第245話 広島周辺の探索者&ダンジョン事情その11



 “喰らうモノ”は、その旺盛な食欲ゆえに敵も多かった。何しろ彼にかてにされた生命体は、数えるのも大変な程なのだから。

 時には集落ごと生命体を呑み込んだり、それをおとりにして救助隊を喰らったり。その知恵はその食欲を満たす場合において、貪欲に作用するのだ。


 そしていよいよ強力な追手が背後に迫った時、“喰らうモノ”は最終手段にある深きダンジョンへと逃げ込んだ。そして彼は、それが1つの知性を持つ生命体だと知った。

 20層に及ぶその巨大な生命体の内部で、彼は全く生きた心地がしなかった。それでも何とか生き延びて、そして彼は最終層へと辿り着いた。

 そして死闘の果てに、その生命体の心臓を喰らった。


 ダンジョンコアは、心臓であり知識の容れ物でもあったのだと、それを喰らった後に彼は知った。膨大な量のその知識は、その土地の歴史やらもっと大きな知識体ともリンクしていた。

 そうして彼は、ある程度の英知と部下を従える能力を持つに至った。魔素の扱いが覿面てきめんに上手くなり、魔石を植物の様に育ててモンスターの形へと変える術を知った。


 驚いた事に、ダンジョンコアは“喰らうモノ”に吸収されても生きていた。集合体の知識と意欲、そして繋がりは途切れておらず、更なる成長を欲していたのだ。

 更なる飛躍のためには、どうやら“喰らうモノ”の存在すら利用していたらしい。もっと成長の手段を欲したダンジョンに、利用されていたのは彼の方だったのかも。

 これはある意味での共生であり、彼らの目的は一緒だったのだ。


 そうして生存のために、彼らは最強の護衛達を作って体内で飼い始めた。ダンジョンの入り口は、“喰らうモノ”が主導を取り始めてもどうしても閉じる事は叶わなかった。

 入り口は文字通りにダンジョンの口で、呼吸や各種循環にどうしても必要だったのだ。つまり追手が彼を仕留めに、侵入して来る確率は依然として高い訳だ。


 他にも彼は、ダンジョンの新たな知識を知った。生命体に目や鼻や口が必要なように、ダンジョンにはモンスターと宝箱と罠の配置が必要らしい。

 それはある意味美学のようなモノで、誰だって美しくありたいと願うのは当然の事。それを図るのは、どうやら知識生命体の侵入頻度らしかった。

 彼らはつまり、探索者や冒険者の侵入を好むのだ!


