第157話 ダム底ダンジョンが少しずつ牙を剥き始める件
さて、来栖家チームが8層に到達したくらいで、正午を知らせるサイレンがダンジョン内に響き渡った。驚き身を竦める子供達だったが、本当にただの告知だったみたい。
護人も警戒して、しばらくは何か変化が起きないかと周囲を窺っていたのだが。何も無かったようで、
そして見付かる、このダンジョンでの幾つ目かの獣人の集落。
「今回はどっちかな、サハギンとリザードマン……魔術系と肉体派って感じだよね、他の獣人はこのダンジョンにはいないみたいだし。
まだ先は長いし、無理しないで行こうねっ!」
「いつも無理して突っ込むのは、お姉ちゃんの方じゃんか……痛いっ、グーで殴らないでよっ!」
こんな場所で姉妹喧嘩を始めるんじゃないと、いつもの護人の呆れた仲裁に。は~いと渋々な感じの返事が2つ、そして改めての作戦の説明だが。
特に
何だか広域ダンジョンにしては、思ったよりスイスイと進んでいる気もしないでもない。ペースを落とすか、間引きをもう少し頑張るかするべきなのかも知れないけれど。
変にやり方を変えて、怪我をしたりペースを崩すの宜しくは無いと思い直した護人である。そんな訳で、いつものやり方でさっさと次の層へと向かう事へ。
そんな勢いで進み出る1人と1機、戦いはおもむろに始まって。
今回の相手はリザードマンだったようで、弓矢持ちやアサシンタイプが混じって来て難易度も格段にアップ。下手に進むと、泥の中に潜んでいた奴に不意を突かれる怖さが混じって。
弓矢の威力も結構凄くて、そこはツグミの暗殺モードが大活躍を見せた。ルルンバちゃんも砦崩しからの大暴れで、護人以上にヘイトを稼いでいたりして。
砦内に乗りこんでからも、来栖家チームの勢いは止まらない。向こうの暗殺者タイプには苦労させられたが、ハスキー軍団の方が1枚上手な様子で。
特に危ない場面も無く、何とか制圧を成功して。ただし、やっぱり潜んでいる敵が全部いなくなったとも断言出来ず。気配を確認しながらの、ワープ魔方陣と宝箱探しに専念する一行。
そして先に見付かったのは、珍しく宝箱の方だった。
「あれっ、珍しいね……ワープ魔方陣がまだ見付かってないのに、宝箱を先に発見しちゃったよ。どっかに敵は潜んでいないよね、ちょっと怖いから香多奈はみんなの側に居なさい」
「コロ助が側にいるから平気だよっ、それよりこの床板ちょっと怪しくない、お姉ちゃん?」
さっきの喧嘩が尾を引いているのか、ちょっと刺々しい末妹の返答に。ムッとしながら宝箱を開ける姫香、中から出て来たのは鑑定の書が4枚のみ。
割と大きな宝箱なのに、たったそれだけとは逆に怪しい。ってか子供たちの不満が爆発して、どこか隠してるんじゃないかと再びの家探しが始まりそうに。
結局は、今回も香多奈の勘は正しかった模様で。何とこの宝箱の下の床板は、めくれて秘密の地下室に入れるように仕掛けがしてあったようである。
喜び勇んで全ての床板を剝がしに掛かる子供たち、ルルンバちゃんも手伝って一瞬でそれも完了。地下室はそれほど深くなく、段差はほんの1メートル程度だった。
そしてその中央に、銀色の宝箱が出現。
「やった、でかしたよっ香多奈っ!!」
「へへっ、これもスキルのお陰かなっ!?」
得意満面の少女だが、あっという間に姉妹の仲も元通りと言う現金さ。多少呆れながら、紗良は魔法の鞄を回収役の姫香へと差し出す。
何にしろ、姉妹の仲が良いのは喜ばしい事には違いない。
宝箱の中には、魔結晶(小)が6個と木の実が4個、巻貝の装飾品っぽいモノが2種類入っていた。そして宝箱の中央の台座に、金色に輝く龍と鯉の置物が。
結構大きくて、姫香は何でこれだけ台座に置かれているんだろうと首を傾げて回収するけど。それが大掛かりな罠だったとは、手に取るまでは気付かず仕舞い。
発動するのは、4隅に輝くワープ魔方陣の仕掛け。
「あれっ、コレってナニ……!?」
「わっ、こんな所にワープの仕掛けが……って、アレっ!?」
「ヤバいっ、みんな固まって……!!」
慌てる子供たちに、掛けた護人の言葉は一息だけ遅かった模様で。その時には既に、各々が別の場所へと強制ワープで運ばれていた後だった。
慌てたのはハスキー軍団も一緒、とにかくご主人たちと逸れまいと、突進するようにそれぞれのパートナーに近付いて行く。そして8層の獣人の集落跡地に、動く影は皆無となって。
ダム底の脅威は、ゆっくりとその牙を剥き始める――
姫香とツグミは、見慣れない景色に大いに戸惑っていた。それでもその戸惑いは、他の家族がいない事に較べれば大した問題では無く。
大声で名前を呼ぼうとして、寸前で思い留まる姫香。見慣れないと言っても、ここは“弥栄ダムダンジョン”のどこかの層には違いなく、順当だとしたら9層目である。
つまり周囲は敵だらけ、大声で居場所を知らしめて良いモノか。
結局は、孤独に耐えられずに叔父や姉妹の名を呼ぶ破目になったけど。返って来るのは、広域ダンジョン独特の静けさのみと言う有り様で。
ツグミが相棒の真似をして、高く
ところが、何分経っても何の返事も返って来ず。
「これは……近くにレイジーもコロ助もいない可能性が高いね、ツグミ。どうしよっか、しばらくこの場所で待ってみる?
