第383話 廃墟ダンジョン探索でいきなり洗礼を浴びる件



 姫香の決めた隊列で、いざ始まる“廃墟ダンジョン”の第1層の探索である。その中は薄暗い建物タイプで、何の工夫も無く廃墟そのものだった。

 朽ちかけた床板は、抜け落ちる危険があるので移動に注意が必要かも。無造作に積まれた家具類も、近くにいて雪崩れ落ちて来たらかなり怖い。


 空気も悪い気がするし、あまり長時間いたくは無い場所には違いない。そんなエリアの連なるダンジョンだが、一行のヤル気は高水準を保ったまま。

 ここは一部屋15畳程度と広いフロアが、扉や廊下で連なっている構造みたいだ。最初の部屋には敵の影は存在せず、取り敢えずは次の部屋を窺うツグミである。


 怜央奈は『灯明』スキルで、自分達の頭上に魔法の灯りを設置する。それから姫香を呼んで、今から探索しま~すと軽いノリでの撮影アピール。

 リーダーの姫ちゃんは、いつの間にか凄い装備に変わってますと。久し振りに会った友達の、鎧装備の変更を話題に挙げて楽しそうに話すその手腕はさすがかも。

 陽菜も釣られて、そのマント私も欲しいなと思わず呟く。


「あ痛っ……何だっ、マントにしばかれたっ!?」

「えっ、あっ……ゴメンね陽菜っ! このマントは護人さんのと一緒で、自分の意志を持ってるんだよ。主人と定めた人以外には、装備されたくないってゴネる困ったちゃんでさ。

 でも性能は良いし、気に入ってるからあげないよ」

「はいっ、良いコメント頂きましたっ! ちなみに『しばかれる』は、『叩かれる』って意味の広島の方言だよっ☆ 県外の視聴者さんにも、分かり易い動画を目指してますっ。

 良かったら、視聴後に高評価お願いしまっす♪」


 流暢りゅうちょうなその解説セリフに、何となく引いた様子の面々である。戦闘が始まったら真面目に行くよと、締める所はキッチリ締める姫香の言葉に。

 確かにそうだなと、陽菜も乗っかってこの件は有耶無耶うやむやに。紗良だけは、こんな動画撮影もあるんだとビックリ顔で隣の年下少女を眺めている。


 香多奈も結構お調子乗りな性格だと、そんな事を思っていた紗良ではある。しかし上には上がいる事を、改めて知らされて驚く紗良だったり。

 それはもかく、隣の部屋には敵の気配がするよとツグミの『探知』でのお知らせに。姫香も真面目に表情を改めて、陽菜と顔を見合わせて突入するよの合図。


 今回はハスキー軍団もツグミだけなので、敵の討伐は姫香と陽菜の2トップのお仕事だ。ツグミは主に探知に動いて貰って、茶々丸は割と計算外の扱い。

 何しろこの仔ヤギとちゃんと話せるのは、チームでは香多奈しかいないのだ。こちらの思い通りに動いてくれるかと問われれば、その辺の信用はちょっと難しい。

 ヤンチャの代名詞、それが来栖家さんの茶々丸なのだ。


 今回はおさえ役のレイジーがいないので、本当は家で待機していて欲しかったのだが。駄々をねられては仕方がない、役に立つ事を願って同行を許すしか。

 そんな茶々丸も前衛に出ようと、ひづめを鳴らして姫香にくっ付いて来る。お陰で敵も反応したが、隣の部屋にいたのは大ゴキブリが数匹と言う。


 構わずに突っ込んだ茶々丸が、勇ましくその平らなモンスターを蹄で踏み潰して行く。思わず生理的嫌悪で固まった陽菜には、彼が英雄に見えた事だろう。

 姫香はゴキブリごときにはひるまず、ツグミと共に討伐に突っ込んで行く。コイツは雑魚だが、不意打ちだけには充分気をつけて討伐に励む。


 そして数分も掛からず、2つ目の部屋での戦闘は終了の運びに。陽菜もようやく室内に入って来て、その後ろからはルルンバちゃんが仕事無いかなと覗き込んでいる。

 後衛陣も続いて入って来て、ルルンバちゃんが落ちている魔石を拾い始める。そのスムーズな多脚パーツの動きに、姫香も何となく安心感を覚える。

 以前のキャタピラとは大違い、これならどんな悪路も走行可能かも?


