第142話 広島周辺の探索者&ダンジョン事情その5



 森末もりすえ敏郎としろうが指揮を執るギルド『羅漢』だが、現在は蜂の巣を突いた様な騒ぎの渦中だった。その前兆は前からあったのに、対応は常に後手に回って。

 それに対しては痛恨の極みで、森末も随分と思う所はあったのだが。今はとにかくこの騒ぎを、収束させる事が先決で後悔は後回しだ。

 そう、前兆はかなり前からあったのだ。


 書き出して行くとすれば、それは『羅漢』所属の探索者である高坂ツグムの『予知夢』から始まった。もみのき森林公園に、蜘蛛の女王が出現するとの内容で。

 ところが、もみのき森林公園には該当するダンジョンは存在しない。これは新たなダンジョンの発生かと、吉和の関係者がざわついたのは確かで。


 特に探索者支援協会の吉和支部長の岩瀬は、その対策に追われる日々を過ごし。とにかく人をかき集めて、夜中にも公園内の見回り要員を配置したりもしたのだが。

 それが思い切り裏目に、その警備中の要員2人が翌朝死体で発見されたのだ。これが2つ目の前兆と言えば、まぁ悪い予感としては該当するのかも知れない。

 たとえ死亡原因が、ダンジョンとは全く関係無いとしてもだ。


 この事件の犯人究明にも人手を取られたが、結局は1週間が経過しても手掛かりさえ突き止められず仕舞いで。そしてその1週間後、最悪の事態が巻き起こってその件は有耶無耶に。

 最悪の事態とは、まぁ関係者の大半が半ば覚悟していた現象だった。つまりは、吉和のもみのき森林公園に新造ダンジョンが出現したのだ。

 しかも間の悪い事に、“弥栄ダムダンジョン”遠征1週間前である!


 これで色々と、前もっての計画が崩れたのも事実。オーバーフロー騒動も酷いレベルで、オーク獣人や蜘蛛のモンスターがそこかしこに溢れ返っている事態である。

 現在の吉和はパニック状態、安住の地を求めて移民して来た人々は恐怖の夜を過ごす日々で。それでもギルド『羅漢』は頑張った、少なくとも町へのモンスター流入は防ぐ程度には。


 ギルド員総出で町民への安全を確保しつつ、しかし新造ダンジョンへの突入は当分先になりそう。このダンジョンがもみのき森林公園を基に出来上がったのだとしたら、恐らくはかなり広域なダンジョンになっているだろうし。

 そうすると1チーム程度での突入など、焼け石に水でしかない。それこそ来週に赴く予定の“弥栄ダムダンジョン”と同じてつを踏む事になってしまう。

 何とも悩ましい事態、とにかく圧倒的に人員が足りない状況に。


 ――これは“弥栄ダムダンジョン”の予定にも、悪影響を及ぼす事になるかも?









 日馬桜町の協会の支部長を務める仁志の元には、各地から様々な情報が集まって来る。それは丁寧に纏められたモノだったり、定期的だったり突発的だったりするけれど。

 概ねダンジョンや野良モンスター関連で、広島の各地区の情報が主ではあった。それとは別に、日本各地の情報が時折混じって届くけれど。


 どこも酷い有り様で、まだ広島はマシだったのかなと改めて思うようなニュースばかり。まず東京は壊滅状態で、壊滅してからの新情報はほとんど聞かないレベル。

 恐らく首都圏の住民は、全て逃げ去っているのだろう……大規模なオーバーフロー騒動はあったとは聞いているが、インフラが途絶えた状況で過ごす場所では無いと言う事か。

 その辺は全て噂のレベルで、仁志の与り知らぬ所ではあるが。


 お陰で行政は、政府がトップと言う概念から抜け出して久しいのだが。広島県も独自の行政の運営方法を確立し、とにかく市民のインフラを途絶えさせない事で必死。

 たまに県外から、探索者の支援要請が舞い込んで来るらしいのだが。広島市内にある協会本部は、他県に応援を出せる程の戦闘力を抱えている訳でも無く。


 そこはどこの県も同じなのだろう、大阪や福岡などの主要都市も、軒並み復興にてんてこ舞いなのだそうで。A級ランカーも、ぼちぼち出現しているとかいないとか?

