第155話 思わぬ角度からの襲撃に遭ってしまう件



 さて、すっかり見慣れた“弥栄ダムダンジョン”の第4層である。さっそく地図を確認して、チーム員に近場の集落の方向を指し示す紗良。

 それによると、奥に行くほど獣人の集落は数を増やしている傾向があるみたい。そして層が深まるにつれて、集落は巨大化している気配を見せるそうで。


 深くなれば攻略も大変になる、その図式はここにも当て嵌まる感じ。基本は集落の殲滅作業だが、巨大モンスターを倒してもワープ魔方陣は出現するそうで。

 中ボスエリアの5の倍数層は、集落は存在せずに巨大ボスの討伐が必須みたい。なるほどねぇと感心する姫香だが、ここはまだ4層なので。

 集落を探そうかと言う話で、一旦議論は落ち着きを見せ。


 移動を開始して5分もせずに、何故かハグレらしい巨大モンスターに遭遇する一行。運が良いのか悪いのか、向こうもこちらをバッチリ認識。

 凶悪そうな口を開いて威嚇するソレは、ワニガメに見えなくも無いけれど。一軒家サイズの巨大亀が、のそのそと草むらから這い出て来ての戦闘開始。


 咄嗟にチームに号令を掛けて、護人&ルルンバちゃんでその巨大な顔をぶん殴りに掛かる。ヘイトを稼ぎつつ、魔法での攻撃指示を出すリーダー。

 それを受けての香多奈の爆破石攻撃は、硬い甲羅に阻まれてあまり効果は無かった様子。レイジーも『魔炎』で右足に攻撃、これは多少ダメージは通ったか。

 そして敵の反撃のブレスに、護人は総毛立つ思い。


 咄嗟にルルンバちゃんのアームのパワーで、上手く顔の方向を変えられたのは僥倖ぎょうこうだった。それでも前に立つ護人は完全に避け切れず、毎度の薔薇のマントでのガードでやり過ごす。

 後方からも悲鳴は上がったが、それは恐らく驚きの声だろう。そう信じつつ、護人は速攻で倒せとチームに指示を出す。

 つまりは全力で倒して、被害を最小限に抑えろとの思惑だ。


 それに反応して、恐ろしい速度で飛んで来る金のシャベル。それは狙い違わず、巨大亀の首筋にヒット。甲羅に当たっても意味は無いので、これは姫香のファインプレーだ。

 この攻撃に苦しむ巨大亀だが、追いうちは全く容赦無かった。ミケの『雷槌』が、そのシャベルを避雷針代わりに見事命中した模様。

 痺れたようなモージョンの敵、そして護人の四腕が追撃の準備。


 魔法の鞄から巨大ハンマーを取り出して、突き刺さっていたシャベルを釘のように何度も撃ち始め。ルルンバちゃんも、下手に動かないようにアームでのキープお手伝い。『馬力上昇』を得てから、彼のパワーの上昇具合は凄まじいレベルに達している模様。

 そして5発目の追撃で、とうとう巨大亀はギブアップ。


 負けを認めて魔石へと変わって、激しい戦闘の跡など無かったかのような潔さ。それでも短い戦闘だったのに、疲労はそれなりにチームに圧し掛かっていて。

 やったーと喜ぶ香多奈の声に反比例して、MPを消費した面々はグッタリ模様。ルルンバちゃんも同じく、いつもなら嬉々としてドロップ品を回収する彼なのに。

 今はアームをグッタリ降ろして、エネルギー注入を末妹におねだり。


「いやいや、さすがに巨大モンスターの相手は辛いな……姫香、ナイスコントロールだったぞ。香多奈はルルンバちゃんのエネルギー補給を頼む、紗良はハスキー達の怪我チェックを。

 少し休憩しよう、MPポーションを取ってくれるかい?」

「護人叔父さんこそ、怪我は大丈夫だった? あの巨体でブレスとか使うって、本当に酷い敵だよねっ!」


 プリプリ怒っている姫香だが、素直にMP回復ポーションを護人やミケに配り始める。香多奈もルルンバちゃんの補給作業を、ねぎらいの言葉を掛けながら真面目に取り組んでいる。

 巨大亀のドロップ品だが、魔石(中)と亀の甲羅らしきモノが3枚。それからワープ魔方陣が青白い光を放って、次の層へと一行を誘っている。


 これは1度使うと再充填に15分程度掛かって、放置してると1時間程度で消滅する仕様なのだそうで。すぐに飛び込まなくても平気なのは承知してるので、慌てる事も無い。

 何しろ4層の滞在時間は、まだ10分と少しなのだ。競争している訳でも無いので、10チーム内で突出し過ぎるのも宜しくないと護人の意見に。

 そうだねのんびり行こうと、子供達も賛同の構え。



 そんな休憩中も、ハスキー軍団は周辺の警護に余念が無い。それどころか、割と近くに獣人の集落を発見したらしくビリついた雰囲気を醸し出していて。

 もう少ししたら移動だよと、姫香が声を掛けるとレイジーは心得たようにそれ以上のアクションは無し。ところがヤンチャな子供たち、ってかツグミが姿を消しての潜入ミッション。


