第176話 姫香発案のギルドが段々と始動し始める件



 町を挙げてのお祭りが終わって、日常が戻って来た週の初め。農家の仕事は冬に近付くにつれ、段々と少なくなって来ているとは言え。

 来栖家の周辺はそうでも無く、逆にダンジョン産のアイテムで、妙な盛り上がりを見せている始末。それにも増して、土日の青空市でのブースの売り上げの凄まじさ。


 これは紗良と姫香が頑張った結果だけど、目玉商品もほぼ売れて結構な金額に。護人が内緒にしている『鬼武者の鎧一式』の販売価格を差し引いて、何と2日で158万円と言う。

 まさに上々の売り上げ額である、本人たちはスキル書が1枚も売れなかったと悔しがっていたが。それは仕方が無い、何しろ探索者のお客が今回は少なかったので。

 ちなみにそれとは別に、企業に売り払った素材系の販売額も合わさって。


 山狩りのダンジョンで入手した鉱石類や鹿や魔兎の角、大コウモリの被膜やカニの甲殻が全部で約11万円に。鬼原ダンジョンの骨素材や宝飾品が、合計24万円に。

 それから弥栄やさかダムダンジョンでの回収品の金塊や甲羅素材、鱗や毒薬が合計72万円と。全部足したら百万円を軽く超してしまう始末。


 姫香などはまた椅子が売れ残ったと嘆いているが、護人的には儲けたお金をどうやって還元するかが重大任務である。取り敢えずは企業ブースで、『魔素鑑定装置』『変質チェック装置』『魔石収入箱』を全て上位品へと新調して。

 古い奴は、ゼミ生チームと凛香チームとで使い回して貰う方向に。それからキッズ達の着るものが貧弱との事なので、青空市でも古着系を目いっぱい買い込んで。

 これから訪れる寒い冬と、春の野良着を万全の支度への為の投資など。


 もちろん香多奈にせっつかれていた、水鉄砲も追加で2つ程買い込んでおいて。これで結構使った気もするが、鎧で儲けた金額には到底及ばない。

 更にはお祭りの途中に突入した移動“キャンピングカーダンジョン”で、うっかり秘密の宝物庫なんてモノを発見してしまって。

 1個百万もする魔結晶(特大)を、12も回収してしまう始末。


 これはもう、新入りキッズチームに車でも買ってやるしか無いかなと、護人の思考は変な方向へ。ただまぁ、余り無償で色んな物を買い与えると、向こうも変に警戒する可能性も。

 そこら辺は気を付けないと、ただでさえ今週の金曜日には四葉ワークスに再び装備品を持って来て貰う約束なのだ。チーム『ユニコーン』の装備は、お世辞にも探索向きとは言えないレベル。

 これでは命に関わるし、探索にオーケーも出せないのだ。


 ついでに大量10枚も余ったスキル書と、オーブ珠2個の行方だけれど。ついでだと言う事で、ゼミ生2人とキッズ達に相性チェックをして貰う事に。

 最初は遠慮していた両チームのメンバー達だったけど、これも探索で活躍&生き残る為との姫香の説得で。全員で苦労して、長々と相性チェックを繰り返した結果。


 有り難い事に4枚のスキル書と1個のオーブ珠が、見事に反応してくれて。ただしかし、オーブ珠から《戦神》系のスキルを取得したのは、偶然遊びに来ていた林田兄と言う。

 姫香の機嫌は、一気に下降線を辿る事に。


「……悪いな、何か横から獲物を掻っ攫ったみたいで。金を支払うべきかな、護人さんに工事の手伝いに来てくれって呼ばれたんだけど……」

「別にいらないわよ、手伝いの料金でチャラにしてあげるわ。その代わり、終わったらさっさと帰って頂戴ね」


 相変わらず、年の近い異性には態度がキツイ姫香である。その他のスキル書だが『投擲』スキルを慎吾が、『記憶術』スキルを譲司が取得した。

 2人とも2つ目のスキルに素直に喜んでいるが、今回スキルを得られなかった美登利は『記憶術』スキルが欲しかったと嘆いていた。ちなみにもう1人のゼミ生の大地は、『体力増強』と言う補助系のスキルを取得に至って。


 本人も割と微妙な表情、もっとも彼はいつも感情の発露が鈍いのだけれど。それからキッズの小鳩が『風癒』と言う恐らく癒し系のスキルを見事に取得した。

 妖精ちゃんの鑑定結果を聞いて、飛び上がらんばかりに喜ぶ小鳩であった。彼女は今まで『光導』と言う感知系のスキルしか持ってなかったので、有用なスキル取得に感動もひとしおみたいである。

