第158話 家族がバラバラに飛ばされてしまう件



 1人ボッチでワープ魔方陣に飛ばされて、紗良は途方に暮れていた。いや、実際は肩にはミケが、すぐ隣には小型ショベルのルルンバちゃんが鎮座しているのだが。

 恐らくアレは、罠のタイプの仕掛けだったのだろう。そして飛ばされたのが、水中の様な妙な感じのエリアである。隠しエリアだろうか、少し息苦しいのが気に掛かるけど。


 周囲を見回すが、家族の姿は近くには窺えなかった。とは言え、下手に動いて偶然出会う確率は、とても少ないのは常識で分かる。

 だからと言って、ここでじっとしているのも不安には違いなく。試しに紗良は、ミケとルルンバちゃんの名前を呼んでみた。両者ともしっかり返事してくれて、そこは安心出来たけど。

 次に思い付いたのは、遠見の装備で周囲の確認をしてみる事。


 そして数分後、どこを見回しても誰の姿も見掛けない事を改めて知る破目に。実際、獣人の集落や隠されている宝箱の位置は把握出来はしたのだけれど。

 獣人は水の中でも自在に動けるザリガニ型の強そうな奴らで、数もゆうに30匹以上。この兵力だけで突っ込むのは、いかにも無謀ではある。

 紗良は諦めて、じっとその場で待つ手段を選択。


「席に座らせてね、ルルンバちゃん……みんなで取り敢えず、誰かが迎えに来るまで待ってようか。それとも、このエリアから脱出するのを頑張った方が良いのかな。

 ミケさん、どう思う?」

「ミァーッ」


 ミケは答えてくれたが、生憎と通訳の末妹がいないと何て言ったのか分からない。ルルンバちゃんは紗良がシートに座っても、進み始める気配は無し。

 彼自身も、どちらに進んで良いのか分かっていないのだろう。それにしても、何とも不思議なエリアだ……本当に水の中にいるようで、さっきから少々息苦しい。


 ひょっとして、時間を掛けて溺れ死んでしまうのではないかと言う、そんな恐怖が心中に湧き起こるけど。どう仕様も無い紗良は、勇気を貰うように小柄なミケを優しく撫でてみる。

 その時、ミケの身体に確実に緊張の波が沸き立ったのに気付き、紗良は咄嗟に周囲を窺ってみた。正面右手に、さっきまで無かった魚影の様なモノか存在して。

 それが確実に、どんどんこちらへと近付いて来る。


 その接近に気付いてから、魚の群れの襲撃に遭うまでの時間はやたら短かった。慌てて対応するルルンバちゃんと、ミケの魔法の雷攻撃の放出に。

 熾烈な初撃は、しかし敵の数を半分程度に減らした程度。なおも魚影はもの凄い勢いで体当たりをして来て、頑丈な小型ショベルのボディが揺れまくる。

 その度に、悲鳴を上げる紗良だが直接の被害は今の所無し。




 香多奈の感じたかすかな鳴動だけど、少女の目の前20センチの場所で起こっていた。水の渦がクルクル回る、そんな現象が目の前で起こっている不思議に。

 香多奈は目を丸くして、ただ眺めているだけだったのだけど。それが小さな人の形を取り始めると、びっくりして叫んで尻餅をついてしまった。


 その拍子に、少女のポケットで熟睡を決め込んでいた妖精ちゃんが起きて来て。漂う小さな水の精霊に、ハローと元気に挨拶を飛ばす。

 向こうもハローと返事をして来て、挨拶合戦は終わったみたい。それから不意に、ここは何処だと威張った感じの妖精ちゃんの質問に。

 現状を思い出した香多奈の、マシンガントークが炸裂する。


 それを腕を組んで聞いていた小さな淑女、具現化したちっちゃな水の精霊に道案内を頼んでやると請け合って。喜ぶ香多奈と、その隣で飽くまでのんびり構えているコロ助と言う構図。

 コロ助に関しては、どうもこのエリアでは鼻も利かないらしい。でもまぁ、戦力としては信頼出来る末妹の相棒である、ちょっとのんびり屋さんではあるけど。


 自分の役割を聞いた水の精霊は、そんじゃ仲間を探すねと気楽な模様。そんな簡単に行くのと、驚き質問する香多奈に任せておけと勇ましいのだが。

 しばらく耳に手をやって、お澄まし顔の水の精霊。それから張り切り顔で、こっちに1組いるなと小さな指を左に向ける。女の子と猫がいるとの話なので、紗良姉さんとミケさんかなぁと見当をつける少女。

 それじゃあ移動しようかと、こちらも呑気な香多奈である。


 ところが水の精霊の案内は、こっちに行ったり逆方向に歩いたり。どうやら攻撃的なモンスターが、このエリアも割と徘徊しているらしい。意外と頼りになる案内役に、驚き顔でついて行く1人と1匹である。

 ところでこの水の精霊、どっから出て来たのと不思議顔での妖精ちゃんへの質問に。お前が《召喚》したのだろう? と不思議顔で返されて、混乱する香多奈。


 どうやら知らずに、スキルを発動していたらしい。呼び出された精霊が、妖精ちゃんと性格が余り変わらないのはアレとして。

 役には立ってるし、偶然にしても上々の結果では?


