第390話 広島周辺の探索者&ダンジョン事情その17



「いやいや……こんな時代に本を出版するとは、さすが小島教授ですな。論文の内容も素晴らしかったし、広大の教授陣のほまれですよ。

 ゼミ生と共に田舎に引っ込んだ時は、研究から身を引くのかと勘繰ったモノですが。なかなかどうして、精力的に活躍してうらやましい限りです」

「いやキミ、田舎に引っ込んでと言うけどね……文明が寸断された現代で、サビれた都会に住み続けるメリットっていったい何だい?

 そもそもダンジョン研究を極めるなら、ダンジョンのたくさん存在する場所に越すのが当然じゃ無いかね。幸い、ウチのゼミ生達も私の意見にもろ手を挙げて賛同してくれてね。

 今じゃ地域住民にも必要とされる、町の重鎮扱いじゃよ!」


 ガハハと笑いながらそう豪語する小島博士だが、実際は町一番の変わり者の扱いだとは本人も知らない事実。そしてゼミ生達が、もろ手を挙げて賛同した事実などは全く無い。

 それを捏造ねつぞうと言うなかれ、彼の脳が超ポジティブな活動をしているだけである。話し相手は引きった笑みで、かつての同僚を眺めている。


 場所は日馬桜町の駅前商店街の、とっても小さな喫茶店。この町にそんな洒落たモノがあるとは、小島博士もつい最近まで知らなかった。

 そんなかつての同僚から、相談事があるとの内容で連絡が来たのはつい昨日の事。目の前の富樫とがしと言う名の50代の元教授も、かつては研究熱心で名が通っていた。


 今はダンジョン産のアイテム関連の企業の引き抜きで、教授職からは引退してしまったと聞いている。そこに小島博士の論文を切っ掛けに、こうしてコンタクトを取って来た模様。

 その腹積もりはどこにあるかなど、小島博士は全く考えもしない。得意になって自分とゼミ生の研究内容を喋りながら、まるで場は講義が始まったかのような雰囲気に。

 こうなると、もう小島博士は止まらない。


 それでも何度か、話に割って入ろうと無駄な努力を続ける富樫元教授である。その努力は、何とか30分後にむくわれる事となってた

 出されたコーヒーもすっかり冷めて、店のマスターオバチャンの視線も冷たい。彼は仕方なく、食べたくも無いナポリタンを2人分注文する。


 それにようやく小島博士も反応して、悪いねと全く悪びれもしない態度の礼を述べて来た。そこで自分のターンとばかりに、相談事を話し始めた富樫元教授である。

 その内容は、ある意味至ってシンプルだった。彼らの元の職場だった広大キャンバス、もしくは“広大ダンジョン”に潜って昔の資料や過去の教材を回収したいと。


 何度か協会や、細い伝手での探索者チームに依頼を出してみたのだが。はした金では、重いだけの紙の資料や実験道具など、彼らは持ち帰ってはくれないと気付いた次第である。

 かと言って、大金を積むんでの依頼も確実に足が出てしまう。その資料と言うのも、今の研究には直接関係の無いモノばかりである。

 つまりは、完全に富樫の趣味の研究資料だったりして。


 そこで思い出したのが、かつての同僚の小島博士の伝手であった。誰か手頃な探索者チームを紹介して貰って、手頃な値段で回収作業を頼みたいと。

 出来れば一緒に潜っての、護衛して貰いながらの同行を頼みたい。そうすれば、本当に必要な資料類や、実験器具などの大物まで回収が可能になるかも。


 その計画を聞いた小島博士は、我が意を得たりと満面の笑顔に。懐かしの我らの元職場を、探索者に護衛して貰いながら研究資料の回収作業とは。

 こんな素敵な計画に喰い付かないなど、研究者としてあり得ない。更にはコアが移転したダンジョンの、その後の成長を観察出来る特典付きと来ている。

 しかも小島博士にも、回収したい古い資料や教材はたくさんある。


 ――探索者チームの当てもあるし、あとは依頼するだけだ!