「うむっ、茶々丸は凄いな……全く容赦なく、平らなモンスターを踏み潰すその胆力を含めて。のんびりしてると、全ての敵を持って行かれそうだ。

 来栖家のお持て成しのご飯が美味し過ぎて、こっちは数日で太りそうだからな。ダイエット目的に、少しは働かないと。

 そんな訳で、次の戦闘は敵を譲ってくれよ、茶々丸」

「ウチで一番のヤンチャ者だからね、茶々丸は……確かに最初から飛ばし過ぎかも、まぁこの女子チームも結構人数が多いからね。

 要所で交代しながら、無理せず進もうか」

「そうだねっ……あと戦闘シーンを撮りたいから、顔の向きも気をつけて戦ってね? せっかくの女の子チームなんだから、可愛い所も見せなきゃ♪

 まぁ、ハスキー犬と仔ヤギも可愛いんだけどね?」


 そんな怜央奈の無茶振りに、呆れた顔で振り返る姫香と陽菜。戦いの時の向きなんて気にしていられるかと、もっともな返しの陽菜のセリフに対して。

 姫香は真面目に、そんな立ち位置だと後衛が危なくなるよとお説教モード。前衛は盾役もになっているので、敵を通せんぼする役目もあるのだと力説する。


 もっとも、後衛が遠隔アタックしたい時や、逆に敵がブレスやら射線の長い攻撃を持っていたりする場合。立ち位置も微妙に変えたり、そんな工夫をするのが良い前衛のあかしなのだ。

 来栖家チームはまだ発足して1年だけれど、その辺の戦略は自然と出来上がっており。ペアを組んでの危険度の少ない狩りも、ハスキー達を中心にバッチリだ。


 この辺は、チームにペットが混じっているからと言うのもあるけど。何より安全重視との、リーダーの護人の方針が反映されている感じだろうか。

 姫香も同じく、本来はイケイケな性格だが今はすっかり矯正されていて。視野が広まった意識は、確かに本人も感じていて悪くない感覚である。

 その財産は、探索をこなして更に磨かれて行く筈だ。


 こうやってリーダー業をこなす事も、本人にとって大切な経験には違いなく。女子チームの運営も、まぁ個性的な集団を纏める労力もあって大変ではある。

 ここの敵はD級ランクなので、味方の戦力は心配はいらない筈。ただし、罠も結構あるダンジョンとの話なので、そこが多少心配な程度だろうか。


 とにかく姫香は、撮影よりは探索に集中して行くよと、チームに対して引き締めの言葉を放つ。素直なみっちゃんが了解っスと元気に返事して、怜央奈もは~いとそれには同意。

 そんな感じで向かう次の部屋、今の所は分岐も無くて単純な造りのダンジョンみたいだ。そこに配置されていたのは、大ゴキブリと大ネズミが数匹ずつ。


 今回は陽菜も前に出て、大ネズミ相手に双剣を振るい始める。陽菜の戦いは完全に軽戦士で、二刀流の斬撃と軽やかなステップ防御で敵をいなす戦い方だ。

 スキルも『瞬身』の防御と『腕白』での攻撃力増加、更には奥の手に《獣化》を持っていて盤石ばんじゃくである。スキルの引きの良い陽菜だが、戦闘シーンもこなれていて言う事無し。

 姫香も安心して、前衛の片翼を任せられる存在だ。


 大ゴキブリの方には、視線すら向けない態度はアレとして。どうやら生理的に苦手なのは本当らしく、困ったモノだ。その分、茶々丸が張り切ってるから均衡きんこうは取れてるのだろう。

 この現象は、結局は2層への階段を発見するまで続く事に。ダメージ源としては申し分は無いが、とんだ弱点を抱える陽菜は姫香としても頭の痛い問題だ。


 もし大ゴキブリに接近&攻撃されて、パニックを起こされたら前衛が崩壊する危機におちいるかも。幸いにも体力の少ない敵ばかりで、その弱点は目立ってはいないけど。

 考えた末、陽菜とみっちゃんの場所を交代する事を姫香はチームに提言する。何しろみっちゃんは、フナ虫もゴキブリもそんな変わらないと思ってるタイプの鈍感女子なのだ。

 しかも体格的には、女子チームで一番恵まれている。


「えっ、いいんスか陽菜ちゃん……暴れ足りないんじゃなければ、私も前衛デビューお披露目したいっスけど。

 敵は割と素早いから、陽菜ちゃんの方が適任なのでは?」

「うん、陽菜はゴキが駄目みたいだから……みっちゃんは、そう言う好き嫌いとか全然無いタイプでしょ?

 茶々丸の動きに合わせるの大変かもだけど、何とか頑張って!」

「済まない、みっちゃん……不甲斐ないが、生理的嫌悪には勝てないみたいだ。その代わり、ゴーストが出て来たら私が必ず仕留めるからな」

「がんばれ~、みっちゃんファイト♪ 後ろでその勇姿を映してるからねっ!」


 怜央奈にそんな事を言われて、途端に動きがぎこちなくなる少女はもう少し撮影慣れして欲しい所。それでも姫香に肩を叩かれて、気合も入ったのか次の部屋ではなかなかの動きを披露する。