 何事かと心配しつつ、レイジーの側で見守る姫香だが。母親のレイジーは我が子を信頼してるのか、特に焦った感じも出していない。

 そして数分後、集落の宝物をガメて戻って来たツグミが『隠密』を解いて集落の外に出現。口には自転車の買い物籠らしきモノを咥えていて、それを運ぶのをコロ助もお手伝い。

 そして姫香の元に戻って来て、嬉しそうに尻尾をブン回す2匹。


 それに気付いた香多奈も寄って来て、一緒になって2匹を褒めそやす。姫香に至っては、危ない真似はしちゃダメと、叱るべきかなぁと一瞬迷ったけど。

 まぁいいかと、得意満面なツグミを撫で回す事に。何だかんだでツグミもまだ若いのだし、今は褒めて伸ばす時期。分別の類いは、もう少し大人になれば自然と身につくだろう。


 まぁ、レイジーは未だにヤンチャな面も際立っている気もするけど。ハスキー軍団の圧倒的なリーダーには違いなく、そこまでの成長を願う姫香である。

 そして買い物籠の中身は、解毒ポーション500mlとポーション800m、魔石(小)が4個に魔玉(土)が6個。更には当たりのスキル書が1枚、5層を前にして既に2枚目である。

 ここまで来ると、さすがの香多奈も凄いねぇとビックリ顔。


「大丈夫だよ、香多奈ちゃん……広域ダンジョンのドロップ回収は、動画観てて多いだろうと予想してたからね。薬品の回収瓶やタッパーとかも、普段の倍ほど持って来てるから。

 半日籠るんだもん、思いっ切り稼いで帰ろうね!」

「そうだねっ、紗良お姉ちゃん……夜までにどの位になってるのか、ちょっと怖い気もするけど。頑張って稼ごうね、コロ助たちも頑張って!」


 話を振られたハスキー軍団は、元気に返事してさあ進もうとヤル気は充分な様子。そして休憩は終わって、次は中ボスの待ち構える5層である。

 そこも景色に大きな変化は無し、すぐ側に割と小高い丘が存在していて。中ボスを探すために、まずはそこに登ろうよとの姫香の提案に。


 全員で賛同して草の生い茂る丘を、ルルンバちゃんの先導で制覇して。割と広範囲を見渡せるようになって、遠くに噂の弥栄大橋を視界に収める事が出来た。

 視力の良い香多奈が、そこに掛かっている看板を発見して。ちゃんと『5』って書いてあるよと、家族に報告してくれる。それと同時に、割と近くで戦闘中のチームも発見。

 それなりに手練れの一団なのか、巨大亀をチームで囲って攻略中の模様で。


 護人達が見学している間に、何とか討伐に成功した模様。声を荒げて怖い雰囲気だったが、その中の1人がすぐにこちらの存在に気が付いた。

 そして何故か態度が一転しての、フレンドリーな声掛けからポーション余って無いかとの催促。このワープ魔方陣を譲るから少し分けてくれと、リーダーらしき男に交渉を持ち掛けられる事に。


 下手に突き離しても、そこは同じ大規模レイドの仲間ではあるし。こちらは紗良もいるし、ポーション程度なら分けても平気なので、それなら譲るよと護人は思わず返答する。

 自然とチーム同士で近付きながら、世間話をする流れに。ここまでの調子はどうだとか、確か初参加だったよなとか。姫香は末妹に、さっさとフードを被りなとサインを送って。

 変に絡まれないよう、前以ての用心の呼び掛け。


「いや、アンタ等なかなかの腕前だな……俺らも間引きを半分無視して、スピード重視でここまで来たんだが。確か西広島のチームだよな、こっちは急遽参加を打診されちゃってなぁ。

 前準備の時間も無くて、色々と探索資材が不足してて困ってたんだ」

「そうそう、例えばアンタ等……魔道具の類いは持ってるかい? 魔素を遮断する休憩用の魔方陣とか、色々あるだろ? おっと、魔法の鞄は持ってそうだな。

 まぁ、半日も滞在するんだから当たり前の準備だけどな」

「いやまぁ、そこまで高価なモノは所持してないけどね」


 護人の言葉は謙虚から口にしたのではなく、向こうの視線にねちっこい悪意みたいなモノを感じたから。下手にこっちが裕福だと自らばらして、標的にされる愚は冒したくはない。

 子供達も警戒しているようで、必要以上に距離は縮めようとはしていない。護人もリーダーの男にポーション瓶を渡して、必要以上に親しく会話はしない構え。


 それでも向こうは、この小型ショベルはどうやって動いてるんだとか、賢そうな犬達だなと情報を得ようと会話を仕向けて来る。ただ、連中は武器を全員納めているし、フレンドリーな態度は崩していない。