 噂レベルの情報でも、一応は整理していざと言う時には使えるようにしておかないと。探索者の支援とは、まずは情報が大事なのは協会事務員になった時点で叩き込まれている。

 それが協会事務員の、戦い方でもあるのだと。


 実際、“魔境”と呼ばれる日馬桜町に就任させられて、どうしようかと仁志は最初こそ焦ったのだが。意外にも、随分と住みやすい土地だった事が判明して。

 就任当時は戸惑う日々を過ごしていたが、やはり探索者の絶対数の不足は如何いかんともし難く。この土地のダンジョン数を自警団チームのみでまかなっていたとは、やはり顔が蒼褪めるケースには違いない。


 いや、この町に協会を設立するのに役立った、大義名分の探索チームがいる事はいるのだが。その家族の本業はバリバリの農家で、敷地内に何と3つもダンジョンを抱えていると言う。

 とんでもない経歴と言うか、切っ掛けはやはり敷地内ダンジョンの管理にあるらしく。そこまで本格的な探索活動は見込めず、まぁそれでもこの“魔境”にも協会は必要だと上が判断したらしい。

 ただしかし、規模は思いっ切り小さくて事務員はたった3人のスタート。


 協会の本分は“探索者支援”にあるので、探索者の少ないこの町の協会の規模が小さいのは分かるけど。それに反するダンジョンの多さが祟って、ハッキリ言って管理は物凄く大変。

 設立のお供にとつけて貰った、能見さんが有能で本当に助かっている仁志である。そもそも彼は、2年以上の探索活動の経歴以前は、ごく普通のサラリーマンだったのだ。


 こんなガッツリ、探索者のお仕事に浸るつもりは毛頭無かったのだけれど。勢いって恐ろしい、いつの間にやら支部長の地位にまで上り詰めて。

 まぁ、事務員は自分を含めてたった3人だけれども。



 今の時間は業務外で、仁志は自宅に帰って寛ぎながら。今や立派な嗜好品となった缶ビールを、ちびちび吞みながら回って来たダンジョン情報を吟味する。

 日本各地のトンでも情報は、見ていて気が変になりそうなレベル。富士山では今や、フロストドラゴンとその眷属が頂上付近を縄張りと指定して。


 麓の樹海を同じく縄張りとした、キングコング染みた大猿とバチバチの縄張りの境界線争いを繰り広げているらしい。ドラゴンとタメを張れる猿も恐ろしいが、果たして人間に何が出来ると言うのか。

 各地方に目をやれば、そんな超巨大なモンスターの話は結構拾えてしまう。幸いにも広島近辺では目立った報告は無いけど、魔素の拡散が起きればそうも言っていられないだろう。

 ようやく落ち着いた生活が、いつ“大変動”当時の激動に逆戻りするか。


 やるせない焦燥感は、常に仁志の身の内にも存在する。それまでに誰か、英雄的な強さを持った探索者が誕生してはくれまいかと。

 他力本願ではあるが、仁志は既に自分の限界と向き合ってしまっていた。これ以上は強くはなれない、諦めと絶望と……それから、ちょっとした後悔と。

 仲間の死と共に、閉ざされた英雄の夢への可能性。


 まぁ、どう転んでも自分はそんな風にはなれなかっただろう。例えるならば、広島市のA級探索者の甲斐谷のようには。現在のレベルは確か38で、スキル所有数12と言う化け物だ。

 そんな有名な探索者も、実は各地方に存在する。少なくともA級と言って良い探索者は、仁志が知るだけで10人以上は存在するのだ。


 まぁ、各自治体によってA級の定義などが変わって来るのがアレだけど。レベルの概念からだけで言うと、レベル30超えは各都道府県に大抵1人~1チームは存在するのだ。

 その中で甲斐谷のように名を馳せた探索者は、実は意外と少なくて。この近辺で有名なA級ランカーは、福岡に1人と島根に1人、愛媛と香川に1人位のモノか。

 まぁ厳密に言えば、強い探索者はもっと存在するのだろうけれど。


 不思議なのは、彼らが特定のチームを組んで探索している点である。つまりはチームで同じ数の場数を踏んで、同じ経験を積んでる筈なのだが。

 甲斐谷もそうだけど、何故かチーム内でばらつきが出てしまうらしい。それはレベルにも当て嵌まるし、スキル所有の差も当然ある。或いはそれは、“変質”の進行度の差なのかも知れないが。


 つまり“変質”の度合いがチーム内で強い者ほど、強さを手に入れる事が出来るのかも。そんな仮定を例の来栖家チームに当て嵌めてみるが、そこにもやや違和感を感じてしまう。

 彼らの成長は、動画を観る限り不思議と均一に感じてしまうのだ。確かにエース級の存在はハスキー犬のレイジーだが、リーダーの護人やアタッカーの姫香も存在感は図抜けている。