 そんな事を思っていると、不意に前方の丘の向こうから戦闘音が響いて来た。それに反応して、コロ助が吠え立てて戦闘参加して良いかのお伺い。雷の放出音も聞こえて来るし、恐らく紗良とミケグループだろう。

 香多奈はすかさず、『応援』を掛けてコロ助にゴーサイン。


 疾風のように駆けて行くコロ助、残された香多奈は丘の上に移動して戦況を見守るのみ。何せ自分には戦闘能力も無いし、武器の類いも全く無い……と思って魔玉の存在を思い出した。

 パッと見、魚の群れに襲われていたのはルルンバちゃんに間違いなかった。紗良とミケは、恐らく搭乗席にいるのだろう。そう願って、爆破石で援護を開始する少女である。


 敵の魚群は全部が人のサイズで、突進力は厄介だったが結局は雑魚の群れだった。残り数匹になると、散り散りになって逃げて行く哀れな敵影である。

 そんな中、家族に駆け寄って安否の確認に忙しい末妹。


「紗良姉さんっとミケさん、ルルンバちゃんは無事っポイよねっ!?」

「香多奈ちゃん、良かった……!」


 お互いの無事を確認して、抱き合って喜びを分かち合う姉妹。紗良とミケは、敵の突進をルルンバちゃんの搭乗席で何とかやり過ごしたようで何より。

 香多奈も、ルルンバちゃんの改造に携わった甲斐があったと言うモノ。ミケも何気に、継続戦闘能力が伸びてたよとの紗良の報告に。

 高価装備の『ルビーの指輪』の、MP増加効果が効いている模様。


 とにかく敵も退けたし、逸れた家族とも合流は出来た。ただし、護人と姫香が未だどこにいるかが不明と言う。恐らくハスキー達も付いているだろうが、このエリアにいるのだろうか。

 そんな香多奈の言葉に反応した水の精霊が、この特別エリアにニンゲンの気配はもう無いかなとの返答。とすると、まずはこのエリアからの脱出が先?


 ここは息苦しいし、ひょっとしてHPにダメージ入ってるのかもねとの香多奈の発言に。それじゃあコレ食べてと、紗良は鞄からチムソーの実(HP50%上昇)を取り出す。

 それをペット達と分け合って食べて、後はMP回復ポーションでの水分補給。これで休憩はバッチリだが、道中はやや不安かも。取り敢えずは予備の金銀シャベルを取り出して、お互いの武器として持っておく事に。

 それから水の精霊の案内で、この不思議エリアの出口へと誘導して貰う。



 その道中は思いっ切り端折るが、結構大変な道のりだった。ピラニアみたいな獰猛な魚に絡まれたり、でっかいナマズに呑み込まれそうになったり。

 戦力が半減以下のこのチームでも、それらを退けられたのは僥倖ぎょうこうだった。主にエースのミケの踏ん張りと、身体を張って紗良と香多奈を庇ったコロ助とルルンバちゃんの殊勲だろう。

 そんな訳で、何とか30分後には目的のワープ魔方陣の前まで辿り着き。


「良かった、何とかここまで辿り着けたねぇ……息苦しさが結構増してたから、これ以上の滞在は結構不味いレベルかも知れないね?

 どこに出るか分からないけど、とにかくワープしよう、香多奈ちゃん!」

「そうだね、本当に苦しいよ……あっ、水の精霊が案内ここまでだって! さよならだって言ってる、私の力が弱過ぎるからこのエリアでしか来て貰えないみたいだね?

 残念だけど、ここまでありがとうねっ!」


 そんな訳で、充分に役立ってくれた水の精霊はここでお別れの流れに。お礼を言いながら、紗良と香多奈は揃ってワープ魔方陣へと飛び込んで行く。

 それに続くコロ助とルルンバちゃん、果たして次はどこへ飛ばされるのやら?