 これは“喰らうモノ”にとっては、とても信じがたい真実だった。どうやら遥か古来では、宝物の生成によってそれを餌に知識生命体を捕獲して栄養にしていたらしい。

 ところが魔素の氾濫によって、彼らはそれだけで成長する事が出来るようになった。貪欲なタイプのダンジョンは、未だに罠を多くして生命体の捕獲に盛んだけど。


 スタイリッシュなタイプの個性体も、最近は随分と増えて来て。せっせと宝箱を生成して、知的生命体の往来を楽しむ連中も多くなって来ているみたいだ。

 そんな余計な知識も入手しながら、“喰らうモノ”は出来る事と出来ない事を選別して行った。入り口を塞ぐ行為は生命体として無理だが、中身の充実はまだまだ可能だ。

 既に彼らの体内は、最強の護衛で溢れていた。


 後はトラップだ、その知識もダンジョンの集合体のリンクから簡単に得る事が出来た。土地の記憶も、どうやらその生成には役立つらしい。

 彼らはそれを手繰り寄せて、せっせと体内の構築に力を注いだ。驚いた事に、喰らった筈のダンジョンコアはその発展を喜んでいるようだった。


 その生成に随分と魔素を使い込んだ彼は、栄養の摂取を必要としていた。ダンジョンは死ぬことは無いけれど、仮死状態になるとその活動を停止してしまう。

 そうなると自衛も何も、せっかく揃えた手段が全くの無駄になってしまう。そんな破目になったのも、勝手に喰らった筈の意識が宝箱までせっせと生成していたから。

 それは完全なイレギュラー、生存に美醜など必要ではないのに。


 こうして異例の速さで成長を遂げた新造ダンジョン“喰らうモノ”は、物凄いクオリティの生命体と化した。そして魔素を吸収するために、異界へと第二の入り口を開ける事に。

 元の世界の入り口は、巧妙に隠すためにわざと魔素の少ない場所に開けてしまったので。それを反省しつつ、“繋がった世界”の入り口は魔素の濃い場所を選択して。


 ――こうして物凄いダンジョンが、新たに日馬桜町に誕生する事に。









 話はほんの少しだけ、時間をさかのぼる事となる……それは年末の忘年会で、自警団による開催だった。つまりは年明け前で、場所は恒例の自治会館だ。

 忘年会も数年振りで、実は“大変動”以降は初なのだが。今年は町の復興も大変上手く行き、自警団のメンバー達も頑張ったと自治会の粋な計らいで。


 こうして、数年振りのお酒の会が催されたのだった。細見団長ももちろん参加していて、今夜ばかりは無礼講……いや、消防団員もいるので酒量は控え目が基本だけど。

 それは毎度の事なので、酒が入らなくても特に文句は出ないのは有り難い。細見団長にしても、特に酒好きと言う訳でも無く。出された食べ物を、有り難く頂いている。

 周囲では、若い連中が久々の宴会に大騒ぎ。


「いや、しかし今年は民泊移住も4軒分も決まって、自治会としても幸先の良い計画スタートとなったのぅ。自警団の皆も良く頑張ってくれた、何より新住民の受け入れに関してはな」

「ええまぁ……仲良くなり過ぎて、國岡くにおかなんかは神崎の妹さんと付き合い始めてますけど。若い連中がくっ付く事に関しては、ある程度は仕方が無いと言う事で」


 その國岡と言う若い隊員の隣には、噂の神崎姉妹も参加して盛り上がっていた。妹の方は國岡とべったりで、姉の夫婦もお酒は飲んで無いけどお喋りに興じていて。

 姉のお腹は既にかなり大きくなっていて、春を待たずに赤ん坊が生まれるとの事。過疎化と“魔境”の風評被害の酷い日馬桜町だけど、民泊移住が少しずつ増えてくれて未来も明るいと言えるかも。


 他の民泊移住の面々は、未成年だったりと色々な都合で今回は参加を見合わせていた。特に凛香チームなどは、未だに自警団より来栖家チームを信頼している感じで。

 それは仕方が無いし、ある意味それも成功と言えるだろう。来栖家チームには負担かもだが、向こうも大学教授との伝手が出来たりと良い方向に転んでいるとの事だし。

 とにかく自警団チーム『白桜』の負担も、今年は随分減ったのも確かで。


 その点は、本当に来栖家チームには感謝である。その肝心の護人の姿も、今回の忘年会には見受けられないのはアレだけど。雪深い山奥から、飲み会に参加は無理との事で。

 とにかく町の治安的には、来栖家チームの出現は物凄く大きい。その彼らが、あっという間にB級に上がったのは、斜め上を行く計算外だったけど。


 そのお陰で、広島や吉和の探索者達と繋がりも出来たし、民泊移住の良き先達にもなってくれたし。町に協会も出来て、更に町の活性化に役立ってもくれた。

 護人自身は嫌々な探索活動みたいだが、子供達の勢いにはどうしても抗えない模様で。とは言え凄まじい儲けも叩き出しているようで、来年は人を雇って農業の規模も大きくしようかなどと言っているそうだ。

 食糧難のこの時代、それも良い方向に転がる事を切に願う細見団長。


「それで峰岸自治会長、来年も民泊移住には力を注いで行く方針なんですか? 今年は確かに上手く行きましたけど、家の補修が間に合ったとは到底言えない状況だったでしょう?」