それとも、ここがどこか位は調べておこうか?」
普通に言葉に出して、相棒のツグミに相談する姫香である。ツグミは少し考えるように小首を傾げて、恐らく2人では心細いなぁとか考えたのだろう。
首を伸ばして、姫香の持つ空間収納袋を突き出して。何かを催促する仕草、それを姫香も感じ取って。中身を全部取り出して、何が欲しいのとツグミに訊ねに掛かる。
ツグミが欲しかったのは、どうやら予備のマントらしい。紗良の自作の予備の品だが、性能は現在姫香が使っているのと全く同じである。
そのマントが、突然に黒い影を帯びて膨らみ始めた!
驚く姫香だが、その膨張は止まずにあっという間にそれは仔馬サイズまでの大きさに。それをやり遂げたツグミは満足そうで、今度は姫香にMP回復ポーションを
どうも結構な魔力を消費したらしい、姫香も小分けにした瓶にあったそれをツグミに飲ませてあげて。
まずはここが何層か確かめて、来栖家チームの誰でも良いから合流しないと。ツグミの勧めで蒼マントの羊の様な物体に馬乗りになり、
その乗り心地は、フカフカで上品な気さえする……何にしろ、これで体力の消耗は抑えられそう。家族と合流するまで、とにかく頑張らないと。
焦る気持ちを無理やり心に閉じ込めて、移動を開始する姫香とツグミだった。
護人とレイジーのコンビも、同じく誰もいないダンジョンのあるエリアへ罠の魔方陣で飛ばされて。しかも間の悪い事に、モンスターに見付かってしまうと言う。
慌てつつも家族の名前を呼びながら、向かって来る大型の蟹モンスターと対峙する。大型と言ったが、そいつはマジで一軒家程度はありそうなビッグサイズで。
四腕を振り回し、取り敢えずは敵のタゲ固定と周辺確認に忙しい護人。レイジーもやっぱり慌てているようで、仲間の姿を探しながら戦闘に参加している。
ついには遠吠えまでしての、仲間との通信を図るレイジーだけど。返って来る返事は皆無で、危うく大蟹の大振りの鋏攻撃を受ける破目に。
そこは何とか回避して、反撃に転じるレイジー。
護人も全く集中出来ていなかったが、とにかく邪魔なこの敵の殲滅が先と割り切って。ところがこの騒ぎを聞きつけて、望まぬ敵が2組もやって来る事態に。
1組目は、奇妙な大トカゲに騎乗した巻貝頭の奇妙な獣人。小柄な体躯と鎧を着込んだ、今までに出逢った事の無い癖の強い外見の敵である。
顔はのっべらで、カタツムリのように目が2つ飛び出していて。手には貝殻を加工して造った、白い斧の様なモノを持って近付いて来ている。
そいつが全部で3匹、傍から見たら結構なスピードである。
「何なんだ、一体……レイジー頼むっ、こっちは俺1人で何とかするっ!」
その接近を横目で察知した、護人はすかさずレイジーに指示を出す。ところがそれとほぼ同時に、反対側の丘を越えて予期せぬ2組目のお客が到着した。
そいつ等も団体様で、護人の戦いを発見して途端に騒ぎ始めた。何と昨日の夜に、来栖家の子供達と騒ぎを起こしたチンピラチームである。
どうやら先ほどの、護人の呼び声を聞きつけて寄って来たらしい。連中の顔付きはモロに獲物を品定めする際のそれで、戦闘中で手を離せない護人にテンションアップ。
早速武器を取り出す者や、録画を止めろと指示を出す者……彼らの襲撃の準備は、着々と整って行く。拳銃を持つ者が2名程、嬉々として銃口を向けながら率先して丘を駆け降りる。
そして躊躇いなく引かれるトリガー、発砲音が戦場に響き渡る。
「おいっ、上級の探索者は拳銃くらいじゃ死なねえぞっ! 確実に肌に直に当てろ、近付き過ぎたらこっちが巨大蟹の的になるっ!」
「俺の魔法で、側にいる犬っころを先に殺るぞっ! 装備は後で回収するから、なるべく傷付けるなよっ!」