 新入りチームの強化は、そんな感じで順調である。


 スキル関係で言えば、来栖家の所有で実は『宝珠』が2つほど未使用のままあるのだけれど。誰が何を使うかは、未だ議論中で決まっていない有り様である。

 恐らくは、次の探索が決まったら使用者の件もひと段落着くだろう。




 そんな訳で、配線業者のバンが来栖邸のある山の頂上付近へと到着した。護人が探索で入手した『魔導の発電機』を、早速設置しようと考えての行動だったのだが。

 仁志支部長の話では、これ1機で何十軒もの発電が可能との事。それならお隣さんにもコードを伸ばそうと、考えついての大工事の発注である。


 とは言え、配線はプロにして貰えば良いし、コードは電線で引けば工事が楽なのは確かなのだけど。それだと雪や大風にやられるかもだし、地中に伸ばす方が景観が損なわれないとの意見で。

 大変なのは穴掘りだが、こちらにはそっち系の作業が大得意なルルンバちゃんがいるのだ。細かい所は人間がやるとして、とにかく作業に掛かるべし。

 そして始まる、2百メートル余りの一日掛けての突貫工事。


 それには姫香やキッズ達やゼミ生も参加して、お手伝いに呼ばれた林田兄も危うく出番が無くなる思い。護人も『掘削』スキルと愛用のシャベルで、ルルンバちゃんに負けない速度。

 ただし塩ビパイプを埋める作業は、なかなか骨を折ったし時間も掛かった。お昼の準備に台所で奮闘する、紗良を中心の女衆も負けない位に頑張って。


 お陰でランチの盛り上がりは、盛大で好評だったのは嬉しい限り。学校に出掛けてこの場にいない香多奈が知ったら、さぞかし悔しがるだろう。

 ただ、そのお陰もあって工事は順調で、丸一日の突貫で何とか終焉に漕ぎつけれそう。配線工事のあんちゃん達も、そのスピードには素で驚いていたりして。

 ついでに賑やかな配線作業は、来栖家の離れの温室にまで及んで。


 これも護人と紗良で協議した結果、本格的に冬の間も温室栽培を頑張るとの事で。電気代も自前で済むし、それならやってみようと話は決着に至って。

 ゼミ生達の協力もあるし、研究って面白いと紗良の学術的な好奇心も、最近はむくむくと育って来ている。異界の植物の育成も、幸いにも順調に進んでいて。

 最近は、果実が採れそうな植物も幾つかあったりと気を抜けない。


 そんな感じで進んでいた配線工事も、とうとう香多奈が学校から帰って来る頃には無事に終わってしまった。姫香の運転で戻って来た末妹は、楽しい事をしてたでしょと除け者の気配を感じておカンムリ。

 工事をしてただけだよと、取り付けた『魔導の発電機』の説明を子供たちに始める護人。高価な魔法アイテムを家の外に設置するのはアレだが、まぁこんな山奥まで泥棒が来る事も無いだろう。


 和香と穂積も寄って来て、香多奈ちゃん特訓を始めるんだよねとすかさずの話題転換。それにコロッと引っ掛かって、今日も頑張るよと張り切り始める単純な少女。

 来栖家の平和は、こうして主に子供たちの機転で保たれているのだった。




 それから週末まで、来栖邸の周辺にも一応は平穏な日々が過ぎて行き。取り付けた『魔導の発電機』は順調で、さすがレア魔動機といった所。

 そして学校に行ってない面々は、相変わらず午前中は小島博士の指導で授業を受けて、それぞれの学力にあったテキストやら講座を受けて勉強に励む。。

 紗良と姫香の他に、凛香チームの面々が加わって生徒数は途端に賑やかに。


 それで張り切り出すゼミ生も、中にはいたのが面白かったけど。子供好きなのだろう、年少組(和香と穂積と慎吾)は小太りの三杉がメインで面倒を見る流れに。

 姫香と凛香チームの残りの4名は、ほぼ一緒の授業内容に設定される事に。これで随分とシステムは整って、来栖邸近辺の子供達の学力向上に期待が持てるように。


 ゼミ生達も、雇い主の期待に添えられて取り敢えず満足な様子。お給金も出るとの事なので、その点も安心だ。何しろ、こちらに来てお金を稼ぐ手段が随分限られてしまったので。