 一度は日馬桜町の実地任務から、広島市の協会本部へと引き戻された土屋である。その後に本部長の葛西かさいに改めて呼び出さた彼女は、少しだけ嫌な予感にさいなまれる破目に。

 本部長つきの秘書の立場の土屋だが、実質は何でも屋みたいな使われ方が多いのは百も承知。今回も、そんな感じの任務かなぁとか内心で思う彼女である。


 そうして、質実剛健な本部長の執務室に招かれ、早速今回の任務について説明を受ける。その内容だが、また例の田舎のチームがやらかしたので、その見張り役を頼みたいとの事。

 いや、本部長はそこまで乱暴なセリフなど、間違っても口にはしなかった。とは言え、土屋女史が脳内で要約すると、そんな言葉になってしまうのは間違いのない事実。


 しかも今度ガードするのは、三原の“聖女”と名高い石綿星羅せいらその人らしい。何でそんな危険な有名人があんな田舎にと、思わず質問した言葉は本部長に黙殺される破目に。

 いや、彼も本心ではそう思っているのだろう……あのチームが色々とやってしまう癖があるのは、前回の接触で嫌と言う程に身に染みた土屋である。

 例えば異世界に行ったり、秘薬を作り出したと噂になったり。


「しかも不味い事に、協会の役員からこの三原の“聖女”が、来栖家チームの保護下にあるって話が漏れたらしくってな。そのせいで、“ダン団”の実行部隊があの町で、既に不始末をしでかしてるんだ。

 その謝罪もしなきゃならん……まぁ、その時は岩国のB級チームが、上手く処理してくれたそうだが。その情報が届いた時は、首をくくらなきゃならんとさすがに覚悟したよ。

 伝え聞いた話だと、来栖家の方は穏便に済ましてくれるって話だけど」

「はぁ、まぁそうでしょうね……良い意味で、彼らは長閑のどかな性格のチームですから。しかし首が飛ばなくて良かったですね、まぁ本部長の首なんて誰も欲しがらないと思いますが。

 おっと、済みません……完全に独り言です」


 鋭い目で睨まれて、土屋は軽口をすぐに引っ込める。本部長の葛西とは、お互いに忌憚きたんのない意見を言い合える仲であるとは言え。

 相手の窮地を茶化すのはよろしくないし、仮にも上司に対して失礼に当たる。とは言え、こんな面倒な任務を割り当てられた恨み位は言う権利はある筈。


 任務場所については、かつて知ったる場所だし特に文句も無い土屋女史である。あの町は人柄の良い住人ばかりだったし、子供は物凄く元気でこんな自分を受け入れてくれていた。

 そして何より、食べ物の量が多くて美味しかった印象が。協会支部の仁志や能見さんにも、色々とお世話になったし良い印象しか残っていない。

 むしろあの町にまた赴任しろって話なら、こちらとしては大歓迎だ。


「私としては構いませんが、先に“ダン団”組織の最新情報も聞いておきたいですね。奴らの実行部隊の醜悪さは、私も把握はしていましたけど。

 それ以上の部隊に潜入されても、さすがに私だけじゃ防ぎきれません」

「そりゃそうだ、いや……君の腕を疑う訳じゃないんだが。現在の三原の現状は、言ってみればカオスだな。仕切ってた政治屋は完全に権力を失って、組織からは総スカン状態らしい。

 頭の無くなった無政府状態だから、新たな刺客の心配は極めて少ないと思われる。とは言え、協会としてはそんな重鎮を野放しには出来ないからな。

 監視の意味も込めての、君の就任となった次第だ」


 つまりは、異世界チームの時と状況は全く変わらないみたいである。現在は、その異世界チームには2人の協会職員が交代でついているそうだ。

 ただし全く熱心では無いらしく、仁志支部長から上がって来る情報もおおむねそんな感じらしい。その件に関しても、今回の直接の話し合いで取り決めが為されるかもと葛西の言葉。


