス”再訪は、何とか無事に終わったのだった。






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