 ゼミ生達の話し合いでは、この新たな拠点で少しずつ地元との交流を深めて行きつつ。将来的には、塾でも何でも稼げる職を得たいなぁって感じ。

 そしてもちろん、ダンジョン学の研究はずっと携わって行くと。


 それに加えて、探索者登録をしている大地と美登利は、放課後の裏庭特訓にも毎日付き合わされていた。こちらの方が、明らかに張り切るキッズが多いのは多少気になるけれど。

 この町に民泊移住が適ったのも、そもそもは探索者の腕前を買われての事である。問題なのは、その腕前がてんで実力不足であると言う点である。

 かくして、大地と美登利の2人は子供達と特訓に励むのであった。


 魔人ちゃんの、ふんわりとした毎度の教官振りはともかくとして。姫香に限っては、上級ポーションもあるから少々の怪我も平気でしょとのスパルタ振り。

 凛香や隼人は、それすらドンと来いとの構えで若さをたぎらせているけれど。ゼミ生2人は二十歳も過ぎた、研究畑の頭脳労働の出身である。


 端っこで遊び回る年少組を横目で眺め、アッチに混じりたいなぁと特訓中に何度思った事か。その年少組の為にと、アスレチックは更なる成長を遂げていた。

 まるで遊具のような木製の器具は、シーソーと回転遊具が混ざったような形状のモノが増えており。コロ助がロープを引っ張って、容赦なくその遊びに混ざるともうカオス。

 まぁ、子供達も楽しんでいるから良いのだが。


 コロ助の《韋駄天》のスキル練習にもなってるし、ただの遊びと言う訳では無いのだけれど。賑やか過ぎて、たまに姫香に叱られると言う繰り返し。

 最近は護人も真面目にスキル練習に参加しているし、特訓場の熱気は高いのだけれど。週に3日は、稼ぐためにダンジョンに潜っていた凛香チームは、実戦から遠ざかってやや不満げ。


 モチベーションを保つためにも、少しは潜っておきたいとの願いも。護人からは、装備がちゃんと揃うまではノーと言い渡されていて。

 過保護に過ぎるかもだが、ギルドを本格的に始動させるならそれなりに責任も伴って来る。姫香は勢いだけはあるが、やっぱりまだ未成年で考えナシの所もあって。

 全体の面倒を見るのは、やっぱり護人の役目になっている。


 今週の金曜日には、再び四葉ワークスの移動販売車にやって来て貰う約束を取り付けてある。青空市で、凛香チーム全員分のサイズを確認して頼んでおいた探索着だ。

 そう言えば、未だにギルドの名前すら決まっていないこの現状だが。他のチームからは、ギルド『日馬割』との認識で定まっている気配が漂って来ている。


 本体は護人チームと呼ばれているようで、まぁ犬猫ペットチームで無いだけ良かったと一安心。そして護人が見る限り、段々とキッズチームの練度も上がって来ている様子だ。

 新しく取得したスキルにも、子供たちは少しずつ馴染んで来ているようで。さすが若いだけあって、対応力は抜群に優れている。そしてやっぱり、その新たな力を試したくて仕方が無い様子。

 結局、根負けした護人は土日に近場に潜る事を許可したのであった。




 そんな最近の香多奈と最年少キッズ達だけど、放課後の遊び方は段々と勢いを増していて。当初心配されていた穂積の“変質”だが、来栖家から中級エリクサーの瓶を常備させる事で、ある程度は解決してしまった。

 発作が起きると、ポーションホルダーから素早く薬を飲む事で、症状はある程度緩和される事が分かっていて。ただし、中級エリクサーは100mlが20~30万円もする高級品で。


 当然ながら、おいそれと一般人は購入など出来やしない。それをあっさりと融通出来るのは、来栖家が探索でそれを貯め込んでいるからに過ぎないのだ。

 それでも遊び友達と、一時的にも健康を得た穂積は、今までの鬱憤うっぷんを晴らすようにはしゃぎ回っていて。やるのは決まって探索ごっこ、兄や姉たちの真似事である。


 残念ながら、和香と穂積だけでの遠出は許されていないので。香多奈が学校から戻って来てから、コロ助やルルンバちゃんを護衛に従えてのお出掛けである。

 来栖家のテントを持ち出したり、『巻貝の通信機』を使って離れた場所の紗良姉さんと会話したり。そして山の裏の拠点造りは、最高に楽しくて現在3人の超お気に入りの遊びである。

 そんな秘密基地は、来栖家の周囲に現在3つもあると言う。


 それから家畜の世話も、和香と穂積には物珍しくて目下熱中しているお仕事で。ちなみに来栖家の家畜小屋は、探索で得た『塵のオブジェ』と言う名の空気清浄機×4個で随分と清潔に保たれるようになった。

 まずは夏でもハエが湧かなくなったし、家畜のフンの臭いも随分と抑えられるように。これはいずれは畑の堆肥になるので、離れた場所で保管しているのだが。


 その保存も随分と衛生状態が増して、本当にダンジョン産のアイテム様々である。そしてしぼり立ての牛乳を堪能したり、大きな動物と触れ合ったり。

 毎日を新鮮に過ごして、農家の仕事も少しずつ教えて貰って。





 ――順調に田舎に適応している、和香と穂積なのであった。





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