第153話 噂の広域ダンジョンに10チームで挑む件



 昨夜のいざこざを含めて、嫌な感じのキャンプ場での夜明けを迎え。とにかく探索時間を長く設けるために、各チーム7時起床の8時に突入との通達である。

 ギルド『羅漢』の若いリーダー役は、相当この荒くれ集団を纏め上げるのに苦労している様子である。こちらも変に騒ぎ立てて、昨日みたいに悪目立ちなどしたくない身の上なので。

 結局は昨夜の騒ぎも、報告はせずのままと言う顛末で。


 特に香多奈の存在は、厳重に隠し通すためにパーカー&マスクを常備させている。フードを目深に被って、人前では喋らないようにと厳重注意されている少女。

 それは天真爛漫な香多奈には似合わない苦行なのだが、それでも我慢しているのは、家族と一緒に居たい為に他ならない。そんな香多奈は、現在ルルンバちゃんの座席の上である。

 ここなら騎士然としたルルンバちゃんの、鉄壁ガードが守ってくれる。


 そのうえミケさんも、少女の前に陣取ってウチの子にちょっかい出さないでアピール中。ハスキー軍団も昨日の騒ぎで、必要以上にビリついてるし。

 そんな訳で、せっかくのキャンプ風の朝食も楽しめなかったと言う現実が。他のチームと結構離れた場所に陣取っていたのに、あまり意味も無かったかも。


 事前説明では、今日は朝の8時から夜の6時まで何と10時間もダンジョン内に籠る必要があるらしい。それでも泊まり込みよりマシだと、招集チームからは歓迎されているそうで。

 こんな大規模レイドに初参加の来栖家チームにしてみれば、何もかもが初めての体験で。昨夜の騒動を含めて、為になるんだかならないんだかって話である。

 とは言え、招かれたからには精一杯に頑張らないと。


 下手に手を抜いたりドタキャンして、万一オーバーフロー騒動に発展したら恐らく後悔では済まないので。そこは探索は頑張ろうねと、チーム内での意志は統一されている。

 ただし、ひょっとしてダンジョン内で再び絡まれたりなど、チーム間トラブルもあるかもなので。そこはギルド『羅漢』の雨宮チームと、ギルド『麒麟』の高島チームと道中を一緒にする事に。これで少しでも、事故率が下がってくれれば良いのだけれど。

 入る前から、悩みの尽きないリーダー護人である。


「うん、これは探索者の間でよく使われる、ブラックジョークの類いなんだけど……ダンジョン内で人を殺しても、魔素に完全吸収されるから後も残らない完全犯罪だって。

 ただし、装備品はドロップでいつか出て来るかもだから気を付けろって」

「嫌過ぎるジョークだな、喜んで回収した装備品が亡くなった探索者の遺品だったとか。だがまぁ、探索して儲けるより金持ちの探索者の所持品を狙おうって輩がいる事は分かったよ。

 情報ありがとう、こちらも充分に気を付けるよ」


 途中までの同行を申し出た雨宮チームと高島チームのリーダーに、取り敢えずお礼の言葉を述べて。護人はこの先の10時間に、暗澹あんたんたる思い。

 昨日のように絡まれるくらいなら良いが、命まで狙われたらコトである。一応のアドバイスとして、証拠の動画があれば罪を問えるし反撃もオッケーらしいけど。


 対人戦など勘弁して欲しいし、第一子供の教育に宜しくない。ハスキー軍団なら、職務に忠実に襲って来た連中を返り討ちにしてしまいそうだけど。

 そう言う意味では、完全に留守にしてしまうキャンピングカーの放置も怖くなって来て。思わずそう口にした護人に、香多奈が魔人ちゃんに留守番を頼めば良いと提案して来た。

 そんな訳で、一応は後顧こうこの憂いは断って来た来栖家であった。



 探索者の集団も10チームも集まると、結構な圧と言うか壮観さを感じさせる。その中でも来栖家チームは、犬がいたり小型ショベルがいたりと異質には違いなく。

 岩国のチームも、各々がモンキーバイクを持ち込んでいたりと用意周到だ。体格の良い連中が小柄なバイクを持っているので、これも少し異質に見える。


 ただし、腕前は相当な気がする……元米軍なのか、外人混成の部隊だけれど。全部で6人だろうか、突入前だと言うのにリラックスして英語で何か喋繰しゃべくっている。

 確か雨宮の話では、数合わせで招集された広島市の2チームが前科持ちだとの話だった筈。それから岩国のチームにも、荒っぽい連中が多いって話だったけど。

 間違っても、ダンジョン内で遭遇したくは無いなと改めて思う護人である。


 そして辿り着いた“弥栄やさかダムダンジョン”の入り口ワープゲートは、ダムのコンクリ部分の半分を占める程に大きかった。一般的に、入り口の大きさは中のモンスターの大きさに比例するとか言われているけど。