耳障りな怒号が飛び交う中、ちゃっかり護人は無傷で生き延びていた。ほぼ背後からの不意打ちだったが、どうやら薔薇のマントが全部防いでくれたらしい。
そして気付けば隣から、レイジーの静かな殺意が伝わって来た。彼女はさっきまで巻貝のトカゲライダーを相手取っていて、騒ぎを聞きつけて慌てて戻って来た所で。
怒りのあまり、口元からは殺意に似た炎が自然と立ち上がっている様子。普段のレイジーからは考えられない怒気に、思わず薔薇のマントが反応してしまい。
何故か勝手に持ち込んでいた、魔人ちゃん用の
剥き出しの刀身から、青白い炎が沸き立って行く。
そこに飛んで来たのは、悪漢側の魔法使いの炎の玉だった。なかなかの威力でバランスボール程の大きさだったが、それが彼らにとっては不幸となった。
何とレイジーが、その炎の玉をインターセプト。焔の魔剣の炎と合わさって、一気に膨れ上がった炎の玉の中から。次々と生まれ出る炎の狼たち、それが丘を駆け上がって悪漢たちに襲い掛かって行く。
そして怒れるレイジーは、返す刀で大蟹へと焔の魔剣で斬り付ける。長く青白い炎の剣は、簡単に巨大な蟹の右腕を切り落としたばかりでなく。
蟹の顔の右面も焼き尽くして、割と酷い威力を示す。丘の上ではチンピラ連中の叫び声が、間の抜けたBGMのように鳴り響き続けており。
護人は勝利を確信しつつ、遥か上の大蟹の顔面へと《奥の手》パンチを繰り出す。焼け
そこに薔薇のマントも、棘を生やして追従の必殺パンチ!
それが決め手となって、粒子と共に魔石に変わって行く大型モンスター。ついでにワープ魔方陣も発生したが、今はそれを直視したくない護人である。
隣を見ると、珍しくへたり込んでいる相棒のレイジーの姿が。どうやら例の《狼帝》スキルと、その後の焔の魔剣の使用でMPを使い果たした模様。
体格の良い連中も混じっていた悪漢連中だったが、炎の狼を相手には手も足も出なかった様子。今は悲鳴の類いも、風に乗って遠くから聞こえる程度。
レイジーの呼び寄せた炎の従者たちが、どの程度の時間こちらの世界に滞在出来るかは不明だけど。精々頑張って逃げて欲しい、こちらとしては2度と顔を合わせたくは無いので。
レイジーにMP回復ポーションを与えながら、そんな事を考える護人。
「しかし、ここからワープ移動も出来ないし、ちょっと参ったな……」
家族の安否も居場所も分からない現状、下手に動く事など選択肢には無い。レイジーに定期的に遠吠えして貰って、家族の居場所を突き止めるのを気長に待つしか作戦を思い付かない護人である。
子供たちの心配は当然あるが、そこは信用するしかない。彼女達には、いざと言う時の脱出用に『帰還の魔方陣』を各々に持たせてあるし。
いざとなれば、それを使って帰還する事を願うだけ。
香多奈とコロ助は、何故か水中のエリアに飛ばされていた。不思議と息苦しくは無いのだが、ちょっとだけ呼吸がし辛い気もしていて。
危機感は心中に巻き起こるが、それ以上に自分の側にコロ助しかいないこの状況と来たら! 完全に家族と逸れてしまった、恐らくはあの隠された宝箱が罠だったのだろう。
苦しさの原因は、実際にHPが減って行ってるのかも知れない。そう思い至って、とにかくこの変テコなエリアから脱出しようと意気込む香多奈。
ちょっと視線を上に向ければ、空中(水中?)を泳ぐ中型サイズの魚も窺える。アレがモンスターだったら、ちょっと自分とコロ助の手には余るかも知れない。
移動するにしても、こちらの装備を一度整えないと。
――その時
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