 人付き合いが苦手な土屋は、そんな熱心でない連中と組まされる位ならと。どうせなら、そちらも私がしましょうかと思わず口走ってしまっていた。

 その途端、葛西の顔に満面の笑みが。


 しまったと思った土屋だが、時既に遅しな感じで言葉の撤回は受け入れて貰えず。苦肉の策で、後輩の柊木ひいらぎを付けて下さいと苦い顔での懇願に。

 そこは受け入れて貰えて、大助かりの土屋女史である。柊木は、彼女の数少ない話の通じる後輩で、探索者としての腕前もまずまずである。

 まぁ、護衛のサポート役に関しては、余り当てには出来ないけど。


 ――それでもいれば心強い、コミュ障の土屋にはそんな存在だったり。









 それはまさに、潰走かいそうと言う呼び名が相応しい帰還ではあった。まさか一部の探索者が、艦隊に対してこれほどの猛威を振るえるとは。

 墜落した戦闘ヘリが、1機幾らすると思ってんだと艦長は泣きたくなる思い。護衛艦“いづも”は、意気消沈した“ダン団”組織の探索者を乗せて、出航した港に戻っている途中である。


 本当に、今回の任務では酷い目に遭った……駆り出された自衛官の海軍兵も、半数近くがダンジョン探索中に命を落として帰って来ずの結果に。

 しかも噂では、彼らの組織の神輿みこしである“聖女”が、ダンジョン内で行方不明になったそうな。何と言うかアホ丸出しである、大事な神輿をかつぎ出すからそうなるのだ。


 本当に連中の不手際には嫌になる、今回の任務を機にスッパリえんを切りたいモノだ。まぁ、宮仕えの身の上では、軽々しくそんな決断も行えないのが辛い所。

 そのお陰で、予定の日数を大幅に過ぎての帰還となってしまった。部下たちの疲労は極限で、無事に帰れるかも怪しく感じる程の任務となった。

 ただそれ以上に、呆けた様子の連中の一団が気掛かり。


 どうやらダンジョン探索中に、余程の酷い目に遭ったらしい。幹部兵のそんな報告に、こっちも憂鬱ゆううつだわいと内心で艦長はそう毒づきながらも。

 放っといてやれと、投げやりな指示を出すに留めておいて。それが後に、最悪な事態を地上に招くとは、その時の艦長は全く知るよしも無し。



 そんな訳で、ホムンクルス陣営の蒔いた種は、着実に目的を果たすために動き出す。具体的には三原の港に帰還を果たした瞬間に、2つの策略が動き出す予定。

 その1つは、マインドコントロールされた兵士の持つ『コアイミテーター』である。これは疑似的とは言え、ある程度の空間をダンジョンへと変える力を持っており。


 生命力も疑似的だけに、一度破壊されると二度と復活する事は無いまがい物とは言え。地上に混乱をもたらすには、まずまずの隠し玉と言えるだろう。

 それがどこで花咲くかは、所持する兵士の気分次第。


 もう1つの作戦は、地上の人通りの無いポイントに、“浮遊大陸”との直通のワープ魔方陣を繋ぐ事だ。それさえ行えば、操られた兵たちは用ナシである。

 後は地上に降り立った、ホムンクルスの兵団が地上を蹂躙じゅうりんすれば良い。ただ彼らにも懸念があって、不要な損壊は出したくないなとの思いが。


 その辺は、今後の計画で細かな分岐があるかも知れない。とは言え、新天地を求めての出兵は、ホムンクルス陣営には既に決定事項の一大イベントである。

 地上の住民からの反撃など、言ってみればあまり関係は無い。彼らの根本にある原動力は、人間人種に対する深い怨恨えんこんなのだから。


 とは言え、同胞が多く損壊する事態も彼らにとっては好ましくないのも事実。そこを彼らの現在の7名の管理者が、どう舵取りするかは今の所は不明である。

 大前提として、マインドコントロールされた彼らの駒が、上手く事を運ぶ必要がある。そこからの朗報を、ただ“浮遊大陸”で待ちびる彼らであった。

 その間はひたすら、復讐と言う甘い感情を噛み締めるのみ。





 ――必要な一撃を放つ為のパワーを、じっと溜め込むのみ。





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