 元々運動神経の良い島育ちの少女は、戦闘センスも持ち合わせていたようだ。この1層の雑魚相手では、無双に近い感じで相手を寄せ付けない活躍振り。


 これには姫香も内心で安堵のため息、作戦が上手く行って心の中でガッツポーズである。茶々丸に関しては、獲物を取られてなるモノかとライバル心が大変だけど。

 そんな1人と1匹を中心に、2層の探索も極めて順調に進んで行く。分岐もほとんど無くて、たまに突き当りの部屋が出現する程度に終わっている。


 何かあるかなと探すのだが、宝箱の類いはここまでは見付かっていない。そこはツグミとルルンバちゃんの探知力を、信じて疑わない姫香である。

 相棒が無いと告げれば、そこでどれだけ探し回っても見つかりっこないのだ。そもそもこんな浅層で宝箱を見付けても、良い品など入っていないに決まっている。

 そんな感じで、3層まで1時間も掛からず制覇し終わる女子チーム。


 分岐のほぼ無い単純なダンジョンだと、たまにこんなスムーズな移動になる場合がある。広島市や尾道には無いタイプなだけに、怜央奈や陽菜はその速度に驚いてるみたい。

 敵の種類に関しては、1層からそれ程の差異も無く進んでいる感じ。ただまぁ、さっきの層には大ゲジゲジも出て来て、これにも陽菜は過剰な反応を示していた。


 多足昆虫と言うのは、嫌いな人にとっては物凄い拒絶反応を示すモノ。姫香もムカデは苦手だが、それは毒を持って刺されたら厄介だからである。

 ゲジゲジなど、姫香は何でもないじゃんと思ってしまう強靭な思考の持ち主。みっちゃんも同じく、鈍感力では負けない胆力を有していて頼もしい限りだ。


 そしてこの層まで、噂のゴーストの姿は全く見掛けておらず順調な道のり。ただし4階層では、天井周辺を飛び回るコウモリの群れが初お目見え。

 キィキィとうるさいが、さほど大きくも無く一見したら外から迷い込んだ奴かなとか思ってしまう。それでも攻撃はして来るし、後衛が咬まれて毒でも持っていたらコトである。

 そこでみっちゃんが勇ましく、薙刀なぎなたで宙へ向けて突きを繰り出す。


 それが壮大な罠の一部だと、果たして誰が事前に気付けただろうか。そして上がった悲鳴と言うか絶叫は、果たして誰のが一番大きかっただろうか?

 みっちゃんの攻撃で呆気無く崩れた天井は、天井裏に潜んでいた敵を全て解放した。文字通り、雨のように落ちて来る大量の大ゴキブリと大ネズミの群れ。


 普段は冷静な紗良まで絶叫した位、その場はパニックにいろどられる始末。ヤバいと思った姫香は、後衛陣に魔玉を使用してと指示を飛ばしで自身も奮起する。

 ツグミにも敵の数減らしをお願いして、姫香も群がって来る敵の殲滅に大忙し。とにかく武器を振るえば、何匹か必ず範囲内にいると言う密度である。

 こうなるともう、パニックによる同士討ちが心配なレベル。


「武器での攻撃は最小限にっ、同士討ちが怖いからっ! じっとしてたら、茶々丸とツグミが全部始末してくれるから、自分の身を護るのを優先にしてっ!

 ミケもお願い、後衛のたちを守ってあげて!」

「ひあっ、来ないで……うあっ、指の先を何かにかじられたっ!?」

「みんなどこっスか、申し訳ない……うひゃっ、今お尻にぶつかったのは茶々丸っスか?」


 パニック状態の女子チームだが、茶々丸の蹄のダンスは冴え渡って無双状態。そして助けをわれたミケも、コイツ等まだまだヒヨッコだねの目付きで放電を開始する。

 無礼にも噛り付こうとする連中を、雷の束で丸焦げにして行って。取り敢えずは後衛周辺の安全を確保すべく、スキルの威力を制御しつつのナイスプレー。


 一方のツグミは、最近貰った『八双鞭』を《空間倉庫》から取り出しての戦闘参加。これは範囲攻撃にとっても便利と、影空間から振るいつつご満悦な表情である。

 特に、敵の密集地帯に突如出現しての回転薙ぎ払いは、姫香の《豪風》に通ずるところがあって大好きなツグミである。この攻撃によって、前衛付近の敵も一気に魔石へと変わって行った。


 そんな掃討そうとう戦に、名前を呼ばれなかったルルンバちゃんもお手伝いに参加する。献身的なペット勢の活躍もあって、約5分後には室内を埋め尽くした大ゴキブリと大ネズミの群れは殲滅されて行った次第である。

 ひたすら絶叫していた陽菜は、それだけで息も絶え絶えな状態に。全てが終わった後、床に散らばる魔石(微小)の数を見て、その壮絶なトラップに呆れ返る姫香。

 ルルンバちゃんが、それをご機嫌に回収してる様は何とも言えず。





 ――何事も、油断し過ぎはしっぺ返しを食らうって良い例かも?







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