「まぁ、護人……いや、来栖家には迷惑を掛けたよなぁ。今年はそうならんように、早めに対策を巡らせて行く予定じゃよ。

 春になって雪が解けたら、速攻で4軒ほど人が住めるように補修に入るつもりじゃて。予算も下りたし、なにより青空市の儲けが今年は凄かったでな」


 確かに今年の春から始めた青空市は、食糧不足の追い風も伴って良好だった。ブースの貸し出し料もる事ながら、町の活性化にも繋がって順調だ。

 毎月参加している企業からも、高評価を貰って今後とも続けて行く気満々の自治会長。秋祭りなどのイベントとの同時開催も、仕切りは大変だったがおおむね好調だったし。


 今後も色々と企画して行くつもりだし、儲けは当然町の治安にも還元する。つまり自警団チームの『白桜』にも、資金を回せるとの嬉しい言質げんち

 ただし、秋頃に犬を飼ったりスキル書を購入したりで、色々と使ったのも響いていて。ついでに言うと民泊移住用の補修費も、ここから捻出するそうなので。

 例えば専用の装甲車だとか、大物の購入は無理だとの事。


「まぁ、行政からの支給金も少しだけ残っとるし、来年には協会も事務員が増えて賑やかになるそうじゃしな。『白桜』も人員の増加は無理としても、装備やスキル書の方にもっと金を掛けてもええかもなぁ。

 もちろん現場の声を一番にするけど、何がええかな?」

「そうですね……それじゃあ、また護人からスキル書を購入しますか。向こうもお金が入って嬉しいでしょうし、最近はお隣さんに車をプレゼントしたそうですし。

 後は、やっぱり魔法装備の購入ですかね?」


 本当に、護人のお金の使い方には頭が下がる思いの細見団長である。未成年チームに防護服を買い与えたかと思ったら、お次は田舎暮らしには必須の自家用車である。

 探索訓練も、聞く所によると毎日自作の訓練場で未成年チームを招いて行っている様だし。そして午前中は、ゼミ生を先生役に授業も執り行っているとの事。


 自分だったら出来るだろうかと、こんな献身的な民泊移住のサポート体制に、改めて思いを馳せる細見団長。恐らくは半分は来栖家の子供達のお節介なのだろうけど。

 それにしたって、見知らぬ子供相手にここまでの献身は凄い。せめてその行為が報われて、来栖家に平穏な日々が訪れますように。

 心から、そう願って止まない細見団長だった。









 ゼミ生の三杉みすぎは、小太りの身体を精一杯縮こまらせてポロい納屋へと入り込んだ。気配を消しての行動だったが、自分には不釣り合いだと心から思う。

 それでもお隣さんに、この所業がバレる訳には行かないので。何とか慣れない隠密行動で、三杉は納屋に掘った2つの穴の蓋の前へと辿り着いた。


 それから側の懐中電灯を取り出して、短く呼吸を整える。今回持って来た残飯は少ないが、まぁ食糧不足の現代ならこんなモノだろう。

 つまりはイモの皮とか玉ねぎの皮とか、そんな類いの生ゴミだ。臭いはそんなでも無いのは、それなりに新鮮だからに他ならない。

 さて、これをスライムが消化してくれるかどうか。


 今までの数日にわたる実験では、スライムは元気に穴底で活動してくれていた。残飯も綺麗に消化してくれて、事実と小説は重なる事が多いのも発見して。

 確かにこの実験は面白い、小島博士の性格に疑う余地は充分にあるけど。そんな三杉はスライムに愛着が湧き、思わず彼にシルベスタと名前をつけていたりして。

 もう1匹はキャシーで、三杉の中では女の子である。


 スライムに性別があるのかとか、どうやって繁殖するのかとか、その辺は全く分かってはいない。そもそも倒せば魔石に変化するモンスターに、命の概念はあるのか?