 マントに騎乗した姫香とツグミのコンビは、相変わらずダム底のエリアを彷徨さまよっていた。途中で何度か、ツグミに遠吠えを催促してその反応を窺ってみるのだが。

 それでやって来るのは、暗殺者タイプのトカゲ獣人とか、マッドマンの群れとかそんなのばかり。お陰でコンビの戦闘訓練は充分にこなせた姫香とツグミなのだが。

 肝心の家族との邂逅かいこうには、至っていない1人と1匹である。


 今もサハギンのハグレ集団数匹と、斬り結んでの勝利を収めた所。回復役の紗良がいないので怪我に注意は勿論だが、頼りにしていた護人の不在で不安ばかりが増す道中である。

 香多奈の騒がしさも、今となっては懐かしい限り。探索と言うのは単独でするモノでは無いと、改めて感じている姫香である。


 この周辺は結構動き回っていて、近くの集落の場所もすべて把握してしまった。それだけの時間を滞在しているのに、家族の誰にも出会えていないと言う現実に。

 実際、彼女は少々へこたれそうに。


 戦闘後に休憩を取りつつ、さてどうしたモノかと考え込む姫香。とは言え、取れる手段は限られていて、ツグミの遠吠えでの居場所発信しか現状は手立てがない。

 思い切っての階層移動も考えたが、今のコンビでは集落攻めはちょっと厳しい。大型モンスターの方がまだ目はあるが、それは本当に非常手段である。


 そんな訳で、集落を避けて移動しながら、ツグミに遠吠えをお願いする作戦を続行するために。休憩を切り上げて、さて移動しようとした矢先の事。

 どこかで聞いた様な賑やかな戦闘音が、右手の丘の向こうから響いて来て。姫香も驚いたが、相棒のツグミのはしゃぎようは普通じゃないレベル。

 早く合流しようと、姫香を急き立ててダッシュでその音の元へと駆けて行く。


「えっ、いつの間にそんな所にいたの……香多奈、紗良姉さんっ!」

「あっ、姫香お姉ちゃんだっ……いきなり出会えたよっ、助けてっ! ワープでこっちに着いた途端に、モンスターの群れに絡まれちゃった!」

「姫香ちゃん、やっと出会えたっ……! 良かったぁ、これで後は護人さんとレイジーちゃんと合流するだけだねっ!」


 紗良の叫びに、一瞬だけ気落ちする姫香だが。もちろんこの危機を脱するのが先だと、勢いよくトカゲ獣人の群れに飛び込んで行く。

 ツグミはその速度を活かして、既に敵に噛み付いての大暴れの最中である。負けずに愛用の鍬で殴り掛かる姫香、姉と合流して怪我の心配をせずに済んでいるので。

 その動きは、さっきより数段の切れを取り戻して暴虐の如し。


 香多奈の声援にも後押しされ、戦闘はほぼ短時間で終了の運びに。転がった魔石を回収する香多奈とルルンバちゃんは、いつも通りで安心する姉2人である。

 ただしやっぱり、護人の不在は重要案件には違いなく。そもそもこの層にいるのかなとか、そもそもこの層は何層なんだろうと姉妹で話し合うも結論は出ず。


 取り敢えず今度は、ツグミとコロ助のデュエットで遠吠えに挑んで貰う事に。その後必死に全員で耳をそばだててみるも、残念ながらレイジーの応答は聞こえず終い。

 これは本格的に、階層移動に作戦をシフトした方が良いかも知れない。休憩しながらそんな事を話し合い、次の行動を姉妹ですり合わせ。


 結局は、ツグミが偵察で発見した大型の亀型モンスターと一戦交える事に。これを倒して、取り敢えず次の層へと向かってみようとの結論である。

 さすがにこの層に1時間近く滞在して、反応が何も無いのは変だとの意見が姫香から出て。水のエリアにいた紗良と香多奈も、概ねそれに同意しての移動と相成って。

 ただし盾役抜きで、大型モンスターとの戦いは結構しんどい。


 ルルンバちゃんが頑張るのだが、噛み付きやアクアブレスの大技には翻弄されっ放しで何度もピンチに。エースのレイジーの不在も、地味に討伐時間に響いて来そう。

 それでも頑張る子供たち、顔面部分に攻撃を集中してダメージを与え続け。どんどんボロボロになって行くルルンバちゃんだが、一歩も引かずにアームでガシガシ殴り続けてのヘイト取り。


 中盤以降は、ミケの魔法攻撃が敵の動きを怯ませるのに役立って。『雷槌』での麻痺効果が手伝って、姫香の『旋回』込みの鍬の攻撃が首筋にクリティカルヒット!

 動きが完全に鈍くなってからは、後はもう押せ押せで。10分以上に渡る戦闘の結果、何とか勝利と次の階層へのワープ権利を取得した一行である。

 そして休憩の後、子供達&ペット勢は家族の合流を信じて次の層へ。





 ――その結論が正しい事を、信じてワープ移動を果たすのだった。






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