 そしてスキル所有が一番多いのは、末妹の香多奈と言う事実。


 とにかく出鱈目だ……まぁ犬や猫、更にはAIロボがスキルを所有している時点でそうなのだけど。ましてやリーダーに従順に従って、戦闘参加しているなど。

 恐らくは、世界で他にない事例ではなかろうか。


 彼らが今後、どんな成長を遂げるかは仁志には想像もつかないけど。10月の遠征は、無事に帰って来て欲しいと切に願って止まない次第。

 何しろ彼らは、良い意味でも悪い意味でも目立ち過ぎる。犬猫の同伴にしろ、子供の探索同行にしろ、快く思わない者やあなどってちょっかいを掛けるチームは恐らく多いだろう。

 彼らがそんな世間の目を、軽く吹き飛ばす実力を早く得て欲しいモノだ。


 ――空になった缶ビールを未練げに眺めながら、仁志は心底そう思うのだった。









 ルルンバちゃんの行動範囲は、とうとう家の中から庭先まで広がって、それは彼にとっては嬉しい出来事だった。何しろ彼は、毎日同じ場所の掃除には飽き飽きしていたので。

 庭を通り越して、田んぼや畑のあぜ道には雑草が生い茂っており、絶好のお掃除チャンスだった。庭も同じく、植物の剪定を彼はご主人様から習っており。


 毎日繰り返していたら、知らずに《庭師》の称号を得ている始末。それは関係ない、物事を美しい状態に保つのは、彼の本能に他ならないのだ。

 末妹の香多奈もお節介と言うより世話焼きで、彼に切って良い植物と駄目なのを懇切丁寧に教えてくれた。これで叱られずに済みそう、彼は実は傷つきやすいのだ。

 豪胆な外皮に較べると、心はデリケートなルルンバちゃんである。


 幼いと言い換えても良いが、とにかく庭を走り回る事で交友関係も増えた。ハスキー軍団のツグミとコロ助は、丁度ルルンバちゃんの精神年齢に近いようで。

 完全に言葉は理解出来ないが、意思の疎通は可能である。向こうもフレンドリーで、彼を仲間として認識してくれている模様である。


 だけど茶々丸、アレだけは良くない――せっかく彼が綺麗にした庭を荒そうとするし、柵から平気で脱走して香多奈たちにしょっちゅう叱られているし。

 アレはちょっと変で、そもそも家族に叱られる事を毎回平然と行うって、ルールを順守するルルンバちゃんからしてみれば異端である。それから波動として、こちらを揶揄からかっている感じを受ける。

 脱走も、その手段として行っている節がアリアリで。


 とにかくアレはダメな奴だ、まぁ彼やハスキー軍団と較べると随分と若いようではあるが。それに反して、ミケさんは彼が邸宅に来た時からお世話になっている。

 もっともその頃は、自我と呼べるモノも無かった気がするが。あの頃を思い返すと、彼には薄いもやに包まれていた感覚しかない。

 ただし、ミケさんが自分に興味を持ってくれた事は鮮明に覚えている。


 彼は元々が寂しがり屋で、実は怖がりでもあったのだ。探索に連れて行って貰えるのは、彼にとっては光栄ですらあるのだが。やっぱり今でも、モンスターと戦うのはちょっと怖い彼である。

 その恐怖を上回るモチベーションは、もちろん彼の中に存在する。みんなで一緒に行動が出来る、それが何より幸せなルルンバちゃんであった。

 ずっと独りでお掃除していた彼にとって、それは物凄く幸せな事で。


 何より優しい家族の役に立てる、それはハスキー軍団も持っている根底の衝動でもあった。群れで行動するのが基本の彼女達に、混ぜて貰える幸福感ももちろん存在していて。

 孤独だったお仕事進行だが、今は違う。手放したくは無いし、頼りにされると舞い上がる程に嬉しいのだ。そして家族の末妹と、現在は意思の疎通が可能になって。


 神様がいるとしたら、本当に感謝しかない……そして彼が今、一番に欲しているのが窮地を乗り切る力である。それさえあれば、より家族の役に立つ事が出来る。

 ルルンバちゃん的には、ミケさんの後衛としての切り札能力も捨て難いのだけれど。ツグミやコロ助のお母さんの、レイジーの前衛としての突破力が素晴らしく感じられてしまう。

 そして運良く、《合体》と言う能力スキル神様からの贈り物を得て。





 ――後はバリバリ働くだけだ、彼の外皮が擦り切れようとも。








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