 この辺の推測なり研究は、実はまだまだ進んでいない有り様である。毎月ネットに上がるレポートにも、目新しい論文は見当たらないし。


 その辺で名を馳せる事が出来たら、将来は安泰に研究職で食っていけるかも。そう思いながら、三杉は残飯の間を嬉しそうに泳ぐスライムを観察する。

 それから写真を数枚、ちなみにキャシーの方の穴には何も食料となるモノは入っていない。比較検討は、研究でも常套手段ではあるのだが。

 元気の無さそうなスライムの姿に、三杉の胸がズキッと痛む。


「何だ、面白い事してるのかと思ったら、ただのスライムだったよ香多奈ちゃん。秘密の召喚用魔方陣とか、血の祭壇とかあるのかと思っちゃった。

 今時の大学生って、真面目だよねぇ?」

「そうなんだ、和香ちゃん……スライム飼って面白いのかな? 私も前は飼いたいと思ってたけど、考えてみたらスライムには表情も何も無いもんね。

 可愛いと思えないから、途中で飽きちゃうかも」

「僕も見たい、和香ちゃん道ずれてっ!」


 勝手な事を言い合いながら、納屋へと入って来る年少組。そんな感じで呆気なく、香多奈と和香と穂積にバレてしまって、三杉も呆然とするしかない。

 何しろ和香は、ひょんな事から『遠見』スキルを覚えてしまっているのだ。そもそも田舎で子供相手に隠し事など、無駄な努力だと言わざるを得ず。


 彼らはその行動力で、あっちに秘密基地を作ったかと思ったら、こっちに自分達専用の通路を見つけ出すのだ。和香と穂積はまだまだ初心者だが、香多奈に鍛えられてどんどん田舎に染まっている最中なので。

 他人の家の納屋に入り込むなど、お茶の子さいさいである。


 さぁ言い訳をしてこの場を上手く逃れないとと、三杉は冷や汗混じりに思考を加速させる。遠慮なく2つの穴を覗き込む子供たちは、2匹のスライムに興味津々。

 それから忙しなく質問攻めに、何でダンジョンの外で生きてるのとか、何で穴を2つも掘ってるのとか。三杉はいつもの授業よろしく、その質問に丁寧に答えて行く。


 つまりは、自然界にも魔素だまりは至る所にあるし、それがオーバーフロー騒動が収まらない理由でもあると。確かにモンスターと魔素は切り離せない間柄、この穴にも実は仕掛けがちゃんと施してある。

 何しろ大事な実験体、死んでしまったら元も子もないし。


「ほら、あそこに魔石が埋め込んであるでしょ……モンスターは魔素が無いと、活動を停止するのは分かってるからね。活発に活動して貰って、シルベスタには残飯処理能力がどの程度なのかを観察させて貰ってるんだ。

 キャシーの方は、可哀想だけど比較検証でずっと餌なしなんだけどね」

「ふぅん、スライムに名前つけてるんだ……でもスライムでゴミ処理問題が片付くとしたら、確かに凄い発見じゃないかな、香多奈ちゃん?」

「そうだねっ、そんな感じで研究ってするんだ……私も仔ドラゴンの研究して、学会ってのに発表しようかなっ? でも萌は1匹しかいないから、比較とかは出来ないや」


 好き勝手発言をして、熱心に食事中のスライムを眺める子供たち。いつも思うが、子供達の自由な思考はどこから来るのか本当に不思議な三杉である。

 そんな年少組がご機嫌なのを知って、ようやくの提案に漕ぎつける三杉。つまりはこの事は、周囲の大人には黙っててくれるかなと。


 香多奈は大笑いして、周囲の大人って叔父さんしかいないよとズバリ指摘。確かにそうだ、面倒事しか起こさない小島博士を除外すれば自然とそうなってしまう。

 それでも何とか約束をして貰って、代わりにこのスライム飼育&観察を手伝う事を条件に言い渡されて。まぁ、それだけで良かったと胸を撫で下ろす三杉だったり。

 最悪、スライムを処分される事態もあった訳だし。


 確かに全く可愛さとは無縁の生物だが、こんな生き物にこそ生命の美学は存在すると三杉は思う。それを分かっていない子供達相手に、まだまだたねとか妙な優越感など湧き起こしつつ。

 とにかく秘密の維持を約束出来て、安堵のため息を漏らすゼミ生三杉だった。





 ――こうして納屋のスライムは、研究観察の対象として生き永らえる事に。







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