 考えるだけで背筋が凍りそうな景色には違いなく、それが巨大人工物のダムの威容と合わさって突入前に身体が竦みそうに。

 それは子供達も同様らしく、互いに身体を寄せ合っている。


 歩くスピードも遅く、他のチームより遅れてしまっているけど。雨宮の話によると、半数以上のチームが2度以上この大規模レイドに参加経験があるそうだ。

 それだけ余裕があるみたいだけど、間引き方法は昨日説明した通りで変更は無いそうだ。つまりはD級探索者は1~5層の間引きをメインにして、C級以上はガンガン到達層を更新する。

 その間の間引きも、もちろんしっかり頑張る形で。


 そんな依頼で、いつの間にかC級ランクを3人揃えている来栖家チームは、もちろん後者に当て嵌まる。香多奈などは、呑気に12層の抜けない剣を見てみたいとか言ってたけど。

 こんな大規模レイドは初めて、しかも広域ダンジョンもほぼ初体験である。10時間連続の探索も、当然やった事など無いタフなスケジュール。


 護人自身はともかくとして、子供たちの体力や気力が心配ではあるけれど。そこは自分がしっかり目を配って、決して無理はさせない予定の護人である。

 などと思っている内に、巨大なワープ魔方陣へと次々と呑み込まれて行く各探索チーム員。それに引きずられるように、ほぼ最後に来栖家チームが突入して行く。

 さあ、半日掛かりのダンジョン探索の始まりだ。




 “弥栄ダムダンジョン”の内部だが、思ったよりは快適だった。つまりは水位が高くて、泳がないと移動出来ないって感じではないって意味だが。

 むしろ水溜まりは現実世界の10分の1も無く、どちらかと言えば湿原みたいな感じ。これでは貯水や水力発電には完全に適さないけど、ダム内を移動するのは随分と楽だ。


 ルルンバちゃんのキャタピラ移動でも、不便は無い程度には土は湿っていないし。ただし少し見渡せば、沼かと見間違う水溜まりは各所に存在する。

 そしてダンジョン部分だが、どうやら本当にダムの内側部分がそうであるらしい。壁となる斜面側は、どう頑張っても登り切れない仕様らしく。

 だだし空は、飛行モンスターもいるし天候も変わるのだとか。


 今は外と同じく朝の気配が漂っているけど、急に天気が崩れる場合もあるそうな。そして、外と同じく時間の経過も存在するそうで。

 夜はモンスターも活性化するので、注意して欲しいと高島のアドバイス。先行した探索者チームは、既に思い思いの方向へと進んで行っている様子である。


 ただし、同行を申し出た雨宮チームと高島チームは、初心者の来栖家チームが慣れるまで一緒に行動してくれるそうで。それじゃあ2層へのワープ魔方陣を探しに行こうと、声を掛けて移動を開始している。

 その肝心のワープ魔方陣だが、圧倒的に獣人の集落にある事が多いそう。ここの獣人の種類だが、ほとんどがサハギンやリザードマンらしい。

 強さもそこそこで、集団で来られるとC級でも苦戦を強いられるとか。


「それにしても広いねぇ、ダムの底って変な感じ……これって先行したチームがワープ魔方陣使っちゃうから、私達はずっと向こうまで行く事になるんじゃないのかな?

 結構歩く破目になりそう、香多奈はルルンバちゃんに乗ってたら?」

「私は大丈夫だよっ、それよりワープ魔方陣って、1層にどん位あるの?」

「少なくとも10以上はあるし、大型モンスターを倒しても湧く事があるからね。前のチームが使った魔方陣も、15分程度で回復する事が知られているし。

 10チームで動き回っても、実際はそれ程には階層移動は大変じゃない筈だよ」


 香多奈の質問に、丁寧に答えてくれる雨宮である。とは言え、姫香の言う通りにこの3チームはやや出遅れた感じは否めない。先行した探索者チームが、戦い始めている気配も漂って来ているし。

 などと油断していたら、いつの間にかハスキー軍団も寄って来た大トンボと戦っていた。サポートの2チームも、慌てて参戦しようとするも。


 5匹いた飛行モンスターは、呆気無く撃墜されて行き。ハスキー軍団の強さに、改めて感心するリーダーの2人である。やや引き気味なのは、多分気のせいだろう。

 あらかじめ渡された地図には、割と詳細な記述もなされていて。特に1~5層は、獣人の集落の位置まで記されていて楽ではある。

 ただし、先行したチームも同じ地図を持っていて。


「うん、それじゃあこっちのルートを行こうか……ちょっと遠い集落が2つ程固まって存在するから。2層に出たら、今度は入り口ゲートに戻って行く感じで移動すればいいかな?