 違和感は感じるが、変に警戒してるのを向こうに気付かれても気不味くなるだけ。取り敢えず取引は成立だと、奥に光る魔方陣を指し示されて。

 護人も同意したのだし、それならばと使わせて貰う事に。


 問題があるとすれば、連中が左右に割れてその中央を通らなければならない事。連中を大きく避けて魔方陣へと辿り着くのも、それは警戒してるよと告げるのと一緒だし。

 仕方無く、子供たちはほぼ一団となって護人の後に続く事に。ハスキー達も心得た様子で、本来の護衛任務に余念が無い感じで頼もしい限り。

 それでも事態は急変する、主に悪い方向へと。


 恐らく事前の打ち合わせか何かで、このパターンの襲撃は何度も経験済みだったのだろう。つまりは弱そうな後衛を人質にとって、前衛を不意打ちである程度痛めつける的な。

 その素早い動きに、対応出来たのはハスキー軍団のみだった。小柄な香多奈は完全に首根っこを掴まれて、紗良に至ってはテグスの様な透明な糸を首筋に絡み取られる始末。


 護人も油断していた訳では無いが、やはりまさか同じ探索仲間がとの思いは心中にあったのだろう。それが完全に、発砲音と共に打ち砕かれて悲惨な状況に。

 その拳銃だが、襲撃チームの実に3名が所持していた。残りの2人はハスキー達に撃ち込んだが、それは呆気なく躱される破目に陥って。

 そして護人に向けられた銃弾も、薔薇のマントが華麗にブロック!


「なっ、コイツ等……動くんじゃねえっ、こっちは人質が……っぐ、あぁがっ!?」

「なっ、おいっ……止まれっ……んがはっ!!」

「レイジーにコロ助っ……やり過ぎちゃダメだよっ!?」


 拳銃を持つ敵より、後衛を人質に取った暴漢の息の根を止めに掛かろうとしたハスキー軍団に。一応制止の言葉を掛けた姫香だが、心情は全く別だったり。

 ってか、紗良と姫香を羽交い絞めにした2人は、ミケの容赦の無い《刹刃》でかなり悲惨な目に遭っていて。透明なテグスも簡単に切断され、それどころか相手の指も数本宙を舞っている。

 子供には見せられない風景だが、咳き込んでいる紗良を救助して温情心も引っ込む姫香。喉元の赤い線は、下手したら致命傷になっていた恐れも。


 拳銃を乱射していた男たちも、怒号交じりに半狂乱の様相を呈して来た。そいつ等もミケの『雷槌』とハスキー軍団の襲撃に遭って、怒号が悲鳴へと変わって酷い有り様。

 残りの襲撃犯たちは、剣やハンマーを取り出しての遅ればせながらの乱闘参加。それも時既に遅しな感じで、ルルンバちゃんのアームで吹っ飛ばされている。

 そして、魔法を使おうとした男もツグミの『隠密』攻撃で反撃の芽を摘まれ。


 呆気なく発動を潰され、それどころか喉を噛み千切られそうな勢い。さすが大型犬と、感心する前に慌ててその所業を止める飼い主の姫香である。

 とは言え、最初のミケの反撃に遭った連中の容体が一番酷そうなのは確かだけど。慌てて近付いて来た護人も、あちゃーと言う表情で二の句が継げない感じ。

 それでも取り敢えず、紗良と香多奈を回収して魔方陣の側へと連れて行く。


「コイツ等きっと常習犯だと思うよ、護人叔父さん……犯行が手馴れてたし、プロの手口だよ。反撃しなかったら、私達全員が殺されていたんじゃないかな?」

「そうだな、確かに追加募集のチームには気を付けろとは言われていたな。まさかこんな直接的な、手段に打って出られるとは思って無かったけど。

 俺の考えが甘かった、ミケとハスキー軍団には感謝しないと」


 そうだねと、尚も興奮しているハスキー達を撫でてあやし始める姫香である。護人も人質に取られそうになった、紗良と香多奈の心のケアに奔走し始め。

 幸い、2人とも人質に取られたのは一瞬で、本当の意味での怖い目には遭遇する事は無かったとは言え。容赦の無いミケの攻撃で、宙を飛ぶ指やら銃撃戦を目の前で見たのだ。


 その恐怖は、恐らくモンスターとの対戦とは全く別物だと思われる。後衛2人は、気丈にも大丈夫だよと笑顔を返してくれているけれど。

 人の心の本音の部分は、決して外からは伺い知れないのも事実で。


「2人とも、本当に無理しないでいいからな……気分が悪くなったり変に塞ぎ込みそうになったら、ちゃんと俺に知らせるんだぞ?

 取り敢えずは、この場所から離れようか……姫香、連中の武器を集めてくれ」

「了解、護人叔父さん」


 護人とハスキー軍団も、襲撃犯たちの武器の回収を手伝って。意識を保って呻き声を上げてる連中を完全無視しつつ、武装解除からワープ魔方陣での離脱に至る。

 これで一応は、同じ魔方陣で追って来るにしても、15分は時間を稼げる計算だ。それから護人は、周辺を歩き回って割と深そうな沼を発見する。

 それからそこに、回収した連中の武器を全て捨てるように指示。





 ――拳銃も高そうな剣も全てポイ、これであと腐れも無くなれば良いのだが。








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