 レイド初心者には、あまり無理して欲しくないからね」

「そうだね……『日馬割』さんには、いざとなったらすぐにゲートから脱出可能な位置での探索をお勧めするよ。不具合があれば、時間は関係無しにダンジョンを出て貰えれば。

 ただまぁ、間引き人員に余裕が無いのは本音なんだけどね」


 そうらしい、まぁオーバーフローの怖さは、誰もが知る事実なので仕方の無い事ではある。そんな訳で、先行チームが獣人の集落で、派手に戦いを繰り広げているのを横目に移動する一行である。

 不安定な足場の移動は大変だったが、雨宮の言う集落は予定通りに存在した。って言うか以前より遥かに規模が大きくなっていると、本人から怖い報告が。

 さすが、間引きを引き延ばしたツケがこんな所に。


 それでも3チームいれば怖くないと、サハギンの集落に派手に魔法を撃ち込む高島チームのメンバーたち。それに便乗して、雨宮チームの弓使いも派手に敵に矢を射掛けている。

 チーム戦に慣れていない来栖家チームは、最初は呑気に見学していたのだけれど。敵の一団が突っ込んで来ての、殲滅戦には一役買って。


 ってか、派手に戦いを仕掛けた結果、お隣の集落からリザードマンの群れが飛び出て来た。お供に大トカゲを引き連れて、割と数が揃っている。

 慌てる2チームのリーダー達だけど、ここでルルンバちゃんが盾役にと勇ましく前に出て。遊撃にとハスキー軍団が飛び出して、どうやらコイツ等の相手は来栖家チームの担当らしい。

 それならば頑張るよと、子供達も張り切り始めて。


 いつの間にやら、ここまでの移動時間に比例する程の戦闘時間が経過。具体的には15分以上の激戦で、1層にしては敵の強さも数も他とは一段上かも。

 中にはスキルを使う個体や、装備を着込んだ上位種も混じっており。護人も姫香も、慎重に事を進めて戦った結果ではあったモノの。


 ようやく敵の数が減った感触と共に、後方からも応援が。サポートチームが、ようやくサハギンの集落を陥落させた模様である。

 その頃には、ハスキー軍団も護人と姫香のサポートから先行しての狩りへと役目を切り替えており。リザードマンの集落も、ようやくの事クリアへと至った様子。

 心配しながら見ていた、後衛組もようやく安堵のため息。


「いや、申し訳ない……サポート役のつもりが面倒を掛けてしまいました。それにしても強いですね、こちらが心配する程でも無かったかな?

 取り敢えず、あちらの集落は雨宮チームがワープ魔方陣を使用しますね」

「そちらの集落は、どうぞ来栖家チームで使って下さい。私のチームは、15分後に魔方陣が回復したら、そちらの後を追い掛けますので。

 ただ、敵の強さを見て行けそうなら、どんどん進んじゃって下さい」

「分かりました、それじゃあ……休憩して10分後に、そちらの集落の魔方陣を使いますね」


 護人は素直にそう答えたが、仕事の早いハスキー軍団が既に集落内を探索済みで。こちらに何か見付かったよと、しきりにシグナルを送っているので何も無いと言う心配は無さそう。

 紗良と香多奈も、ルルンバちゃんを護衛役に既に集落を探索し始めている様子。リーダー同士の話し合いでは、集落のモンスター数の増加が取り沙汰されていて。


 これは間引きが大変そうだと、今後の探索業に暗雲が立ち込める思い。こちらの対策としては、一層気を引き締めて立ち向かうしか手はない案件だけど。

 そんな感じで解散して、時計を合わせて2層への移動時間までお互い休憩と言う事で落ち着いて。その間も、香多奈を始めとするお宝調査隊は捜索に余念が無い。


 リザードマンの元集落は、それ程大きくは無かったけど、布製のテントが各所に張られて雰囲気はあった。その中央には、ハスキー軍団が発見したワープ魔方陣が。

 そしてテントの1つに、ツグミが宝箱を発見。いや、それは茶色の古いトランクケースで、元はダムに捨てられたモノなのかも知れないけど。

 内装は綺麗で、しかも中身は結構な豊作だった。


 まずは鑑定の書が3枚に魔石(中)が6個と、いきなりの大盤振る舞い。これだけで30万円だと、値段を暗記していた香多奈はその場で飛び上がって喜んでいる。

 それから水色の魔玉が6個と強化の巻物が1枚、こんな浅層で巻物とは凄く珍しい。妖精ちゃんも興奮してるし、結構凄いコトなのかも知れない。


 それから装備品らしい、革製のズボンが1着。大き目の飯盒はんごうも入ってて、妖精ちゃんの話では両方とも魔法の品で間違い無いとの事。

 最後に洗剤の大容器が出て来て、中身を確認……MP回復ポーション1200mlに間違いは無さそうだが、これを口に含むのはちょっと勇気が要る。

 綺麗な容器に移し替えながら、ダンジョンの再利用に心の中で異を唱えつつ。





 ――それにしても、この調子で半日探索って最終回収利益におののく紗良であった。








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